人として生きる 丁字村ブログ

この時代に 人の温もりを感じて感謝できる生き方って どんな立場であろうと同じです。幸せになるためには考え方が大切です。

"自粛"ではなく"他粛"

2011年04月04日 18時20分02秒 | Weblog
東日本大震災の発生後、世間では娯楽や経済活動を控えるといった"自粛"ムードが蔓延し、普段通りの生活をしているだけで「不謹慎だ」と言われるような風潮が目立ち、論争の対象になっている。乙武洋匡が、自身のTwitterで、「飲みにいってもいいんじゃないか」というツイートを「不謹慎だ!」と批判したユーザーに対して「でた、不謹慎厨!」と返答するなど大胆な発言をしている。
不景気に、輪をかけて不景気になっている。
乙武洋匡さんの、考え方に賛成です。
みんなが沈んでいても、なんの解決にもならない。
集客や停電の影響があっての中止なら分かるけど、例えばまったく関係のない西日本でも自粛するというところには疑問を感じますね。本当に被災者の方々、被災地のためを思っての"自粛"なのか、この時期に開催をして批判を浴びることを恐れた自分たちのための"自粛"なのか。後者であれば、それは"自粛"ではなく"他粛"ではないのか、と。
願えば願うほど、がんばればがんばるほど、それが叶わなかったときには、傷ついたように感じる。
自分が本当に願っていることでなら、それはいいけれど、なんていうか、自分の本当のものでないもので傷ついているのは苦しい。
けれども、世の中には、もしかしたら、そういうことの方が多いんじゃないかと思う。
親や誰かに押しつけられたり、思い込まされたりした夢に限らず、なんていうか、時代の流れとか、勢いとか、その時の見栄とかで、自分はこれが夢なんだと紙に書いたり公言してがんばってはみたものの、時間が経ってみれば、なんで、あんなことを願い、がんばって苦しみ、傷ついていたんだろう、というようなことも多々ある。
そんな経験をしなければ、人は、本当の夢を見い出せない。
今自分が思っている夢だって、本当のところ、どんなものか分からない。