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日本で出来た漢字を国字と言う。辻、峠、裃、躾、その他魚偏の付く漢字は殆どが国字だ。中国文化が発生したのは海から遠い内陸部で有った。揚子江や黄河はあったが魚の種類は少なかっただろうから魚の付く漢字は会意文字としてはそれほど多くは生まれなかっただろう。一方、日本は四方が海に囲まれ豊富な種類の魚が見られ魚偏の漢字が多く作られた事は容易に理解出来る。
こうした国字の一部は奈良時代から既に使われていた事は解っているそうだ。710年から784年まで都は奈良の平城京にあった。その平城宮の遺跡から多くの木簡が発見され、その木簡の一つに鰯と言う文字が書かれてあったと言う。魚と弱との会意文字である。しかしこの平城宮の前の都の藤原宮跡から出た木簡にはこの鰯は「伊委之」と万葉仮名で書かれてあるものが発掘されている。この事から見て伊委之から鰯への変化の背景には漢文の学習が進み、その形式に従った文書を書く必要が出来たと言う事実が有ったと思われる。