久々に時事問題っす。 今や国論を二分する「原発再稼働問題」も司法の場でも判断は真っ二つ。
14日 福井地裁 → 高浜原発 再稼働 ダメ―ッ!!
22日 鹿児島地裁 → 川内原発 再稼働 オッケー!!
で、再稼働反対派の市民運動家の皆さんはおかんむり!!
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<川内原発差し止め却下>新規制基準を全面肯定 鹿児島地裁
毎日新聞4月23日 ↓↓↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150423-00000000-mai-sctch
九州電力川内(せんだい)原発1、2号機(鹿児島県)の再稼働差し止めの仮処分申し立てを却下した22日の鹿児島地裁(前田郁勝裁判長)の決定は、原子力規制委員会が作った新規制基準やそれに基づく規制委の審査結果を全面的に肯定した。
新基準を「緩やかに過ぎ、合理性を欠く」と一蹴し、関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の再稼働を認めない仮処分決定を出した14日の福井地裁とは対照的な判断となった。
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さて、今回は原子力規制委員会の規制そのものが、「それだとゆるすぎる」 or 「いや妥当だ」 と意見が分かれたワケ。
特に震災後、津波や地震の活断層、はたまた火山などの自然災害の脅威からの原発の堅固性への基準が厳しくなり、今回の新基準でも、充分か甘いかで評価が分かれているんですな。
で、この新基準について両地裁は具体的になんと言ったかと言えば・・・・
福井地裁
「基準には万が一にも深刻な災害は起きないといえる厳格さが求められる。現在の基準に合格しても安全性は確保されない」
鹿児島地裁
「最新の研究成果や調査結果などを踏まえ、多数の専門家による合議体が審議し規制委が策定した。不合理な点は認められない」
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さて、素朴な疑問が一つ・・・
「万が一にも深刻な災害が起きない」なんて場所ってこの世に存在するのかしら?
・・・と、言うよりもそのような状況って、(原発を抜きに考えても)人間の知恵で克服できるの?
事実、日本列島全てが活断層等の脅威の上に存在しているわけで・・・・
今日も出張中の何万人のサラリーマンたちは堂々と活断層の上を通っている新幹線に乗り、火山の危険性のある高速道路を走り、突如暴風に襲われるかもしれない飛行機に乗ってるではありませんか。
いや、国民全てが活断層や火山の危険性に向き合って、都市や田舎で暮らしているわけです。
どのようなリスクとて、危険性のパーセンテージをぎりぎりまで下げることしか人間にはできないわけで、自然に対して災害を人間の知恵で100%克服できるなんて考えること自体、人間の傲慢と言えるでしょう。
いや、百歩譲って・・・・
我が国に起きうる全ての災害(地震・津波・火山)を克服できる目処がたったと仮定しましょう。
しかし、
巨大隕石が落ちてきたら・・・?
はたまた、
ゴジラが上陸してきたら・・・・?
ねっ、日本のいや、地球上の何処にも住むところ無くなっちゃうでしょう。
人間は所詮、自然の脅威を畏れつつそれと共存するしかないわけで、100%それを克服できるなんて考えること自体バカげたファンタジーなんす。
従って、仮に原発全て稼働しないで、自然エネルギーでやりましょうったって、どこに「絶対的な安全」ってあるのでしょう?
Absolute safety って言うのでしょうか、Absolute securityというのでしょうか?
アブサルーティ(絶対的な)なんて、まさに神の領域です。
↑↑
この言葉そう言えば映画「アマデウス」でサリエリが、使ってましたね。モーツアルト作曲の楽譜を見て、「その緻密な音符の配列に神の絶対的な美を見た!!」って
なんだか、話しがそれましたがプラカード掲げて「命が大事」とか連呼なさるのも結構ですが、なんだかなぁ・・・・・