GOODLUCK'S WORLD

<共感>を大切に、一人の男のスタンスをニュース・映画・本・音楽を通して綴っていきたい

「おめでとう!今田竜二」

2008年05月20日 | Weblog
 2008年5月18日、アメリカPGAツアーのAT&Tクラシック最終日、首位から3打差でスタートして激しい追い上げを見せ、ケニー・ペリーとのプレーオフに持ち込み、最初のホールで相手がボギーを叩いた後、今田は落ち着いてパーをセーブして、悲願のアメリカPGAツアー初優勝を飾った。日本人のPGAツアー優勝は青木功、丸山茂樹に続いて史上3人目となった。(ウィキペディアより)

 昨年もこの大会でプレーオフを戦った。バーディーを取らなければ勝てない状況だった。このコースはジョージア大学時代何度も回ったコース。プロになって初めて予選通過したコースでもあった。18番、2打目の位置から正面の池を迂回する安全なルートもあった。左のラフから果敢に攻めた。周囲は無謀だと云った。しかし、勝つためにはバーディーしかなかった。相手はその年、マスターズに勝って勢いに乗るザック・ジョンソン。グリーン右にそれてもバーディーは可能だ。先に打つ今田はZ・ジョンソンにプレッシャーを与えたかった。ライの悪いラフからのスプーンによるショットは、狙った右ではなく左にフックしながら池に入った。そして負けた。しかし今田はこの時、マスターズに優勝したザックの襟首を掴んだのだ。確かに掴んだのだ。

 今年、この同じ18番でバーディーを取り今田はプレーオフに持ち込んだ。今回も2打目はフェアウェイからではなく左サイドだったが、ラフではなくファーストカットで、しかもボールは浮いていた。昨年の池ポチャが脳裏に浮かんだはずだ。ファーストカットとはいえ若干のつま先下がり。決して容易なショットではなかった。

 彼は迷わずスプーンを手に取り果敢に攻めた。最終18番のグリーンはかなり受けており、勢いのあるボールが奥にいっても戻ってくることを良く知っていた。グリーンセンターから右を狙ったショットに思えた。アゲインストのため、しっかり打った。力が無意識に入ってしまった。

 池は越えたが、グリーン右に大きくそれた。強く打ちたい気持ちが、体のターンを早くし、押し出した形となった。それを見ていたトップのケニー・ペニーはスプーンでフェアウェーセンターに打った。「パーでいい。巧くいけばバーディもある」高まる気持ちを押させるためにこう考えたに違いない。

 今田はグリーン右からのアプローチ。グリーンは左に傾斜し、トップ(ボールの頭を打つミスショット)でも打てばグリーンを越えて池に入る可能性もある。素人にはドキドキものだが、14歳から単身アメリカに渡り、大学時代タイガー・ウッズと同格に戦ってきた彼の心臓は並ではなかった。

 放ったショットは緩やかな放物線を描いてグリーンに落ち、左傾斜にそってピンに向かった。35mはあっただろうか。最高のアプローチだった。「入る!」 私にはそんなふうに見えた。入ればイーグル、-16で単独トップとなる。しかし、ボールはカップをかすめ約1mオーバーで止まった。見事なショットに胸の鼓動は最高調になった。

 今田は手袋を外しながら手で叩いて悔しがった。バーディーパット。線の入ったボールを後ろから撮るTVカメラ映像を、私は用意したドリンクを飲むのも忘れて見入っていた。ボールはスムーズに回転しながらカップに沈んだ。バーディーだ。-15! 私の心臓は爆発し体内にこぼれた血が涙になって溢れてきた。

 まだ優勝したわけではない。トップのスコアーに並んだだけだ。メジャータイトルを獲ったわけでもない。なのに涙が溢れてきた。14番から始まった映像(私が見たのはその録画だが)の臨場感と今までの不甲斐ない選手達への想いが一気に込み上げてきたのだ。とにかく18番でトップに並んだのだ。こんな日本人選手のシーンは過去にあっただろうか?

 1983年ハワイアンオ-プン(現ソニー・オープン)で18番チップインイーグルを決めて奇跡的な優勝した青木功氏。2001年7月15日 「グレーター・ミルウォーキー・オープン」当時22歳の新星チャールズ・ハウエルとのプレーオフを制して優勝した丸山茂樹。

 日本のプレーヤーがPGAツアーで勝ったのは今までこの二人だけだが、その優勝のプロセスはニュースでのワンシーンでしか見られなかった。アフロヘアーのような青木が両手を突き上げて喜ぶシーンが印象的だし、丸山が大の字になってホールインワンを喜んだシーンも記録に残っている。

 さて、最終組の18番。スプーンで打ったケニー・ペニーの2打目を池を避けて慎重に右サイドのフェアウェーに刻んだ。残り約110ヤード。ピンを狙うためには少し池をかすめるが決して難しいショットではない。しかし優勝を意識したスイングは微妙に先ほどまでとは異なっていた。 これまでは少しオープンに構えて柔らかいフックボールを打っていた。ピンそばにつけバーディーを獲って優勝を決めるはずのショットだった。後ろから見たスイングは右肩が止まりスムーズなスイングではなかった。ボールはまっすぐ右に出て帰ってこなかった。1986年ノーマンがマスターズでニクラウスと戦ったときも最終18番で同く右肩が止まりボールは帰ってこなかった。ドローヒッターの宿命かもしれない。

 ピンから右10m以上離れた場所にボールは止まった。勝てるのでは?と思った最初の瞬間だった。すでに9勝もしているベテランプレーヤーだがプレッシャーがスムーズな肩の回転を妨げていた。ここにゴルフの最大の面白さ、深さが潜んでいる。自分との戦いとゲームの面白さだ。

 K・ペニーのバーディーパットはカップにかすりもせずオーバーしたが、返しの1m強のパットをしっかりとねじ込んだ。さすが9勝のベテラン!

 そして、今田とケニーの二人だけのプレーオフ。

 先に上がってケニーを待っていた今田の瞳は、テントの奥からも輝いて見えた。
「バーディーでプレーオフに持ち込んだんだ」
昨年、スプーンを持ってミスショットを放ち池に入れた経験が彼に自信をつけていた。
「いいショットを放てば俺にも勝てる」池には入れたがその経験が大きな自信となった(インタビューでそう答えていた)。

 再び二人は18番ティーに戻り、今田が後打ちとなった。ケニーはいつものようにスプーンを持ち、素晴らしいショットを放った。しかも4日間で最高のショットのようだった。

 それが今までと違う行動を生むきっかけとなった。
 それはスーパーショットが生んだ悲劇とも云える。
 フォローと感じさせる運の流れを過信し、2打目を果敢にせめてしまったのだ。

 サドンデスのプレーオフだけにバーディーが必要だった。
 果敢に攻めた今田の勇気を思うと
「俺も攻めるぞ!」ケニーは自分を信じ、フォローの運を信じた。

 今田のティーショットはなんとフェアウェイ右にそれラフに止まった。力が入りすぎたのだ。軸が左にぶれ右に押し出したスイングとなった。彼も大きなプレッシャーと戦っていた。しかし、ケニーの肩が止まったスイングとは異質なものだった。今田は思いっきり振ったのだ。改めて彼の勇気に感動し、再び涙が浮かんできた。

 ケニーが先に打つ。これが勝敗を決めた最大の要因かもしれない。

 ピンまで230ヤードを同じ(もしくは小さめの)ウッドでグリーン攻めた。十分届く距離でもあり、攻めることは決して無謀ではなかった。プロ10人がいたら9名までが同じ戦略を取るだろう。しかし、それは今までの彼の戦略とは異なっていた。

 ボールは逆風をついてグリーン奥の大きな木の太い幹に直撃し、跳ね返ったボールはグリーンに戻りビンを勢いよく通り過ぎて池に転がり落ちた。

 こんなことが起こるのか? 長いゴルフ観戦でも初めての珍事だ。ピンに当たってグリーンを外れたり、池に落ちたシーンは見たことがある。しかし、グリーン奥の木に当たりグリーンに巧く戻ってきたのにピンを過ぎて池に落ちたのだ。

 ケニーは「何があった?」(What is it?と叫んだように聞こえた)
大歓声は悲鳴に変わり、ケニーは自分のボールを見失っていた。

 それを今田も見ていた。「何があったのだ」彼もボールを確認できず、2打目を打てないでいた。

 ようやくギャラリーの声が低くなり、池に落ちたことを知った今田は無理せず、フェアウェイ右に2打目を刻んだ。ピンまで108ヤード(だったと思う)。

 ケニーは池手前約100mから4打目のショットを執念を込めて打ち込んだ。ボールがグリーン奥に落ち、スピンしてゆっくり戻ってきた。ピンの横を通り過ぎてエッジ手前に止まった。カップをかすめはしなかったが、108ヤード手前から見つめる今田を驚かせたに違いない。

「ケニーが返しのパットを入れればパーだ。勝つためにはバーディーしかない」
竜二はそう思った。

 一度爆発したはずの私の心臓がバクバク鳴り出した。こんなにバクバクしたことはない。見守る今田夫人は両手を顔の前で握りしめ祈っていた。見ていられない、まさにそんな状況だった。

 フェアウェイでピッチングウェッジを握りしめ、ピンを見つめる今田竜二。
 何千人ものギャラリーは静まり返り、彼のショットだけを見つめる。
 竜二の鼓動が聞こえるようだ。

 しかし、彼のショットは淡々と見えた。無心に思えた。
 スムーズなスイングだった。
 高く上がったボールはグリーンに落ちピン横1mに静かに止まった。
 大歓声が聞こえる。
 今田はその大歓声を独り占めしてグリーンに上がった。

 笑顔を見せながらも決して緊張を解いてはいない。一番好きな笑顔だ。
 優しい笑顔に秘めた強い意志。殆どの人は気づかない。

 ケニーのパットは少し登りで2.5mくらはあっただろうか。

 トップを走っていて、最終日18番池に入れ4打目を打って、それをワンパットで沈められることなどそうざらにはない。ゴルフとはそういうスポーツだ。

 やはりカップを外しボギーとなった。今田は当然のように優勝パットを難なく決めた。

 本当にそう見えた。入るのは当たり前だ。そんなふうに見えた。この距離を外すはずがない、そんなふうに見えた。確かに相手はボギーだから外しても負けはない。改めて18番に戻るだけだ。しかし、プレッシャーが無いはずがない。初めての優勝パットなのだから。

 しかし、淡々と決めた。この優勝は単なる通過点だ、そう言わんばかりに見えた。<淡々と>と見えるが、深くて大きな勇気を感じずにはいられない。彼をますます大好きになった。

 彼のゴルフを何度か見てきたが、ようやく彼の並々ならぬ勇気を知った。若干14歳で単身渡米し、語学を克服して高校を卒業、その後ジョージア大学入学し、2年で中退した後、1999年にプロ入りした筋金入りのゴルファーだ。しかも今までの日本人にはいないタイプだ。世界は違うが、ブラジルに単身サッカー留学したキングカズを彷彿させる。しかし彼ほどの派手さはない。そこがまたいい。タイガーとも親交があり大学時代競い合った経験がようやく、ようやく今日花開いたのだ。渡米して17年が過ぎたが、彼の活躍はこれからも続くはずだ。

 夢はマスターズで優勝することだと彼は広言している。この優勝で来年の招待状がくる。出場するわけだから夢ではなくなり、目標となったのだ。これからも応援し続けたい一番の選手だ。頑張れ今田竜二!



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