画像は、以前に「秋風冽冽」に載せた不動堂の全景。何かあったなぁで載せました。今日は、午前中、小雨模様から昼過ぎに薄日が漏れて、表題の「秋日荒涼」の、空気になってきた。「荒涼」は、「荒れ果てたさま」。街路樹は葉が落ち、枝払いもあって、枯れ木状、イルミネーションの準備も終わったようだ。この歳になっているので、なんとなく、うら寂しく感じる。別のことです。27日は、「文字、活字文化の日」と読んでいた。文字は、拙いブログに、拙く「起承転結」の難しさを心しながら使っている。「おじさん構文」の言葉もみる。「おじさん構文」と読んで、小生のは「おじいさん構文」になるのかも。年寄りが、グダグダグダと書いているで、読んでらんねぇ、なのかも、年寄りのたわごとだなぁです。活字はと、考えると、またまた難しい。突然ですが、「あの人は物事を恐れない心だぁとかけて、和尚さんが声を出して経を読むととく。そのこころは」。「ととのいました。どちらも、どきょうー度胸ー読経ーです」。「露往霜来」ー露が降りる秋の季節が終わり、霜の降りる冬の季節が到来する意ーが、もうすぐですね。
画像は、閼伽井嶽薬師、常福寺の駐車場。右手に不動堂がある。10日前にカシャッとした。秋霖と秋晴れの繰り返しで、紅葉の濃色になっているかも。十月も終わりに差し掛かった。二十九日は、「世界乾癬の日」とある。なんでしょうね。表題のこと。電子回覧の促進ということで、十日ほどさきになるが、町内会の役員に召集がかかった。市役所の担当の方が、スマートホンを使って、詳細に説明するという。小生は、スマホは無い。電子回覧というので、市役所からのお知らせは、将来、スマホに移行するのだろう。毎月、各家庭に配布するのは、市役所から市民へとか、市や県の広報とか、議会たよりとか、町内会の総会関連や隣組の総会など、数件の募金のことなど、「廃炉について」などを、直接家庭に配布をする。これらご以外は、それぞれの家庭に必要な事や、臨時の情報など、スマホ、パソコン経由なのだろうから、料金が発生をする。町内会としての使用すれば、町内会で使用料金が発生をする。これはいいとしても、これを誰がやるのか。役員が専従すればと思うが、専従者をどうするか。新しいことを導入するのは、いいことだ、がです。例によって、「片利共生」ーともに生きていながら、一方は利益を受けながら、他方は利益も害もうけないことー。電子回覧のことは、便利になるが、それに対して対価を支払うので、理解がえられるのか、どうかだなぁ。突然ですが、「ちょっと難しいので、辞典を読んだ。企業を中心とする経済諸事象の状態とかけて、刑をうける期間ととく。そのこころは」。「ととのいました。どちらもーけいきー景気ー刑期ーです」。「景気」は「商売の状況」ですが、辞典を読んで、難しく方を使いました。ご来訪、多謝です。
画像は、閼伽井嶽薬師、常福寺の不動堂、十九日にカシッヤとした。駐車場わきの、ちょっと小高い所に、山門風に仁王尊を祀ってある。表題の、「秋風冽冽」ーしゅうふうれつれつー「秋風の厳しく冷たいさま」と、読んだ。今日の当地方は、秋風は吹いてないが、曇り空、肌寒い。徒然草を流し読みをしてみた。「冬枯のけしきこそ、秋にはをさおさ劣るまじけれ。汀の草に紅葉の散りとどまりて、霜いと白うおける朝、遣水より烟の立つこそをかしけれ」と読んだ。今の時期の七十二候には、「こさめときどきふる」、「もみじつたきばむ」、「むしたちがつちのなかでとうみんをする」とあり、11月七日の、「立冬」になる。七十二候は、手元の本によって、違う言葉もあるので、ご了承のほど。お天気予報では、来月は、暖かいと報じていたと思う。「小春日和」という陰暦十月は、11月1日からになる。来年は、旧暦の六月が閏月なので、春までは、順調に訪れるのかなぁ。「鬼の高笑い」が聞こえそう。別のこと。今日は、「原子力の日」、「デニムの日」と読んだ。突然ですが、「夜が○○〇とかけて、年が○○〇ととく。そのこころは」。「ととのいました。どちらもーふけるー更けるー老けるーです」。日々、「一飲一啄」ーいちいんいったくー「わずかな飲食の意」で、体のためには良いことだぁです。
画像は、以前、2021年11月頃に、「齷齪と」として載せたのを、再々掲載です。島崎藤村の詩、「千曲川旅情の歌」の二番で、「やそぢおりおりに」と題した拙い冊子に綴り込んだその版下。島崎藤村の本は、持ち合わせていないのに、書いてます。「語るに落ちる」と、承知はしてます。表題の「一読三嘆」ーすばらしい詩文などを読んで、非常に感銘を受けることーと、辞典で読んだ。はるか昔しの、そのまた昔しに読んだのを、ネットで読んで、懐かしがったものです。画像は、前回の一番とは、雰囲気を替えたつもりで、ページ数を増やす苦肉の策だった。来年作成をする拙い冊子は、第十号になる。何かないかなぁでいる。今回掲載をしたのは、「枯れ木も山の賑わい」ーないよりは、あるほうがましーで載せました。別の事。今日は、「国連デー」、「世界開発の日」、「マーガリンの日」とか、なんだろなぁなんだろなぁで、ネットで検索しょうかなぁ。突然ですが、「乗り物の最終到着駅のところとかけて、秋の空ととく。そのこころは」。「ととのいました。どちらもーしゅうてんー終点ー秋天ーです」。またまた、あっちゃこっちゃです。
画像は、2011年11月にも載せた、またまたの、ひけらかしです。前回「破戒は無戒に勝る」と、女性の写経生が発言したと載せた。この女性は、かなり前から、写経をしているようで、見識が高いと、あらためて思った。写経が終わり、お寺のお接待で茶をいただく時の、女性の雑談を、聞いていただけだった。表題の「知者不言」ー物事を本当に知っている者は、心の中に深く蔵して言わないということー、なんだなぁと感じ入った。「破戒」と聞いたので、小説は、はるか昔のその昔に、読んでいると思う。画像の「千曲川旅情の歌」を、書いたきっかけは、年賀はがきに、何か春の様子を添え書きしようと、詩の一節を探していた時のこと、島崎藤村の詩集を買うかなぁと思ってネットで検索をした。画面の詩集を読んでいて、書き写しを、たまたま筆ペンで、縦書きをしてみた。後になって、拙い冊子「やそぢおりおりに」に、綴り込んだ。画像は、その版下になる。「卑下も自慢のうち」と、ご了承ください。別の事。今日23日は、「霜降」。二十四節気で「九月中気」。晩秋の晴天が続き、霜が降りる頃ととなる。七十二候では、時雨どきから、落ち葉の季節から、虫が冬眠を始めるころになる。所説あり。突然ですが、「出発を盛大にするとかけて、車が走るととく。そのこころは」。「ととのいました。どちらもーそうこうー壮行ー走行ーです」。またまた、はちゃめちゃです。追。今日は、「電信電話記念日」と読んだ。
画像は、閼伽井嶽薬師、常福寺の西側の樹々。19日は、残暑厳しく山道を、エアコンで涼しみながら走行をした。広い境内と本堂への石段を登ると、汗が噴き出してしまい、写経場では、扇風機の風で、涼しんだ。七五三のお祝いの祈祷が、三組ほどあり、着飾った女の子等に、着物姿の男の子に、両親と祖父母が添って、話し声も、写真を撮るのも、賑わしかった。女性の写経生と、邪魔しないように、離れたところから見ていた。写経会は、勤行式で経を唱え、法話になった。「十善戒」、「十ケの良い行いの習慣を持つことを、仏さまに約束をすることで、不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不悪口、などなど、してはいけないことだった。心穏やかに、むさぼりをしない、正しい物事をみるを、習慣とすることを、自らの行いの戒律とするようにだった。法話が終わり、女性の写経生が、「破戒は無戒に勝る」ということもあると、発言をした。写経会が終わり、玄関先で、「破戒は無戒に勝る」を問うてみた。仏教の言葉だと、和尚さんの説明があった。「破戒」は、島崎藤村の小説の題名と覚えていた。辞典をめくって、表題の「一葉知秋」の意は、「わずかな前兆や現象から、事の大勢や本質、また、物事の衰亡を察知すること」とあり、「一枚の葉が落ちたのを見て、秋が来たことに気づく意から」と読んだ。山々の色付きをカシャッとした。紅葉の盛りは、もうちょっと先になるようだ。突然ですが、「朝方に目を○○〇とかけて、お湯を○○〇ととく。そのこころは」。「ととのいました。どちらも、ーさますー覚ますー冷ますーです」。またまた、無知低能です。
画像は、二十七日投票の衆議院選挙のお知らせ。この歳になっているので、世の中が平穏無事がいちばんいい。その日暮らしで、「武士は食わねど高楊枝」なんて、強がってみても、武士ではないので、「貧にして楽しむ」の方が合っている。先日、政党の党首の会見を、ながら視ていたテレビで、「うぞうむぞう」と、聞えだのでテレビの画面を注視をした。たぶん四字熟語では、「有象無象」、「有相無相」なのかなぁ。辞典を読むと、仏教語とあり、「数は多いが、種々雑多なくだらない人や物」とあり、「ろくでもない連中のこと」と読んだ。上からの目線は、こんな言葉で表現するのかなぁです。今は若い世代の時代で、若い方々の暮らしの事が大事と思う。突然ですが,「夜が○○〇とかけて、窓を○○〇ととく。そのこころは」。「ととのいました。どちらもーあけるー明けるー開けるーです」。不適切な文言は、ご容赦ください。
表題の「近所合壁」は、隣近所のこと。画像は、ゆうちょ銀行からで、隣組の各家から、町内会に納入する会費を預かり、ゆうちょ銀行へ預けている口座の、情報を確認するとのこと。で、その回答を記入する用紙の入手をするための事だった。Webでとあるので、URLを接続すると、画面に、バラバラバラと説明があり、次の画面次の画面となり、読むのが面倒になった。問い合わせ先へとの案内もあるので、電話をした。「取引目的の確認の回答書」のことでと、伝えると、「はがきの表面の、14の英字と数字を」というので、読み上げると、宛先の確認を問われて、「そうです」で、終った。回答書は、十日ほどで到着の予定で、回答期限は、その分遅れてもいいだった。電話では、ものの二分間で、用が済んだ。ログインのIDやパスワードが記載されているが、そこまで、たどり着けなかった。預け入れの口座は、二十数年ほど前に、隣組の部のお金が現金で預かったと、部の会計さんが、町内会には関わっていない小生の所に相談に来た。部の会計さんから、帳簿を預かり調べた。当時の部の役員さんに、四年遡って、それぞれに手当を支給した。その残りを預け入れた。それが口座開設で、現在も継続中。町内会の役を、十数年前に辞めて、隣組の総会だけには、出席をしていた。この口座には、決算報告で、三十万円ほどの残高になっている。この口座が、今後、必要か否かを、考える時期なのかもだなぁ。町内会の端っくれの役員に、順番で回ってきた。この口座を、どうしたものか考えている。別のこと。ここ数日曇り空。テレビで、「五色霜林」ー美しい紅葉の描写ーを見ている。「五色」は、色とりどりの様子。「霜林」は、霜のかかった林。晩秋の風情と、読んだ。突然ですが、「政党や党派から離れたとかけて、陸地から離れた島ととく。そのこころは」。「ととのいました。どちらもーりとうー離党ー離島ーです」。またまた、滅裂です。
表題の「新涼灯火」は、「秋の初めの涼しくなり始めたころは、明かりの下で読書をするのにふさわしい時期である意」と、読んだ。読書の文字があるので、我が身はと問えば、知り合いの書店から、週刊誌を三種と、月刊誌を四種、その際に棚を見廻して話題のあるのを、購入をする。それを、ながし読みと、拾い読みをしている。今の時期は「新涼」は過ぎて、山野の紅葉を報じている。別のことで、画像は、昭和レトロとか、取っ手のついた冷蔵庫で、以前の断捨離の際、捨てられず、予備として、必要な時に通電をしてる。昨夏に、八年使っていた大きい方がダメになり、今秋には、二十数年使っていた小さい方のがダメになって、買い替えた。小さい方のは、在宅介護だったばあちゃんの介護食や食材の保存を主に使っていた。大きい方を、昨夏に買い替えた時は、p社に診断を依頼してみたら、修理は出来るが、まぁ寿命とした方がいいだった。それぞれの冷蔵庫の電気の消費量はと、取り扱い説明書でみれば、大きい方の容量は、406㍑で、消費電力量は、年間で、249kwとあり、小さい方の容量は、248㍑で、消費電力量は、年間で、302kwと、説明書にある。仮に、単純的に1Kwkの単価の、38円を、乗じてみると、大きい方は、年間の電気料金は、9462円。小さい方は、11476円になる。使用頻度を考慮すれば、倍額になるのかなぁ。小さい方は、電気代が高いと聞いているので、なるほどねぇでした。大きい方は、節電の機能があり、小さい方は、冷やす機能だけの、なのかも。みみっちいことでした。突然ですが、「自己の言動に対して善悪の判断を下すこと、とかけて、父と母のことと、とく。そのこころは」。「ととのいました。どちらもーりょうしんー良心ー両親ーです」。辞典をめくって書きました。またまた、笑止千万です。
日本の季節区分に、10月10日は、「秋霖終わる」とあり、「移動性高気圧が通りやすくなり天気がよくなるころ」とある。季節は、春→梅雨→夏→秋霖→秋と、巡るのかも。入梅の日は、気象学的には、黄経八十度の日、旧暦では、二十四節気の芒種の最初の壬ーみずのえーと、していて、暦では確定はできないと読んだ。梅雨前線が北上して消えて、梅雨明けて夏になる。夏が終わるころに、秋雨前線が現れて南下して、台風の襲来の雨がふり、秋雨前線が消えて、秋霖が終わって秋と、巡ってくるのかもです。当地方の今日は、昼頃は、霧雨模様で、明日辺りから、表題の「刻露清秀」ー秋の気候のさっぱりとすがすがしいさまーに、なるようだ。画像は、閼伽井嶽薬師、常福寺の境内、もうちょっと先の、秋が深まった頃の風情で、以前にものせました。10月10日は、「目の愛護デー」、「銭湯の日」、「転倒予防の日」とあり、なるほどねぇと読んだ。突然ですが、「物体が燃えるときに出る光熱体とかけて、日数をかぞえる語ととく。そのこころは」。「ととのいました。どちらもーひー火ー日ーです」。「日」を、辞典でめくると、「ジツ、ニチ」の読みです。またまた、滅裂はご容赦のほど。
画像は以前に撮ったもので、いわき市川前町下桶売の東松院の山門、臨済宗と案内してある。秋の風情にと載せた。拙いブログの「八十路徒然なるままに」は、「徒然草」の冒頭から借用をしてある。たまたまこのお寺の近くの知人宅でたべっていた時、住職さんが訪れて、ちょこっとお喋りをした。「徒然草」は、吉田兼好、臨済宗の僧侶と、覚えていた。茅葺の山門は、表題の「万古不磨」ー「いつまでも滅びないこと」、茅葺の山門に、ぴったりだなぁです。暦に、八日は「寒露」とある。今日は肌寒い、二、三日は、続くのかなぁ。今日は何の日には、「木の日」とあり、「木材の活用促進をする」、とある。「木」は、「十」と「八」に、分解出るので、十月八日になったとか。突然ですが、「ガラケーは、使い始めて29年になる。当時の、○○電話とかけて、姿や形のこと、ととく。そのころろは」。「ととのいました。どちらもーけいたいー携帯ー形態ーです」。またまた、滅裂です。
画像は、前回載せた風景と同じで、辺りの樹々が、初秋の風情で撮った。足元は、滑りやすく、一転には注意、篭場の滝へ真っ逆さまになる。立ち入り禁止だなぁ。この辺りの風景は、以前にも載せてある。話しは変わって、今日、七日は「盗難予防の日」とある。表題の「狐狼盗難」は、「夜道で狐、狼や盗賊に襲われる意」と、読んだ。報道で、ガラス戸を破壊して、侵入して、危害をくわえて、金品を奪うのを読んでてる。前もって、この家に押し入ろうと、当たりをつけてるのかなぁ。ならば、我が家からのお知らせとして、「お金や金品はなし。お金は、年金支給日の翌日の午後に、ちょっとだけある」と、ガラス戸に貼り付けておくのも、防犯になるのかも。のこのこと来る、間抜けはいねぇべぇです。別の事。今日は朝の内は、てっかりと秋晴れ、続くのかなぁと、はるか彼方の空には雲、雲。昼過ぎには、薄晴れになった。暑い暑いと言っていた、ついこの間までの、夕刻の五時頃と違って、当地方の日の入りは、17時12分頃、薄暗くなっている。「薄暮冥冥」ー夕暮れ時の薄暗いさまー、冬至の16時20分頃まで、日暮れは早くなる。「秋の入り日と年寄りは、だんだん落ち目が早くなる」なんて、また書いてます。突然ですが「旧国名で播磨国の別名とかけて、秋の終わりのころととく。そのこころは」。「ととのいました。どちらもーばんしゅうー播州ー晩秋です」。またまた滅裂です。
画像は、夏井川溪谷の、籠場の滝のすぐ上流で、以前にも載せた。景勝地、夏井川溪谷は、四季折々に、春の岩ツツジの咲く頃と、秋の紅葉の頃が、絶景。渓谷沿いの道は、幅が狭い。行楽期は、車の往来が多い。場所によっては、すれ違いができない。渓谷で籠場の滝が一番の見どころで、幅が約5メートル、高さが約10メートルという。滝の全景は、画像を撮ったところから、歩いてちょっと下った所から見られる。籠場の滝の名の由来は、その昔、平藩の殿さまが、景色の見物に来て、駕籠を止めたからとか。篭場の滝に、水中御殿があったという伝説を、鴨志田義康が書き残してある。表題の、「遊山玩水」は、「山水の美しい所を遊覧して、大いに自然を楽しむこと」と、読んだ。お天気予報では、一週間は晴れのマークが出ない。気象の特異日では、秋霖が終わり、10月10日は、晴れるとある。秋晴れが待たれる。晴れれは季節がめぐり、「秋風索莫」ー「秋風が吹き、物さびしいさま」ーとかになる。突然ですが、「品物を包むこととかけて、ラジオやテレビでニュースを送るととく。そのこころは」。「どちらもーほうそうー包装ー放送ーです」。またまた、あっちゃこっちゃです。
画像は、秋の味覚の福島県産のブドウ。これからの季節、柿や蜜柑の果物になる。旬のものが一番おいしいと思う。今日も曇り空、秋霖ー秋雨前線のことなので、この前線が消えれば、天高くの秋晴れになるのだろう。表題の「飛花落葉」ーひからくようー「春に咲く花も風に吹かれて散り、青葉もやがて枯れ落ちる意から」、「絶えず移り変わるこの世の無常なことのたとえ」と、辞典で読んだ。「無常」とは、難しい言葉で、「万物は生滅流転し、永遠に変わらないものは一つもないということ」と、読んだが、ますます分からない。辞典をめくっていると、「苦髪楽爪」とあった。「苦労が多いときは髪の毛が伸びやすく、楽をしているときは爪が伸びやすいこと」と読んだ。そんなんだぁと思いながら、読んでいくと、「苦爪楽髪」、「苦鬚楽爪」と、類義語があると読んだ。文字を読んで、すぐ、その気になるのは、生来のことだなぁと、苦笑をしている。ご来訪の皆さま方には、「○○に説法、○○に梧道」ですね。「年寄りと釘頭は引っ込むがよし」で、失礼します。
画像の気温のグラフは、上半分が今年九月ので、下半分は昨年の九月。昨年と同じような暑さだった。それぞれのグラフの上側の折れ線は、日中の最高気温、左下がりの点線は、その平年値。下側の折れ線は、日中の最低気温で、左下がりの点線は、その平年値。平年値の最高気温では、月のはじめと、月末では、4、1度、最低気温では、5、1度、降下している。ここのところの、九月の暑さ引きずって、10月も暑いのかなぁ。昨日は、ちょこっと雨が降ったが、夜になって暑くなった。そのまま今日も暑い。台風は秋晴れを呼ぶとか。秋の澄み切った空は、春と違って、大気に粉塵が混じってないのかなぁ。生物季節の観測で、「ススキの開花日」、「イチョウの黄葉日」、「イロハカエデ紅葉日」というので、観測する標本木があるのだろう。あっちゃこっちゃですが、「秋の雨が降れば猫の顔が三尺になる」と、ことわざにある。「寒がりの猫は、雨の日は暖かいので、喜ぶ」と、いうこと読んだ。秋といえば、「秋高気爽」ーしゅうこうきそうー、「天高気清」と、同じこと。お天気のことで、「春愁秋思」ーしゅんしゅうしゅうしー、「よい気候のときに、なんとなく気がふさぐ」という意味があると読んだ。突然ですが、「良い天気のこととかけて、荒れた天気ととく。そのこころは」。「ととのいました。どちらもーこうてんー好天ー荒天ーです」。またまた、滅裂です。