福島第1原発事故 日本人が大好きな魚が泣いている/毎日新聞

2011-08-31 19:11:36 | 社会
特集ワイド:東日本大震災 福島第1原発事故 日本人が大好きな魚が泣いている


サンマやサバ、戻りガツオ……秋口から冬にかけてうまみをグッと増す旬の魚たち。だが、福島第1原発事故で海に流れ出した放射性物質による汚染は大丈夫なのか。風評被害も被災地の復興に影を落とす。日本人と魚。私たちの食卓を彩ってきた海の幸はどこへ--。【浦松丈二】

 ◇出漁できない福島沿岸/警戒解けない回遊魚/懸念深まる消費者離れ

 「最初、福島県沖のコウナゴから国の暫定規制値を超える放射能が検出された。三重県や兵庫県など関係ない地区でも風評被害が広がった。まず海の表層の魚から検出され、続いて中層、低層からも出てきた。困った問題です。低層(の放射性物質)は消えにくいと聞いています」

 全国各地の約1000漁協を束ねる全国漁業協同組合連合会(JF全漁連)の道下善明・漁政部次長は事故後の影響を振り返り、ため息をつく。

 「大きな影響を受けたのは福島県と茨城県です。福島沿岸の漁船はまだ出漁していません。ただ県北部は影響が比較的小さかったため、県全体でも試験操業をしてみようという話になった。ところが、消費者の動向に敏感な買い受け人たちは『一度でも放射能が検出されたら福島の水産はおしまいだ』と。結局、8月の操業再開は見送り。9月の再開も難しい状況です」

 漁業従事者はどう暮らしていくのか。「東京電力から(平均的な)水揚げ金額の2分の1の仮払い補償を受けている状況です。でも皆、漁師なので漁に出たいんです。これから漁期に入ってくるし」と道下さん。

 一方、漁期を迎えたサンマについては、全国さんま棒受網漁業協同組合が風評被害回避のため、福島第1原発から100キロ以内を「自主禁漁」としたうえで操業している。汚染状況が詳しく分からないため、業界や地域の足並みがなかなかそろわないのだ。

 ♪さかなさかなさかな/魚を食べると/あたまあたまあたま/頭がよくなる

 JF全漁連はかつて魚食普及キャンペーンソング「おさかな天国」で大ヒットを飛ばしたことも。「再ブレークしないかな……」。道下さんがぽつり。シーフード料理コンクールを開くなど消費者の魚離れ防止に躍起だ。

 ■

 消費者は安全な魚をどう見分ければいいのか?

 1970年代から原発建設反対を訴えてきた水口憲哉・東京海洋大学名誉教授(資源維持論)を千葉・九十九里浜にほど近い自宅に訪ねた。

 「反原発が本業みたいになっていたので」と笑うが、書斎には海洋生物関連の資料が所狭しと積まれている。

 「これが重要です」。水口名誉教授が、輪ゴムで束ねた資料から1枚の紙を抜き出した。日本地図に鉛筆で細かい模様が描き込まれている。

 「例えばサバの場合、日本海側の対馬暖流と太平洋にそれぞれ単位群(グループ)があり、二つの単位群は交流しない。福島沿岸のサバは太平洋側だけで動き回るので、日本海側で取れたサバに汚染の心配はありません。しかし、ブリやクロマグロは日本中を回遊するため、日本海側で取れたとしても汚染されていないと断定はできません」

 では、サンマはどうか。水口名誉教授は、水産庁のウェブサイト(http://www.jfa.maff.go.jp/)などで公表されているデータを示し、「サンマから検出される放射性セシウムの数値は徐々に下がってきています。3、4月の汚染水の流入と5、6月の海流、その時期のサンマの回遊状況が関係していると考えられます」と説明する。

 そのうえで「原発事故による水産生物への影響を調べるには、海流と水産生物の単位群の回遊移動の関係を把握してから調査・検討しなければいけません。でも、水産庁は放射能が検出されそうなものを測定しようとしない。日本人になじみの深いクロマグロすら検査していないのです」と指摘した。

 どんな種類、産地の水産物を、いつまで警戒すべきか。「小魚を餌にするスズキやヒラメなどは、3月末に汚染が広がってから約半年後に濃縮のピークを迎えます。当面、年内は用心すべきでしょう。海底でも陸上同様、ホットスポットの存在が報告されているので、底にいる魚や貝類、海藻なども長期間にわたって注意が必要です」

 86年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故では、日本周辺の放射性セシウムの値が3倍にはねあがり、それから半年後に多くの魚の汚染がピークを迎えた。同様のことが今回も起きるのか。

 ■

 「日本人の生活と魚は切っても切れない関係にある。黒潮や親潮などの影響を受け、豊富な森林からは栄養が流れ出している。だから四季折々、さまざまな魚が沿岸にやってくる。各地で地方色豊かな漁業と食文化が発展したのは、このおかげです」

 こう語るのは神奈川大学日本常民文化研究所で水産資料を担当する越智信也さんだ。今年6月、資料保全のため宮城県気仙沼市を訪れ、津波被害を目の当たりにした。

 「特産のカキやホタテの養殖いかだが全て流され、復旧まで3年はかかるそうです。地域の主要産業である水産加工業へのダメージも大きい」と越智さんは嘆く。

 その津波被害に放射能汚染問題が重なる。「原発事故が起きた福島県沖から北の三陸沖は黒潮と親潮がぶつかる好漁場であり、事故処理が長引けば、水産業全体への影響が懸念される。風評被害も含めて日本人の魚離れが進まないか、心配です」と語る。

 魚離れの重大さは、かつおぶしを使わない日本食を想像するだけでも分かる。

 「海と人間のつながりを断った沿岸部の復興は難しいでしょう」と越智さん。古文書の話になった。「房総半島の漁村に残る江戸後期の日記には、海の様子が毎日書かれています。イワシの大群で海が波立ったとか。漁業は海の観察から始まるのです。復興計画では高台移住の話も出ていますが、海の見えない暮らしは不自由でしょう。防災との両立は難題ですが、海と共に暮らしてきた人々の知恵をくみ取って将来像を描いてほしいと思います」

 そして「都会に暮らす私たちも、海の恵みをもらってきたことを忘れるべきではありません」と付け加えた。

 食卓に、豊かな彩りと滋養分をもたらしてきた海。その海を汚した原発事故の深刻さを思う。

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毎日新聞 2011年8月30日 東京夕刊
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110830dde012040005000c.html


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