小泉自民党による総選挙圧勝から1ヵ月半がたったが、まだまだその余韻は収まることを知らないようだ。
では、与党が衆議院の3分の2を占めるという事態のなか、これからの日本にはどのようなことが起きるのだろうか。
私は、次の3つのリスクが高まったと考える。それは、「増税」「インフレ」「戦争」だ。
今回から3回に分けて、それぞれの内容について検討していくことにしよう。
まずは、「増税」についてである。
衆議院で与党が3分の2以上を確保したということは、一般の法案は何でも通る態勢が整ったということである。
たとえ参議院で否決されても、憲法59条の規定により、衆議院で3分の2以上の賛成を得て再び可決すれば、法案は通過するからだ。
このような圧倒的な力をもった小泉首相が、何をするかといえば、第一に考えられるのが「増税」なのである。 小泉政権は財政再建を果たしていない というのも、小泉内閣のなかでまったく成功していないのが、財政再建だからである。
前回も触れたように、福田赳夫元首相の書生から始まり、衆院の大蔵委員長や大蔵政務次官も務めた小泉首相は、ある意味で生粋の大蔵族といってもよい。
財務省が小泉首相の政策のサポート役をしているのは、公然の事実でもある。
そんな背景から、小泉首相が、強い立場を利用して財政再建を進めていくことは容易に想像できる。
なにしろ、現在の6月末の時点で、国の借金は795兆円。GDPの1.5倍にものぼる。
これには財務省も強い危機感を持っており、これ以上増やすことはできない状態だ。
一方で、小泉内閣の4年間で、国債30兆円の枠が守られたことは一度もなかった。「借金王」と自称した小渕首相の時代より国債の発行残高は増えており、利払いもからんでいるために赤字は増大し続ける一方なのだ。
こんな疑問を持つ人がいるかもしれない。「公共事業は減り、公務員は減少しているはずなのに、なぜ赤字は増大しているのか」
そう、考えてみればこれは不思議である。実は、そこには大きなトリックが隠されているのだ。
確かに、小泉首相は公共事業を減らしてきた。ところが、その一方で政府消費は増大をしているのである。
政府消費というのは、公務員が消費する経費と、公務員の人件費を足した金額のことである。GDP統計上には、「政府消費支出」として表現されている。
いわば、政府による支出のうち、「残る」ものが公共投資で、「消える」ものが政府消費と考えればいい。
「小泉改革」とは単なる経費の付け替えだった! 実は、この政府消費が、小泉内閣の4年間で一度たりとも減っていないのだ。
その理由は、小泉首相が行政改革に一切手をつけず、むしろ官僚機構を大きくすることで政策を進めてきたことに関係している。
では、どういうトリックなのか、わかりやすく説明しよう。
ここにきて、国立大学や国立病院をはじめとして、多くの機関が独立行政法人化されたことは、ご存じだろう。これによって、確かに見た目の公務員の数は減ってきた。
だが、その運営経費は、やはり政府からの補助金として、独立行政法人に与えられるのである。
どういうことかというと、表面的には公務員の数が減って行政改革が進んでいるように見えるのだが、経費と人件費を足した政府消費で見ると、何も変わっていないのである。単なる費目のつけかえにすぎないのだ。
それだけではない。
当初は、独立行政法人化すれば、民間との競争でコストが下がるという意見があった。
ところが、総務省の調査によれば、ラスパイレス指数で比較すると、独立行政法人の職員の給与は国家公務員よりも7%高くなっているというのである。
いままでは、中央官庁や国会の監視下に置かれていたものが、いきなり野放しになり、お手盛りで給料を高くしてしまったというのが実態なのだろう。
このように、政府消費が減っていない(むしろ上がっている)のだから、いくら見た目の公務員の数が減っても、財政が悪化するのは当然のことなのである。
最早増税ラッシュで辻褄を合わせるしかない
では、この財政悪化をどうやって正せばよいか。
財務省の財政制度審議会の試算によれば、財政の基礎的収支を均衡させるには、歳出を3割カットするか、あるいは消費税19%に上げなくてはならないという。
もちろん、その両者を同時に進めてもいいのだが、少なくもと歳出の3割カットなど、すぐにはできるわけがない。
となると、増税に向かうのはきわめて当然のことなのだ。
そもそも、小泉内閣になってから4年間、増税は「順調に」進んできた。
一例をあげただけでも、2003年5月の発泡酒増税、7月のたばこ増税、2004年1月の配偶者特別控除廃止、2005年1月の老年者控除廃止、公的年金等控除縮小、来年から2007年にかけての定率減税全廃……と、きれいに増税路線を走ってきたのである。
11月には、政府税調が、2007年の税制抜本改革に向けた答申を出すことになっている。
おそらく、ここで給与所得控除の圧縮、配偶者控除の廃止などが打ち出されることになるだろう。まさに、増税のスケジュールが目白押しなのである。
増税というのは、政治的な緊張関係があると、なかなかできないものである。
だが、そこが衆議院での与党3分の2の力である。いまや増税の流れに反対できる人がいないのだ。
もっとも、消費税に関してだけは、小泉首相は「任期中に消費税を上げない」と公言している。
とはいえ、その任期は来年の9月まで。うがった見方をすれば、来年9月に小泉首相が退陣した直後、消費税を上げるだけの捨て駒のような内閣が誕生するかもしれない。
そのあとに、ポスト小泉の本格政権が登場するというわけである。
福祉の際限なき「一般財源化」が進む こうした増税が進む一方で、福祉は一般財源化され、国が面倒を見ないという方向に向かっている。
三位一体改革にしても、結局は、何から何まで補助金をカットする話ばかり。しかも、カットの対象になっているのは、欠かせないものばかりなのである。
そのいい例が義務教育費だ。
現実に、公立小中学校の先生の退職金に対する補助はカットされてしまった。10月27日には、中学校教職員給与に対する総額8500億円分の国庫負担の廃止が決まった。
だが、よく考えてほしい。たとえ補助金がカットされても、退職金や給料は払わなくてはいけないだろう。
その結果、何が起こっているのか。
弱いところにしわ寄せがきているのである。桜井よし子さんらが調べたところによれば、学校の図書館に新しい本が入らなくなってしまっているというのだ。
図書館だけではない。今後は、公立の学校教育のサービス低下は大きな問題となっていくだろう。
それでも、東京、大阪をはじめとする税収基盤がしっかりとした自治体ならば、そこそこのレベルの教育は受けられるかもしれない。
しかし、税収基盤の弱い地方に生まれると、まともな教育が受けられないという恐れも出てくる。金持ちは私立に行けばいいが、貧乏人はそうはいかない。
結局、地方に生まれた貧乏人は、まともな義務教育が受けられず、さらに貧乏となっていく社会がやってくるのである。
私は、こんな社会はおかしいと思う。機会の平等を確保するからこそ、活力ある社会となるはずだ。義務教育は国で責任をもってほしい。
もっとも、補助金カットは、知事たちの要望だというところが悩ましい。何から何までヒモつきの「補助」はいやだというのがその言い分なのだが、いくらなんでもカットすべき部分を間違えてやしないだろうか。
もともと、三位一体改革の目的というのは、そうではなかったはずだ。たとえば、公共事業において、国の規格で2車線の橋を作るとコストがかかるので、地方独自の基準として1車線で橋を造ることにより、コストを削減する――そういった目的のはずだろう。
ところが、現状はライフラインから義務教育という、なくてはならない部分を次々にカットしてしまっている。目的を取り違えているのではないだろうか。
森永 卓郎氏(もりなが・たくろう)
【略歴】
1957年東京都生まれ。東京大学経済学部卒。日本専売公社、日本経済研究センター(出向)、経済企画庁総合計画局(出向)、三井情報開発総合研究所を経て、91年から㈱三和総合研究所(現:UFJ総合研究所)にて主席研究員、現在は客員主席研究員。獨協大学特任教授。テレビ朝日「ニュースステーション」コメンテーターのほか、テレビ、雑誌などで活躍。
専門分野はマクロ経済学、計量経済学、労働経済、教育計画。そのほかに金融、恋愛、オタク系グッズなど、多くの分野で論評を展開している。日本人のラテン化が年来の主張。
【ホームページ】
http://www.rivo.mediatti.net/~morinaga/takuro.html
(森永卓郎氏のページ)
では、与党が衆議院の3分の2を占めるという事態のなか、これからの日本にはどのようなことが起きるのだろうか。
私は、次の3つのリスクが高まったと考える。それは、「増税」「インフレ」「戦争」だ。
今回から3回に分けて、それぞれの内容について検討していくことにしよう。
まずは、「増税」についてである。
衆議院で与党が3分の2以上を確保したということは、一般の法案は何でも通る態勢が整ったということである。
たとえ参議院で否決されても、憲法59条の規定により、衆議院で3分の2以上の賛成を得て再び可決すれば、法案は通過するからだ。
このような圧倒的な力をもった小泉首相が、何をするかといえば、第一に考えられるのが「増税」なのである。 小泉政権は財政再建を果たしていない というのも、小泉内閣のなかでまったく成功していないのが、財政再建だからである。
前回も触れたように、福田赳夫元首相の書生から始まり、衆院の大蔵委員長や大蔵政務次官も務めた小泉首相は、ある意味で生粋の大蔵族といってもよい。
財務省が小泉首相の政策のサポート役をしているのは、公然の事実でもある。
そんな背景から、小泉首相が、強い立場を利用して財政再建を進めていくことは容易に想像できる。
なにしろ、現在の6月末の時点で、国の借金は795兆円。GDPの1.5倍にものぼる。
これには財務省も強い危機感を持っており、これ以上増やすことはできない状態だ。
一方で、小泉内閣の4年間で、国債30兆円の枠が守られたことは一度もなかった。「借金王」と自称した小渕首相の時代より国債の発行残高は増えており、利払いもからんでいるために赤字は増大し続ける一方なのだ。
こんな疑問を持つ人がいるかもしれない。「公共事業は減り、公務員は減少しているはずなのに、なぜ赤字は増大しているのか」
そう、考えてみればこれは不思議である。実は、そこには大きなトリックが隠されているのだ。
確かに、小泉首相は公共事業を減らしてきた。ところが、その一方で政府消費は増大をしているのである。
政府消費というのは、公務員が消費する経費と、公務員の人件費を足した金額のことである。GDP統計上には、「政府消費支出」として表現されている。
いわば、政府による支出のうち、「残る」ものが公共投資で、「消える」ものが政府消費と考えればいい。
「小泉改革」とは単なる経費の付け替えだった! 実は、この政府消費が、小泉内閣の4年間で一度たりとも減っていないのだ。
その理由は、小泉首相が行政改革に一切手をつけず、むしろ官僚機構を大きくすることで政策を進めてきたことに関係している。
では、どういうトリックなのか、わかりやすく説明しよう。
ここにきて、国立大学や国立病院をはじめとして、多くの機関が独立行政法人化されたことは、ご存じだろう。これによって、確かに見た目の公務員の数は減ってきた。
だが、その運営経費は、やはり政府からの補助金として、独立行政法人に与えられるのである。
どういうことかというと、表面的には公務員の数が減って行政改革が進んでいるように見えるのだが、経費と人件費を足した政府消費で見ると、何も変わっていないのである。単なる費目のつけかえにすぎないのだ。
それだけではない。
当初は、独立行政法人化すれば、民間との競争でコストが下がるという意見があった。
ところが、総務省の調査によれば、ラスパイレス指数で比較すると、独立行政法人の職員の給与は国家公務員よりも7%高くなっているというのである。
いままでは、中央官庁や国会の監視下に置かれていたものが、いきなり野放しになり、お手盛りで給料を高くしてしまったというのが実態なのだろう。
このように、政府消費が減っていない(むしろ上がっている)のだから、いくら見た目の公務員の数が減っても、財政が悪化するのは当然のことなのである。
最早増税ラッシュで辻褄を合わせるしかない
では、この財政悪化をどうやって正せばよいか。
財務省の財政制度審議会の試算によれば、財政の基礎的収支を均衡させるには、歳出を3割カットするか、あるいは消費税19%に上げなくてはならないという。
もちろん、その両者を同時に進めてもいいのだが、少なくもと歳出の3割カットなど、すぐにはできるわけがない。
となると、増税に向かうのはきわめて当然のことなのだ。
そもそも、小泉内閣になってから4年間、増税は「順調に」進んできた。
一例をあげただけでも、2003年5月の発泡酒増税、7月のたばこ増税、2004年1月の配偶者特別控除廃止、2005年1月の老年者控除廃止、公的年金等控除縮小、来年から2007年にかけての定率減税全廃……と、きれいに増税路線を走ってきたのである。
11月には、政府税調が、2007年の税制抜本改革に向けた答申を出すことになっている。
おそらく、ここで給与所得控除の圧縮、配偶者控除の廃止などが打ち出されることになるだろう。まさに、増税のスケジュールが目白押しなのである。
増税というのは、政治的な緊張関係があると、なかなかできないものである。
だが、そこが衆議院での与党3分の2の力である。いまや増税の流れに反対できる人がいないのだ。
もっとも、消費税に関してだけは、小泉首相は「任期中に消費税を上げない」と公言している。
とはいえ、その任期は来年の9月まで。うがった見方をすれば、来年9月に小泉首相が退陣した直後、消費税を上げるだけの捨て駒のような内閣が誕生するかもしれない。
そのあとに、ポスト小泉の本格政権が登場するというわけである。
福祉の際限なき「一般財源化」が進む こうした増税が進む一方で、福祉は一般財源化され、国が面倒を見ないという方向に向かっている。
三位一体改革にしても、結局は、何から何まで補助金をカットする話ばかり。しかも、カットの対象になっているのは、欠かせないものばかりなのである。
そのいい例が義務教育費だ。
現実に、公立小中学校の先生の退職金に対する補助はカットされてしまった。10月27日には、中学校教職員給与に対する総額8500億円分の国庫負担の廃止が決まった。
だが、よく考えてほしい。たとえ補助金がカットされても、退職金や給料は払わなくてはいけないだろう。
その結果、何が起こっているのか。
弱いところにしわ寄せがきているのである。桜井よし子さんらが調べたところによれば、学校の図書館に新しい本が入らなくなってしまっているというのだ。
図書館だけではない。今後は、公立の学校教育のサービス低下は大きな問題となっていくだろう。
それでも、東京、大阪をはじめとする税収基盤がしっかりとした自治体ならば、そこそこのレベルの教育は受けられるかもしれない。
しかし、税収基盤の弱い地方に生まれると、まともな教育が受けられないという恐れも出てくる。金持ちは私立に行けばいいが、貧乏人はそうはいかない。
結局、地方に生まれた貧乏人は、まともな義務教育が受けられず、さらに貧乏となっていく社会がやってくるのである。
私は、こんな社会はおかしいと思う。機会の平等を確保するからこそ、活力ある社会となるはずだ。義務教育は国で責任をもってほしい。
もっとも、補助金カットは、知事たちの要望だというところが悩ましい。何から何までヒモつきの「補助」はいやだというのがその言い分なのだが、いくらなんでもカットすべき部分を間違えてやしないだろうか。
もともと、三位一体改革の目的というのは、そうではなかったはずだ。たとえば、公共事業において、国の規格で2車線の橋を作るとコストがかかるので、地方独自の基準として1車線で橋を造ることにより、コストを削減する――そういった目的のはずだろう。
ところが、現状はライフラインから義務教育という、なくてはならない部分を次々にカットしてしまっている。目的を取り違えているのではないだろうか。
森永 卓郎氏(もりなが・たくろう)
【略歴】
1957年東京都生まれ。東京大学経済学部卒。日本専売公社、日本経済研究センター(出向)、経済企画庁総合計画局(出向)、三井情報開発総合研究所を経て、91年から㈱三和総合研究所(現:UFJ総合研究所)にて主席研究員、現在は客員主席研究員。獨協大学特任教授。テレビ朝日「ニュースステーション」コメンテーターのほか、テレビ、雑誌などで活躍。
専門分野はマクロ経済学、計量経済学、労働経済、教育計画。そのほかに金融、恋愛、オタク系グッズなど、多くの分野で論評を展開している。日本人のラテン化が年来の主張。
【ホームページ】
http://www.rivo.mediatti.net/~morinaga/takuro.html
(森永卓郎氏のページ)