アメリカ産牛肉は絶対に食わない
『毎日新聞』5月24日付 コラム「発信箱」 この日は私がファンである元村有希子氏の文。例によって拝借。「熱々なます」と題して米国産牛肉輸入再開問題。以下引用。
《 米国産牛肉の輸入再開交渉を見ていて、少しだけ胸のすく思いがした。日本政府は、安全性確保に関する米側の報告が不十分だと、容易に納得しなかった。2日間の交渉は1日延長された。あちらにすれば、日本の態度は「あつものに懲りてなますを吹く」ように過剰に映っただろう。米側の代表は「この世界で完ぺきはありえない」と不満をもらした。そういえば「牛肉を買いに行って交通事故死する確率の方が高い」と公言する高官もいた。なんとでもおっしゃれ、である。たしかに牛肉の「100%安全」は保障できない。全頭検査している日本でも、病原体の量が検出限界を下回れば、肉は市場に出回る。そして現段階ではどれほどで感染するかも分からない。そこで「努力は無駄だ」と肩をすくめるのが米国人なら、「できる限りの安全対策を」と考えるのが日本人である。
日本政府はこれまで2度痛い目にあっている。「日本は大丈夫」と言い続けていた01年、国内でBSE(牛海綿状脳症)が見つかった。昨年には「全頭検査は非科学的だ」と強弁する米に押し切られる形で輸入を再開し、1ヶ月で危険部位の混入が発覚した。
首脳会談を控えた今回の「決着」には政治臭がプンプンするが、みたびの失敗は許されないことを、政府は分かっているはずだ。
私たちも学んだ。科学技術には限界があること。そして世論はしばしば無視されること。だから過剰なぐらいに用心深くていいことも。「米国から贈られれた「熱々のなます」の味は貴重な経験として覚えておこう。
(環境科学部) 》
BSEの危険はもちろん嫌だが、リスクの大小の問題よりその手口と日本の政府の態度がむかつくのだ。
あつもの(羮)にこりてなますを吹く=羮の熱いのにこりて、冷たいなます(膾)をも吹いて食う。一度失敗したのにこりて無用な用心をする。(広辞苑)