柿葺落四月大歌舞伎 松本幸四郎改め 二代目 松本白 鸚 市川染五郎改め 十代目 松本幸四郎
襲名披露 平成30年4月1日(日)~25日(水)
昼の部
一、寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)
工藤祐経 市川 左團次
曽我五郎 中村 又五郎
曽我十郎 中村 鴈治郎
大磯の虎 中村 壱太郎
化粧坂少将 中村 米吉
梶原平次 中村 吉之丞
梶原平三 中村 寿治郎
八幡三郎 中村 種之助
近江小藤太 中村 歌昇
小林妹舞鶴 市川 高麗蔵
鬼王新左衛門 大谷 友右衛門
二、十代目松本幸四郎 襲名披露 口上(こうじょう) 二代目松本白 鸚
幸四郎改め松本 白鸚
染五郎改め松本 幸四郎
坂田 藤十郎
幹部俳優出演
三、籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ) 三世河竹新七 作
序幕 大詰 吉原仲之町見染の場より 立花屋二階の場まで
佐野次郎左衛門 染五郎改め松本 幸四郎
兵庫屋八ツ橋 中村 雀右衛門
下男治六 中村 又五郎
兵庫屋九重 市川 高麗蔵
兵庫屋七越 澤村 宗之助
兵庫屋初菊 中村 米吉
若い者与助 大谷 廣太郎
絹商人丈助 中村 吉之丞
絹商人丹兵衛 嵐 橘三郎
釣鐘権八 松本 錦吾
繁山栄之丞 中村 歌六
立花屋女房おきつ 片岡 秀太郎
立花屋長兵衛 幸四郎改め松本 白鸚
鎌倉時代の曽我兄弟(そがきょうだい)による敵討ちに取材した作品で、通称『曽我の対面(そがのたいめん)』、または単に『対面(たいめん)』とよばれています。
父を工藤祐経(くどうすけつね)に討たれた曽我十郎(そがのじゅうろう)・五郎(ごろう)の兄弟は、正月に工藤の館を訪ねます。兄弟は、小林朝比奈(こばやしあさひな)の計らいによって、敵(かたき)の工藤と対面します。盃を受けた五郎は、「親の敵」と工藤に詰め寄りますが、兄の十郎は「粗相のないように」とたしなめます。工藤は、富士の裾野で行なわれる狩りの総奉行職を勤めた後で、兄弟に討たれることを約束し、年玉代わりに狩場の切手[通行手形]を渡します。
曽我兄弟が父の敵の工藤祐経を討った事件は、『曽我物語(そがものがたり)』という物語によって一般に流布し、庶民の支持を受けました。
江戸歌舞伎では、毎年正月に曽我兄弟の登場する作品を上演する慣習があり、兄弟が敵の工藤と対面する場面が必ず含まれていました。さまざまな趣向によって、繰り返し上演された「対面」の場面は、登場人物の役柄や扮装などが次第に様式化されていきました。現在の『寿曽我対面』は、1885年[明治18年]上演時の演出が元になっています。
また曽我兄弟の登場する作品は、総称して「曽我物」とよばれ、現在でもたびたび上演されています。
様式化されたこの作品の登場人物の多くは、典型的な役柄で演じられます。曽我五郎は「むきみ」とよばれる「隈取(くまどり)」をとった「荒事(あらごと)」、対照的に兄の十郎は柔らかい身のこなしやせりふ回しの「和事(わごと)」、「猿隈(さるぐま)」という「隈取」やユーモラスなせりふ回しの小林朝比奈は「道化方(どうけがた)」です。また工藤祐経は、一座のトップである「座頭(ざがしら)」、五郎の恋人大磯の虎(おおいそのとら)は、一座の女方のトップである「立女方(たておやま)」が演じる役とされています。
歌舞伎事典:籠釣瓶花街酔醒|文化デジタルライブラリー
www2.ntj.jac.go.jp/dglib/modules/kabuki_dic/entry.php?entryid=1063
初心者を対象とした、歌舞伎用語「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」の解説。
籠釣瓶花街酔醒
【かごつるべさとのえいざめ】【KAGOTSURUBESATONOEIZAME】
『
『籠釣瓶花街酔醒』 「仲之町見染の場」 2代目市川松蔦の八ツ橋 2代目市川左團次の佐野次郎左衛門 2代目市川猿之助の治六(000901)
1888年(明治21年)に初演された世話物【せわもの】です。傾城【けいせい】八ツ橋【やつはし】と佐野次郎左衛門【さのじろうざえもん】を巡【めぐ】る作品です。
通常は「吉原仲之町見染【よしわらなかのちょうみそ】めの場」から、次郎左衛門が八ツ橋を殺す「立花屋二階の場」までが上演されます。次郎左衛門が吉原で八ツ橋【やつはし】に一目ぼれする見染めの場では、八ツ橋は豪華【ごうか】な傾城の衣裳【いしょう】で登場し、花道【はなみち】の七三【しちさん】で次郎左衛門に艶【つや】っぽい笑【わら】いを送る演技は有名です。この後は世話物の典型的なパターンである「縁切【えんきり】」から「殺し場」へと続きます。
籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)
www.eonet.ne.jp/~jawa/kabuki/enmoku/kagoturube.html
籠釣瓶花街酔醒
【見どころ】
まずは、花の吉原の花魁道中のあでやかさにとっくりと見入ってください。最初は九重花魁が花道から舞台に向かって道中を進めてきます。一行が奥へ向かったかと思ったら、今度は入れ替わりに、八ッ橋の花魁道中があらわれて、舞台を横切っていきます。その絢爛たる様子。匂うがごとき花も盛りたぁこのことか、と思っちゃいますですよ。もう、舞台の中央でボケーッとみとれている次郎左衛門とおんなじ心境(笑)八ッ橋は、花道にさしかかって七三のあたりで、なぜか次郎左衛門を振り返って艶然と笑うんですな。その笑みを見て「宿へ帰るのがいやになった」と次郎左衛門に言わしめるわけで、ここが、八ッ橋いちばんのしどころらしいです。ついつい八ッ橋にばかり目が行ってしまうけど、一方、次郎左衛門はといえば、羽織落しどころか手にしていた笠まで落としています(笑)お見のがしなく。次は、やはり縁切りの場面でしょう。突然の八ッ橋の様変わりに狼狽していたのが、やがて事の真相を悟り、恩を仇で返されて面目も丸潰れになった男が、爆発しそうになる怒りや恨みをぐぐっと飲み込みながら言う
「花魁、そりゃ、あんまりそでなかろうぜ」以下の痛切なせりふも聞き応えあり。
【あらすじ】
本来は、全八幕という大長編らしい。主人公の次郎左衛門が父親の悪業のたたりであばた顔の醜い男に生まれたという因果話や、妖刀籠釣瓶の由来などは、現在では上演されないので、見染めから縁切り、そして殺しに至る主筋のみを紹介しておく。
「吉原仲之町見染」
下野佐野の絹商人次郎左衛門が下男の治六を連れて吉原にやってきた。田舎者をだまして金をふんだくる男からふたりを救ったのは、立花屋の主人長兵衛。その忠告をきいて宿へ帰ろうとしたところに兵庫屋の花魁(おいらん)九重の道中が通りかかる。あまりに見事なので見とれていると、続いて八ッ橋の道中がやってきた。江戸一番とも言われる八ッ橋の、まばゆいばかりの艶やかさに、次郎左衛門はすっかり魂を奪われてしまうのだった。
「立花屋見世先」~「大音寺前浪宅」
一目惚れして以来、江戸に来る度に八ッ橋の元へ通い詰めてきた次郎左衛門はいずれ八ッ橋を身請けする気でいた。八ッ橋も誠意の限りを尽くしていた。しかし、八ッ橋の親代わりとなっている釣鐘権八というのが悪い男で、八ッ橋と次郎左衛門はいい金づる。今日も今日とて金の無心に立花屋にやってきた。が、主人の長兵衛と女房のおきつにきっぱりと断られ、恨みを残して帰っていく。その権八が出向いた先は、繁山栄之丞という浪人宅だった。実は、栄之丞、八ッ橋の情夫(いろ)である。次郎左衛門に通い詰められていても、八ッ橋は着物を仕立てて届けるなどして栄之丞に実を尽くしていた。その栄之丞に対し、八ッ橋の身請け話の件を出し、嫉妬心を焚き付ける権八。栄之丞は、話を確かめるために兵庫屋へ出かけることにする。
「兵庫屋二階遣手部屋」~「兵庫屋廻し部屋」
部屋があくのを遣手部屋で待っているのは、次郎左衛門とその商売仲間。店の者がたいそうもてなしをしてくれるので、仲間の手前、次郎左衛門は鼻が高い。一方、八ッ橋は栄之丞と会っていた。情夫の栄之丞から恨みごとを言われ、さらには次郎左衛門に愛想づかしするなら疑いを晴らしてやると言われて困惑する。恩を受けた人に今さらそんな不義理はできないとためらうが、栄之丞との縁を切るかと詰め寄られ、愛想づかしすることを承知するのだった。
「兵庫屋八ッ橋部屋縁切り」
次郎左衛門の前に、やっと八ッ橋があらわれた。しかし、のっけから「気分に障ることがひとつある」と無愛想。八ッ橋の身を心配する次郎左衛門に「ぬしと口をきくと病が起こる」と言い出した。これまでとは打って変わった八ッ橋の態度に、周囲の者は戸惑いながらもなだめたりすかしたり。だが、八ッ橋はガンとして「身請けはいやだ」の一点張り。寝耳に水の縁切り話に、次郎左衛門の動揺は、もちろん並たいていではない。やがて、戸口から中をうかがう男の姿に気づいた次郎左衛門は、突然の愛想づかしの意味を察した。八ッ橋は悪びれもせず「栄之丞は間夫(まぶ=恋人)」と公言して、席を立っていく。商売仲間にも馬鹿にされた次郎左衛門は、思い詰めた様子で国へと帰るのだった。
「立花屋二階」
四ヶ月後、再び江戸に戻ってきた次郎左衛門は立花屋を訪れ、八ッ橋を呼んだ。「今日から初会として遊ばせてくれ」と申し入れる次郎左衛門に、あれ以来心がとがめていた八ッ橋も不義理を詫びる。わだかまりは解けたかに見えた。ところが、人払いをしてふたりきりになると、次郎左衛門は八ッ橋に向かって「この世の別れだ、飲んでくりゃれ」と杯を出した。その言葉に驚いた八ッ橋が逃げようとすると、その裾を押さえ、一刀を浴びせた!
刀は家伝の妖刀籠釣瓶、みごとな切れ味で、八ッ橋は絶命。次郎左衛門は何かに憑かれたように、明かりを持ってきた下女も切り捨てると、「籠釣瓶は切れるなぁ」と、にったりと妖刀に見入るのであった。
【うんちく】明治二十一年(1888年)の初演(あら、以外と若い)。三世河竹新七の代表作。愛想づかしをされた男が家伝の妖刀で遊女を惨殺するという講談を、歌舞伎にアレンジしたものらしいが、その講談というのが、江戸時代に実際に起きた事件をもとにしたものであるそうな。下野(今の栃木県)佐野の次郎右衛門という男が、兵庫屋の八ツ橋という花魁(おいらん)を吉原の茶屋で斬り殺したというものだ。それが、なぜか次郎左衛門という名前に変わって、「吉原百人斬り」にまで話は発展したらしい。歌舞伎でも名前は次郎左衛門。ただし、百人斬りはしない。