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おぢのニセコ山暮らし

山暮らしと世間のあれこれを書き綴ります

疲れたわい

2005年09月24日 | Weblog

きのうは、過日修理した水道管を、ずーっと保温材でくるんでおった。
はぁ~疲れる。
微熱も続いており、こりゃ男の更年期障害かぁ?
朝のピンコ立ちもないしなぁ、、、

きょうは、丸一日、薪を地下に取り込む作業じゃ。
天気に恵まれて気持ちよいが、これまたしんどいこと!!
でも、これをしなけりゃ薪ストーブが焚けやしない。
大事な「冬の二番目のお楽しみ」だからね。
もちろんお楽しみの第一は、ぱふぱふのパウダースノーを蹴散らすことだけどさ。

午後にTさん訪問。
共和町の農家から低農薬米180キロを購入した帰りだという。
玄米のままで買い求め、毎日精米して食するそうだ。
おぢの周辺では食べ物にしっかりこだわる方が増えておる。
一度このお米をいただいたが、おぢ御用達の「ひとめぼれ」に引けはとらない。
美味だね。
道産米も進化したものだ。

Tさんのおかげで、作業はサッパリ進まず、薪の取り込みはあすへ持ち越しじゃ。
とはいえ、友人知人が訪問してくれるのも、この地に小屋があるお陰だね。
きっと老後も寂しくないぞぉ。

話はゴロンと変わるけど、
過日ご紹介した札幌出身のノンフィクション作家・保阪正康さんが「小泉『郵政翼賛会』と東條『大政翼賛会』」と題して週刊文春に書いておるので一部ご紹介。

「戦争が終わるときというのは、我々の国が戦争に勝つこということである」「戦争は負けたと思ったときは負け。そのときに彼我の精神力の差が出る」
これ戦況がかなり悪化しておったときの東條の言葉だという。
「…破たんした論理である。だがどことなく小泉首相の繰り出すフレーズに似ている感じがする」と氏は語る。
確かに「自衛隊の居るところが非戦闘地域である」と言っておったのと、似ておるわなぁ。

で、核心部分は「小泉首相の政治手法は、つねに敵を想定してイエスかノーを迫るアジテーションである。そこに論議や思考は介在せず、感情が前面に出てくる社会の空気を作り出す。その空気は私たちの国民性を反映していることを今一度、自覚すべきだろう」と語っておる。
確かに、小泉は党首討論は拒否したし、これまでの発言に論議や思考はない様子だ。

「感情が前面に出てくる社会」が「東條を生み出した国民性」だとすれば、少しも変わってないのがニッポン人ということかもね。
保阪さんは締めくくりで「小泉自民党によるファシズムはすでに萌芽しているかもしれない。」と言っておるが、これはちょっと大げさかな、って思うけどさ。

ただ、「感情に流されやすい国民性」ってのは、あの選挙で痛切に感じました。