もう、十月が終わる。ここのところ、秋らしい爽やか。街路樹も色ずき、木によっては、落葉しているのもある。画像は、退屈まぎれに、以前に書いた。面白がって書いていたのは、三十年も前のこと。その頃は、漢詩、漢字ばかりだつた。自分が楽しんでいればいいと思う。これを見ている方には、失礼のことだと、承知をしている。もうすぐ、年賀はがきが、発売になる。例年、いただいているのは、カラフル、そのなかに、手つくりの版画のが、一枚、水墨画が、二枚いただいている。それぞれ、楽しんで、描いているようだ。そろそろ、年賀はがきを、思案するようになる。どうしようかなぁ。
八月十一日に、満百歳のお祝いをして、もう、三か月が過ぎる。お祝いをしたのが、今年一番の、思い出になる。画像は、介護をするようになった、六年間の、時々のことを書き留めていたのを、まとめて、百歳の記念の冊子を作った。その、冊子を見ていた時を、カシャッとした。六年前に、大腸の腫瘍を摘出手術をした。その後、脳梗塞になり、認知症になってしまつた。今、百歳の峠を下り始めた。最近のひとり言は、「お金」のこと。「なぁ-んにも、ねぇぐなったぁ」と、しゃべっている。戦争前、戦争中、特に戦争後は、お金に苦労をしたようだ。その頃は、日本国中、普通の人々は、だれもが、そうだったと思う。当時の、戦争末期は、ひとつ月の生活費は、80円。家族四人で、暮らしていたと、言っていた。それも、戦争が終わって、インフレになり、お金の価値がなくなり、蓄えもなくなり、嫁入りに持ってきた着物を売って、お金に換えて、食べ物を買っていたと、話しをしていた。「なぁ―んにも、ねぇぐなったぁ」は、ばあちゃんが苦労をしたことが、頭の中に、焼きついているのかも。
一週間前、中学校卒業時の、同期会に、出席した。その帰りの、ス-パ―ひたちの車内。上野を、17時発車をした。発車までは、通路を急いでいる人の、ざわつき。前の席に座っている人の小声の話声。到着駅と、その時刻の案内放送。発車をして間もなく、車内は、走行音だけになり、うたたねをはじめた。一時間も過ぎて、到着駅の案内放送で、目をさました。乗車したころは、まだ、西の空に、太陽が沈む前で、明るかった。到着駅の案内放送が、停車駅ごとにあり、車窓の、真っ暗闇を、ぼんやりと見ていた。同級生との、一年ぶりの再会を楽しみにしていた。その帰りに、「行はよいよい、帰りはこわい」、なんて思い出していた。
10日ほど前の、夕暮れ。日の中、小雨が降っていた。夕方になり、西の空が、明るくなった。ピンボケの画像。見た目では、もうちょっと、あかね色だつた。今日は、昨夜から雨降り。秋の長雨なのだろう。テレビでは、12月はじめころの、気温と報じていた。こういう秋もあるのだろう。旧暦の秋の期間は、閏月があるので、あとひと月ある。「小春日」と表現されるお天気は、陰暦十月のことをいう。まだまだ、寒暖を繰り返して、季節が、めぐる。日本列島は、細長い。北から南へ、季節が移ろっていく。
先日、中学校卒業当時の、同期会があった。一学年で、約420名が卒業した。8クラスあったので、一クラス、50人だったようだ。出席の方々は、東京在住や、その近辺の方々のようだ。昨年クラス会の幹事をしたのだが、女性は、一泊は、なかなか、不都合だった。今回、女性も出るというので、会いにいった。上野公園のすぐ脇、精養軒。土地不案内と思ったが、すぐに場所がわかった。
画像のこと。久しぶりの、乗車。以前と比べると、走行時の、レ-ルの継ぎ目の音も、車輪の音も、発車時の音も、停車時の音も、静かで快適。車窓からの秋の陽射しも柔らか。うたた寝しながらの、旅だった。
画像のこと。久しぶりの、乗車。以前と比べると、走行時の、レ-ルの継ぎ目の音も、車輪の音も、発車時の音も、停車時の音も、静かで快適。車窓からの秋の陽射しも柔らか。うたた寝しながらの、旅だった。
一週間前に、カシャッとした。旧知の女性の刻字の展があった会場の庭。秋の節気の「寒露」のころ。昨日は台風一過で、残暑だった。今日は、はっきりしないお天気だった。夕方になって、肌寒い。暖房の世話になった。十月も半ばになり、晩秋から、初冬のうつろいが、感じる。しかし、旧暦の九月が、もうひと月ある。今年は、「紅葉不鮮」なのかも。
前掲に続いて。台風が接近している。自然災害は、しょうがないにしても。人為災害。戦争も、原発事故も、人間のしわざだ。原発事故の、直接の影響は、今のところない。経済的な影響はある。戦争の悲惨さは、ちょっとだけ、覚えている。
非常に、大型の台風が、近ずいてきた。夕方、降りだし、今は、雨の音がする。街中なので、土砂災害は、心配はない。河川の氾濫が気にかかる。最近は、パソコンで、河川の水位の情報が見られる。以前は、車で河川の水位を、確認に行った。水かさは、あぁっという間に、増える。防災情報は、パソコンに、送られてくる。エリアメ-ルも、送られてくる。身構えだけはできる。事が起こった時の処置だ。日本各地、災害がないように、願っている。画像は、戦争が始まる前の、昭和10年と、読み取れる。現代は、自主防災会が、組織されている。原発事故と、大震災の時は、小生は独自に、「市民へのお知らせ」を、市役所に取に行き、コピ―をして、隣組に渡して、お知らせをしていた。町内会の防災組織は、何も役にたたなかった。
数回、拙いブログに、登場させていただいた「うさぎ」の水墨画。画像は、いただいたもの。古木の額縁との調和で、「ほのぼのぉ」とした気持ちになる。描いた本人も、「ほのぼの」としていたのかも。描いた本人の気持ちが、伝わる。描くのに費やした時間の長さは、計れない。思いを巡らせる時間。紙、墨、筆と、考えることが、多い。技法の勉強もある。教えを乞うこともある。またまた、ああだこうだと、言ってしまった。
ばあちゃんのことを書いてまとめた、小冊子の裏表紙に、拝借した。なんか、愛くろしい表情で、癒しになる。冊子にするのに、用紙を試してみた。原画の柔らかさは、なかなか出ない。あたりまえだっぺぇっと、笑ってしまう。冊子の最後を飾れたと、ありがたかった。