パリオリンピックが、終わりました。
今回のオリンピックでは、メダルラッシュで、毎日興奮しました。選手のみなさまに、感謝です。
20個の金メダル、金銀銅合わせて45個は、過去最高。
パリに、20回、日本の国歌「君が代」が流れました。
「君が代」は、129年前の今日、1893年8月12日、文部省が、祝日に歌う唱歌の一つにきめました。当時、祝日は休みではなく、子供たちは登校して、これら唱歌を合唱するようになった。歌詞は、今のものより、ちょっと長い。
「君が代」の歌詞は、10世紀に編纂された「古今和歌集」の中の、詠み人知らずの一首、
「我が君は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで」が元で、安土桃山時代の小唄では、
恋する相手を思う「君が代は 千代に八千代に」だったようです。
もともとは、この歌を受ける者の長寿を祝う、と言う意味合いだった、とのことです。
明治以降、明治政府は、国歌がないのは遺憾、と、「君」を天皇として、天皇の御代が永遠に栄える歌として、儀式の折々に「君が代」が演奏され、唱われるようになった。
ところが、第二次世界大戦後には、連合国軍総司令部(GHQ)は、日の丸掲揚禁止と共に、「君が代」斉唱を禁止した。その後、徐々に、禁止が緩められたが、読売新聞の1948年(昭和23年)1月25日の社説のように、
「これまで儀式に唄ったというよりむしろ唄わせられた歌というものは、国家主義的な自己賛美や、神聖化された旧思想を内容にしているため、自然な心の迸りとして唄えない、新国歌が作られなくてはならない」など、国歌について、議論されるようになった。
その間も、事実上国歌として演奏されてきたが、法的根拠が無いと言うことで、1999年8月9日、
「国旗および国歌に関する法律」が成立、4日後の8月13日、交付、即日施行となったのです。
政府は、「君が代」を、「我が国」として、我が国の末永い繁栄と平和を祈念した国歌なんだ、と声明を出して、国歌としての「君が代」を、国民に、納得してもらいたかったのだ、と思います。
まあ、いろいろ議論は尽きない国歌「君が代」ではありますが、政治に利用されたりして、紆余曲折の道をたどっていますけれど、元が、10世紀の詠み人知れずの「短歌」であり、世界でも最も古い、短い国歌、金メダルに輝いた選手の皆様の笑顔に、似合っているかなあ、なんて思いながら、メダリストに、感動ありがとうの拍手を送って、口ずさんでいました。
8月12日「今日は何の日カレンダー」より 国歌制定記念日・君が代記念日、●阿波踊り(~15日 徳島市)
- 高松おどり(~14日 高松市)
▲ミシン、登場。日本に来たのは1860年(1851)▲「君が代」祝日の唱歌に。当時、祝日は休みではなく、
子供たちは登校して、これら唱歌を合唱(1893)▲東京宝塚劇場、創立(1932)▲ソ連、水爆実験に成功(1953)
▲23歳の堀江謙一、マーメイド号で太平洋単独横断(1962)▲スペース・シャトル、初のテスト飛行(1977)
▲日航ジャンボ機が群馬県御巣鷹山山中に墜落。死者520人、生存者4人(1985)▲米大リーグ、無期限スト
に突入。Wシリーズが中止に(1994) ▲高知四万十市で観測史上最高の41.0℃記録(2013)▲中国・天津で
危険物倉庫が爆発700人超の死傷者(2015)
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