東北震災以来、ツイッターやフェイスブックなどで震災関連や原発問題の意見を述べる人が増えてきた。が、相反する意見を持つ人々との議論の未熟さもまた現れており、「言葉狩り」とも言うべき過剰反応も目立っている。
福島第1原子力発電所の事故に対しても、原発推進、反原発、脱原発、代替エネルギーの開発促進、放射能による身体への影響に関する懸念、食べ物などの風評被害の防止…等々、ほどさまざまな立場や意見を持つ人たちが増え、そうした人々がSNSなど多様なメディアを通じて考えを表し、自分の願う方向へ事態を動かそうと躍起になっている。
が、大切な議論の方法が成ってない。ある人の意見に反する考えを持っているなら、なぜ反対であるのかその根拠となる事実を示し、そこから自分なりの論理構成で意見を組み立て、相手を説得する。このシンプルなことができていないケースを見かける。感情をぶつけたり、相手の意見ではなく人間性を批判・否定したりする人をしばしば目にする。ことに原発事故による放射能汚染は、人々の生命を脅かしかねない大きな問題であるだけに、恐怖が先に立つのか、反対意見を吟味せず、ただ相手を罵倒するだけで、反対意見を表明した気分になっている人が少なくない。
この点、国会中継で見る議員の質問内容も同様の質の低さを見せている。
また、もうひとつの傾向として、人々が発する言葉に周りが過剰反応している状況だ。反原発の意見を明確に打ち出したがためにドラマを降板せざるを得なくなった若い俳優がいた。震災に関するジョークを理由に、外資系保険会社の人気テレビコマーシャルへの出演をやめさせられた声優がいた。そして、ある外資系メディアでは、記者が社内で震災に関する冗談を同僚記者と話していたことがきっかけで退社を余儀なくされたという。
感情的ではなく論理的に自分の意見を発する事が必要だ。感情のぶつかり合いの行きつく先は憎しみしかなく、進歩へは繋がらない。国難とも言える今のこの時期を、成熟して落ち着いた社会への転換点を迎えるチャンスとすべきである。次の国難を考えて。
福島第1原子力発電所の事故に対しても、原発推進、反原発、脱原発、代替エネルギーの開発促進、放射能による身体への影響に関する懸念、食べ物などの風評被害の防止…等々、ほどさまざまな立場や意見を持つ人たちが増え、そうした人々がSNSなど多様なメディアを通じて考えを表し、自分の願う方向へ事態を動かそうと躍起になっている。
が、大切な議論の方法が成ってない。ある人の意見に反する考えを持っているなら、なぜ反対であるのかその根拠となる事実を示し、そこから自分なりの論理構成で意見を組み立て、相手を説得する。このシンプルなことができていないケースを見かける。感情をぶつけたり、相手の意見ではなく人間性を批判・否定したりする人をしばしば目にする。ことに原発事故による放射能汚染は、人々の生命を脅かしかねない大きな問題であるだけに、恐怖が先に立つのか、反対意見を吟味せず、ただ相手を罵倒するだけで、反対意見を表明した気分になっている人が少なくない。
この点、国会中継で見る議員の質問内容も同様の質の低さを見せている。
また、もうひとつの傾向として、人々が発する言葉に周りが過剰反応している状況だ。反原発の意見を明確に打ち出したがためにドラマを降板せざるを得なくなった若い俳優がいた。震災に関するジョークを理由に、外資系保険会社の人気テレビコマーシャルへの出演をやめさせられた声優がいた。そして、ある外資系メディアでは、記者が社内で震災に関する冗談を同僚記者と話していたことがきっかけで退社を余儀なくされたという。
感情的ではなく論理的に自分の意見を発する事が必要だ。感情のぶつかり合いの行きつく先は憎しみしかなく、進歩へは繋がらない。国難とも言える今のこの時期を、成熟して落ち着いた社会への転換点を迎えるチャンスとすべきである。次の国難を考えて。