よく見聞きする言葉だ。史実にはうとい。戦国時代の武将、武田信玄が、旗印に使ったという。新明解より引用すると、風のように素早く動く、林の如く、静かに構える、火の如く、激しく侵略する、山のように、どっしりと構えるとある。戦さの時の心構えだ。物事の対処の仕方にも、この心構えが、必要とある。戦さは、いつの時代にある。戦さをするには、大義名分があるのだろう。今、火のような勢いで、近隣が、この国をなにかしようと、しているようにも、おもえる。弱みにつっこまれることもあるようだ。毎々、下々が考えたってしょうがないっと、またまた自嘲をしている。
画像は昭和38年の、5円切手。カレンダ-が残り少なくなってきた。今日は、小雪とある。北風が吹いて寒くなるころとある。七十二候では、「にじが、もう見えない」とある。旧暦はくらしの羅針盤より。また、今晩は満月なのだか、雨模様だ。昨晩は中天に、輝いて見えた。明日は、勤労感謝の日だ。よく分からないが、へい束祭りで、作物に感謝をする日でもある。へい束を、神棚と門口、井戸、トイレなどに飾る。勿論、赤飯を供える。親に忘れないで、「やれよ」っと云われていたので、明日は飾る。この日は、皇室の行事でもある。働くことに、また、食べ物を作ってくれる人々にも、感謝しなければならない。太陽のエネルギ-で、作物ができる。暑いだの、寒いだの、勝手なことを、云っているが、太陽による、いろいろの恵みにも、感謝しなければならないと思う。別のことだが、どこかの漁船が、魚を取りに来ていて、国をあげての、問題のようだ。魚を取れば、誰かが食べる。毎日食べているものは、世界各地のもののようだ。紛争しないで、摂れたものを、食したいと思う。ちょとしんみりとしている。
NHKのおはよう日本に、級友が出演していた。がんばる町工場の社長で、朝の7時から仕事をしている。旋盤といゆのか、馬鹿でかい部品を作っている。だいぶ会っていないので、懐かしかった。額に汗して働く、こんなことが当たり前のことのようだ。この歳になると、リタイヤして、老後を楽しむころだろうが。仕事は仕事で、仕事を楽しむ、こんな気持ちで仕事をする。小生なんかは、アメエバー的に生きているだから、こんなあきらめの境地でいるしかない。画像そのものは、前にも載せた。戦後間も無い、昭和22年頃の切手だ。今はもう無い、石炭を掘っている様子のようだ。これこそ汗を流しての仕事だ。
落葉の季節に、花の文字なんかないだろうが、菊の花が盛り、他人の家の花壇には、色とりどりに咲いている。たまぁあに買い物に付き合うと、ガ-デニングの花が多種多様が見られる。急に初冬の感じになってきた。フロントガラス越しに、街路樹が赤くなり、近くの木々も、遠方の山々も、緑がくすみ、色ずいた木々が、まだらになってきている。別の話し。体当たりをしてきた船の映像が、ネットに流れていると、報じられている。人的な被害があったのかどうか。乗り組み員を、逮捕した様子の映像はない。下々の小生が案じてもしょうがない。今の日本の国は、がたがたしているように思える。こんなときには、弱みにつけこまれる。将来の日本は、外国に叩きつぶされるようにもし思える。鳴り物入りの事業仕分け、廃止と言っても所轄のところで、別の名称で、予算がついたりとていると、報じられてもいる。予算は全部税金のはずだ。そう言えば、夏の終わりに鳴いた蝉は、「カネカネカネカネカネ」って、聞こえたのは、小生だけかぁ。支離滅裂だぁなぁ
仕事で切手を使うことが多い。封書を使うときは、便利だ。大量の情報が詰まっている。封書が届いたときに、貼ってある切手を見ると、多種に、きれいなので、感心する。時代の移り変わりで、その時代、その時代での切手には、味わいがある。画像は10円切手だ。その時代に封書に貼って使ったとすれば、今は封書一通に、80円切手を使うのたがら、8倍になっている。一口に言えば、インフレなのだろうか。物の価値が、その時代に比べると、単純的に8倍になっているのだろうか。希少価値があって、欲しい人がいて、買ってもらえれば、1枚が80円で売れれば、儲けがあったとしても、なんら変わりが無い。結局手元において、眺めているだけだ。