★☆救う会全国協議会ニュース★☆( 2008.12.05-1 )金正日重病説と北朝鮮情勢(1)

2008-12-06 22:19:45 | 北朝鮮
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2008.12.05-1)金正日重病説と北朝鮮情勢-
東京連続集会40

脳卒中で倒れた金正日。北朝鮮はどうなるのか。新たな事態を受けて、日本の
対応はどうあるべきか。平成20年10月30日、東京連続集会40にて、救う
会拉致問題プロジェクト委員の惠谷治氏(ジャーナリスト)と西岡力・救う会会
長代行が、概要以下の通り報告した。

惠谷治氏(ジャーナリスト)

世界中の関心事である金正日は、今どうなっているのかということについて、
昨日までの報道ベース、あるいは私が直接入手した情報を総合すると、体は不自
由でも意識はしっかりしていて、判断能力はあると見られる。例えると、ある関
係者は、大変失礼だが長島監督のことを想像されたらどうかと言っていた。長島
さんの場合は、すごくリハビリの努力をして表に出てこれた。しかし、金正日は
リハビリの努力をするような男ではないと思うから、二度と表には出てこれず、
おそらく彼の動く映像はもう出てこないのではないか。

そういう状況に至るまでを簡単に見てみると、まず、8月15日に脳卒中で倒
れたという報道があった。その後に中国医師団が呼ばれて手当てをした。ある情
報によれば昏睡状態にあるという状況だった。脳卒中は突然なるものではなく予
兆がある。優秀な主治医がついているはずだから、当然、予兆を感じて派遣要請
したはずだ。脳卒中の場合、早く手当てするほどダメージが少ない。脳卒中で倒
れてから何千キロも離れたところから医者を要請し、それで回復するということ
はありえない。

それでは、どういうことだったのかというと、8月15日に倒れたのはおそら
く間違いないと思うが、ただし、脳卒中だったのか、心筋梗塞だったのか、まだ
情報が錯綜している。15日に倒れた原因が心筋梗塞だった場合、実際に脳卒中
で倒れたのは8月22日ということになる。15日の予兆で呼ばれた医師団が2
2日には平壌に到着していたとして、金正日が本格的な脳卒中で倒れたとなれば、
心筋梗塞で呼んでいた医師団が脳卒中に対応できるかという問題がある。だから
はっきりとは分からないが、15日に何らかで倒れたが、これは一過性で持ち直
した。しかし、主治医たちは中国の医師団を要請した。その医師団が平壌に着い
たところでまた倒れ、医師団が本格的に治療して、9月初めにはもう意識が回復
していたような状況だと思う。

というのも、この問題が表に出たのは、9月9日の国家創建記念閲兵式に金正
日が出てこなかったことが発端だ。金正日が最高司令官になって以降、過去10
回の閲兵式に欠席したことがなかったから、これに欠席したということからして、
120%何かがあったということは間違いない。

問題は、その当日のことだ。軍事パレードというと、日本では92年の北朝鮮
の軍事パレードの映像ばかり流すから、戦車やミサイルが出てくるのが閲兵式と
いうイメージがあるけれども、ああいう軍事パレードは92年以降一度も行われ
ていない。つまり、北朝鮮の閲兵式には戦車もミサイルも出ず、通常、人民軍の
部隊が登場する。しかし今回、9月9日には民兵部隊が登場した。人民軍も当然、
閲兵式に登場する予定で、平壌の東の郊外にある美林という今は使っていない古
い飛行場に待機していた。閲兵式は北朝鮮では通常、朝10時から始める。何十
万人も動員される市民は、10時からのパレードに6時から動員される。当然今
年もそういう状況にあった。

ところが、10時に始まる予定が実際は午後5時に始まった。7時間も遅らせ
ることができるのは、あの国ではただ一人だ。閲兵式に一度も欠席したことのな
い金正日は、この閲兵式には出よう、出たいと思い、出るつもりだったと思う。
思考能力があるということは、左脳のダメージは少なく、右脳のダメージが大き
かったのだと思う。右脳のダメージが大きければ左半身は動かないが、右半身、
右手が何とか動いているということであれば、映像を遠目で撮れば何とかなると
考えたかもしれない。いずれにせよ、自分が出たい、出るつもりで待たせた結果、
7時間も遅れたのではないか。その日のことだけで言えば、金正日の意識はあり、
判断能力はあると私は思っている。

テロ支援国指定解除もそれを裏付けるものだと思う。金正日に判断能力があり、
統治能力がなければ、米国がわざわざ解除するはずがない。解除の前提としての
核兵器の検証を指示できる者がいなければ解除するはずがない。ということは、
ブッシュ政権ないしCIAを含め、金正日に判断能力、統治能力があると判断し
たがゆえに解除に踏み切ったと私は思っている。

ベッドにいるのか車椅子にいるのかは分からないが、判断能力があって、それ
なりに指示を出している傍証はたくさんある。

10月10日、労働党63周年記念日に出てこなかったのは、5年、10年と
いう節目のとき以外、もともと金正日は出てこないから当然のことだと思うが、
その日付で朝鮮中央通信は2枚の写真を出した。その翌日、中央テレビが朝9時
過ぎに臨時ニュースとして、将軍様が821軍部隊を訪問されたという形で20
枚のカラー写真を映した。私もこの20枚の写真を検討したが、最近ではないと
いう決定的な証拠は見つからなかった。しかし、緑の青々とした写真が10月の
写真ということはありえない。

821軍部隊というのは、金正日が1997年に最初に視察して以来、過去6
回も視察に行っている。通常の軍部隊視察は1回だけなのに、これは異常なこと
であり、何かあるのだろうと思うが、分からない。

軍部隊視察は金正日の統治術の原点であり、訪問して演習を視察し、全員で記
念写真を撮る。最高司令官と一緒に写真を撮ったという名誉もあるが、一人ひと
りに2ケース配られるカップヌードルが兵隊の一番の喜び、というのが本音だ。
だから将軍様には来ていただきたい。しかもそのカップヌードルは、中国製でも
韓国製でもなく日本製でなければ価値がない。カップヌードルの麺を食べて、残っ
た汁にご飯を入れて食べることが兵隊たちの喜びなのだ。このように一人に2ケー
ス、大盤振る舞いしている。単純に言えば、カネで忠誠心を買っている。もっと
言えば、日本製で忠誠心を買っているということだ。

そのカップヌードルは当然、以前は万景峰号で運ばれていた。今は万景峰号は
止まっているけれども、しかし輸出禁止ではないので第三国経由で行っている。
あるいは日本製のカラーテレビであれば、作戦に成功した幹部に「ご苦労」といっ
て渡している。このように日本製が金正日の独裁に貢献している。だから私は、
全面輸出禁止にすべきだと思っている。

金正日はが821軍部隊に行ったのは、最新では2006年4月だと思う。去
年行っていれば辻褄を合わせることができるだろうが。夏に行ったのは2004
年だから4年前のことになる。しかし、虚偽、捏造写真だという決定的な証拠は
見つからなかった。

今まで見ている限り、金正日の視察報道に、虚偽報道、捏造報道はない。5年
ぐらい前までは何日に視察したという日付も報道されていたが、現在はいつ行っ
たということは全然報道しない。金正日がいつどこに行っていたということが分
かれば、それを衛星でチェックすると、こういう車列を組むと金正日の車列だと
いうことが分かるから、現在は一切言わない。視察報道に捏造があれば、国内で
は、来ていないという話が出て、騒ぎになる。今まで捏造報道がないからゆえに、
今回、58日間も報道がなかったと言えよう。しかし、おそらく今回821軍部
隊を訪問したという報道については、初めて捏造しているのではないか。

10月7日に黄海側で、爆撃機から短距離の巡航ミサイルを発射する実験を行っ
た。軍事技術的にいうと、ソ連製の空対地ミサイルはいくつか持っているが自前
製のものはなかった。おそらく空対地ミサイル実験を行ったのは初めてのことだ。
将軍様が倒れても我々はミサイル開発をやるんだという意思表示であるが、それ
以上に、これにも当然、金正日が、発射してよろしいというサインを出している。

2006年7月に7発のミサイルを発射した時、新聞、テレビの解説の方は、
軍が暴走したのではないかと言っていた。北朝鮮で軍が暴走してくれれば、それ
を期待して、クーデターも可能となるが、暴走などできない。すべて、金正日が
サインしなければ発射できない。ということは、10月7日のミサイル発射実験
も、金正日に判断能力があり、サインしている。ただしサインは、同じ筆圧で同
じタッチのサインマンが別にいるので、本人が書かなくてもできる。

一連の動きを見ていると、車椅子に乗っているのかベッドに寝ているのかは分
からないが、本人はとりあえず命に別状がなく、おそらくベッドに一番近い場所
に一番かわいがっていた妹の金敬姫がいて、その夫の張成沢と相談しあいながら
統治が行われているのではなかろうか。


西岡力(救う会会長代行 東京基督教大学教授)

最近、何回かソウルに行き、脱北者や情報関係者と意見交換してきたが、金正
日が倒れたことは間違いない。しかし、今も金正日が統治している。現段階では、
病床で統治しているのだろうと判断している。

拉致問題に引きつけて考えると、8月14日までは金正日の動静報道があるか
ら、14日の夜に倒れたのか15日の倒れたのかは分からないが、8月11日か
ら12日にかけて行われた日朝実務者協議の時は、金正日は健在だったというこ
とだ。

6月の実務者協議の段階で北朝鮮は、人と船と飛行機の制裁解除を求め、その
見返りとして拉致の調査のやり直しをすると言った。8月の実務者協議では、船
の制裁解除については先送りとなって、人と飛行機の制裁解除だけで調査のやり
直しをすることになった。何を見返りにするかということについては金正日の決
済がなければ絶対できない。しかも6月段階と違う条件で調査やり直しをすると
いうことになったのだから、そういう意味でも、その時、金正日は健在であった。
そして、何かを狙って仕掛けてきたことは間違いないと思う。

強調しておきたいのは、今回の北朝鮮の要求がコメやカネではなく、制裁緩和
だったということだ。これは、今までにない日朝の交渉だったと言える。北朝鮮
は過去4回、拉致の調査をしてきたが、過去の調査の見返りはコメ・食料かカネ
だった。アメとムチに喩えていえば、今まではアメを要求してきたが、今回はム
チを緩めてくれと言ってきた。しかも6月と8月を比べると、その緩め方が少し
甘くてもいいと言ってきた。そこまでして北朝鮮は何を得たかったのか。制裁の
緩和、解除が当面の目的だったのかもしれない。

そして、8月15日、22日が過ぎて、9月1日に福田首相が首相辞任を表明
し、北朝鮮は9月4日に、福田辞任表明を理由に調査委員会の立ち上げを延期す
ると伝えてきた。この時点では金正日の病気報道はなかった。北朝鮮は金正日の
決済で動いているのであって、何か目的があって調査やり直しを約束して日本の
制裁を解除させようとしたはずだ。福田首相が辞めるから調査やり直しを延期す
るということは、福田首相が別途、秘密の交渉をしていて、何か表に出ていない
約束をしていたとして、その表に出ていない約束を担保した人が辞めてしまうの
だから延期するということであれば、あり得ると思っていたが、9月9日に金正
日が出てこなかったことから、どうもそうではなくて、彼らのほうの事情が何か
変わったと考えるべきなのではないかと今は思っている。

経済制裁をしたから拉致問題は膠着状態になった、安倍政権のやり方は間違っ
ていたという議論が一部にあるが、拉致問題は2002年9月以降、進展してい
ない。それ以前は、拉致はないと言っていた北朝鮮、金正日が拉致を認めたのは
大きな進展だった。そして5人が帰ってきた。その後は5人に付随する家族の問
題はあったけれども、死亡と言われた8人について、また、北朝鮮が拉致を認め
ていない曽我ひとみさんの母ミヨシさんや特定失踪者を含む多くの人たちについ
て、進展はゼロだ。それどころか、偽の遺骨が出てきたり、偽の交通事故記録が
出てきたり、ひどい目にあわされている。

その間6年経っているが、そのうち最初の4年間は制裁をかけていない。端的
にいうと、制裁をかけていなかったら偽の遺骨が出てきた。その後の2年間、制
裁をかけたら北朝鮮は調査のやり直しをするから制裁を緩めてくれて言ってきた。
これが現段階でいえる客観的事実だ。4年間の制裁をしないやり方と、2年間の
制裁をするやり方と比べて、どちらが効果を挙げたのか。たとえ効果が挙がらな
かったとしても、援助しかカードがなかった時と比べて、こちらに新しいカード
ができたという点で、交渉は有利になった。このことを押さえた上で、北朝鮮が
今回何をしようとしていたのか、それがなぜ止まったのか考えなければならない。

福田さんが辞任を表明しても、麻生政権が生まれるまで福田政権は続いていた。
その時、福田さんが辞めるから北朝鮮は様子を見るだろう、それでも仕方がない
というようなことを言った外務省の高官がいたけれども、向こうが犯人なのだか
ら一刻も早く返すべきであり、日本の首相が代わることと拉致被害者の帰国を要
求することに何の関係があろうか。調査すると言ったらさせるべきなのであって、
理解できるなどと言うのは利敵行為だ。

当時の中山拉致問題担当相は、福田辞任表明直後にもしかすると早く動くこと
もあるかもしれない、あるいは時間稼ぎに出るかもしれない、両方あると思って
対処しなければいけないと言っていた。福田政権は、調査委員会の立ち上げだけ
で制裁を解除すると約束した政権だから、北朝鮮がすることは立ち上げ通報でい
いのだから、彼らが朝鮮総連の人たちの北朝鮮渡航を始めたいなら、早くやれば
よかったはずだ。その後に、次の政権がけしからんから委員会の活動を停止した
と言えばよかったはずだ。北朝鮮はもともと委員会を立ち上げて調査しなくても
結果は分かっているのだから、結果をどう出すかということを検討するだけだろ
う。しかし北朝鮮は、当面のことを取ろうとしなかった。

それは、短期的には9月9日に関係していると思う。9月9日の国家創建60
周年の大行事に、制裁のため再入国許可が出ない最高人民会議代議員の朝鮮総連
の6人の幹部たちを呼んでいた。6人の幹部たちは北京行きの飛行機の予約をし
ていた。彼らは9月9日以前に委員会立ち上げがあり、制裁が解除されると考え
ていたから北朝鮮行きの準備をしたのだ。出来ればチャーター便で行って大々的
にお祝いをしたいということを考えていた可能性もある。それなら8月時点で金
正日が、万景峰号など船については先送りしてもよいと決済したことに一定程度
納得できる。しかし、その後に金正日が倒れて、大々的にお祝いする状況ではな
くなった。そういうことを隠すために、福田首相の辞任表明を使ったのではない
か。金正日は、調査委員会立ち上げ延期についても決済していると思う。その理
由は自分の健康なのではないか。

それでは金正日の健康状態はどうなのか、権力は今どうなっているのか。北朝
鮮の動きと金正日の健康問題との間に何らかの連関があることは間違いない。病
状については詳しくわからないが、少なくとも定期的に金正日から決済が出てい
るということは間違いない。金正日の病室に入れる人間はごく限られている。し
かしまだ、断定的なことはなかなか言えない。

ソウルで聞いてきたことの中で、成程と思ったことがある。あまりにも金正日
の病状の情報が出すぎている。特に中国から出ている。本当は、中国は知らない
と言っておかなければならないのに、ということだ。今回中国から入ったのは軍
医だと言われている。軍医は情報を守るから信用される。ところがあまりにも病
状の情報が漏れており、明らかにおかしな情報も漏れている。金正日が烽火病院
で治療を受けるということはあり得ない。中国軍がその気になれば完全に秘密に
できるのに、病状が漏れているということは、中国は知っているように見せてい
るのであって、本当は知らないのではないかという分析がある。一理あると思う。

でも、最低限言えることは、金正日が動く映像で出られない状態にあるという
ことだ。9月9日には立つこともできなかったのではないか。立てれば、その映
像を出すこともできたはずだ。

そして北朝鮮は今、病気ではないと言っている。病気報道は謀略だと言ってい
る。外部から情報が入ってくることに大変ぴりぴりしている。異常なのは、ビラ
に対する彼らの非難だ。韓国にいる脱北者のNGOが10月10日に撒いたビラ
を1枚もらってきた。今は風船につけてまとめて落としているが、ビラはもとも
と韓国政府が気球を使って50年間やっていたことだ。しかし今、北朝鮮は、1
0月の2回の軍事接触の機会に、NGOのビラをやめさせろと言っている。ビラ
にそんなにおびえていることが分かり、NGOの人たちは元気づいている。北朝
鮮は最近になって、外部の情報が入ることを恐れ始めたということだ。

9月9日の「労働新聞」の社説に、「敵が我々の秘密を狙っている」というフ
レーズがある。9月に入って新しく生まれた秘密とはなんだろうか。金正日が8
月に倒れたとすれば辻褄が合う。動く映像が出てくれば健康不安説は吹き飛ぶが、
それができないから外部と接触できない。金正日と一緒に写っている821軍部
隊の女性兵士たちは、本当は来ていないということが広がらないために監禁状態
にあるかもしれない。そういうことをしなければならないような状態であること
は間違いない。

今後は、北朝鮮の権力全体がどうなっていくのかということが第一の問題であ
る。8月11日時点でやろうとしていた拉致問題での日本への何らかの回答と制
裁の一部解除とのバーター取引を、金正日が倒れた後の権力がどう判断するのか、
まだ読みきれない。北朝鮮は北朝鮮の事情で6月と8月に拉致問題で何らかの動
きをしようとしていたのだ。安倍さんは首相になる前に、「黙って真綿で首を絞
めるようにすれば、絶対に向こうが動いてくる」と言っていた。朝鮮総連に対す
る厳格な法執行などをやり始める前の話だ。その通り、動きが出てきた。

今、動きが出てきたのに向こうの都合で変わった。我々は反対だが、麻生政権
も北朝鮮が調査委員会を立ち上げたら、人と飛行機の制裁を解除すると言ってい
る。ただし、その時点でもエネルギー支援には加わらないということを言ってい
る。北朝鮮が8月11日時点で要求していたのは、エネルギー支援ではなかった
のだ。



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