<特集ワイド>歌舞伎町 路上生活の少女を追った38枚『歌舞伎町のこころちゃん』

2009-01-30 14:05:22 | 新刊・新譜情報
<特集ワイド>歌舞伎町 路上生活の少女を追った38枚 雑踏の空白でこころは笑った
写真集は「日本にもストリートチルドレンがいる」という現実を、社会に突きつけた。新宿・歌舞伎町の路上で寝起きする当時4歳の女児「こころ」。韓国人写真家、権徹さん(41)が撮影した、38枚の写真をもとに「歌舞伎町のこころちゃん」(講談社)はまとめられた。「プロとして構図を計算して撮ったのは2、3枚しかない」。その言葉通り、無理なトリミングやピントの甘さも目立つ。それでも写真は、雑踏に覆い隠されたこの国の暗部を確かに、写し出している。【鈴木梢】

 ◇見過ごされた社会のひずみ

 ◇韓国人写真家・権徹さん、半年の交流を写真集に

 07年9月。権さんは新宿コマ劇場前で、無邪気に遊ぶ女児に気付いた。写真家を志し、来日してから10年余。風俗、暴力、人情がカオスとなって渦巻く歌舞伎町にひかれ、「歌舞伎町は主戦場」と駆け回り、毎日1000カットもの撮影を続けてきた。「街の裏の裏まで知り尽くした」つもりだったが、視線の下のタイル張りの路面で生きる女児が目にとまることは、この日までなかった。

 名前を尋ねた。女児は「こころ」と名乗った。権さんが手にしたデジタルカメラに目をやって「かわいく撮って」と、虫歯だらけの笑顔を見せた。2人の交流はわずか半年間。08年3月、こころは突然、歌舞伎町から姿を消した。

 1月のある晩、こころが生活していたというコマ劇場周辺を歩いた。風俗店紹介所が林立し、寒さに肩をすぼめる客引きが立つ。ゲームセンターの無機質な電子音が、深夜の冷えきった街角に響く。古ぼけたビルに入ってみれば、階段にホームレスがたたずんでいた。少しでも寒風を避けようとしているのだろう、段ボールを敷き汚れた毛布を頭まですっぽりかぶっていた。1年前、こころはこの歌舞伎町で生きていた。

 客引きや露天商に尋ねてもこころとかかわった人はいなかった。あるすし店のおかみ(57)は言った。「事情を抱えた人が集まる街だから、他人に深入りすることはできないよ」。1日350万人もの乗降客であふれる新宿駅前の大歓楽街で生き抜くためには、「干渉せず、ただ行き交う」との暗黙のルールに従わなければならない。たとえ、歓楽街には不似合いな女児を見たとしても。

 写真集をめくれば、汚れたピンクのシャツを着て地べたを素足で走るこころ、布団代わりの段ボールに絵を描くこころ、安食堂の椅子に座りカウンターに身をあずけて眠るこころの姿が焼き付けられている。だが、ここに生きる人の記憶の中にこころはとどまっていない。

 権さんは「こころのために手を尽くそうとした」という。こころの隣で横になる父親を諭し、時給900円のサンドイッチマンのアルバイトを紹介した。「あかで肌が黒ずんだこころのサウナ代に」と5000円を渡したこともある。それでも父親は「足が悪くて働けない」と拒み、受け取った金も酒代に変わった。こころはたばこ臭いゲームセンターで、父親の帰りを一人待つのが日常だった。

 こころを取り巻く状況に憤りを感じたが、フリーランスとしての生活もあった。センセーショナルな騒動が頻発する歌舞伎町の年末は、権さんにとって書き入れ時であり、父親とひざをつき合わせて意見する時間はなかった。こころとの交流は途絶えがちになった。

 忙殺から解放された08年3月。久しぶりにこころの姿をカメラに収めた。その2週間後、こころはいなくなった。父親の説明では、家を出たこころの母親が歌舞伎町に現れ、そのままこころを児童養護施設に預けたのだという。生活の糧がない父親は、飲食店に勤める母親が時折運んでくる稼ぎをあてにし続けた。

 「こころにとっては、今の生活の方がよっぽど幸せかもしれない」。そう話す父親は、こころが施設に預けられた後、身を寄せる家を見つけた。もう、こころと一緒に暮らしたくないのだろうか。私の問いかけに「自分が変わらなければ」という一方で、「生活の土台を作るのに何年かかるかわからない」。口をつく言葉は揺れた。

 こころが歌舞伎町にいたころ、大阪のお笑い芸人が書いた自叙伝「ホームレス中学生」がベストセラーになっていた。中学時代の夏休みに公園で過ごした生活を「ホームレス」と称し、映画化もされた。「空腹を紛らわすために段ボールを食べた」などというエピソードを、世間は「自虐的なネタ」ととらえ、深刻なはずの問題を笑って看過した。その笑いの先に、こころがいることを、誰も知ろうとしなかった。

 写真集は、知人が編集する写真誌に載ったカットを目にした大手出版社の強い意向で出版された。権さんは、「写真が足りない」と一度は出版話を拒んだ。こころが写った写真はたった38枚。「未完成」という権さんの戸惑いは反映されず、結局、歌舞伎町の風景写真23枚をつなぐことで昨年暮れに出版された。

 刊行後の反響は大きく、権さんへの取材依頼は絶えない。社会が驚き、波紋が広がるにつれ、権さんは「かき集めた38枚」を「へたくそな写真」と強調するようになった。プロのカメラマンとして、問題意識はあったのか。「もっとこころとかかわって、こころを何とかできなかったのか」と自問する。

 恐らく、昨年5月の中国・四川大地震を取材したときの経験が投影されているのではないか。権さんは両足を失った少女を撮影した。「その時、私はジャーナリストであると同時に人間であることを痛感したんです」。その後、少女のために義足募金を呼びかけた。そして自問する。被写体と深くかかわることが、自分のやり方ではないのか、と。

 「写真集の印税の一部を、一家の自立支援にあてる」と決めた。印税用の銀行口座を開き、こころの名前の語呂に合わせて556円を預けた。「556(ココロ)基金なの」。満足げな表情だった。「偽善」と見られる可能性をも甘受するのは、彼なりのざんげなのかもしれない。

 こころは今春、小学校に入学する。

 権さんがこころと最後に会った日の写真。昼間、コマ劇場前の広場にポツリと立ちつくすこころがいる。周りにはパトロール中の警察官や観光客、大勢の通行人が写る。こころに目を向けている人の姿は、ない。厚生労働省の調査(08年1月)によると、日本のホームレス人口は1万6018人。子供の数は不明で、統計上、ストリートチルドレンは存在していない。

http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/20090128dde012040024000c.html

歌舞伎町のこころちゃん(講談社)
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2151472


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2 コメント

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見たかも (KIRA)
2012-09-05 17:46:35
2011年7月、新宿西口地下広場で親子三人川の字で寝ている野宿者をみた。女の子は、9歳から11歳くらいに見えた。
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Unknown (hiromi)
2013-06-09 10:47:18
facebookからこのブログにたどり着きました。 路上生活されてる方の、炊き出し・夜回りのお手伝いをした経験もありますが、日本のストリートチルドレンの現状は知りませんでした。こころちゃんの事もゴンさんのことも初めて知りました。今まで 無知でいたこと恥ずかしく思います。願わくば、今こころちゃんが温かい布団で休め、健やかに成長し笑顔で毎日を過ごされていること、心から願います。
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