GOODLUCK'S WORLD

<共感>を大切に、一人の男のスタンスをニュース・映画・本・音楽を通して綴っていきたい

「体温が上がる」

2010年03月30日 | Weblog
 身体が火照ってくることを実感するときがあると思います。どんな時でしょうか?このどんな時か気づく事がとても大切だと思っています。運動をすれば間違いなく体温が上がり、汗をかきます。筋肉を鍛え新陳代謝を促すことによって健康を促進させるわけです。このような話は本やネットにいくらでも書いてありますが、とりあえず少しだけ紹介しておきます。

人間にとって大切な行為を続行している時、体温が上がります。
一番身近な<寝る><食べる>という行為は当然体温が上がります。

『体温を上げると健康になる』の著者である齋藤真嗣医師によれば、
「体温が1度下がると免疫力は30%低下する」そうです。

(医師たちの具体的発熱の手段)
1.筋肉が多いほど発熱量が多くなるので運動して筋肉を鍛えろ。
2.半身浴を実施し、また週2日は41から42度のちょっと熱めのお湯につかって、
  HSP(ヒートショックプロテイン)を高めると免疫力が上がる。
3.マフラーで首を温め、靴下で足を冷やさないように。また腹巻きがいい。
4.生姜入り料理が効果的。また、人参・大根・じゃがいも・玉ねぎなどの根菜類は、
  冷えを防いでくれる食品なので摂取を心がけよ。


 さて、グッドラックの処方箋は、頭のいい医師たちのお奨めとは少し異なります。上記のような行為によって発熱することを理解した上で、上記以外に発熱する瞬間をまず自覚することを呼びかけたいのです。

 私の場合はと云いますと、ギターを弾いて曲作りや歌っているときがまず一番目。(兄の結婚式で歌うために、義姉に捧げる曲を作っていたときは、身体が火照ってきて眠れなかったのをよく覚えています。http://www.youtube.com/watch?v=5nQQaIiLgPw

二番目、いつまで経っても巧くならないゴルフスィングを練習場でああでもない、こうでもない、これかな、とあちこち触りながら試行錯誤しているとき。
三番目、mixiで新作日記を綴っていたり、共感できるとコメントをいただきそのコメントを考えているとき。
四番目、大沢在昌氏の新宿鮫シリーズや狩人シリーズを読んでいて、登場人物の男気に共感しているとき。
五番目、 小説や映画の展開が予想を超え、登場人物が思っても見ない成長や変貌を遂げていくシーンと出会ったとき。
六番目、好きな食事を前にして舌鼓をうっているとき。
七番目、愛し合っている人とのSEX。(恋愛している時は輝き若返る)

 まだまだありますが、ワクワクや夢中になっているときは、間違いなく体温が上がっているのを感じます。夢中になることが沢山あれば、体温を上昇させ免疫力を高められる。いままで私は大きな病にかからなかったのは夢中になる機会が多かったので免疫力が落ちなかったと云いたいのです。(ホンマかいな

 女優(特に吉永小百合、森光子)や俳優、歌手(特に森進一)が、いつまでも若く見えるのは声を出して芸や唄に夢中になれる(能動的)からだったんですね。また視線を感じて生きることも限度やバランスが大切ですが、緊張感を高め皮膚や身体を引き締めるためにも役立つようです。また、歳を重ねても夢中になれる趣味があれば活き活きしている(受動的)方がたくさんおられるような気がします。

 能動的or受動的な刺激の与え方には個別のバランスがあるようです。どちらに偏っても交感神経、副交感神経のバランスが壊れるようなので注意が必要ですが、「自分の身体が今何を求めているか?」、理性的でしかも感受性豊かな心で、自分の身体の本音に耳を傾けることが大切です。

「自分の本音と語り合う」(=受動的)ことができれば身体が火照ってきたことにすぐ気づくことができます。人との<共感>も容易くなります。残念ながら人は自分の本音が容易に分からない生きものだと私は思っています。何故なら他の動物は本能のままに生きていますが、人はそういうわけにはいかないのです。食って寝て出して子孫を作る、これが他の動物の本能ですが、人間はそれだけでは満足できない生き物に進化してしまったのです。だから満足(=体温が上がる)できることを探せず、安易に本能的なものに偏りがちになるようです(寝る、食べる、遊ぶ)。

 アダムとイブがエデンの園でリンゴを食べたばかりに、人は文字や火を用いて文明を構築し、喜びや感動、共感を得られるようになりましたが、その反作用として憎しみや嫉妬、軽蔑、復讐、差別という負の遺産を背負い込むことになってしまいました。そして、憎しみや嫉妬や復讐も発熱することを知ってしまったのです。

話の筋が変わってきたようですが、述べたいことを要約すると
「自分の身体と本音で語り合い、内からの発熱を実感してより健康になろう」ということです。
私は何かに乗ってくると服を脱ぎだすので、体温が上がってきたことはすぐ自覚できます。
健康な身体がいかに大切かは大病を患った人はよくご存じだと思いますが、自分の身体を愛でる気持ち、身体や心の呟きに耳を傾けてみましょう。

「今日は身体は何を食べたいと思っているかな?」
自分の感情を押さえて身体に尋ねるのです。
頭の中にさまざまな料理が浮かび、食べたい料理が決まります。
そして自分も同意するのです。
こんなときの食事は間違いなく体温が上がります。
自分の身体と心は別個のものだということに気づいて欲しいと思います。
そうすれば「体温が上がる」こともすぐに自覚できるようになります。ホントです。

「龍馬伝」と福山雅治

2010年03月28日 | Weblog
龍馬も篤姫も共通しているのは性格が天真爛漫なところです。

「天真爛漫」……… おこないや言葉が、無邪気で憎めないこと
             飾らずに心の中のありのままを言行にあらわすことの形容

天真爛漫な性格を特徴づける要件に、
1.邪気がない。
2.裏表がない。(「色心無二」)
3.リベラル派。(分け隔てがないく平等な人生観を持っている)


 福山雅治がどうして龍馬役に抜擢されてのか、真の理由は私には分かりかねますが、木村拓哉と役をどうとかこうとか、という話は聞いていました。キムタクはどのTVドラマでも映画でもすべて同じ性格を演じます。検事役であろうが総理大臣であろうが同じキムタクでした。こういう俳優を性格俳優といいます。三船敏郎・アル・パチーノ、ジョン・ウェイン、モーガン・フリーマンらがそうですが、当たり役をずっと演じるわけです。

 個性派俳優という言葉があります。役柄の個性によって様々な人物に変身し演じ分ける俳優のことです。仲代達也やロバート・デ・ニーロ、ブラッド・ピット、ジョニー・ディップ、大竹しのぶがすぐに浮かびます。特に大竹しのぶは舞台で「奇跡の人」ヘレン・ケラー役を演じて有名になりましたが、後年、主演のサリバン先生役を演じ大喝采を受けて、名実共にスーパースター(私はそう思う)になりました。

 福山雅治には何処か計り知れない未知数、可能性を感じさせるものがあります。今回の「龍馬伝」では今までにない龍馬を描きたいという目標がありました。最初から英雄ではなく、普通の男が沸騰していく幕末という異常な環境の中で吉田松陰、西郷や大久保や桂、武市や後藤、そして最も影響を受けた佐久間象山の弟子勝海舟と出会います。勝との出会いこそが、最大の出会いであり、行きつつある方向からやってきた人物と云えるでしょう。福山にはキムタクにない未知数や可能性があり、急激な変化をみせる幕末という環境の中で、成長し変貌していく役柄を演じるのは、私が考えてもキムタクより福山がベターだったと思います。

 今回放送分で土佐勤王党が生まれましたが、1862年の土佐が描かれていました。(史実では土佐勤王党は1861年、当時江戸にいた武市半平太によって結成されています) 龍馬が暗殺されたのは1867年11月15日ですから、後5年の命しかありません。これからの5年の出会いと出来事が歴史に名を残し、明治政府樹立に功があった人が祭られる靖国神社入りする要因となったわけです。

小説『親鸞』の中でこんな文章があります。

 『信じるというのは、はっきりした証拠を見せられて納得することではない。
  信じるのは物事ではなく、人です。
  その人を信じるがゆえに、その言葉を信じるのです。』

 勝海舟との出会いは、龍馬にとって心から信じる人との出会いになりました。信じられる人との出会いになるためには、それまでの多くの試行錯誤した出会いを必要とします。今まで想像もしなかった巨大な黒船を実際にみたことは、彼にとって晴天の霹靂だったに違いありません。一振りの刀ではどうにもならないことを肌で感じ、剣術修行がなんの役に立つのだろうという疑問から自分の生き方を真摯に模索していきます。(こんな時期が誰の人生にも必要な気がします。アドレナリンが沢山分泌する時期と被っているかもしれません)

 吉田松陰や桂、吉田東洋との出会いは自分のスタンスを構築するための石塁となっていきました。ようやく龍馬は自分が立っている位置、世界の流れの中での日本の位置を明確にしてくれた勝海舟と出会います。そして彼を信じ、彼の言葉を信じます。自分の生き方を模索していなかったら、武市との葛藤や東洋との軋轢もなかったでしょうし、勝を信じる気持ちも生まれなかったでしょう。真摯に生きてきたことで構築できた石塁があって初めて、信じる強い気持ちが生じたのだと想います。(親鸞の場合は、法然上人でした)

 何度も紹介したインドの父、タゴールの言葉です。ともて感じるものがあります。

    人生を達成していく途上では、常に反対に出会う。
    しかし、それは、前進するために、必要なことである。

    川の流れは、絶え間ない土や、石の妨害があるからこそ、
    その土や石の間をぬって流れ続けることができる。
    川岸を作っているのは、まさにこの土や石だからだ。

    起こってくることを受け入れ、 それをよいものにしていく精神こそ、
    人生の達人のものである。

アカデミー賞6冠「ハート・ロッカー」

2010年03月22日 | Weblog
「ハート・ロッカー」は2004年、イラク・バグダッド郊外でのアメリカ軍危険物処理班EODの活躍を描く戦争サスペンス・ドラマだ。監督は「ハートブルー」「ブルースチール」「K-19」のキャスリン・ビグロー。第82回アカデミー賞では作品賞・監督賞・脚本賞・編集賞・音響編集賞・録音賞の6部門を受賞した。ビグローは女性で初めての監督賞受賞者となった。

 爆発物処理中に爆弾が爆破し1人が殉職。新しいリーダーに就任したジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)は、遠隔ロボットの活用などの安全対策も行わず、自ら爆弾に近づいて淡々と解除していった。不安をつのらせる仲間との葛藤。子供の遺体に埋め込まれた爆弾の罠。補佐する仲間の一瞬の判断ミスが死を招く。一般市民かテロリストかも分からない見物人に囲まれた現場で、解除作業を完遂していく姿は、まさに“クライマーズ・ハイ”を彷彿させる一種の危険中毒患者だった。

 冒頭から続く爆弾処理のようすはフェイクドキュメンタリータッチで描かれており、今までに経験したことがない緊迫感と臨場感で、心臓が鷲づかみされるような息苦しさに陥った。今までに感じたことがない戦争の恐ろしさだった。こんな映画は初めてだ。戦争の狂気や悲劇、恐ろしさや絶望を描く作品を何度か見てきたが、映画「ハート・ロッカー」はどれにも当てはまらないような気がする。それは爆弾処理班の職務という一点に絞り込んでいるところだ。

 映画館に座りながら、観客は爆弾処理班を遠くから眺める一般市民と共に現場にいるような感覚に陥る。この臨場感こそが、この映画の陰の主題と云える。そしてこう尋ねられる。

「あなたは彼らから何を感じますか?」と。

 ブラボー中隊(爆弾処理班の名)の任務明けまでの日数38日が、物語の展開と共に減っていく。どうか無事で帰還できるようにと祈る気持ちがどんどん大きくなっていく。身近に戦争を感じることが少ない日本の平和を感謝せずにはいられない。

原題の「ハート・ロッカー」は、Rock'n Rollのロッカーではもちろんなくて、心をロックしておくという意味だ。イラクの兵隊用語で“爆発”のことを例えて「ハート・ロッカー(=行きたくない場所 棺桶)に送り込む」という使い方をするそうだ。脚本と製作も兼ねたマーク・ボール(トミー・リー・ジョーンズ主演「告発のとき」の原案者)のイラクでの取材体験が基になっており、アメリカ陸軍爆発物処理班に何週間も入り、行動を共にして間近で見続けたそうだ。緊迫感と臨場感は決してフェイクではない。イラクにおけるアメリカ軍兵士の戦死理由の半分以上が“爆弾”であり、爆発物処理に携わる技術兵の死亡率は兵士よりはるかに高いという。

 キャサリン・ビグローは監督賞に選ばれた際にイラクやアフガンに派兵された人々にこの映画を捧げるとスピーチした。危険や恐れをハートにロックした勇気ある兵士達に捧げたのだ。彼女が今まで監督してきたいくつかの映画に共通するテーマでもある。この機会に代表作「ハートブルー」、「ブルースチール」、「K-19」をお奨めする。

「不毛地帯」「「インビクタス」の大義

2010年03月20日 | Weblog
「不毛地帯」良かったですね。
このような骨太物語はあまりに重くて受けないのですが、
「官僚たちの夏」同様、どんどん製作して欲しいと思います。

「不毛地帯」は大義と私心の争いのドラマでした。壱岐正の大義を本当に理解していた人がいたのでしょうか。哀しいかな、大義は崇高であればあるほど周囲には理解されることは難しくなります。<孤高の人>という言葉が生まれる所以はここにあります。

 映画「インビクタス 負けざる者」では、マンデラ大統領の就任1年目が描かれていましたが、妻や娘が官邸にいないのです。家族が一人もそばにいないのです。私はとても哀しくて本当に心が痛みました。白人と共生して、初めて南アフリカが自立できると考えていたマンデラ氏は、官邸に入った初日、今までいた白人の職員の全員が首になると思い込み荷物を片づけている場面を見てこう云いました。

「新政権で働きたくない人は去ってもいい。
 しかし私は君たちの手助けを必要としている。
 過去は過去だ。
 皆さんの力が必要だ。
 我々が努力すれば、我が国は世界を導く光となるだろう」


 この崇高な大義を今まで酷い差別を受けてきた家族は理解できなかったのです。27年間も刑務所で虐待を受けながら、マンデラ氏は復讐心が南アフリカの真の自立を妨げると確信していたのです。黒人のマンデラ氏が大統領となった南アフリカでは、(黒人の)庶民は今までの恨みを晴らそうと白人への復讐を考えていたのです。マンデラ氏の家族もまた同じです。<白人との共生>など思いも寄らないことだったのです。マンデラ氏はこの大義を広めるために、黒人を交えた弱小チームがフットボールのワールドカップで優勝することによって、<白人との共生>という高い理想を全庶民に示したかったのです。

 現在の南アフリカは「黒人の中から200万人規模の富裕層が生まれる一方、貧困層が以前の倍に拡大しています。特権を得た一部の黒人による逆差別現象も生じ始めた。ある黒人の金融機関では、黒人に融資する場合の利息が3%、一方白人に対しては15%、アジア系に至っては28%もの高利を堂々と行なわれている」(ウィキペディアより)

 大統領を退いたマンデラ氏はこの現状をどう見ているのでしょうか。<白人との共生>という高い理想を実現するには時間が必要です。生まれてくる子供たちに「平等とは何なのか」を熱い言葉で語り続けなくてはなりません。しかし、大半が同じ黒人でありながら以前より貧困層が拡大している現実があります。貧富の差が広がれば広がるほど、子供にいくら平等という考え方を浸透させようとしても、歪んだ考え方が蔓延っていくのは止めようがありません。そしてストリートギャングと呼ばれる連中が跋扈するのです。

 戦後の日本にも愚連隊と呼ばれたヤクザになれない若い連中が数多くいたましたが、その当時とよく似た現象です。それを打開するには教育の徹底はもちろんのことですが、経済の発展も欠かせません。中間層が豊かになって教育の大切さを実感し、平等の尊さを学び、マンデラ氏が勝ち取った偉大な理想を改めて追求していくしかないのです。

 TVドラマの「不毛地帯」では、近畿商事の大門社長が壱岐正の大義を最後まで見抜けませんでした。大門社長は豪放磊落な性格と立派な経歴を持ちながら最後は権力を固守するあまりに壱岐の本心を見誤ったのです。葉巻をこよなく愛し、「和製チャーチル」と呼ばれた吉田茂氏も、1590年に初めて日本を統一した秀吉も、晩年はよく似た状況に陥っています。とても哀しいことですが、どうやらこれは権力者という人間の性のようです。

 映画「インビクタス 負けざる者」ではマンデラ氏の周囲に家族が一人もいませんでした。まさに孤高の人と云えます。どんなに孤独な想いだったでしょうか。27年間牢獄という隔離された生活から解放されたにも関わらず、理解を示す家族が一人もいないのです。想いを伝えられないという人間の哀しさがここに滲み出ていました。

 「不毛地帯」の壱岐正の家族も又、心通わせることがありませんでした。妻や娘、息子に自分の想いや社会での出来事をすべて説明しきれるものはありません。その苦しみや孤独が痛いほど私には理解できました。日本陸軍の大本営参謀だった壱岐正には大義という血しか流れていなかったのです。西郷や大久保の血と同じです。龍馬や岩崎弥太郎とは違う血です。日本で云えば大義の血とは、武士の血と云えるかもしれません。そしてその血は今の政治家に最も求められる血だろうと思います。

 「不毛地帯」や「インビクタス 負けざる者」を見ていて、人の心は別個のものであり、共感できることは奇跡の出来事だという私の信条に触れるものがありました。人と人が共感し合えることなど通常はありえないと思っていた方がいいようです。このように考えることは否定的で哀しい考え方かもしれませんが、そう考えていれば、もし共感し合える人と出会ったら、きっとその関係を大切にしようと想う気持ちが高まるはずです。

 すべてを肯定的に受け入れるという神懸かり的なことは私にはできません。共感できる人と出会ったらその絆を大切にしたい。そして家族を含め、仕事場や周囲の人たちとの共感の場を広げていきたいと思っています。そして自分なりの大義を見出して欲しいと願っています。

龍馬伝「引き裂かれた愛」

2010年03月13日 | Weblog
 あの時代、恋という言葉の意味も誰も知らなかったのではないか。すべての人が定められた生き方を強いられながら必死に生きていたに違いない。大儀の前に個人の想いなど口に出すことも出来なかったに違いない。江戸時代中期の1701年、元禄時代に赤穂浪士による吉良邸討ち入りという大事件があった。幕府の処分に対して不服の抗議であったからこそ大事件として歴史に残った。この事件も結局は赤穂のお家再興という大石内蔵助と浪士達の熱い大儀があったのだ。

 龍馬が初恋の加尾と一緒になりたいと思っても、一家の大黒柱である加尾の兄収二の大儀である京都に密偵として赴く件を断ることなど加尾にはできるはずがなかった。権勢を失ったとはいえ柴田勝守は収二郎にとって大きな存在であり、加尾を京都に行かせることは勝守に収二郎家を目に止めさせ、実家を守る大義につながっていた。大事な妹を同じ身分の下士である龍馬へ嫁がせる気持ちなど当初からなかっただろう。断れば切腹するという言葉は、一旦勝守に話をして了承を貰っているだけに決して大げさではなく、下士にとっては切腹を覚悟するのは当然だったに違いない。

 私が胸を熱くしたのは一言も兄の言葉や切腹の話をしなかった加尾の潔さだ。武家時代はまさしく男尊女卑の時代だった。主君に子ができなければ側室があたりまえで、一般の結婚の場合でも石女(うまずめ:子供が産めない女性)の場合、離縁されてもいたしかたなかった。家を守るために男性の血を優先した時代だった。加尾は兄の意志に従い、家や藩の重臣に対する忠誠心(大義)を示すことの方が大切だと自らの意志で認めたのだ。

 幼い頃からの龍馬への想いを貫きたい、龍馬もまた初めてはっきりと加尾と一緒になって欲しいと頼んでくれたのだ。こんなに嬉しいことはなかったはずだ。しかし、兄が一緒になるなら切腹するという言い訳など想いもしなかっただろう。兄の大義の重さを初めて知ったかもしれない。家を守るために個人の想いなど計りにかけるなどしてはいけなかったのだ。武家の幼い娘から大人になることを決意したのだ。龍馬に兄の切腹の話を口にするなど武家の妹としてできないことだった。
 
「カオが自分で決めた? わしは言うたぞもうどこへも行かんと。
「わしは、わしらはもう離れんと、約束したがじゃなかかっ」繰り返して泣き叫ぶ龍馬。

 龍馬には加尾の辛い決心が手に取るように理解できた。下士の身分で個人の想いが君主や重臣に通じることはないことを分かっていた。そして門前で泣き叫ぶくらいしか今の自分の気持ちを表現できなかった。

 今の社会なら最悪は駆け落ちという手段をとるかもしれない。また、両親や家のものを必死に説得して了解を得ることに全力を尽くすだろう。しかし、今でも流派や流儀、道と名の付く長い伝統が続く家系や、神社仏閣の何代目当主、由緒ある家紋を汚せない家系も存在する。そのような環境にいる恋人たちにとって、今でも個人の想いは家を越えるのは困難であろう。

<大義>
1.重要な意義。大切な意味。
2.人のふみ行うべき重大な道義。特に、主君や国に対してなすべき道。 《広辞苑》


 士農工商という階級制度は江戸時代の武家によって確立された。大義という言葉も鎌倉時代から続く武家政治の基に構築されてきた。もともとは儒教に由来する考え方で、本来は臣下として守るべき道義や節度、出処進退などのあり方を指したものだった。

 何代も続く武家の家系ではこの<大義>という考え方やスタンスが血の中に刷り込まれてきた。龍馬の血の中にも同じものが流れていた。だから受けいるしかなかった。当然武家の大義は商家や名主や農家にも浸透していった。祖父や父、長男の力は今の時代では考えられないほど絶大なものだったに違いない。しかしこの大義という考え方が社会の秩序を守ってきたことは紛れもない事実だった。

 「少年を大志を抱け」と云ったのは日本でライスカレーを広めたと云われている札幌農学校(現北海道大学)のクラーク博士だが、大志と大義では大きな違いがある。大志は自分自身の大いなる志だが、大義は自分自身を滅して、自分自身が属する家や国に対して忠誠を尽くす、なすべき道のことだ。資本主義経済の深化は、個人主義というわがまま一杯の性格を量産し数え切れないほどの趣味まで作り上げた。もはや大義という言葉は死語に等しい存在と化した。自分の想いや欲望が最優先の時代に突入したのかもしれない。殺人事件の半数以上が家族や親族がらみだという信じられないニュースを聞いたのも最近だ。

 大義という概念を失って自由、平等、基本的人権なるもの手にした。そしてやるべきことよりやりたいことを優先することがあたりまえになった。親の中には感情のままに子供を虐待し、死に至らしめる人まで出現してきた。子供を守るというのは大義というよりは小義だろうが、それすらも実行できない輩がいる。自由も平等も基本的人権という概念すらなかった時代にそんな連中が存在しただろうか。間引きや姥捨て山なる言葉もあるが、そこには家、家族を守ろうとする家主の哀しくて深い想いが存在する。

 人はさまざま出会いの中で何かを得、何かを失っていく
 龍馬が生きてた時代と比べて 人はまちがいなく多くのものを得ただろう
 しかし そのために何か大きなものを失ってしまった
 そして 心の中の羅針盤まで見えなくなってしまい
 大海原にでるとたちまち方向を失い彷徨うことになってしまった
 結局 欲望というエネルギーを燃焼させて進むしか手だてがなくなった
 そんな連中の目的地は暗くて寒い無人島になるだろう
 波打ち際には信じられない数の欲望の残骸が打ち寄せ
 真っ白なはずの砂浜を覆い尽くしているだろう

「2010 アカデミー賞の授賞式を見て」

2010年03月09日 | Weblog
 今年はライブでアカデミーの授賞式を見た。毎年200本以上の映画を鑑賞する私にとっては特別の日だ。この時期日本ではまだ公開していない作品も多く、また公開していてもまだ映画館に足を運んでいない映画もあり、見てもいない作品を評判だけで分析するのもまた楽しい瞬間でもある。

 さて、作品賞・監督賞を獲得した「ハード・ロッカー」から語りたい。この作品もまだ見ていないが監督がお気に入りのキャスリン・ビグローなので必ず見に行きたいと思っている。彼女が監督した以下の4作品は見ている。 
「K-19」 (2002) 監督/製作    
「ストレンジ・デイズ/1999年12月31日」 (1995) 監督    
「ハートブルー」 (1991) 監督、 (製作総指揮は元夫のジェ-ムス・キャメロン)
「ブルースチール」 (1990) 監督/脚本


 彼女の作品の特徴は、骨太の男を描き、シリアスでしかも緊張感のあるアクションを得意とするところだ。最初に見たのはサーファーの銀行ギャング描いた「ハートブルー」だ。キアヌ・リーヴス演じる新人FBI特別捜査官ジョニーが昨年亡くなったパトリック・スウェイジ演じるサーファーのリーダー(ボディ)を追ってサーファー仲間に潜入する。ボディとの友情が生まれるが捜査官と知りながらボディは新たに銀行を襲う。その時ジョニーの恋人を人質に取ってジョニーに強盗を手伝わせようとするが…。この映画のキアヌの演技が買われ、1994年の大ヒット「スピード」の警官役に大抜擢された。ボディとジョニーの男の友情が今も心の残っている作品だ。

「ブルースチール」は、無差別殺人犯を追う新任の女性警官の闘いを描いている。彼女が初めて拳銃を発砲するシーンはドキドキする緊迫感に溢れ、シリアスなサスペンス映画に仕上がっていた。

「K-19」は、1961年に実際にあったソ連の原子力潜水艦K-19の放射能事故を基に作られた骨太のサスペンス作品だ。原子力潜水艦という限られた海面下の艦内で、原子炉の冷却装置のひび割れが判明し、男達の葛藤が始まる。艦長を演じたハリソン・フォードが製作にまで参加した入魂の超骨太の作品だ。

 助演男優賞を獲得したクリストフ・ヴァルツは、クエンティン・タランティーノ監督作「イングロリアス・バスターズ」で狡猾で残忍なナチス将校役演じた。オーストリア生まれでドイツを話す彼は、今までナチ役のオファーが何度もあったという。しかし、ことごとくそれらのオファーを断っていたが、タランティーノ監督作品であるということでこの役を引き受けて受賞したのだ。残忍なナチ役を受けるにはきっと心の葛藤があっただろう。

この話を聞いて欣ちゃん(萩本欣一)の言葉を思い出した。
「したくない仕事しか来ないんです。でも運は、そこにしかない」

 クリント・イーストウッドの最後の西部劇「許されざる者」で助演男優賞で2度目にオスカー(1度目は「フレンチ・コネクション」で主演男優賞)を獲得したジーン・ハックマンも演じたくない怒りっぽい暴力的な保安官役だった。一度目も同じような役柄だった。そういえば、彼を最初に見たのは同じような役柄だった「俺たちには明日はない」だ。

 「したくない仕事」が回ってくるのは他の人よりはあなたに頼みたい、つまりあなたが一番ベターだと上司や周囲が認めていることを理解しなくてはならない。決して愚痴を言わず前向きに取り組もう。私の30年を超える組織人生を振り返っても欣ちゃんの言葉は正しいと思っている。

 最後に今年の授賞式で最も印象に残っているシーンを語ろう。監督賞をプレゼンターしたバーブラ・ストライサンドだ。

 1973年の「追憶」で大ブレイクした彼女は1976年「スター誕生」から 製作/製作総指揮/出演に乗り出す。まだまだ女性差別や人種差別が残っていた時代だった。この後も以下の作品を製作・監督した。

「メーン・イベント」(1979) 製作/出演
「愛のイエントル」 (1983) 監督/製作/脚本/出演
「ナッツ 」(1987) 製作/音楽/出演
「サウス・キャロライナ/愛と追憶の彼方 」(1991) 監督/製作/出演
「マンハッタン・ラプソディ」(1996) 監督/製作/出演

 彼女が出演する映画の根底に流れる主題は、女性の人権向上と男女平等だ。しかし、アカデミー賞とは無縁だった。バーブラが映画を監督して27年が過ぎた。今年ようやく史上初の女性監督が誕生したのだ。しかもそのプレゼンターにバーブラが選ばれたのだ。このキャスティングは決して偶然ではない。キャスリンのスピーチを眺めるバーブラの何とも云えない表情が印象的だった。(ついにここまできた)きっとこんな心境だったに違いない。
 
     「おめでとう、キャスリン。そしてバーブラ」


新宿鮫の新作『絆回廊』が読める!

2010年03月02日 | Weblog
 なんと糸井重里氏のHP『ほぼ日刊イトイ新聞』で私が愛読する新宿鮫シリーズの新作『絆回廊』が読めることを知ったの連れ添いからの緊急メールでした。もともと『ほぼ日刊イトイ新聞』のファンだった彼女はちょくちょく立ち寄っていました。(私は一度も立ち寄ったことがありませんが…)

『絆回廊』 http://www.1101.com/shinjukuzame/index.html

 新宿鮫より『狩人シリーズ』(日記で紹介済み)で大沢在昌氏に惚れ込んで読み耽る私の背を見て、ミステリーファンの連れ添いが読み始め一気に3冊が終わってしまい、最近文庫になった『狼花』まで読み終えてしまい、お互いがまるで中毒状態に陥ってしまったのです。長い読書歴から初めての経験でした。しようがないので何冊か読んだのですが、改めて8冊ネットで購入して二人で読み始めていた矢先でした。連れ添いが昨日の朝日新聞に掲載された記事からHP『ほぼ日刊イトイ新聞』の2/19から連載が始まった『絆回廊』のことを知り、私に緊急メールをよこしてきたのです。

大沢氏と糸井氏の対談も掲載されています。
この対談から面白い話題を抜粋して紹介します。

以下はhttp://www.1101.com/oosawa/index.htmlより

大沢 頭のなかに「自分だけのスクリーン」があるんです。

糸井 そのスクリーンに、映し出される?

大沢 そう、まるで映画を上映しているみたいに。

   今まで、自分で書いてきた物語が
   そこに、映し出されてくるんです。

   で、簡単に言っちゃえば、
   話の「続き」も、そこに流れてくる‥‥と。

糸井 へぇー‥‥。

大沢 その「映画」を「文字化していく」というのが
   ぼくにとっての「小説を書く作業」ですね。

  だから、よく仏師が、
 「仏さんのかたちに彫っているんじゃなく、
  木のなかに埋まってる仏さんを
  掘り出してるんだ」
  みたいなことを、言うじゃないですか。

  なんかね、ほんと、あんな感じなんですよ。

  原稿用紙に「物語」が埋まっていて
  書いてるうちにだんだん浮かびあがってくる‥‥というか。


大沢 これも、ぼくのシリーズもののひとつで
   ほかに『北の狩人』『砂の狩人』とあるんですけどね。

糸井 つまり「狩人」シリーズ。

大沢 前作の『砂の狩人』で主人公、死んじゃったんですよ。撃たれて。

糸井 はぁ!

大沢  読者もボーゼンとしちゃって。

糸井 主人公が死んじゃったらねぇ。

大沢 書いてて、自分自身がゾクゾクくるのは、こういうの。

糸井 はー‥‥。

大沢 このシリーズも、けっこうファンが多いんですけど、
   このように、何でもやれちゃうからね。

糸井 ええ、ええ。

大沢 今度の『黒の狩人』(日記に紹介の主人公は中国人なんですけど、
   そいつが物語の終わり近くで、敵に襲われるシーンが出てくるんですよ。

   そうすると‥‥。 (この対談は2008年)

糸井 つまり「また殺されちゃうかもしれない!」と。

大沢 そうそう、読者にしてみると何されるかわからないから
   めちゃくちゃ怖いらしいんですよね。

大沢 1年半の間、ほかの仕事をぜんぶ断って、1本の小説を書きあげたんです。

糸井 それが‥‥。

大沢 『新宿鮫』のひとつまえ。28冊目の作品です。

糸井 じゃあ‥‥。

大沢 そう、結局、それもダメだったんですね。
   売れず、話題にもならず、文学賞の候補にもならず。
   さすがにそのときは、けっこうヘコみました。「ああ、オレ、ダメかもな」と。

糸井 1年半ですもんね‥‥。

大沢 とはいえ、生活していかなきゃいけないし、「永久初版作家」とはいえ
   作家ですから、何かを書かなきゃならない。

   ちょうど、光文社から書き下ろしの仕事を
   もらったんで、じゃあ‥‥と。

糸井 ええ、ええ。

大沢 もう「いい作品を書こう」なんて色気は捨てて、自分自身がおもしろがれる、
   「燃えるぜ!」みたいな小説にしようと思った。

  ‥‥そうやってできたのが『新宿鮫』なんです。


 

 新宿鮫シリーズを今まで読む機会や読む気もなかった方、どうか一度大沢ハ-ドボイルドの世界に浸ってみませんか? HP『ほぼ日刊イトイ新聞』の読者の多くは30歳以上の女性の方だそうです。従来の新宿鮫の層とは異質な層なのですが、光文社が挑戦したいと企画したのが始まりです。それだけこの難しい層でも受けるという自信があったのかもしれません。さて女性の皆様、いかがでしょうか?