平和をたずねて:続・強制労働 司法越えて/1 最高裁の付言の重み/毎日新聞

2008-12-03 23:19:54 | 社会
付言は、読んで字のごとく、付け加えた言葉である。概して重くはなかろう。だが、最高裁判所が判決文に記した付言となれば、軽くみることはできまい。
 その判決は昨年4月27日に言い渡された。第二次大戦中、日本に強制連行されたあげく、広島県内の水力発電の建設現場で過酷な労働をさせられた中国人の元労働者ら5人が西松建設を相手取って謝罪と損害賠償を求めたが、最高裁は「日中共同声明により裁判上の賠償請求は放棄された」との初判断を示して原告側の請求を棄却した。原告の逆転敗訴であった。

 しかし、異例の付言で「本件被害者らの被った精神的・肉体的苦痛が極めて大きかった」とし、こう述べる。「上告人(西松建設)は中国人労働者らを強制労働に従事させて相応の利益を受け、さらに(国家)補償金を取得しているなど諸般の事情にかんがみると、上告人を含む関係者において、本件被害者らの救済に向けた努力をすることが期待されるところである」

 だが、原告と被告が裁判所を離れて、同じテーブルにつくことはなかった。このため龍谷大教授で「中国人強制連行を考える会」代表の田中宏さん(71)らは今年4月に「西松建設・最高裁勧告の実現を求める会」を設立した。付言は事実上の勧告に当たるとみなしたのだ。呼びかけ人には土井たか子さん、辻井喬さん、鎌田慧さん、池田香代子さんら23人が名前を連ねている。

 謝罪と戦後補償の壁に挑んできた田中さんは、顔をしかめて言った。「最高裁がボールを投げてきたのに、西松建設は、裁判で結論が出た以上、法的拘束力のない対応をするつもりはない、と話し合いに応じません」

 梅雨のさなかの7月4日、東京・全水道会館で「最高裁勧告の実現を求める会」の集会が開かれた。私は会場の片隅で傍聴した。思わず耳をそばだてたのは、西松建設の株主総会に株主として出席し、この問題をただした男性の報告だった。

 「西松建設の副社長はこう答弁しました。付言は判決を構成するものではなく、判決でもない、単に裁判官個人の意見でありまして、勧告ではありません。さらには--当社は中国人の強制連行、強制労働はなかったものと確信しております、とまで公言したのです」

 私の周りから、ため息がもれた。ため息はしばらくおさまらなかった。企業の社会的責任を果たすべきではないか、との問いかけにはこう回答したという。「ご意見として承っておきます」。私の取材に対しては「すべて解決済みです」。

 最高裁の付言は、こうして葬りさられたのである。原告が全面勝訴した広島高裁の判決「損害賠償義務を免れさせることは、著しく正義に反し、条理にもとる」をひっくり返すにあたり、最高裁は便宜的に付言をだしたのだろうか。それとも付言に強い意思をこめたというのか。あえて私は問いたい。【広岩近広】<次回は10日に掲載予定>

毎日新聞 2008年12月3日 西部朝刊

http://mainichi.jp/seibu/shakai/news/20081203ddp012040025000c.html


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。