まぬ家ごめ助

姓はまぬけ、名はごめすけ、合わせて、「まぬ家ごめ助」と申します。どうぞお見知りおきを。

進化する落語

2014-03-11 02:43:25 | 日記
久しぶりに「Switch」を買いました。珍しく即断で(笑)

先ず、冒頭の「(FROM) EDITORS」を読みました。素晴らしい文章でした。買ってよかったと思いました。


落語なんて、と思っている人に伝えたい。

あなたは、一之輔を、喬太郎を、文左衛門を、聴いたことがあるのか、と。

な~んて、そんな私も、実は、志の輔も、鶴瓶も、小朝も、文枝も、談春も、昇太も、聴いたことがありません(聴きたいけどさ!)。

繰り返し何度も記していることですが、3年前の3月11日の出来事から、私の落語歴が始まりました。

当時のあの重い雰囲気と沈んだ自分の気持ちを払拭したくて、試しに浅草演芸ホールに行ってみたのです。

でも、面白いとはあまり感じませんでした。

否、色物は面白かったし、例えば小さんの「後生うなぎ」を聴いた時に、あぁこれが落語なのかな、とも感じましたが。

そういえば先日、「後生うなぎ」が新聞の記事になっていましたね。

ともあれあの日、席を2階から1階の砂被りに移して、前座さんのつまらない噺を聴いた時に、何かがヒットした。

それはつまり、2階席の落語では、テレビで見ているのと同じだ、ということ。

もう一度聴いてみよう、いちばん面白いと評判の、小三治を聴いてみよう、もしそれもつまらいようであれば、落語には縁がないんだ、そう思った。

後日、新宿末廣亭、主任は小三治。

中トリがたまたま、さん喬師匠でした。

<人は「音楽がつまらない」とは言わない。つまらない音楽があることを知っている。それなのに「落語はつまらない」と言う人がいる。悔しい。つまらない落語があるだけなのに>

確か、昇太の発言だったと思います。

落語がつまらない訳ではありません。

自分にフィットする噺家に出会っていないだけの話ですよ。
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「被災地からのつぶやき」

2014-03-11 01:03:09 | 日記
「被災地からのつぶやき」著者=和田惠秀

3月11日にこの本を紹介しよう、買った時からそう決めていました。

声にならないつぶやきにこそ、真実が宿っていると思っていますので。

例えばですが、「為政者」という単語が気になったりもしますけれども、ね。

仏さまの絵(例えば裏表紙)が素晴らしいです。

出版歴に「秩父三十四ヶ所」「四国八十八ヶ所」などがあるので、なるほど、と思いました。


「彼氏は何の仕事をしているの」と、私。
「除染」と、娘。

福島の現実。

娘の将来に幸多からんことを!


<福島の復興なんて、安倍の眼中にはないよ。長州人なんだし。>byイデチュー

<秋霧に かすむ山々 前にして 我が人生も 霧の彼方に>by恵秀

「遠い日」

母に背負われ
父の背中を見送り

いつか狂気を見たことか
いつか狂気を見ることか

過去は遠い日
未来も遠い日

赤子を抱いて
祈りを感じ

いつか狂気を見たことか
いつか狂気を見ることか

by邦彦
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「トワイライト」

2014-03-11 00:13:14 | 日記
「仕事がイヤにならないか?初めは人助けを夢見るが、現実は甘くないことを悟る。哀れな人が運に見放され死んでいく姿を見る。つらいよ。」

上記は「トワイライト」の中のポール・ニューマンのセリフです。

俳優さんについて語るのは難しい。そう、ポール・ニューマンが亡くなった時、私は追悼の記事と格闘したものの、結局草稿中のままにしてしまい、いまだに悔やんでいます。「演じる」ってことは凄いこと、難しいこと。私には絶対に無理だって、「君の心に残るもの」と「駆けろ!クラシックウインド」を観に行った時に痛感しましたよ、Hさん。

きっかけは「Free&Easy」。ロッドを持った開高健が表紙の最新号です。立ち読みをして、悩んで、後日結局買いに行きました。だって、今時開高健なのですから(オレが買わずに誰が買うのだ)。やはり小野里さんって素晴らしいですね。そうして、読み進めると、ポール・ニューマンの写真が印象的で、久しぶりに彼に会いたい、そう思って借りてきたのが「トワイライト」でした。

ポール・ニューマンは元警官の私立探偵役。もっとも現役ではなく、既に探偵の免許も失っていて、友人宅に居候する飲んだくれ、という設定。警官も辛いのですね。同様な意味でお医者さんも、そして記者も辛いのでしょう。記者も、と記したのは、「Free&Easy」におけるリリー・フランキーさんの秀逸なコラムの影響です。そう、我々介護職にも同様な辛さがあります。一体全体、何人の方を見送ったことだろう・・・。今月の研修における事例発表は「看取り」がテーマ。でも、あまり過去は振り返りたくありません。それが本音です。原稿を書いていると思い出して涙が出ちゃう、とは、haraさんの談。彼女はまだ若いし。

むろん、「哀れな人」というのは主観でしかなく、人によって見方は異なります。実際、自分を「まぬけ」などと称する私自身もまた、同様な見方をされるのでしょう。いずれにせよ、介護の仕事を通じて、いろいろな心境の変化があったことは事実。でも、それをリアルに伝えることは出来ません。許されません。
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