
■■■■■■■■■■■■■世界の王国事情■■■■■■■■■■■■
■「日本は帝国である」
●王国といえば、伝統的な日本や英国の立憲君主国家を想定するが、
王国では、国王の事をキング(King)と呼ぶ。しかし、日本では天皇を
Enperor・エンペラー(皇帝)と呼ぶ。皇帝と呼称するのは日本だけであ
る。すなわち日本は、天皇(エンペラー)を戴く世界で唯一の国である。
●折しも日本では、天皇が生前退位し、皇太子が新天皇に即位したとこ
ろだ。
いま世界には王国が28あるが、王国といっても人口1億をこす日本から、
わずか数万人の小国までさまざまである。
とはいえ、それぞれの王国は、それぞれ存立の意義を持って、さまざま
な内外の変化に対応しながら、現代に至るまで たくましく存立してきた
貴重な変遷の歴史を持つている。
■「世界の王国」
●世界には、国際連盟に属する国が194ヶ国、そのうち王国は28ヶ国、
ざっと14%に当たる。
その内訳は、
●(欧州10ヶ国)
・英国 6、657万人
・デンマーク 566万人
・スエーデン 998万人
・ノールウエィ 521万人
・オランダ 1、708万人
・ベルギー 1、149万人
・スペイン 4、639万人
・ルクセンブルグ 56万人
・モナコ 3万人
・リヒテンシュタイン 3万人
●(中東 7ヶ国)
・バーレン 137万人
・カタール 223万人
・クウエート 389万人
・サウジアラビア 3、355万人
・ヨルダン 990万人
・アラブ首長国連邦 954万人
・オマーン 449万人
●(アフリカ 3ヶ国)
・モロッコ 3、619万人
・レソト 213万人
・エストニア 131万人
●(アジア 7ヶ国)
・日本 1億2、718万人 ●
・タイ 6、918万人 ●
・カンボジア 1、624万人
・マレーシア 3、204万人
・ブルネイ 42万人
・ブータン 77万人
(オセアニア2ヶ国)
・トンガ 10万人
・サモア 19万人
■「王国アラカルト」
●王国で最も気になるのが「王国の歴史」である。中でも連続して最も
長い歴史を持つのが、日本の皇室である。
・起源は神武天皇の即位に当たるBC660年、
・現在の天皇は第126代にあたる。
・万世一系を貫き、1500年以上の歴史を持つ。
ヨーロッパや中近東では、宗教や政治の対立から王政が大きく揺らぐ
事が多かった。 あの英国でさえ近世以降、王室をめぐる血塗られた歴
史を持つ。 1949年にはチャールズ1世が処刑され一時共和制に移行
するも、その後1660年にチャールズ2世が即位して、王政復古を果たし
たという。
■「歴史ある王国」
1位 日本 紀元前660年~ ●
2位 カンボジア 起源前 68年~
3位 オマーン 751年~
4位 モロッコ 788年~
5位 英国 871年~
6位 ノルウエー 885年頃~
7位 デンマーク 935年頃~
8位 スウェーデン 970年頃~
・その後の英国の王室は、1688年の名誉革命で絶対王政を改め、近
代的な立憲民主制に移 行し現在に至る。その間、「君臨すれど統治
せず」という有名なフレーズを残した。
・スペインは、1931年に王政から共和制に移行するが、1975年に王政
が復活。国王は、かってのフランス王家の支流ブルボン家から迎えた。
・世界の君主の中で、最も長く在位したのは、一昨年亡くなったタイの
名君ラーマ9世の在位71年である。
・世界最年少の国王はブータンのワンチョク国王だが、28歳で即位して、
現在41歳になる。
●(番外編)
・1911年には中国で革命が起き、清朝最後の皇帝溥儀が退位し中国
の 王朝は滅亡する。 今は共産党の独裁政権が統治し、王国の面影
はみじんもいない。
・アジアではネパールが240年続いた王政を廃止し、連邦民主共和制
に移行した。
・ハワイは、1795年から約100年の間続いた海洋王国だったが、時の
国王カラカウアが1881年に来日して明治天皇に拝謁、
「日本とハワイの連邦化」と「カイウラ二王女と日本の親王の縁談」を
提案したそうだが、実現に至らなかったという。その後ハワイは 米国
の一州になり現在に至る。
■「王国の存立」
●近世以降では、欧州でも、中近東でも、アジアでも、世界を巻き込ん
だ 大戦が2度もおこった。特にアジアでは近代以降、欧州の覇権国家
による植民地化侵略によって、殆どの国がその軍門に下った苦い歴史
がある。
幸いなことに第2次世界大戦後、改めて独立を果たして王国に復帰し
た国が多い。とはいえ国民の人権や生活の安全が、世界的な命題と
なったいまでは、昔のような独裁的な王族支配は不可能となっている。
いまも現存する王国では、国王が民衆の支持によって、ともに国の繁
栄のために重要な役割を担っていくことが求められる。
そして国の大小を問わず、国民からの国王への敬愛が、その国の王
政の存立を保つ重要な条件になっている。
■「ブータンの国王」
●最近報道によると、アジアの王国ブータンは、人口わずか77万人の
仏教小国だが、国際的な汚職監視団体トランスペアレンシーの報告
によると、世界の汚職腐敗指数が、世界180ヶ国中、近隣の大国を抜い
て第 25位だったという。隣国の大国中国が87位、インドが78位というか
ら、 この小国の国を挙げての努力のほどがうかがえる。
実はこの国は、まだまだ最貧国の一つだが、現在の第5代国王ワンチ
ユクが、父君国王の思想をうけ継いで「GDPのような経済的な豊かさよ
りも、国民が幸せと感じる度合い重視の政策「国民総幸福量(GNH)」
をすすめるべく、 選挙を通じて国民を政治に参加させてきた事」が奏
功したという。
ブータン国民自慢の若い国王の存在が、いま世界的な話題になって
いて、この国を訪れる外人観光客が急増しているという。
■「日本の実相」
●世界史に詳しい中西輝政博士は、著書「大英帝国衰亡史」の冒頭
に「古来、多くの「帝国」が興隆し、そして衰亡していった。世界史とは
幾多の「帝国」の衰亡史であった、ともいえる。そしてローマ以来、それ
らの帝国の「衰亡史」は、すでにあまたの数にのぼっている」と書き記し
ている。
かって王国は、偉大な国王という統治者のもと、他国からの侵略を阻止
し、国土を守ってきたが、時代が進むと同時に領民たる国民の意識が
高まるにつれ、改めて王国の意味が問われ始めた。そこで多くの王国
が、自浄崩壊する事例が相次いだ。
まさに世界史の中の王国の存立を顧みると極めて多彩で、難しくも面白
い。特に王国崩壊の要因としては、大きくは宗教との関わりや地政的な
関わりや、民衆の貧困などが読めてくる。
●改めて我が国を顧みるとき、欧米の覇権到来の中で 鎖国から開国、
そして文明開化以来約150年、明治、大正、昭和、平成、そして新たに
「令和」へと王国の道のりは続く。
それにしても昭和20年、第2次世界大戦敗戦後の日本の新しい統治機
構を決めるに際し、天皇制の廃止や、戦勝国4国による4分割統治など、
さまざまな憶測や目論見が飛び交う中、米国はじめ、アジアの友好国の
反対意見で、天皇制など国体の維持が守られた事に対して、心から感
謝するとともに、改めて、日本という国の神がかった運強さに、ただただ
驚いているところだ。 (終)
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