読書など徒然に

歴史、宗教、言語などの随筆を読み、そのなかで発見した事を書き留めておく自分流の読書メモ。

だからヤンキースは嫌われる―イチロー獲得に見る奇異なトレード慣習

2012-07-31 09:13:35 | 新聞
wsj日本版から

米大リーグ(MLB)ニューヨーク・ヤンキースのゼネラルマネジャー、ブライアン・キャッシュマン氏はいつか、椅子に腰をおろし、自分の猫をなでながら、注意深くワックスで仕上げられた口髭の両端を引っ張り、ホセ・レイエス選手をヤンキースに移籍させる契約書にサインするだろう。その後、同日に開かれる記者会見で、キャッシュマン氏は乗馬むちの先で片メガネを直し、矢継ぎ早に質問する記者たちに自身のプランを述べるだろう。キャッシュマン氏は「(レイエス選手は)素早くボールを捕り、プレーできる」と持ち上げ、「アレックスのリウマチが悪さをしているときは、(レイエス選手は)指名打者として過ごすことになるだろう。経験を積み、状況を理解したうえでチームに入る。あとは見てのお楽しみだ」と言うだろう。

 それまでは、イチロー選手をヤンキースに移籍させたトレードがキャッシュマン氏の最高の業績になるだろう。過去の夏にも、キャッシュマン氏はケリー・ウッド選手のトレードのような良い動きをみせた。またパフォーマンスアートとも言うべき素晴らしい動きもあった。例えば、評判の悪いメッツの抑え投手、アーマンド・ベニーテス選手をトレードすると、すぐに同選手をシアトルに送り出し、評価の高い元ヤンキースの中継ぎ投手、ジェフ・ネルソン選手とトレードした。キャッシュマン氏はそれ以前、これほどうまくいった取引をしたことはなかった。

 野球のことでいえば、イチロー選手は、ヤンキースが使おうと思ったポジションで使える無難な選手だ。ただ実績は芳しくない。今シーズンのシアトル・マリナーズでの打率は2割6分1厘だ。しかしこれはマリナーズの「球場効果」に多くの原因がある。マリナーズは敵地で得点力が高く、ホームで点が取れないチームだ。また、イチロー選手は守備と盗塁ではまだ優秀だ。全米バスケットボール協会(NBA)の昔のロールプレーヤー(チームの中で特定の役割をこなすプレーヤー)としてとらえてみたらどうだろう。NBAのマーカス・キャンビー選手はスリーポイントをきめたり、1試合35分間プレーすることなどはできないかもしれない。こうしたことをキャンビー選手に望むには、捨て鉢になる必要があるだろう。

 今回のトレードを別の観点からとらえると興味深い。キャッシュマン氏はゼネラルマネジャーとしての長い務めの間に、疲れ切ったかつてのスターを毎年夏に獲得してきた。時折、これらの動きはうまくいった。例えばケリー・ウッド選手やデービッド・ジャスティス選手、ボビー・アブリュー選手をトレードしたときだ。だが多くは滑稽な結果に終わっている。不注意にもウェーバーの公示中だったホセ・カンセコ選手を獲得したときや、エステバン・ロアイザ選手やランス・バークマン選手をトレードしたときなどだ。「パッジ」ことイヴァン・ロドリゲス選手がピンストライプのユニホーム姿を着ている姿は、キャッシャマン氏を映画「007」の野心むき出しの悪党であるかのように見せることに大いに役立った。

 ヤンキースはその後、さらに奇妙な動きに傾いていった。例えば2004年と05年の夏、キャッシュマン氏は元メッツのアル・ライター選手とジョン・オレルド選手を、明確な理由なしにチームに引きいれた。また、同氏はルーベン・リベラ選手と契約を交わした。リベラ選手は2002年、デレク・ジーター選手のバットとグローブを盗んでメモラビリア(記念品)を扱うディーラーに売却したことでよく知られている。これをオンラインで行うことは「トローリング(ころがし)」と呼ばれている。

 暑い夏の取引でヤンキースは通常、2つのことをする。1つは全盛期が去った偉大なプレーヤーをトレードすること、もう1つはジョークの一種としてとらえるのがやっとのことだ。野球界の偉大な力は、やりたいときにやりたい放題ができるというデモンストレーションだ。

 イチロー選手のトレードでキャッシュマン氏は一度にこの2つを行った。同時に、実際に必要が生じた外野手の穴埋めも行った。この緊縮の時代にあっても、ヤンキースはオールスター級の人気選手を引き受け、ロールプレーヤーに仕立てあげたい意向なのだ。ヤンキースにそれができるという理由以外に理由がなくてもだ。(これは良いことだ。仮にヤンキースがこれをしたくないというなら、このチームに存在する理由が何かあるだろうか)

 一方、これを贈り物(ギフト)だととらえることもできる。イチロー選手はニューヨークで打率2割5分はいけそうだし、3割5分も狙える。しかし、打率はそれほど問題ではないのだ。イチロー選手は同世代のなかで最もスタイリッシュで楽しい選手だ。野球史のインテグレーション(人種統合)の後、わずか2、3人しかいない傑出した選手の1人で、ヤンキース入団後の初打席でシアトルの観客を前にシングルヒットを放っても誰も驚かない選手だ。うまくいけば、ワールドシリーズでの勝利が得られるだろう。いずれにせよ、イチロー選手の獲得は、ヤンキースの伝統であり続けるであろう「奇異なトレード」の小さな一例だ。イチロー選手の「上司」を向こう数カ月の間に街で見かけたら、帽子を傾け、挨拶したほうがいいだろう。

記者: Tim Marchman