
■■■■■■■■■■■■極める■■■■■■■■■■■
松本光弘
筑波大学名誉教授・元 日本サッカー協会理事・元 筑波大学蹴球部監督
■■[革新の偉業]
●残り1分右サイドポケット(攻撃方向相手ゴールポスト右外
付近)に入ったDF山根選手の折り返したボールを 左から中
央に走り込んだFW三笘薫選手が、右足インサイド踵付近でゴ
ールキーパーを左に避けるように角度を変えて流し込んだシュ
ートが、ネットを揺らせた。待ちに待った日本代表の得点であ
った。
この時間帯での先取点はほぼこのゲームの勝利を意味する。
7大会連続FIFA・W杯カタール大会日本代表チーム出場決定を
確実にした瞬間であった。
●日本ベンチの喜びようが中継の映像で爆発していた。
おめでとう森保ジャパン!
後半39分に交代出場した三笘は、この決勝点とも言える 得点に
加えロスタイムに 左サイドでボールを受けると得意のソロ(単身)
ドリブルで 縦方向からいきなりゴール前に角度を変え2人の間を
すり抜け、強烈なシュートを放った。
相手ゴールキーパーの脇の下をすり抜け日本チームに決定的な
追加点が入った。やったァァァ・・!
信じられないような見事なドリブルシュート。
これまでの試合で活躍してきた右サイドFWの伊東選手の4試合
連続得点は、充分高く評価しながらも この大事な試合での 三笘
薫選手の見事な活躍を, 歓喜をもって喜ばないではいられなかっ
た。
●その理由は三笘薫選手が 川崎フロンターレ育成部門から筑波
大学に進学して来て間のない一年生の春から注目してきた期待の
選手であったからである。
当時は背がすらりとしていて,ドリブルに独特のものを持ってい
た。この最終予選は苦しい苦しい出だしであった。
2021月9月2日, ホームの大阪市立吹田サッカースタジアムでは、
・まさかの0-1の対オマーンの敗戦、
・第2戦は、ドーハで対中国に1-0で勝利したものの
・第3戦のサウジアラビヤ、ジッダでは0-1で敗れた。
この時点で1勝2敗でもう敗戦は許されない状態であった。
●次のオーストラリア戦から4試合、日本代表は 伊東選手の4
試合連続得点などで 何とか踏ん張ってここまで来た。
危ない試合もあり、幸運とも思える得点あるいは失点しそうな
場面もあった。この試合は勝てばW杯本大会出場決定、引き分
けの場合は最終戦対ベトナム戦に出場をかけなければならない。
このような状況の中で、これまで一度も勝ったことがないオー
ストラリアとの敵地でのアウェー戦で、追加点となった三笘 薫
選手の2点目のドリブルシュートは、W杯本大会出場決定の祝砲
ともいえる見事なものであった。
最終戦の3月29日, 埼玉スタジアムで行われた日本対ベトナム戦
はテレビで放映されたが試合の内容は今一であった。
何はともあれ今回のFIFAW杯アジア最終予選で7大会連続出
場権を獲得したことは何にも代え難い貴重な成果である。
●現在の世界のサッカーは加速度的に進歩を遂げている。
試合展開はますますハイテンポになっている。それに11人全員
のチームワークは,ますます統一性を高めてきている。特に
・ハイプレッシャー、
・ハイスピード、
・レススペース
は、ますます高度化されている。
このW杯本大会に出場することは,その高度化の世界サッカーの
潮流に乗ることであり、不出場はその流れから取り残される事
を意味する。
国際化が最も顕著なスポーツ中のサッカーで世界の流れから取
り残されるという事は、まさしく致命的である。反面、世界に
挑戦するという事の素晴らしさと期待と希望は絶大である。
このようなグローバルな視野に立って今回活躍してくれた三笘
薫選手のプレイについて、これまで身近に公式戦やトレーニン
グを観てきた私の立場で、彼のるプレイの特徴を私なりに分析
しておくのも意義あるとの判断で以下を記述する。
■■[チームプレィの奥儀」
●サッカーという競技は、チームスポーツである。
当然,味方同士の協働作業(チームワーク)が求められる。その 基
本はチームプレイであり,グループのコンビネーションンプレイ
である。
その中にあって即興性、意外性、臨機応変なプレイの代表とし
て ソロ(個人)でのドリブルが特別なものとして存在する。
このソロのドリブルは, 多くのサッカープレイヤーの憧れと
して少年期から練習に次ぐ練習を繰り返し ゲームでのドリブル
突破を夢見ている。
このような中で今回のFIFAW杯カタール大会アジア最終予選本
大会出場決定の2人のキープレイヤーとなった代表選手は,大会
前半では何といっても右サイドでプレイした伊東純也選手であ
り、彼のスピードと得点力が各試合で重要な勝利の要因となっ
た。
●これに対して後半戦の最後の勝因は、三笘の卓越したドリブ
ルが日本代表サポーターを魅了し、感激の境地に連れ込んだ。
対オ―ストラリア戦でのタイムアップ寸前の得点と アディッシ
ョナルタイムでの意表を突いた華麗なドリブルからの2得点目
は,私たちに全てを忘れさせてくれ、歓喜の渦の中に引き込んで
くれた。この瞬間に誰がサッカー以外のことを考えたか。
日本中の配信観戦していた人々を一つの渦の中に引き込んでく
れ、“無“の境地に入った瞬間であった。
■■[究極のソロドリブラー」
●私が三笘選手を観たのは, 彼が筑波大学に進学した1年生の春
であった。最初の印象は, これまでの日本選手にないものを持っ
ている、これが私が感じた彼のプレイの第一印象であった。
具体的には「ボールを動かしながらプレイの判断ができる逸材」
が印象の中心であった。
この「ながら」がなかなかできないのが 物事には多い。
例えば自動車の運転免許を取得するために教習所に行くと,エン
ジンの始動から始まり、ハンドルの握り方,走行時のハンドルの
回し方や回数、それに戻し方、方向指示器の取扱い、ブレーキ
とアクセルの使い分け等々いろいろ意識して覚えなければなら
ない。
またそれを何回となく繰り返し練習してやっと習得できる。
この段階ではすべてを意識して行わなければならない。それが
運転免許証を取得して半年もしない時期に運転しながらラジオ
を操作したり、会話をしたりしながら自由に自動車を運転して
いる。教習所でのあの時の真剣な自動車運転への集中力はどこ
に行ったのかと思うくらいである。
この「ながら」英語で言うと「~ing」これは, 人間にとって途
轍もない重要な習性である。 この習性を高度なレベルでサッカ
ーのプレイ中にできることを備えているのが三笘選手である。
●サッカーは相手を出し抜いて背後を取り、相手ゴールを陥れ
合うスポーツである。相手を出し抜く方法に味方との協働作業
(パスワーク)とソロのドリブル突破がある。これらは個別に
独立するものではなく その組み合わせ、連携、結合などによっ
て多彩に変化する。またソロドリブルの中にも 多彩な要素があ
る。
ボールを保持した攻撃者とその突破を阻止しようとする守備者
の1対1の駆け引きはサッカーの中でも特に魅力的,芸術的,意外
性の極地である。
この三笘選手の「ながら」のプレイの中で特に感じるのは,重心
の低さである。彼の手足は身長に比べ比較的長い様に見える。
その長い脚部を深く折り,さらに低くし大きな蜘蛛かタコのよう
に関節がもう一つ多くあるのではないかと思えるような幅広い
柔軟なボール動かしをする。
これは守備者にとってプレイの予測が困難で対応が非常に難し
い。良く言うフトコロが深いプレイヤーということができる。
・
(三笘選手の映像出典:高校サッカ―ドットコム)
●三笘選手の特徴は、静止した時のプレイの特徴である。
ボール保持で静止した時の三笘選手は上体を大きく移動させ,ボ
ールを持たない足を踏み出す。そして相手の動きを観察する。
相手が三笘選手の上体の動きを先取りして動いたら,彼は逆方向
にドリブルする。この一瞬の間が三笘選手の生命である。 上体
で相手に見せかけのフェイントを掛けているのである. もちろん
相手守備者が反応して来なければ, その方向に一気に加速して相
手を置き去りにする。
もう一つの三笘選手のドリブルの特徴は、Jリーグ神戸のイニエ
スタ選手などが多く狙う 2人の守備者の間を突破するドリブルで
ある。守備者は2人で協働して相手攻撃者のドリブル突破を阻止
する。
しかし往々に味方守備者同士の連係ミスで 中間を突破される事
がある。この2人の守備者の間隙を突くのが 彼のドリブルの特
徴である。
●パサーとしての三笘選手の特徴を分析する。
他の選手と大きく異なるのは「半抜きパス」と私が呼ぶパス
が出せるプレイヤーであることである。
これはドリブルしながら、対応する相手守備者と並走しながら
味方プレイヤーに決定的パスが送れることである。
誰しも ドリブルで相手を完全に置き去りにすれば、周りは良く
見えプレイの選択も容易である。しかしその時は守備側も対応
が充分となる。それがドリブルで半分置き去り(抜く)状態で
パスされると多くの守備者は動作途中で対応が困難になる。
このドリブル途中でも、周囲の状況を把握しているところに彼
の特徴が見て取れる。
これは、これから起こるであろう局面の変化を予知してプレイ
しているということができる。
■■「揺るぎない技能とセンス」
●良くサッカー仲間で特定のプレイヤーに対して彼はサッカー
センスがある、あるいは良い、という表現をすることがある。
それではサッカーセンスとは何か。
三笘選手に備わっている「これから起こるであろう事象をいち
早く読み取る能力」と表現している。普通のプレイヤーはその
事象が起こってから対応するのが常である。
センスのあるプレイヤーは それ以前にその事象が出現すること
を感じ取るのである。
●サッカーのタレントとは、サッカーセンスを備えた
・テクニックとタクティック、
・フットネス と、
・ファイティングスピリット
これらを具備したプレイヤーといえる。
●もう一つ専門的な内容について記しておきたい。
それは 心理学で取り上げられる「心理的不応期と生理的
不応期」だが、その変化に即時に対応が困難である。
例えばサッカーの試合で攻撃が失敗し、直ちに守側になると
き心理面でその変換を即時に行うことはたいへん難しい。
その攻守の変換時のほんのわずかな間を突きあうのもサッカー
の勝敗では重要な部分である。このチーム全員の心の切り替え、
これもサッカーのトレーニングでは大きな課題である。
三笘選手のドリブルの仕掛けを幾度となく観察していると、実
に興味深い。相手守備者との心の駆け引きが見て取れる。
もちろん、彼がボールを保持した時の味方や 相手守備者の配置、
中でも試合進行が進み、彼自身の身体的疲労度と 相手のそれと
の駆け引きなどは実に面白い。
何の仕掛けもせずに簡単に味方にパスをする時も再三ある。
これにして生理的不応期とは、先手と 後出しジャンケンの使い
分けである。
人は一度相手動作に反応してしまうと, その動作遂行の後でない
と新たな動作をすることができない。
●その典型がバレーボールのブロックジャンプである。
相手の攻撃スパイクをブロックするために 一度ジャンプしてし
まうとそれが相手攻撃側のフェイント動作、あるいは ダミーで
あった時は、床に着地するまでは何もできない。
筋肉は一度神経刺激が送られるとそれに従って収縮する。
この神経刺激は,リニアで時間的に先に送られた刺激を後の刺激
が追いこすことはできない。その結果,生理的不応期ができてし
まう。
先手のプレイは, 相手守備者がまだ十分な心の準備ができていな
いときに相手を出し抜くので, 心理的不応期を狙ったもの「心理
的不応期の応用」とも言うことができる。
●もちろん卓越した経験豊かな守備者は一度送られた神経刺激
を途中で止める「フィードバック機能」というものも備え
ている。相手攻撃者のプレイの洞察である。
ここまで来ると,先のサッカーセンスの論議のさらなる深い局面
に入る。このような追跡、洞察、想像などは 語り合える仲間と
出逢えるとスポーツの楽しさは何倍にも膨らむ。
それはプレイする本人, あるいは観る側のスポーツ愛好家ばかり
でなくすべての人々にとって,スポーツを通した人間の不思議さ、
習性の奥深さを私たちに示しているといえる。
何はともあれ、頑張れ三笘薫選手。
そして森保一監督率いる代表チームのFIFAW杯カタール大会
での大活躍を期待している。
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