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ガウスの旅のブログ

学生時代から大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。現在は岬と灯台、歴史的町並み等を巡りながら温泉を楽しんでいます。

旅の豆知識「源義経」

2019年11月24日 | 旅の豆知識
 旅先で、源義経の足跡を訪ねたことはありませんか?源義経は、平安時代末期の源平合戦で活躍しましたが、兄・源頼朝と不仲になって、京を追われました。そして、奥州平泉に落ち延びたものの、藤原泰衡に攻めらて、この地で果てたとされています。
 それだけでも、北九州から東北地方に至るまで、いろいろと足跡を残しているのですが、後に、悲劇の英雄として伝説化され、北海道に落ち延びたという伝説まで、残されてきました。従って、それらを含めると日本各地に足跡や伝承地があることになります。
 日本各地を旅した時に、そのような義経関係地をめぐってみるのも、はるかな源平合戦に思いを馳せて、印象に残るのでは.....。

〇源義経とは?

 平安時代末期の源平合戦で大きな戦功をあげた武将です。1159年(平治元)に、河内源氏の源義朝の九男(母は常盤)として生まれましたが、幼名は牛若丸と言いました。
 同年12月に平治の乱が起き、戦いに敗れた父・義朝は、翌年敗死します。平氏に捕えられ京の鞍馬寺に入れられましたが、1174年(承安4)頃ひそかに奥州平泉の藤原秀衡の下に赴いて庇護を受けました。
 1180年(治承4)に兄の源頼朝が挙兵すると、平泉を出奔して駆けつけ、黄瀬川で頼朝との対面を果たします。1183年(寿永2)に頼朝の代官として京へ向かい、翌年には源義仲を討って入京しました。
 1184年(元暦元)に平氏との一ノ谷の戦いに勝利し、平氏追討と畿内近国の行政・軍政を担うことになります。1185年(文治元年2月)の屋島の戦いを制し、同年3月には壇ノ浦の戦いでも勝利して、平氏を滅亡へと追い込みました。
 同年4月に京へ凱旋し、翌月平宗盛親子を鎌倉へ護送した折に、頼朝に鎌倉入りを拒否され、6月に京へと戻ります。後白河法皇には信任を得たものの、頼朝と不和になり、反逆を企てましたが、失敗して京を逃れますが、頼朝は守護、地頭を設置して厳しくこれを追捕させました。
 奥州平泉へと逃れましたが、1187年(文治5)の秀衡の死後、その跡を継いだ泰衡に、1189年(文治5年閏4月30日)、衣川の館を急襲され、数え年31歳で自刃したとされます。後に、悲劇の英雄として伝説化され、文学作品の素材ともなりました。

〇源義経の足跡を訪ねて(年代順)

(1)鞍馬寺(京都府京都市左京区)

 京都市北方の鞍馬山中腹にある鞍馬弘教の総本山です。奈良時代の770年(宝亀元)に鑑真の高弟鑑禎が山頂に毘沙門天をまつったのが始まりとされていますがはっきりしません。792年(延暦11)に藤原伊勢人が貴布禰明神の霊告を受け堂宇を建立したも言われています。平安時代以後、平安京北方鎮護として貴船神社と共に朝野の信仰を集め、修験道の霊地として栄えました。そんな中で、平安時代末期に、平氏に捕えられた源義経(牛若丸)がこの寺に入れられ、修業したと伝わっています。竹伐の行事(6月20日)、摂社由岐神社の火祭(10月22,23日)は有名で、多くの人々が訪れてきました。たびたびの火災により堂舎を焼失していて、現在の本殿、多宝塔などは近年再建されたものですが、木造「毘沙門天及吉祥天・善膩師童子立像」、鞍馬寺経塚遺物200余点の国宝をはじめ、いくつかの国指定重要文化財を寺宝としています。鞍馬山の中腹にあって、自然豊かで、修験道の霊地としての雰囲気を持ってきました。

(2)黄瀬川で頼朝との対面(静岡県駿東郡清水町)

 1180年(治承4)10月に源頼朝・武田信義軍と平維盛軍が、富士川の河口付近で戦ったのですが、夜陰に乗じて、武田信義の部隊が平家の後背を衝かんと富士川の浅瀬に馬を乗り入れると、水鳥が反応し一斉に飛び立ち、これに驚いた平家方は大混乱に陥って、敗走したといわれています。義経も平泉を出奔して駆けつけ、この戦いの後で、離れ離れになっていた源頼朝と義経の劇的な対面があったと言われてきました。その伝承地である黄瀬川八幡神社(静岡県駿東郡清水町)には対面石があります。

(3)一ノ谷の戦い(兵庫県神戸市須磨区)

 源平合戦の一つで、一ノ谷(兵庫県神戸市須磨区)一帯が戦場となりました。1184年(寿永3)2月に源義経・範頼軍が再挙を計った平氏軍を一ノ谷に襲い、海上に敗走させた戦いで、義経の鵯越の奇襲戦法が知られています。また、須磨海岸の波打ち際での平敦盛と熊谷直実一騎打ちによって打たれた敦盛の話は、「平家物語」中でも最も悲しく哀れを誘う場面として有名です。須磨寺には敦盛愛用の青葉の笛、合戦時に弁慶が安養寺から長刀の先に掛けて担いできて陣鐘の代用にしたという弁慶の鐘などの宝物があります。また、境内には、敦盛の首塚、義経の腰掛け松などの史跡があり、古来から「平家物語」を偲んで文人墨客が訪れている所です。それを示すように松尾芭蕉、正岡子規、与謝蕪村、尾崎放哉などの句碑や歌碑が建てられています。須磨浦公園には、敦盛塚や源平合戦800年記念碑などあって当時の合戦を思い出させてくれます。

(4)屋島の戦い(香川県高松市)

 源平合戦の一つで、屋島(香川県高松市)一帯が戦場となりました。1185年(文治元)2月、屋島に留まっていた平氏軍を源義経らが奇襲により、海上に追いやった戦いです。ここでは、那須与一が、船上の扇の的を射抜いたことで有名ですが、屋島からは瀬戸内海と古戦場が一望でき、屋島寺などに遺跡や遺品が残されていて、この合戦の情景を思い浮かべるには最適の場所です。また、周辺には、菊王丸の墓、佐藤継信の碑、駒立岩、祈り岩、義経由美流し跡、義経鞍掛松、獅子の霊巌、射落畠などの伝承地が残されています。

(5)壇ノ浦の戦い(山口県下関市)

 源平合戦の一つで、壇ノ浦(山口県下関市)一帯が戦場となりました。1185年(文治元)3月に、平氏軍と源義経を総大将とする源氏軍が戦い、平家滅亡となった最後の一戦です。この時に、幼い安徳天皇は母の平徳子と共に船から海に飛び込みましたが、徳子だけが助けられました。下関市には安徳天皇を祭った赤間神宮があり、この合戦で亡んだ平家一門の墓があります。有名な耳なし芳一の話もここを舞台にしたものです。また、隣接して、安徳天皇阿弥陀寺稜もあり、毎年、5月2日の安徳天皇の命日より3日間に亘って、先帝祭も行われています。

(6)衣川館跡(岩手県西磐井郡平泉町)

 源義経終焉の地で、現在は高館と呼ばれ、義経堂が建てられています。義経は、兄・頼朝と不仲になり、京を逃れて奥州平泉の藤原秀衡に匿われていました。しかし、秀衡の死後、その跡を継いだ泰衡に、1189年(文治5年閏4月30日)、衣川の館を急襲され、数え年31歳で自刃したとされます。江戸時代になって、俳聖松尾芭蕉が、「奥の細道」の途中に立ち寄り、「夏草や 兵どもが 夢の跡」と絶唱したことで有名となりました。義経堂の前に、それを刻んだ句碑も立てられています。また、中尊寺には、芭蕉も参拝した国宝に指定されている金色堂が残され、藤原氏三代の遺骸も安置されてきました。。

☆源義経関係略年表(日付は旧暦です)

・1159年(平治元年) 河内源氏の源義朝の九男(母は常盤)として生まれる
・1159年(平治元年12月) 平治の乱が起きる
・1160年(平治2年) 父・義朝が敗死する
・1162年(応保2年)頃 母・常盤が一条長成と再婚する
・1169年(嘉応元年)頃 鞍馬寺で稚児となる
・1174年(承安4年3月3日) 現在の滋賀県蒲生郡竜王町の鏡の宿にて元服する
・1174年(承安4年)頃 鞍馬寺を出奔して奥州平泉へ下り、藤原秀衡の下で庇護を受ける
・1180年(治承4年8月) 兄・頼朝が挙兵。平泉を出奔して駆けつける
・1180年(治承4年10月) 黄瀬川で頼朝と対面する
・1183年(寿永2年11月) 頼朝代官として上洛する
・1184年(元暦元年1月) 源義仲を討って入京する
・1184年(元暦元年2月) 一ノ谷の戦いに勝利し、平氏追討と畿内近国の行政・軍政を担う
・1184年(元暦元年7月) 三日平氏の乱が発生する
・1184年(元暦元年8月6日) 左衛門少尉・検非違使に任官し、乱の鎮圧にあたる
・1184年(元暦元年9月3日) 従五位下に叙位され、左衛門少尉・検非違使に留任する
・1184年(元暦元年9月) 河越重頼の娘(郷御前)と結婚する
・1185年(文治元年正月) 平氏追討のため西国へ出陣する
・1185年(文治元年2月) 屋島の戦いに勝利する
・1185年(文治元年3月) 壇ノ浦の戦いで平氏が滅亡する
・1185年(文治元年4月) 京へ凱旋する
・1185年(文治元年5月) 平宗盛親子を鎌倉へ護送。頼朝に鎌倉入りを拒否される
・1185年(文治元年6月) 京に戻る
・1185年(文治元年8月16日) 伊予守任官。検非違使・左衛門少尉を兼任する
・1185年(文治元年10月16日) 後白河法皇に頼朝追討の宣旨を要請する
・1185年(文治元年10月17日) 土佐坊昌俊に襲撃される
・1185年(文治元年10月18日) 頼朝追討の宣旨が下される
・1185年(文治元年11月3日) 都を落ちる
・1185年(文治元年11月7日) 解官される
・1185年(文治元年11月) 頼朝は守護、地頭の設置権を得て、義経を厳しくこれを追捕させる
・1187年(文治3年2月) 奥州平泉の藤原秀衡の下へ落ち延びる
・1187年(文治3年10月29日) 藤原秀衡が病没する
・1189年(文治5年閏4月30日) 藤原泰衡の襲撃を受け、衣川館で数え年31歳で自刃する

旅の豆知識「武田信玄」

2019年11月20日 | 旅の豆知識
 旅先で、戦国武将の足跡に触れることは結構あるのではないでしょうか?戦国時代の山城跡や古戦場、武将を祀った寺社仏閣、それらの武将が関わった鉱山や築堤、港などもあると思います。
 戦国時代には、数多くの武将が活躍していましたが、特に人気が高いのは、武田信玄、上杉謙信、織田信長、毛利元就などではないでしょうか。特に、関東地方北部から中部地方にかけては、武田信玄の足跡がよく残されています。旅先で、そんな場所を訪れて、戦国時代に思いを馳せてみるのも面白いのでは.....。

〇武田信玄とは?

 戦国時代に活躍した戦国大名の一人で、実名は晴信といい、1521年(大永元)に、甲斐の守護武田信虎の長男として生まれました。1536年(天文5)に室町幕府将軍足利義晴の諱の1字を得て元服し、同年11月に11月には、佐久郡海ノ口城主平賀源心攻めで初陣を飾ります。1541年(天文10)には、父信虎を追放して、甲斐の守護となり、信濃に進出し、1553年(天文22)以降、5回にわたって、上杉謙信と川中島の戦いを繰り広げました。その間、近傍諸国を侵略し、甲斐本国以外に、信濃、駿河、西上野、遠江、三河と美濃の一部を領するに至ります。そして、将軍足利義昭ら反織田信長勢力と結び、1572年(元亀3)には、京都進出を企てて大軍をおこし、三方ヶ原の戦いで、徳川家康を破りました。しかし、三河国野田城攻囲中に発病し、帰国途中信濃国伊那の駒場(現在の長野県下伊那郡阿智村)で、1573年(天正元)に51歳で亡くなったとされています。1576年(天正4)に本葬が営まれ、恵林寺(山梨県甲州市)が墓所と定められました。

〇武田信玄の足跡を訪ねて(年代順)

(1)躑躅ヶ崎館跡[武田神社](山梨県甲府市)

 武田信玄の父・信虎が石和から本拠を移して、築いたのが始まりとされていますが、武田家の政治支配の中心となった所です。周囲には堀が巡らされ、政務を執っていた主殿を中心に諸施設が配されていました。毘沙門堂、回遊式庭園、能舞台などもあったとされています。現在は、跡地に武田神社が建っていますが、堀や土塁が残されていて、往時をしのぶことができます。 

(2)川中島の戦い(長野県長野市)

 越後の上杉謙信軍対甲斐の武田信玄軍によるもので、戦国時代の1553年(天文22)から 1564年(永禄7)までに、主なものは、①1553年(天文22)、②1555年(天文24)、③1557年(弘治3)、④1561年(永禄4)、⑤1564年(永禄7)の5回あったとされていますが、その4回目の1561年(永禄4)の合戦(八幡原の戦い)が一番有名で、武田軍2万と上杉軍1万2千が激突しました。武田軍は信玄の弟の武田信繁や山本勘助、諸角虎定、初鹿野忠次らが討死するなどして序盤劣勢でしたが持ち直し、結局この戦いによる死者は、上杉軍が3000余、武田軍が4000余と伝えられ、上杉軍は越後へ引き上げることになります。現在は、武田軍が本陣を置いたとされる場所が、八幡原史跡公園となっています。その周辺には、首塚や信玄・謙信両雄一騎討ちの像、「三太刀七太刀跡」の石碑、執念の石、逆槐などがあり、公園の一角に「長野市立博物館」があって、川中島合戦のことも展示されているのです。また少し離れて、典厩寺(信玄の弟・典厩信繁の墓がある)、山本勘助の墓、胴合橋、赤川の碑 などもあり、巡ってみることができます。

(3)三増峠の戦い(神奈川県愛甲郡愛川町)

 戦国時代の1569年(永禄12)に、相模国三増峠付近(神奈川県愛甲郡愛川町)で、約2万人の武田信玄軍と約2万人の北条氏照・氏邦軍により行われた合戦で、武田信玄軍が勝利しました。序盤では、武田軍が苦戦し、武田の将浅利信種が戦死したりしましたが、最後は北条軍が総崩れとなって退却したのです。武田軍も勝利後は、兵をまとめて甲府へ戻っていきました。現在では、合戦の行われたと考えられる場所に三増合戦場の碑と慰霊碑が立ち、近くには、戦死した武田の将浅利信種を弔っている浅利明神、首塚、胴塚等があり、ゴルフ場の上の方に武田信玄が本陣を置いたと言われる旗立て松の碑があります。

(4)三方ヶ原の戦い(静岡県浜松市北区)

 戦国時代の1572年(元亀3)に、遠江国三方ヶ原(現在の静岡県浜松市北区)において、約2万5千人の武田信玄軍と約1万1千人の徳川家康・織田信長連合軍との間で起こった戦いです。武田軍は魚鱗の陣を布いて待ち構えており、徳川・織田連合軍は鶴翼の陣をとって戦闘が始まりましたが、武田軍が勝利しました。徳川家康は、命からがら浜松城に逃げ帰り、鳥居四郎左衛門、成瀬藤蔵、本多忠真といった有力武将が亡くなって、織田信長の援将平手汎秀も戦死したのです。しかし、武田軍は浜松城を攻撃せずに西へ向かいました。現在は、三方原墓園(浜松市北区根洗町)の一角に三方ヶ原古戦場の碑が建ち、少し北に行ったところに武田信玄の本陣があったという根洗松と碑があります。また、多くの戦死者が出た犀ヶ崖(浜松市中区鹿谷町)は、三方原古戦場として1939年(昭和14)に、県の史跡に指定され、史跡公園となっていて、三方ヶ原古戦場犀ヶ崖の碑、本多肥後守忠真顕彰碑、夏目次郎左衛門吉信の碑や「犀ヶ崖資料館」があって見学できます。ここには、その戦死者を供養するために始まったといわれる遠州大念仏や、三方ヶ原の戦いに関する資料が展示されていて興味深いです。

(5)野田城跡(愛知県新城市)

 1508年(永正5)に田峯城主菅沼定忠の三男定則によって築城されたとされる城跡です。1573年(天正元)に上洛途上の武田信玄は、三方ヶ原の戦いに勝利した後、三河国に侵入し、当時徳川家康の配下にあった菅沼定盈の守るこの城を攻めました。籠城戦の上、開城のやむなきに至りますが、この陣中に信玄は病を得て、上洛を諦め、甲斐への帰途に就くことになったとされています。一説には、夜間に城中から鉄砲玉が放たれ、負傷したのが原因だったとも言われてきました。城跡には、本丸、二の丸、土塁、井戸跡などが残され、往時をしのぶことが可能です。、

☆武田信玄関係略年表(日付は旧暦です)

・1521年(大永元)11月3日 甲斐の守護武田信虎の長男として生まれる
・1536年(天文5) 室町幕府将軍足利義晴の諱の1字を得て元服する
・1536年(天文5)11月 佐久郡海ノ口城主平賀源心攻めで初陣を飾る
・1541年(天文10) 父信虎を駿河の今川義元のところへ追放し、当主となる
・1542年(天文11) 妹婿の諏訪頼重を打倒する
・1548年(天文17) 上田原の戦い[信濃国 - 長野県上田市] ○村上軍×●武田軍
・1548年(天文17) 塩尻峠の戦い[信濃国 - 長野県岡谷市・塩尻市] ○武田軍×●小笠原軍
・1550年(天文19) 砥石城の戦い[信濃国 - 長野県上田市] ○村上軍×●武田軍
・1553年(天文22)4月 第1次川中島の戦い[信濃国 - 長野県長野市] △武田軍×△上杉軍
・1556年(天文25) 今川氏・北条氏と同盟を結ぶ
・1559年(永禄2) 出家して信玄と号する
・1561年(永禄4) 第4次川中島の戦い[信濃国 - 長野県長野市] △武田軍×△上杉軍
・1566年(永禄9) 長野氏を滅ぼし西上野をも支配下に収める
・1567年(永禄10) 長男義信を反逆罪で刑死させ、その妻を今川氏のもとへ返し、同盟関係を絶つ
・1569年(永禄12) 三増峠の戦い[相模国 - 神奈川県愛甲郡愛川町] ○武田軍×●北条軍
・1569年(永禄12)4月 今川氏真を追放して駿河を領有する
・1571年(元亀2) 北条氏政、本願寺、一向一揆、浅井・朝倉氏らと結び、信長包囲網を形成する
・1572年(元亀3)12月22日 三方ヶ原の戦い[遠江国 - 静岡県浜松市] ○武田軍×●徳川・織田軍
・1573年(天正元)4月 三河野田城を包囲中に陣中で病床に伏す 
・1573年(天正元)4月12日 甲府へ帰陣する途中の信濃伊那谷の駒場で亡くなる
・1576年(天正4)4月 本葬が営まれ、恵林寺(山梨県甲州市)が墓所と定められる

旅の豆知識「織田信長」

2019年11月19日 | 旅の豆知識
 旅先で、特定の人物の足跡を訪ねて回ったことはありませんか?平安時代の貴族、鎌倉時代の武将、戦国時代の大名、江戸時代の武士、明治維新期の志士、大正・昭和時代の文学者だったり、いろいろと活躍した人物がいると思います。時には、特定の人物に的を絞って、歴史を追いかけながら、旅してみるのも面白いと思います。
 中でも、戦国時代から安土桃山時代に活躍した武将は、結構興味を持って訪ねる人が多いように思いますし、NHKの大河ドラマなどで取り上げられると、関係地に観光客が押しかけたりします。特に、天下統一を目指した織田信長は、人気が高く、足跡を訪ねる人が多いようです。
 足跡は、最初の領国のあった尾張地方をはじめ、中部地方から近畿地方へかけて、各地にありますので、いろいろと訪ねてみるのも面白いのでは....。

〇織田信長とは?

 戦国時代の武将・戦国大名です。1534年(天文3年5月12日)に、尾張守護代織田大和守家の奉行の一人であった父・織田信秀の三男(母・土田御前)として生まれましたが、幼名は、吉法師と言いました。1546年(天文15)元服して三郎信長と名乗り、翌年三河へ初陣、1551年(天文 20)に父信秀が没して、家督を継ぎますが、一族内部の抗争が続きます。
 ようやく、1559年(永禄2)に織田信賢を破って織田家をまとめ、翌年の桶狭間の戦いで今川義元を敗死させて、尾張一国を統一しました。1562年(永禄5)に、三河の松平元康(後の徳川家康)と同盟を結び、美濃への進出を図り、1567年(永禄10)に、斎藤龍興を滅ぼして、稲葉山城を岐阜城と改め、拠点とします。
 翌年、足利義昭を奉じて上洛し、室町幕府15代の将軍職につけ、その将軍、次いでは天皇の権威を利用して天下に号令しました。その後、1570年(元亀元)の姉川の戦いで浅井・朝倉両氏を破り、翌年に延暦寺の焼き打ちを行います。
 続いて、1573年(天正元)には朝倉氏、さらに浅井氏を滅ぼし、足利義昭を追放して、室町幕府を滅亡させました。さらに、1575年(天正3)に長篠の戦いで、武田勝頼を破り、翌年には近江に安土城を築き、天下統一への拠点とします。
 その中で、関所の撤廃、楽市楽座、検地等の革新政策を実施、キリシタン文化をも摂取して、華やかな安土桃山文化を興しました。その後、中国経略を志して毛利氏と対立しますが、1580年(天正8)に本願寺と和睦し、石山から退城させて畿内一円を支配、1582年(天正10)には甲斐武田氏を滅ぼすなど着々と統一事業を進めました。
 しかし、同年6月2日に、京都における本能寺の変で、明智光秀のために自刃させられ、48歳で生涯を閉じます。

〇織田信長の足跡を訪ねて(年代順)

(1)桶狭間の戦い(愛知県名古屋市緑区・豊明市)

 戦国時代の1560年(永禄3)に、駿河の今川義元軍と尾張の織田信長軍との間で尾張国桶狭間付近(現在の名古屋市緑区・豊明市)を中心に戦われた合戦です。約2万5千人もの大軍を率いて尾張に侵攻した今川軍に対して、約2千人の織田軍が本陣を強襲し、今川義元の首を取って、今川軍を敗走させました。織田信長が、それ以後領地を広げ天下統一を目指す転機となった重要な戦いでした。現在は、1938年(昭和13)に国の史跡に指定された「桶狭間古戦場伝説地」(豊明市)があり、史跡指定標柱や七石表(七基の石碑)、今川治部大輔義元墓などがあります。また、少し離れたところに「桶狭間古戦場公園」(名古屋市緑区)があり、今川義元の墓碑、義元馬つなぎの杜松、義元首洗いの泉、漢詩碑などがあります。桶狭間以外にも徳川家康が兵糧を入れた大高城跡、前哨戦で織田方が全滅した鷲津・丸根砦跡、今川義元が前日に宿泊した今川方の沓掛城跡などが散在していて、見どころがいろいろとあります。

(2)姉川の戦い(滋賀県長浜市)

 戦国時代の1570年(元亀元)に、近江国姉川付近(現在の滋賀県長浜市)で、約2万1千人の浅井・朝倉連合軍と約3万4千人の織田信長・徳川家康連合軍との間で合戦が行われ、織田・徳川連合軍が勝利したところです。序盤では浅井・朝倉連合軍が優勢でしたが、家康軍の奮闘により、形勢が逆転しました。この結果、千人以上の死者が出て、姉川は血に染まり、朝倉軍は越前に敗走し、浅井軍も小谷城に逃げ込み、その後の浅井、朝倉両氏の滅亡の遠因となったのです。姉川周辺には、野村の姉川戦死者之碑やちはら公園の姉川古戦場跡の碑、浅井氏の家臣三田村氏館跡、織田軍の本陣があった龍ヶ鼻陣所(茶臼山古墳)、浅井長政の家臣遠藤直経の墓などがあって、巡ってみると古の激しい闘いを追想することができます。

(3)長嶋一向一揆(三重県桑名市)

 戦国時代の1570年(元亀元)頃から1574年(天正8)にかけて戦われた、石山合戦に伴なって、伊勢長島を中心として組織された一向一揆で、伊勢国桑名郡長島の願証寺を拠点として、激しく織田信長と対峙しました。1571年(元亀2)、1573年(天正元)、1574年(天正2)と三度に渡る合戦が起こり、織田信長方は苦戦し、氏家卜全、林通政、織田秀成(織田信長の弟)などの有力武将が討ち死にします。しかし、最後には、長島城に立て籠もった一揆勢を追い詰め、皆殺しにして終わりました。願証寺は、その後再興され、河川改修のため現在地に移転しましたが、1975年(昭和50)に、一向一揆の400年の追悼法要がここで行われ、境内に“長島一向一揆殉教の碑”も建立されました。また、長島城の跡は、長島中部小学校・長島中学校の敷地となり、遺構の大半は失われましたが、東側に石垣および堀が残り、本丸の南西隅にあった樹齢300年以上の黒松があり、案内板も立てられています。

(4)長篠の戦い(愛知県新城市長篠)

 安土桃山時代の1575年(天正3)に、三河国長篠城(現在の愛知県新城市長篠)をめぐり、織田信長・徳川家康連合軍38,000人と武田勝頼軍15,000人との間で勃発した戦いで、織田・徳川連合軍が勝利し、敗北した武田軍は甚大な被害を受けました。決戦地は、設楽原で、武田の騎馬隊に対して、織田・徳川連合軍は、馬防柵を作り、鉄砲3,000丁による3段構えを作って、勝利したと言われています。鉄砲中心の戦術への移行と戦国乱世から天下統一へ向かう重要な戦いでした。現地には、長篠城跡が1929年(昭和4)に国の史跡に指定されていて保存され、その一角に「新城市立長篠城址史蹟保存館」があって、いろいろと資料を見ることができます。また、決戦地となった設楽原には、「新城市設楽原歴史資料館」があって、合戦の様子を学ぶことができますし、周辺には、復元された馬防柵や有力武将の墓、激戦地跡や陣地跡などもあって、散策することも可能です。

(5)安土城跡(滋賀県近江八幡市)

 滋賀県近江八幡市にあり、織田信長の居城跡で天下統一のシンボルとして建てられました。七重の黄金に輝く天守閣がそびえていましたが、本能寺の変で焼失しました。今でも、巨大な石垣が往時を忍ばせ、1952年(昭和27)に国の特別史跡に指定されています。また、2006年(平成18)には、日本100名城に選定されました。その城跡を散策すると、その規模の大きさに目を見張らされます。当時は、大きな城下町も形成されていて、その跡にはセミナリオやコレジオといったキリスト教に関連するものもありました。琵琶湖と通じる舟運に関わる史跡をめぐることもできます。近くに、「滋賀県立安土城考古博物館」があって安土城跡発掘の成果が展示されています。またその並びに「安土城天主信長の館」があって、安土城の復元天守(5・6階部分のみ)を見ることができます。

(6)本能寺の変(京都府京都市)

 安土桃山時代の1582年(天正10年6月2日)に、京都の本能寺において、織田信長が明智光秀に攻められ、自刃した事件です。これは、羽柴(豊臣)秀吉の毛利攻め救援に出陣するため、京都・本能寺に宿泊していた織田信長が、家臣明智光秀の謀反によって襲撃されたものでした。光秀は、中国征伐を支援するため出陣を命ぜられたので丹波亀山城において軍容を整え、6月1日夜出発しましたが、京都へ進路を変え、翌日黎明に本能寺の織田信長と妙覚寺の長男信忠を襲います。それによって、信長は本能寺で火を放って自刃、信忠は二条御新造に退いて戦ったものの、やはり館に火を放って自刃しました。その後、備中高松城(現在の岡山県岡山市北区)で毛利氏と対陣していた羽柴秀吉は、信長の訃報を知ると急遽和議を結んで、予想以上に早く機内に戻り(中国大返し)、6月13日の山崎の戦いで明智光秀との合戦に及びます。その結果光秀が敗れ、近江坂本城への逃走の途中、小栗栖(おぐるす)において、光秀は落ち武者狩りの農民に殺害されました。

☆織田信長関係略年表(日付は旧暦です)

・1534年(天文3)5月12日 織田大和守家の奉行の父・織田信秀の三男(母・土田御前)として生まれる
・1546年(天文15) 古渡城にて元服し、三郎信長と名乗る
・1547年(天文16) 三河へ初陣する
・1548年(天文17) 美濃の斎藤道三の娘と結婚する
・1551年(天文20) 父・織田信秀が没して、家督を継ぐ
・1555年(弘治元) 清洲城の織田信友を討って、居城とする
・1557年(弘治3) 弟織田信行らの反乱を抑える
・1559年(永禄2) 岩倉城の織田信賢を破って織田家をまとめる
・1560年(永禄3)5月19日 桶狭間の戦で今川義元を敗死させて尾張一国を統一する
・1562年(永禄5) 三河の松平元康(後の徳川家康)と同盟を結ぶ
・1563年(永禄6) 美濃攻略のために本拠を小牧山城に移す
・1567年(永禄10) 斎藤龍興を滅ぼして、稲葉山城を岐阜城と改め、拠点とする
・1568年(永禄11) 足利義昭を奉じて上洛し、室町幕府15代の将軍職につける
・1569年(永禄12) 北伊勢の北畠氏を屈伏させる
・1570年(元亀元)6月28日 姉川の戦いで浅井・朝倉両氏を破る
・1570年(元亀元)9月12日 本願寺との間で石山合戦が始まる
・1571年(元亀2)9月12日 比叡山延暦寺を焼討ちする
・1572年(元亀3)12月22日 三方ヶ原の戦いで、織田・徳川連合軍が武田軍に敗れる
・1573年(天正元) 朝倉氏・浅井氏を滅亡させる
・1573年(天正元) 室町幕府15代将軍足利義昭を追放して、室町幕府を滅亡させる
・1574年(天正2)9月29日 長島の一向一揆を壊滅させる
・1575年(天正3)5月21日 長篠の戦いで、武田勝頼を破る
・1576年(天正4) 近江に安土城を築き、天下統一への拠点とする
・1580年(天正8)4月 本願寺と和睦し、石山から退城させて畿内一円を支配する
・1581年(天正9)2月28日 京都御馬揃えを行う 
・1582年(天正10)3月11日 甲斐武田氏を滅ぼす
・1582年(天正10)6月2日 京都の本能寺の変で、織田信長が明智光秀に攻められ、自刃する

旅の豆知識「文学館」

2019年11月18日 | 旅の豆知識
 旅先で、有名な文学の関係地や作家の生地などに立ち寄って、文学館を見学したことはありませんか?その土地土地には、ゆかりの作家がいて、そこをテーマとした小説とか詩などを書いていることは少なくないことだと思います。北海道旭川市の三浦綾子、青森県津軽の太宰治、岩手県の石川啄木、長野県の島崎藤村などは、出生地に関係した作品を多く残していますが、転居したり、旅先で成した作家の作品もいろいろとあります。
 旅に出て、そのような文学に触れるといっそう旅情も深まるものです。そんな時に、その作家や作品について知るには、文学館に入るのが一番ではないでしょうか....。近年では、作家別の文学館やその地域ゆかりの作家を集めた文学館、また、その地域を描いた作品をメインとした文学館などいろいろと出来ていますので、旅先で立ち寄ってみることをお勧めします。

〇文学館とは?

 文学関係の各種資料や遺品、旧蔵書などを収集、展示する施設です。古典関係の文献は、以前から各種図書館はじめ、宮内庁書陵部、静嘉堂文庫、尊経閣文庫など各地の文庫等に収集保存されてきました。しかし、近代文学関係は、1923年(大正12)の関東大震災や太平洋戦争末期の空襲で焼失したり、戦前に当局による発禁処分等により、散逸がはなはだしい状況となります。戦後になって、それらを収集・保存、調査・研究し、公開展示しようという機運が高まりました。その中で、1967年(昭和42)に開館した「日本近代文学館」はじめ、全国各地にその土地縁の作家・作品、および作家個人についての文学館が建設されるようになり、現在では百数十館に及んでいます。

〇お勧めの文学館

(1)太宰治記念館 「斜陽館」(青森県五所川原市)

 津軽半島の中心地金木には太宰治の生家が太宰治記念館「斜陽館」として残され、資料館となっていて、見学することができます。この建物は、階下11室278坪、2階8室116坪、付属建物や泉水を配した庭園など合わせて宅地約680坪の入母屋作りの豪邸で、明治の大地主、津島源右衛門(太宰治の父)の手で1907年(明治40)に建設されたとのことでした。材木は、米蔵にいたるまで日本三大美林のヒバを使い、当時のお金で工事費約4万円という大金がかかったそうです。館内には、太宰治が着用していた二重廻し、羽織袴や執筆した初版本、原稿、川端康成、兄文治への書簡など約600点の資料が展示されていました。小説『津軽』の中でもこの生家に4泊し、いろいろと書かれていて、小説の舞台ともなってます。

(2)石坂洋次郎記念館(秋田県横手市)

 石坂洋次郎は、『若い人』、『青い山脈』、『陽のあたる坂道』など青春を描いた小説で知られる小説家です。戦前には13年間も横手で旧制女学校や旧制中学校の教師をしていました。それが、いくつかの作品にも反映していることがわかります。いろいろとゆかりの品や映画ポスター(多くの小説が映画化されている)などが展示され、当時の書斎も再現されていてとても興味深かいものでした。

(3)石川啄木記念館(岩手県盛岡市)

 石川啄木は岩手県の出身で、26歳という若さで逝った天才歌人の業績には心打たれるものがあります。しかし、そういう時代を先取りしたような天才には、あまりにも当時の世間の風当たりは冷たくありました。職を転々とし、地方をさまようが如くの生活には、同情を禁じ得ないのです。もっと安定した生活条件に恵まれていたら、さらに良い作品を残し、命を縮めずにすんだかも知れないのですが....。この記念館を巡るとそんな気分になり、隣接する代用教員時代の小学校校舎と住居も見学しましたが、胸にせまるものがありました。

(4)郡山市文学資料館・久米正雄記念館(福島県郡山市)

 福島県郡山市のこおりやま文学の森の中に、「郡山市文学資料館」と「久米正雄記念館」があります。この地は、宮本百合子や久米正雄、高山樗牛、中山義秀などのゆかりの文学者が多い所でした。「郡山市文学資料館」内には、それらに関する展示がされていて、とても勉強になります。隣接して、「久米正雄記念館」がありますが、実際に住んでいた住居を移築したもので、興味深く見学できました。またこの地は、小説家宮本百合子のゆかりの地でもあり、祖父が開拓の功労者で、祖母が住んでいたので、子供の頃たびたび訪れ、その印象が小説『貧しき人々の群れ』、『禰宜様宮田』等となったとのことです。近くの開成山公園の池の畔に宮本百合子文学碑があって、小説「貧しき人々の群れ」の一説が刻まれていました。

(5)田山花袋記念文学館(群馬県館林市)

 田山花袋は、旧館林藩主の次男として生まれ、14歳まで館林で暮らしています。その功績を湛えて、1987年(昭和62)4月に市立の「田山花袋記念文学館」が開館し、道路をはさんで向かい側の第二資料館に田山花袋の旧居が移築されました。自然主義文学の代表者の一人、田山花袋の文学と経歴を知る上では、重要な施設で、小説『田舎教師』を執筆した前後の状況なども学ぶことが出来ます。

(6)日本近代文学館(東京都目黒区)

 近代文学の関係諸資料を収集・保管・公開するための文学センターで、東京都目黒区駒場公園内に造られています。太平洋戦争後、近代文学研究に資料整備の必要が痛感され、小田切進の呼びかけで、1962年(昭和37)に、文壇・学界有志23名によって設立準備会が出来、川端康成、久松潜一ら113名の文学者・学者が発起し、翌年、財団法人日本近代文学館が発足、理事長に高見順が就任しました。文壇・学界240余名の大きな運動となり、1965年(昭和40)に建設地を駒場公園内に決定し、文学館起工式が行われています。1966年(昭和41)9月に竣工、翌年4月11日に開館し、記念切手(額面15円)も発行され、4月13日から一般公開されました。主な目的は、近代から現代にかけての日本文学に関する調査研究・および普及活動で、各種文献の公刊や復刻、公開講座や文学展の開催、事典編纂など、幅広い活動を行なっています。尚、2007年(平成19)9月には、千葉県成田市に「日本近代文学館成田分館」が開館しました。

(7)山梨県立文学館(山梨県甲府市)

 山梨県甲府市の芸術の森公園内のミレーの作品収集で有名な「山梨県立美術館」の向かい側に建てられています。見学してみると、太宰治、樋口一葉、山本周五郎など山梨県にもいろいろな文学者とのゆかりがあることがわかりました。約20名の作家の原稿や書簡、遺品等が展示されていますが、中でも、俳人・飯田蛇笏、小説家・芥川龍之介のコーナーが充実していたように思います。山梨県内の景勝地を作品としたものもあり、面白く見て回りました。

(8)若山牧水記念館(静岡県沼津市)

 静岡県沼津市は、若山牧水が著名になってから、居を構えたところです。私は、牧水が大好きで、『みなかみ紀行』など、その足跡を訪ねる旅に何度か出たことがありました。牧水は旅と酒をこよなく愛したそうなので、私と似ているところがあるかなと思っているのですが...。この記念館の見学は、訪れるたびに新しい発見があります。特に、牧水が千本松原の伐採計画に反対し、市民大会で反対演説をしたことに興味を持ちました。全国を旅し、自然の風景をこよなく愛した牧水のこととて、自然環境破壊は許し難いことだったのでしょう。また、戦前は日本領土だった朝鮮半島を長期にわたって旅していることも面白く思いました。

(9)佐藤春夫記念館(和歌山県新宮市)

 和歌山県新宮市出身の詩人佐藤春夫は、「さんまの歌」などで知られていますが、洋館風の旧居が移転復元されて記念館となっています。ちょうど、熊野古道のイベントの一環として無料で見学をすることができました。とても落ち着いた雰囲気の文学館で、内部には、芥川龍之介との交友を示す資料などあって、興味深く見ることが出来ます。

(10)北九州市立松本清張記念館(福岡県北九州市)

 福岡県北九州市に建てられた近代的な建物ですが、松本清張には「或小倉日記伝」など小倉を舞台とした作品もあるので、どんな展示になっているかとても興味があったのです。結構、大きな展示スペースで、松本清張の事績が網羅されていました。圧巻は、書斎と書庫が実物大に復元されていることで、その蔵書の多さに圧倒されます。これが、氏のバックボーンになっていたのかと思い知らされました。

〇日本の主要な文学館一覧

<北海道>
・北海道立文学館(北海道札幌市)
・渡辺淳一文学館(北海道札幌市)
・函館市文学館(北海道函館市)
・小樽文学館(北海道小樽市)
・井上靖記念館(北海道旭川市)
・三浦綾子記念文学館(北海道旭川市)
・港文館(北海道釧路市)
・宮尾登美子文学記念館(北海道伊達市)

<東北>
・ふかうら文学館(青森県深浦町)
・青森県立近代文学館(青森県青森市)
・弘前市立郷土文学館(青森県弘前市)
・太宰治記念館 「斜陽館」(青森県五所川原市)
・三沢市寺山修司記念館(青森県三沢市)
・石川啄木記念館(岩手県盛岡市)
・宮澤賢治記念館(岩手県花巻市)
・もりおか啄木・賢治青春館(岩手県盛岡市)
・桜地人館(岩手県花巻市)
・日本現代詩歌文学館(岩手県北上市)
・サトウハチロー記念館(岩手県北上市)
・仙台文学館(宮城県仙台市)
・晩翠草堂(宮城県仙台市)
・新潮社記念文学館(秋田県仙北市)
・石坂洋次郎文学記念館(秋田県横手市)
・山寺芭蕉記念館(山形県山形市)
・斎藤茂吉記念館(山形県上山市)
・鶴岡市立藤沢周平記念館(山形県鶴岡市)
・まほろば・童話の里 浜田広介記念館(山形県高畠町)
・いわき市立草野心平記念文学館(福島県いわき市)
・いわき市勿来関文学歴史館(福島県いわき市)
こおりやま文学の森資料館(福島県郡山市)
・中山義秀記念文学館(福島県白河市)

<関東>
・古河文学館(茨城県古河市)
・群馬県立土屋文明記念文学館(群馬県高崎市)
・さいたま文学館(埼玉県桶川市)
・日本近代文学館成田分館(千葉県成田市)
・白樺文学館(千葉県我孫子市)
・神奈川近代文学館(神奈川県横浜市)
・大佛次郎記念館(神奈川県横浜市)
・鎌倉文学館(神奈川県鎌倉市)
・一葉記念館(東京都台東区)
・森鴎外記念館(東京都文京区)
・林芙美子記念館(東京都新宿区)
・江東区芭蕉記念館(東京都江東区)
・世田谷文学館(東京都世田谷区)
・日本近代文学館(東京都目黒区)
・田端文士村記念館(東京都北区)
・三鷹市山本有三記念館(東京都三鷹市)
・調布市武者小路実篤記念館(東京都調布市)
・町田市民文学館ことばらんど(東京都町田市)

<中部>
・佐渡歴史伝説館(新潟県佐渡市)
・高志の国文学館(富山県富山市)
・隠し文学館 花ざかりの森(富山県富山市)
・射水市大島絵本館(富山県射水市)
・石川近代文学館(石川県金沢市)
・泉鏡花記念館(石川県金沢市)
・室生犀星記念館(石川県金沢市)
・石川県西田幾多郎記念哲学館(石川県かほく市)
・福井県ふるさと文学館(福井県福井市)
・福井市橘曙覧記念文学館(福井県福井市)
・中野重治記念文庫(福井県坂井市)
・山川登美子記念館(福井県小浜市)
・若州一滴文庫(福井県おおい町)
・山梨県立文学館(山梨県甲府市貢川「芸術の森公園」)
・小諸市立藤村記念館(長野県小諸市)
・軽井沢高原文庫(長野県北佐久郡軽井沢町)
・堀辰雄文学記念館(長野県北佐久郡軽井沢町)
・黒姫童話館(長野県信濃町)
・今井邦子文学館(長野県下諏訪町)
・一茶ゆかりの里 一茶館(長野県長野県高山村)
・林芙美子文学館(長野県下高井郡山ノ内町)
・藤村記念館(岐阜県中津川市) 
・浜松文芸館(静岡県浜松市)
・大岡信ことば館(静岡県三島市)
・焼津小泉八雲記念館(静岡県焼津市)
・伊豆近代文学博物館(静岡県伊豆市)
・井上靖文学館(静岡県長泉町)
・海辺の文学記念館(愛知県蒲郡市)
・新美南吉記念館(愛知県半田市)
・尾崎士郎記念館(愛知県西尾市)

<近畿>
・鳥羽みなとまち文学館(三重県鳥羽市)
・本居宣長記念館(三重県松阪市)
・外村繁文学館(滋賀県東近江市)
・舟橋聖一記念文庫(滋賀県彦根市)
・江山文庫(京都府与謝野町)
・宇治市源氏物語ミュージアム(京都府宇治市)
・時雨殿(京都府京都市)
・大阪府立国際児童文学館(大阪府吹田市)
・茨木市立川端康成文学館(大阪府茨木市)
・富士正晴記念館(大阪府茨木市)
・三好達治記念館(大阪府高槻市)
・与謝野晶子文芸館(大阪府堺市)
・司馬遼太郎記念館(大阪府東大阪市)
・田辺聖子文学館(大阪府東大阪市)
・城崎町文芸館(兵庫県豊岡市)
・神戸文学館(兵庫県神戸市)
・倚松庵(兵庫県神戸市)
・姫路文学館(兵庫県姫路市)
・以命亭(兵庫県新温泉町)
・霞城館(兵庫県たつの市)
・矢野勘治記念館(兵庫県たつの市)
・芦屋市谷崎潤一郎記念館(兵庫県芦屋市)
・虚子記念文学館(兵庫県芦屋市)
・富田砕花旧居(兵庫県芦屋市)
・柳田國男・松岡家顕彰会記念館(兵庫県福崎町)
・橋本忍記念館(兵庫県神崎郡市川町)
・山田風太郎記念館(兵庫県養父市)
・奈良県立万葉文化館(奈良県奈良市)
・志賀直哉旧居(奈良県奈良市)
・佐藤春夫記念館(和歌山県新宮市)
・西村記念館(和歌山県新宮市)
・南方熊楠記念館(和歌山県白浜町)

<中国>
・小泉八雲旧居・小泉八雲記念館 (島根県松江市)
・森鴎外記念館(島根県鹿足郡津和野町)
・吉備路文学館(岡山県岡山市)
・ふくやま文学館(広島県福山市)
・おのみち文学の館(広島県尾道市)
・中原中也記念館(山口県山口市)

<四国>
・徳島県立文学書道館(徳島県徳島市)
・讃岐文学館(香川県高松市)
・菊池寛記念館(香川県高松市)
・小豆島尾崎放哉記念館(香川県土庄町)
・壺井栄文学館(香川県小豆島町)
・松山市立子規記念博物館(愛媛県松山市)
・子規堂(愛媛県松山市)
・坂の上の雲ミュージアム(愛媛県松山市)
・高知県立文学館(高知県高知市)
・大原富枝文学館(高知県本山町)

<九州・沖縄>
・北九州市立文学館(福岡県北九州市小倉北区)
・北九州市立松本清張記念館 (福岡県北九州市)
・北原白秋生家・北原白秋記念館(福岡県柳川市)
・祈りの丘絵本美術館(長崎県長崎市)
・遠藤周作文学館(長崎県長崎市)
・くまもと文学・歴史館(熊本県熊本市)
・久留島武彦記念館(大分県玖珠町)
・かごしま近代文学館(鹿児島県鹿児島市)
・椋鳩十文学記念館 (鹿児島県姶良市)

旅の豆知識「日本さくら名所100選」

2019年11月17日 | 旅の豆知識
 旅先で、満開の桜を見ると誰でも感動するのではないでしょうか?昔から、日本的な美しさの代表とされてきました。満開のソメイヨシノも素晴らしいのですが、沖縄のカンヒザクラ、吉野山のシロヤマザクラ、伊豆半島のカワヅザクラ、角館武家屋敷街のシダレザクラなどその地域の特有の桜も美しいものです。桜の美を求めて旅する人も少なくないのではないかと思います。
 そんな中で、財団法人・日本さくらの会が1990年(平成2)に、「日本さくら名所100選」を選定しています。桜を訪ねる旅の参考にしてみてはいかがでしょうか.....。

〇「日本さくら名所100選」とは?

 1990年(平成2)に、財団法人・日本さくらの会の創立25周年記念として、建設省、運輸省、環境庁、林野庁、全国知事会、財団法人国際花と緑の博覧会協会の後援によって選定したものです。全国知事会や花と緑の博覧会協会、環境庁など、環境や自然にゆかりの強い人たを選考メンバーとした「さくら名所100選選定委員会」によって、①桜の名所としての知名度が高い、②比較的健全な成木である、③花見客が多い(利用者が多い)、④保護管理体制が整っている、⑤歴史がある(由緒ある)、⑥桜が周囲の自然環境とよく調和していて、著しく自然景観を向上させている、⑦成木の植栽本数が多い、⑧単木の名木は対象外、⑨各都道府県から最低1ヶ所を選定する、の9つの最低基準をクリアした名所の中から、選ばれました。

〇「日本さくら名所100選」一覧

<北海道地方>

・松前公園(北海道松前町)―エゾヤマザクラ他
・二十間道路桜並木(北海道新ひだか町)―ナデン他

<東北地方>

・弘前公園(青森県弘前市)―ソメイヨシノ他
・芦野池沼群県立自然公園藤枝ため池(青森県五所川原市)―ソメイヨシノ他
・高松公園(岩手県盛岡市)―ソメイヨシノ他
・北上市立公園展勝地(岩手県北上市)―ソメイヨシノ他
・船岡城址公園・白石川堤(宮城県大河原町・柴田町)―ソメイヨシノ他
・千秋公園(秋田県秋田市)―ソメイヨシノ他
・真人公園(秋田県横手市)―ソメイヨシノ
・桧木内川堤・角館武家屋敷(秋田県仙北市)―ソメイヨシノ他
・鶴岡公園(山形県鶴岡市)―ソメイヨシノ他
・烏帽子山公園(山形県南陽市)―ソメイヨシノ他
・鶴ヶ城公園(福島県会津若松市)―ソメイヨシノ
・霞ヶ城公園(福島県二本松市)―ソメイヨシノ他
・三春町のシダレザクラ(福島県三春町―ベニシダレザクラ

<関東地方>

・日立市かみね公園・平和通り(茨城県日立市)―ソメイヨシノ他
・静峰公園(茨城県那珂市)―ヤエザクラ他
・日光街道桜並木(栃木県宇都宮市)―ヤマザクラ
・太平山県立自然公園(栃木県栃木市)―ソメイヨシノ他
・赤城南面千本桜(群馬県前橋市)―ソメイヨシノ
・桜山公園(群馬県藤岡市)―ソメイヨシノ他
・大宮公園(埼玉県さいたま市)―ソメイヨシノ他
・熊谷桜堤(埼玉県熊谷市)―ソメイヨシノ
・長瀞(埼玉県長瀞町)―ソメイヨシノ他
・泉自然公園(千葉県千葉市)―ソメイヨシノ他
・清水公園(千葉県野田市)―ソメイヨシノ
・茂原公園(千葉県茂原市)―ソメイヨシノ他
・新宿御苑(東京都新宿区)―ソメイヨシノ他
・上野恩賜公園(東京都台東区)―ソメイヨシノ他
・隅田公園(東京都墨田区)―ソメイヨシノ他
・井の頭恩賜公園(東京都武蔵野市)―ソメイヨシノ他
・小金井公園(東京都小金井市)―ソメイヨシノ他
・神奈川県立三ツ池公園(神奈川県横浜市)―ソメイヨシノ他
・衣笠山公園(神奈川県横須賀市)―ソメイヨシノ他
・小田原城址公園・城山公園(神奈川県小田原市)―ソメイヨシノ

<中部地方>

・大河津分水(新潟県燕市)―ソメイヨシノ
・村松公園(新潟県五泉市)―ソメイヨシノ他
・高田公園(新潟県上越市)―ソメイヨシノ他
・松川公園(富山県富山市)―ソメイヨシノ
・高岡古城公園(富山県高岡市)―ソメイヨシノ他
・兼六園(石川県金沢市)―ケンロクエンキクザクラ
・足羽川・足羽山公園(福井県福井市)―ソメイヨシノ
・霞ヶ城公園(坂井)(福井県坂井市)―ソメイヨシノ
・大法師公園(山梨県富士川町)―ソメイヨシノ他
・臥竜公園(長野県須坂市)―ソメイヨシノ他
・小諸城趾懐古園(長野県小諸市)―ソメイヨシノ他
・高遠城址公園(長野県伊那市)―タカトオコヒガンザクラ
・新境川堤・百十郎桜(岐阜県各務原市)―ソメイヨシノ
・根尾谷・淡墨公園(岐阜県本巣市)―ソメイヨシノ他
・霞間ヶ渓(岐阜県池田町)―ソメイヨシノ他
・さくらの里(静岡県伊東市)―ソメイヨシノ他
・冨士霊園(静岡県小山町)―フジザクラ他
・山崎川四季の道(愛知県名古屋市)―ソメイヨシノ
・鶴舞公園(愛知県名古屋市)―ソメイヨシノ
・岡崎公園(愛知県岡崎市)―ソメイヨシノ
・五条川(愛知県岩倉市・江南市・大口町)―ソメイヨシノ他

<近畿地方>

・三多気(三重県津市)―ヤマザクラ
・宮川堤(三重県伊勢市)―ソメイヨシノ
・豊公園(滋賀県長浜市)―ソメイヨシノ
・海津大崎(滋賀県高島市)―ソメイヨシノ
・嵐山(京都府京都市)―ソメイヨシノ他
・御室桜(京都府京都市)―ソメイヨシノ他
・醍醐寺(京都府京都市)―ソメイヨシノ他
・笠置山自然公園(京都府笠置町)―ソメイヨシノ他
・造幣局の通り抜け(大阪府大阪市)―オオデマリ他
・大阪城公園(大阪府大阪市)―ソメイヨシノ他
・姫路城(兵庫県姫路市)―ソメイヨシノ他
・明石公園(兵庫県明石市)―ソメイヨシノ
・夙川公園・夙川河川敷緑地(兵庫県西宮市)―ソメイヨシノ他
・奈良公園(奈良県奈良市)―ソメイヨシノ他
・郡山城址公園(奈良県大和郡山市)―ソメイヨシノ
・吉野山(奈良県吉野町)―シロヤマザクラ
・紀三井寺(和歌山県和歌山市)―ソメイヨシノ他
・根来寺(和歌山県岩出市)―ソメイヨシノ他
・七川ダム湖畔(和歌山県古座川町)―ソメイヨシノ

<中国地方>

・久松公園(鳥取県鳥取市)―ソメイヨシノ
・打吹公園(鳥取県倉吉市)―ソメイヨシノ
・松江城山公園(島根県松江市)―ソメイヨシノ他
・斐伊川堤防桜並木(島根県雲南市)―ソメイヨシノ
・鶴山公園(岡山県津山市)―ソメイヨシノ他
・千光寺公園(広島県尾道市)―ソメイヨシノ他
・上野公園(広島県庄原市)―ソメイヨシノ
・常盤公園(山口県宇部市)―ソメイヨシノ他
・吉香公園・錦帯橋(山口県岩国市)―ソメイヨシノ

<四国地方>

・西部公園(徳島県徳島市)―ソメイヨシノ
・琴弾公園(香川県観音寺市)―ソメイヨシノ
・城山公園(愛媛県松山市)―ソメイヨシノ他
・鏡野公園(高知県香美市)―ソメイヨシノ他
・牧野公園(高知県佐川町)―ソメイヨシノ他

<九州・沖縄地方>

・西公園(福岡県福岡市)―ソメイヨシノ他
・小城公園(佐賀県小城市)―ソメイヨシノ
・大村公園(長崎県大村市)―ソメイヨシノ他
・熊本城(熊本県熊本市)―ソメイヨシノ他
・水俣市チェリーライン(熊本県水俣市)―ソメイヨシノ他
・市房ダム湖畔(熊本県水上村)―ソメイヨシノ他
・岡城公園(大分県竹田市)―ソメイヨシノ他
・母智丘・関之尾県立自然公園(宮崎県都城市)―ソメイヨシノ他
・忠元公園(鹿児島県伊佐市)―ソメイヨシノ他
・名護城公園(沖縄県名護市)―カンヒザクラ

旅の豆知識「富士山がある風景100選」

2019年11月16日 | 旅の豆知識
 旅先で、富士山を見て、感動しない人はまずいないのではないでしょうか?昔から、日本的な美しさの象徴とされてきました。
 古来から絵画や詩歌等によく描かれる代表的なものではないでしようか。見る場所、季節、時刻によって微妙に姿を変える富士山は、恰好の画題や詩歌題でした。江戸時代の浮世絵師葛飾北斎の「富嶽三十六景」は代表的なものですが、近代でも梅原龍三郎の赤富士などこれを題材にした画家はたくさんいますし、古代の万葉歌人をはじめ、多くの歌人・俳人・詩人が富士山を詩歌題としています。近年では、写真のテーマとして撮り続けている人もたくさんいます。私も、富士山周辺に出かけて、すばらしい姿を現しているときは、何枚もシャッターを切ります。旅に出て、はるかに見える富士山を描いたり、詩や歌・句にしたり、撮ったりしてみるなんて、とてもいいとは思いませんか?旅の良い思い出になりますよ!
 そんな中で、環境省が2017年(平成29)に「富士山がある風景100選」を選定していますので、富士山を訪れるときの参考にしてみてはいかがでしょうか....。

〇「富士山がある風景100選」とは?

 環境省が2017年(平成29)に公開した、富士箱根伊豆国立公園に属する市町村の代表的な富士山の展望地104ヶ所です。富士箱根伊豆国立公園指定80周年記念事業の一環として、環境省および周辺の都県・市町村が中心となり選定されましたが、選定に当たっての基本的な考え方は、①富士山が見えること、②特徴的な展望地である(ア.自然環境、イ.文化環境、ウ.著名である)、③展望が優れている、④アクセスが容易であるまたはアクセスを楽しむことができる、⑤代表的な展望地である、とされました。一律の評価基準をもとに地点ごとに評価点が付けられ、得点の高い地点が選定されるシステムだったとのことです。この結果、東京都から3ヶ所、神奈川県15ヶ所、山梨県から53ヶ所、静岡県から33ヶ所の計104ヶ所が選定されました。

〇「富士山がある風景100選」一覧

001 金時山(神奈川県箱根町・小山町・南足柄市)
002 明神ヶ岳(神奈川県箱根町・南足柄市)
003 箱根ロープウェイ姥子駅周辺(神奈川県箱根町)
004 大涌谷(神奈川県箱根町)
005 神山(神奈川県箱根町)
006 駒ヶ岳(神奈川県箱根町)
007 元箱根港付近湖畔路(神奈川県箱根町)
008 道の駅箱根峠(神奈川県箱根町)
009 大観山展望台(神奈川県箱根町・湯河原町)
010 新倉山浅間公園(山梨県富士吉田市)
011 富士見バイパス(山梨県富士吉田市)
012 金鳥居(山梨県富士吉田市)
013 富士パインズパーク[諏訪の森自然公園](山梨県富士吉田市)
014 城山東農村公園(山梨県富士吉田市)
015 道の駅富士吉田(山梨県富士吉田市)
016 富士散策公園(山梨県富士吉田市)
017 富士北麓公園(山梨県富士吉田市)
018 中ノ倉展望台(山梨県身延町)
019 杓子山(山梨県忍野村・富士吉田市)
020 忍野八海周辺(山梨県忍野村)
021 二十曲峠(山梨県忍野村)
022 石割山(山梨県忍野村・山中湖村)
023 平尾山(山梨県山中湖村)
024 山中湖花の都公園(山梨県山中湖村)
025 大平山(山梨県山中湖村)
026 高指山(山梨県山中湖村)
027 長池親水公園(山梨県山中湖村)
028 山中湖交流プラザきらら(山梨県山中湖村)
029 パノラマ台[山中湖](山梨県山中湖村)
030 明神山(山梨県山中湖村)
031 旭日丘湖畔緑地公園(山梨県山中湖村)
032 五湖台[足和田山)(山梨県鳴沢村・富士河口湖町)
033 三湖台(山梨県鳴沢村・富士河口湖町)
034 道の駅なるさわ(山梨県鳴沢村)
035 御庭・奥庭(山梨県鳴沢村)
036 御坂峠天下茶屋(山梨県富士河口湖町)
037 三ツ峠山(山梨県富士河口湖町・西桂町)
038 御坂みちビューポイント(山梨県富士河口湖町)
039 新道峠(山梨県富士河口湖町)
040 梨川もみじ回廊[河口湖畔](山梨県富士河口湖町)
041 河口湖円形ホール付近(山梨県富士河口湖町)
042 大石公園(山梨県富士河口湖町)
043 河口湖畔長崎(山梨県富士河口湖町)
044 雪頭ヶ岳(山梨県富士河口湖町)
045 河口湖畔桑崎(山梨県富士河口湖町)
046 産屋ヶ崎(山梨県富士河口湖町)
047 天上山富士見台(山梨県富士河口湖町)
048 根場浜[西湖](山梨県富士河口湖町)
049 西湖野鳥の森公園(山梨県富士河口湖町)
050 他手合浜[精進湖](山梨県富士河口湖町)
051 富士山世界遺産センター付近(山梨県富士河口湖町)
052 パノラマ台[精進湖](山梨県富士河口湖町)
053 竜ヶ岳中腹展望台(山梨県富士河口湖町)
054 竜ヶ岳(山梨県富士河口湖町・身延町)
055 富士ヶ嶺牧草地(山梨県富士河口湖町)
056 千本浜公園(静岡県沼津市)
057 大瀬崎(静岡県沼津市)
058 発端丈山(静岡県沼津市・伊豆の国市)
059 煌めきの丘(静岡県沼津市)
060 金冠山(静岡県沼津市)
061 道の駅朝霧高原(静岡県富士宮市)
062 朝霧さわやかパーキング(静岡県富士宮市)
063 朝霧自然公園[朝霧アリーナ])(静岡県富士宮市)
064 田貫湖(静岡県富士宮市)
065 長者ヶ岳(静岡県富士宮市)
066 白糸の滝付近(静岡県富士宮市)
067 白糸自然公園(静岡県富士宮市)
068 狩宿下馬桜(静岡県富士宮市)
069 西臼塚駐車場(静岡県富士宮市)
070 天母山自然公園(静岡県富士宮市)
071 山宮浅間神社(静岡県富士宮市)
072 柚野の里(静岡県富士宮市)
073 興徳寺(静岡県富士宮市)
074 潤井川桜並木(静岡県富士宮市)
075 神田川御手洗橋(静岡県富士宮市)
076 富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)
077 稲瀬川(静岡県富士宮市)
078 小室山(静岡県伊東市)
079 大室山(静岡県伊東市)
080 岩本山公園(静岡県富士市)
081 ふじのくに田子の浦みなと公園(静岡県富士市)
082 乙女峠(静岡県御殿場市・神奈川県箱根町)
083 長尾峠(静岡県御殿場市・神奈川県箱根町)
084 腰切塚展望台(静岡県裾野市)
085 越前岳富士見台(静岡県裾野市・富士市)
086 三国峠(静岡県裾野市)
087 山伏峠(静岡県裾野市・神奈川県箱根町)
088 だるま山高原(静岡県伊豆市)
089 古稀山(静岡県伊豆市・沼津市)
090 室岩洞(静岡県松崎町)
091 萩谷トンネル(静岡県松崎町)
092 三浦歩道三競展望台(静岡県松崎町)
093 雲見海岸(静岡県松崎町)
094 石部棚田(静岡県松崎町)
095 高通山北側展望所(静岡県松崎町)
096 仁科峠(静岡県西伊豆町・伊豆市)
097 黄金崎(静岡県西伊豆町)
098 十国峠(静岡県函南町・熱海市)
099 伊豆スカイライン滝知山展望台(静岡県函南町・熱海市)
100 玄岳(静岡県函南町・熱海市・伊豆の国市)
101 小富士(静岡県小山町・富士吉田市)
102 港の見える丘(東京都大島町)
103 万立浜(東京都大島町)
104 三原山山頂口展望台(東京都大島町)

旅の豆知識「農山漁村の郷土料理百選」

2019年11月15日 | 旅の豆知識
 旅先で、郷土料理を食することも結構あるのではないでしょうか?その地域で、ご当地の食材を使い、脈々と受け継がれてきた郷土料理は、多くの地域の人々に愛されてきただけに、風土にマッチし、なかなか美味しいものです。また、その地域の食文化を解するうえで、欠かせないものと言えるでしょう。その土地に根付いた郷土料理を食べることで、旅情も一層無深まるのではないでしょうか....。
 そんな中で、2007年(平成19)に農林水産省が主催して、「農山漁村の郷土料理百選」が選定されています。その土地の郷土料理の代表的なものが選ばれていますので、旅先で郷土料理を食べるときの参考にしてはいかがでしょうか....。

〇「農山漁村の郷土料理百選」とは?

 農林水産省が主催し、財団法人農村開発企画委員会を事務局として、2007年(平成19)に、全国各地の農山漁村で脈々と受け継がれ、かつ「食べてみたい!食べさせたい!ふるさとの味」として、国民的に支持されうる郷土料理を選定したものです。まず、服部幸應委員長と7名の委員で構成される郷土料理百選選定委員会が約1,700点の候補を選定、9月1日から10月10日の間、インターネットによる人気投票が行われ選定の参考とした上で、さらに選定委員会の会合で2007年10月24日に約300点への絞り込みが行われ、12月18日に最終的に99品目が選定されました。選定条件は、①地域性や独自性、農山漁村の歴史文化的な意義を有していること、②郷土料理の保存・継承への努力 がなされていること、③地元食材・国産材料の活用や地 域の生産振興に寄与していること、④地域住民に郷土の自慢の味として認知されていること、⑤都市との交流、地域振興に活用されていること、とされています。尚、農山漁村との関係は薄いものの地域住民にご当地自慢の料理として広く愛されている料理23品目も、別枠で「御当地人気料理特選」として選定されました。

〇「農山漁村の郷土料理百選」の中の私のお勧め

(1)きりたんぽ鍋(秋田県)、

 ご飯をつぶして杉の棒に巻き、焼いたものが「たんぽ」で、それを切ったものを「きりたんぽ」と言います。これを比内地鶏の肉を用いた出汁をベースにして「きりたんぽ」や野菜を入れて煮込んだものが、「きりたんぽ鍋」となります。秋田県の郷土料理としては、欠かせないもので、冬に食するととても暖まり、美味しいのです。

(2)おっきりこみ(群馬県)

 二毛作による粉食文化のある地域の麺の入った野菜煮込みです。地域によって多少の差はありますが、麺は小麦粉で作った幅広のものを使用し、生麺のまま野菜を中心とした具とともに煮込んだものでした。つゆは味噌ベースのものと醤油ベースのものがあり、具には根菜類がよく使われるとのことです。寒い時に食べるととても暖まってよいと思いました。

(3)笹寿司(新潟県)

 上越地方山間部に伝わる郷土食とのことですが、JR信越本線の妙高高原駅で買った駅弁の笹寿司では、姫竹の子・ぜんまい・しいたけ・たまご・鮭・芽ざんしょの6種類の具をすし米にのせ笹の葉で包んで軽く押した押し寿司でした。駅弁としては、何度も買い求めたことがあり、とても素朴な美味しさを感じました。 

(4)ます寿し(富山県)

 鱒(サクラマス)を用いて発酵させずに酢で味付けした押し寿司で、全国の人気駅弁の一つともなっています。都市部のデパート等の北陸・富山物産展や駅弁大会でも高い人気を博していて、なかなか美味しいものです。

(5)ほうとう(山梨県)

 郷土料理でかぼちゃや根菜類等季節野菜を主体とした味噌汁に、生地に塩を練りこまずコシを作らない状態で幅広に切った麺を、打ち粉が付いたままの生状態から入れて煮込みます。「小作」という店で食べましたが、あつあつでとても美味しかったものの、量が多くて食べても食べても減っていかず、おかげで、満腹になりました。

(6)ひつまぶし(愛知県)

 お櫃の中のご飯に、細かく刻んだウナギの蒲焼をまぶしたものです。最初はそのまま食べ、次は薬味をかけて食し、最後はお茶漬けにして食べると、一食で3度楽しめるとされています。

(76)伊勢うどん(三重県)

 柔らかくゆでた極太の麺に、たまり醤油に鰹節やいりこ、昆布などの出汁を加えた、黒く濃厚なつゆを絡めて食べるものが主流です。伊勢市の内宮前のお陰通りにある茶店でたべましたが、腰のないやわらかな太い麺に醤油ベースの黒っぽいつゆがかけてあって、独特な感じがしました。

(8)めはりずし(和歌山県)

 ご飯を高菜漬けの葉でくるんだもので、もともとは山仕事や畑仕事の携帯食だったそうです。新宮市の速玉大社近くのめはり屋大王店で食べましたが、1個が大きいので、目を見張るようにして食べることからこの名がついたと聞きました。とても素朴な郷土食で、たいへん気に入りました。

(9)出雲そば(島根県)

 出雲大社近くの「かねや」に入って、割子そばを食べました。出雲地方を旅するときは必ず食するようにしているのですが、割子と呼ばれるお椀のようなものが、3段重ねで出され、そこにたれと薬味を入れていただくもので、蕎麦と汁と薬味の調和が大切とされます。とても素朴で、そば本来の味が生きていて、私はとても気に入りました。


〇「農山漁村の郷土料理百選」一覧

・ジンギスカン(北海道)
・石狩鍋(北海道)
・ちゃんちゃん焼き(北海道)
・いちご煮(青森県)
・せんべい汁(青森県)
・わんこそば(岩手県)
・ひっつみ(岩手県)
・ずんだ餅(宮城県)
・はらこ飯(宮城県)
・きりたんぽ鍋(秋田県)
・稲庭うどん(秋田県)
・いも煮(山形県)
・どんがら汁(山形県)
・こづゆ(福島県)
・にしんの山椒漬け(福島県)
・あんこう料理(茨城県)
・そぼろ納豆(茨城県)
・しもつかれ(栃木県)
・ちたけそば(栃木県)
・おっきりこみ(群馬県)
・生芋こんにゃく料理(群馬県)
・冷汁うどん(埼玉県)
・いが饅頭(埼玉県)
・太巻き寿司(千葉県)
・イワシのごま漬け(千葉県)
・深川丼(東京都)
・くさや(東京都)
・へらへら団子(神奈川県)
・かんこ焼き(神奈川県)
・ほうとう(山梨県
・吉田うどん(山梨県)
・信州そば(長野県)
・おやき(長野県)
・栗きんとん(岐阜県)
・朴葉みそ(岐阜県)
・桜えびのかき揚げ(静岡県)
・うなぎの蒲焼き(静岡県)
・ひつまぶし(愛知県)
・味噌煮込みうどん(愛知県)
・伊勢うどん(三重県)
・てこね寿司(三重県)
・のっぺ(新潟県)
・笹寿司(新潟県)
・ます寿し(富山県)
・ぶり大根(富山県)
・かぶら寿し(石川県)
・治部煮(石川県)
・越前おろしそば(福井県)
・さばのへしこ(福井県)
・ふなずし(滋賀県)
・鴨鍋(滋賀県)
・京漬物(京都府)
・賀茂なすの田楽(京都府)
・箱寿司(大阪府)
・白みそ雑煮(大阪府)
・ぼたん鍋(兵庫県)
・いかなごのくぎ煮(兵庫県)
・柿の葉寿司(奈良県)
・三輪そうめん(奈良県)
・鯨の竜田揚げ(和歌山県)
・めはりずし(和歌山県)
・かに汁(鳥取県)
・あごのやき(鳥取県)
・出雲そば(島根県)
・しじみ汁(島根県)
・岡山ばらずし(岡山県)
・ママかり寿司(岡山県)
・カキの土手鍋(広島県)
・あなご飯(広島県)
・ふく料理(山口県)
・岩国寿司(山口県)
・そば米雑炊(徳島県)
・ぼうぜの姿寿司(徳島県)
・讃岐うどん(香川県)
・あんもち雑煮(香川県)
・宇和島鯛めし(愛媛県)
・じゃこ天(愛媛県)
・かつおのたたき(高知県)
・皿鉢料理(高知県)
・水炊き(福岡県)
・がめ煮(福岡県)
・呼子イカの活きづくり(佐賀県)
・須古寿し(佐賀県)
・卓袱料理(長崎県)
・具雑煮(長崎県)
・馬刺し(熊本県)
・いきなりだご(熊本県)
・からしれんこん(熊本県)
・ブリのあつめし(大分県)
・ごまだしうどん(大分県)
・手延べだんご汁(大分県)
・地鶏の炭火焼き(宮崎県)
・冷汁(宮崎県)
・鶏飯(鹿児島県)
・きびなご料理(鹿児島県)
・つけあげ(鹿児島県)
・沖縄そば(沖縄県)
・ゴーヤーチャンプルー(沖縄県)
・いかすみ汁(沖縄県)

〇御当地人気料理特選一覧

・うに丼(北海道)
・いくら丼(北海道)
・スープカレー(北海道)
・盛岡冷麺(岩手県)
・盛岡じゃじゃ麺(岩手県)
・牛タン焼き(宮城県)
・横手やきそば(秋田県)
・宇都宮餃子(栃木県)
・焼きまんじゅう(群馬県)
・やきとん(埼玉県)
・もんじゃ焼き(東京都)
・よこすか海軍カレー(神奈川県)
・富士宮やきそば(静岡県)
・お好み焼き(大阪府)
・たこ焼き(大阪府)
・明石焼き(兵庫県)
・神戸牛ステーキ(兵庫県)
・広島風お好み焼き(広島県)
・辛子明太子(福岡県)
・ちゃんぽん(長崎県)
・皿うどん(長崎県)
・佐世保バーガー(長崎県)
・太平燕(熊本県)
・チキン南蛮(宮崎県)
・黒豚のしゃぶしゃぶ(鹿児島県)

旅の豆知識「B級グルメ」

2019年11月14日 | 旅の豆知識
 旅先で、B級グルメを食べたことはありますか?昔からある郷土料理とは異なり、近年普及してきた安価で、贅沢でなく、庶民的なご当地の食べ物です。高級食のA級グルメに対比するもので、日本各地でいろいろと宣伝されたり、新たに町おこしとして開発されたものもあります。
 2006年(平成18)から、B級ご当地グルメの祭典「B-1グランプリ」が開催されるようになって、いっそう注目が集まるようになり、テレビで紹介されたりするようになりました。最近の旅のガイドブックには、必ずと言ってよいくらい掲載されるようになっています。
 結構美味しいものもありますし、安価で庶民的な食べ物ですので、旅先で気に入ったものがあれば食してみるのも良いと思います。

〇B級グルメとは?

 安価で、贅沢でなく、庶民的でありながら、おいしいと評判の料理のこと、またそのような料理を好んで食べることとされています。1985年~1986年頃から使われるようになっている用語・概念で、1986年(昭和61)に文春文庫ビジュアル版で田沢竜次もメインライターとして参加した『B級グルメ』シリーズが刊行されて広がりました。2006年(平成18)から、B級ご当地グルメの祭典「B-1グランプリ」が「ご当地グルメでまちおこし団体連絡協議会」(通称:愛Bリーグ)と開催地の実行委員会が主催して開かれるようになり、ご当地グルメのグランプリが決められるようになって、いっそう注目されるようになります。

〇B-1グランプリの開催地とグランプリ獲得ご当地グルメ

・第1回[2006年2月18日・19日](於:青森県八戸市)「富士宮やきそば」(静岡県富士宮市)
・第2回[2007年6月2日・3日](於:静岡県富士宮市)「富士宮やきそば」(静岡県富士宮市)
・第3回[2008年11月1日・2日](於:福岡県久留米市)「厚木シロコロ・ホルモン」(神奈川県厚木市)
・第4回[2009年9月19日・20日](於:秋田県横手市)「横手やきそば」(秋田県横手市)
・第5回[2010年9月18日・19日](於:神奈川県厚木市)「甲府鳥もつ煮」(山梨県甲府市)
・第6回[2011年11月12日・13日](於:兵庫県姫路市)「ひるぜん焼そば」(岡山県真庭市)
・第7回[2012年10月20日・21日](於:福岡県北九州市小倉北区)「八戸せんべい汁」(青森県八戸市)
・第8回[2013年11月9日・10日](於:愛知県豊川市)「なみえ焼きそば」(福島県双葉郡浪江町)
・第9回[2014年10月18日・19日](於:福島県郡山市)「十和田バラ焼き」(青森県十和田市)
・第10回[2015年10月3日・4日](於:青森県十和田市)「勝浦タンタンメン」(千葉県勝浦市)
・特別大会[2016年12月2日・3日](於:東京都江東区)「あかし玉子焼」(兵庫県明石市)

〇主要なB級ご当地グルメ一覧

<北海道>
・豚丼(帯広市) 豚肉を焼いて砂糖醤油味の甘辛いタレで味付けしたものを具とした丼物
・カレーラーメン(室蘭市) カレー仕立てのスープを使ったラーメン
・ザンギ(釧路市) 主に鶏肉を、醤油やにんにくなどで味付けを施したから揚げ
・エスカロップ(根室市) ケチャップライスまたはバターライスに豚カツを乗せてドミグラスソースを掛けた料理
・訓子府カツ丼(訓子府町) 卵で閉じず、醤油味のタレをかけたカツ丼
・オホーツク北見塩やきそば(北見市)

<青森県>
・味噌カレー牛乳ラーメン(青森市) 味噌をベースに、カレー粉、牛乳を入れたラーメンで、バターがトッピングされたラーメン
・生姜味噌おでん(青森市) 生姜味噌につけて食べるおでん
・いがめんち(弘前市) 青森県が漁獲量日本一を誇るイカを使ったメンチカツ状のもの
・黒石つゆやきそば(黒石市) 平打ちの太麺をウスターソースで炒めた焼きそばに和風出汁をかけたもの
・グラタンフライ(八戸市) グラタンを春巻きの皮で包み、パン粉をつけて揚げた料理
・八戸せんべい汁(八戸市) 南部せんべいを、肉や魚や野菜のだし汁と共に煮込む鍋料理

<岩手県>
・盛岡じゃじゃ麺(盛岡市) 平たい麺に特製の肉味噌をかけた料理
・盛岡冷麺(盛岡市) 激辛ブームで有名になった辛さを選べる冷麺

<宮城県>
・油麩丼(登米市) カツ丼のカツの代わりに油麩を用いたもの

<秋田県>
・横手焼きそば(横手市) 太い角麺を茹で、ウスターソースで味付け、半熟の目玉焼きを乗せた焼きそば

<山形県>
・冷やしラーメン(山形市) 冷たいスープのラーメン。冷やし中華と別物
・冷たい肉そば(河北町) 冷たいスープの鳥そば

<福島県>
・クリームボックス(郡山市) 食パンに白いミルク風味のクリームを塗った菓子パン
・三春グルメンチ(三春町) 三春の名産ピーマンを使ったオリジナルメンチカツ
・なみえ焼きそば(浪江町) 極太の麺に具は豚肉ともやし、濃厚ソースで味付けした焼きそば[5]

<茨城県>
・みつだんご(大洗町) 溶いた小麦粉でつくった団子を焼いて串に挿し、「みつ」を絡めさせ、きな粉をまぶした菓子
・北条米スクリーム(つくば市) 地域の特産品「北条米」を使ったアイスクリーム
・龍ケ崎まいんコロッケ(龍ケ崎市) 色々な具材を揚げた変わり種コロッケ

<栃木県>
・宇都宮餃子(宇都宮市) 宇都宮市を中心に販売されているご当地餃子
・宇都宮焼きそば(宇都宮市) 麺が太麺でもちもちした触感が特徴のご当地焼きそば
・レモン牛乳(宇都宮市) 無脂肪牛乳や生乳に甘味とレモンの香りを加え黄色く着色した乳飲料
・佐野ラーメン(佐野市) 佐野市を中心として、食べられているラーメンであり、関東地方のご当地ラーメンの一つ

<群馬県>
・焼きまんじゅう(県内) まんじゅうを串に刺し、味噌ダレを塗って焼いた料理
・伊勢崎もんじゃ(伊勢崎市) 隠し味にイチゴシロップやカレー粉を加えたもんじゃ焼き
・太田焼きそば(太田市) 麺が太く、黒く濃いソースの焼きそば
・桐生うどん(桐生市) 麺が幅広のうどん、ひもかわ
・ソースカツ丼(桐生市) あげたカツをソースにくぐらせたものをご飯の上にのせて食べる
・タルタルカツ丼(安中市) ソースカツ丼にタルタルソースをかけて食べる

<埼玉県>
・やきとり(東松山市) 豚のカシラ肉を串焼きにしたもの。にんにく唐辛子味噌で食べる。
・すったて(川島町) 味噌に胡麻、大根等の野菜を擦り潰して作る汁。主にうどんの浸け汁とする
・ゼリーフライ(行田市) 素揚げしたおからコロッケ
・フライ(行田市) 水で溶いた小麦粉を鉄板の上で薄く伸ばし、豚肉や長葱などをのせて焼いた料理
・味噌ポテト(秩父市) ポテトフライの串刺しに甘ミソダレをつけたもの

<千葉県>
・勝浦タンタンメン(勝浦市) 醤油ベースのスープにラー油で炒めた玉葱と挽肉をのせたラーメン
・竹岡ラーメン(富津市) チャーシューを煮込んだタレに麺の茹で汁をかけただけのスープが特長

<東京都>
・もんじゃ焼き(都内) 小麦粉を主体とした材料を鉄板で焼いた料理
・からし焼(北区東十条) 豚肉と豆腐をにんにくと唐辛子で甘辛く煮込んだ料理
・八王子ラーメン(八王子市) 一番の特徴は上に乗った刻みタマネギで、表面を油が覆った醤油ラーメン

<神奈川県>
・厚木シロコロ・ホルモン(厚木市) 管状のままぶつ切りした豚の腸を下茹でせずに網焼きしたもの
・足柄まさカリー(南足柄市) 箱根富士屋ホテル総料理長監修、足柄牛とごぼうが入ったカレー

<新潟県>
・イタリアン(新潟市・長岡市) ソース焼きそばの上にミートソースをかけた料理
・糸魚川ブラック焼そば(糸魚川市) 中華めんにイカとイカスミを使った料理
・とん汁ラーメン(上越地方) 豚汁にラーメンを入れた料理

<山梨県>
・吉田のうどん(富士吉田市) 硬く非常にコシが強いうどんで付け合せにキャベツや油揚げが入る
・甲府鳥もつ煮(甲府市) 鶏のモツを砂糖と醤油だけで煮込んだもの

<長野県>
・駒ヶ根ソースかつ丼(駒ヶ根市) 丼の御飯にキャベツを敷き、揚げたカツをソースにくぐらせて乗せたもの
・ローメン(伊那市) マトンなどの肉と野菜を炒め、蒸した太めの中華麺を加えた麺料理
・安養寺ラーメン(佐久市) 信州みそのルーツ「安養寺みそ」をベースにしたもの
・ごぼとん丼(松川町) 地元産リンゴ、ウメで育った黒豚と地元産ごぼうが使われている丼

<富山県>
・高岡コロッケ(高岡市) 各店舗独自の趣向を凝らしたコロッケ
・高岡大仏コロッケ(高岡市) 高岡大仏をイメージしており、普通のコロッケより大きいのが特徴
・高岡グリーンラーメン(高岡市) 高岡産のホウレンソウを使ったラーメン
・富山ブラック(富山市) 醤油ラーメンで、普通の醤油ラーメンより味が濃いのが特徴
・富山ホワイト(富山市) 豚骨ラーメンで、徐々に知名度が上がってきている
・入善ブラウンラーメン(入善町) 味噌ラーメンで、入善町の海老や深層水が使用されている
・おやべホワイトラーメン(小矢部市) 豚骨ラーメンで、肉みそが乗っている
・氷見牛カレー(氷見市) 氷見牛を使ったカレーライス
・白エビバーガー(射水市) ハンバーガーの中に白エビが入っており、タルタルソースがかかっている
・富山おでん(県内) とろろ昆布をのせたおでん

<石川県>
・金沢カレー(金沢市) ルーが濃厚なカレーライスで、付け合わせとしてキャベツの千切りが載っている
・ハントンライス(金沢市) ケチャップで味付けしたバターライスの上に、半熟の薄焼き卵と白身魚のフライを乗せ、タルタルソースをかけた料理

<福井県>
・ボルガライス(越前市) オムライスの上にカツをのせ、デミグラスソースをかけた料理
・ソースカツ丼(県内) ウスター系のソースを使用したカツ丼
・醤油カツ丼(大野市他) 醤油ベースの専用タレに野菜を使用したカツ丼
・とんちゃん(大野市) 牛や豚の内臓を味噌ベースで味付けしたホルモン料理

<岐阜県>
・鶏ちゃん(飛騨地方) 下味のついた鶏肉を野菜と一緒に焼いた料理
・漬物ステーキ(飛騨地方) 漬物を焼いて卵でとじた料理
・奥美濃カレー(郡上市) 郡上の味噌が入ったカレー
・各務原キムチ(各務原市) 特産の人参と松の実が入ったキムチ

<静岡県>
・富士宮やきそば(富士宮市) 指定の麺を用い、具に油かすを加え、仕上げに魚粉を振り掛けた焼きそば
・しぐれ焼き(富士宮市) 富士宮やきそばの麺をあわせたお好み焼き
・遠州焼き(浜松市) お好み焼きの生地に沢庵漬け、紅ショウガ、ネギを混ぜ入れて薄く焼き上げた料理
・つけナポリタン(富士市) トマトベースのつけダレにスパゲッティの麺をつけて食べる料理
・静岡おでん(静岡市) 濃口醤油で牛スジ肉でだしを取った黒いつゆを使ったおでん
・袋井宿たまごふわふわ(袋井市) 江戸時代に袋井宿で出されていた日本最古の卵料理
・すその水ギョーザ(裾野市) 具にモロヘイヤが入っている水餃子
・おもろカレー(磐田市)

<愛知県>
・手羽先唐揚げ(名古屋市) 鶏の手羽先を唐揚げにした料理
・あんかけスパゲティ(名古屋市) 餡のソースがかかったスパゲッティ
・豊橋カレーうどん(豊橋市) 底にとろろご飯が入っているカレーうどん

<三重県>
・しぐれ肉巻きおにぎり(桑名市) 時雨(時雨あさり)を使用した時雨ご飯を、豚肉で巻いて作るおにぎり
・四日市とんてき(四日市市) グローブ形の切れ込みを入れた豚肉ステーキ
・亀山みそ焼きうどん(亀山市) 赤味噌を使った焼きうどん
・津ぎょうざ(津市) 直径15cmの皮を用いた揚げ餃子
・鶏焼肉(松阪市) 鶏肉(むね/もも混合)に甘辛の濃い味噌ダレを絡め、網焼きにしたもの
・とばーがー(鳥羽市) 鳥羽市が認定するハンバーガー
・名張牛汁(名張市) 伊賀牛を使った和風醤油だし仕立ての汁物

<滋賀県>
・サラダパン(長浜市) マヨネーズで和えた刻みたくあんのペーストをコッペパンに挟んだ惣菜パン
・近江ちゃんぽん(彦根市など) あっさりとした和風ダシのちゃんぽん
・高島とんちゃん(高島市) 戦後市内に広まった店や家ごとのタレで味付けされたものを焼いて食べる鶏肉料理

<京都府>
・にしんそば(京都市) 身欠きにしんの甘煮を載せた温かいそば

<大阪府>
・串カツ(大阪市) 小ぶりに切った肉や魚介類、野菜を個別に串に刺して衣をまぶして揚げた料理
・どて焼き(大阪市) 牛のすじ肉を味噌味で煮込んだ料理
・ねぎ焼き(大阪市) キャベツの代わりに青葱を使ったお好み焼き
・うどんぎょうざ(高槻市) ぎょうざのたねに茹でて刻んだうどんを混ぜ、焼いた料理

<兵庫県>
・そばめし(神戸市) そば焼きとご飯を鉄板で炒めた料理
・ぼっかけ(神戸市) 牛のすじ肉とコンニャクを甘辛く煮込んだもの
・にくてん(神戸市・播磨) すじこんや青ねぎ、じゃがいもなどを具材とする重ね焼きのお好み焼き
・玉子焼(明石市) 鶏卵・出汁・浮粉の生地にタコを入れて一口大に焼き上げた料理
・かつめし(加古川市) 皿に盛ったご飯の上にビフカツをのせ、ドミグラスソースをかけた料理
・ちゃんぽん焼き(姫路市) 焼きそばと焼きうどんを合わせたもの。姫路では定番グルメになっている

<奈良県>
・大和肉鶏照焼丼(県内) 大和肉鶏を照焼にしたご当地丼
・大和焼きそうめん(県内) 三輪素麺と野菜を大和肉鶏のスープで焼き、大和肉鶏の肉をトッピングした麺料理
・カレーにゅうめん(県内) カレー味の温かい素麺
・かっぱ鍋(奈良市・桜井市) 牛肉の希少部位「かっぱ」と水菜、油揚げ、豆腐などを味付け出汁で炊いたはりはり鍋
・黒米カレー(奈良市他) 古代米「黒米」と「カレー」を取り合わせた名物グルメ
・葛餅(県内) 最高級の吉野本葛を使った菓子
・みたらし(県内) 団子を平たく円盤状にし、串に刺して焼き、醤油味を付けた焼き団子
・フライビンズ(県内) 乾燥そら豆を油で揚げた豆菓子
・巾着うどん(県内) 油揚げの中にうどんを入れ、口をネギで縛り、出汁を掛けて食べるもの
・バターポテト(県内) 短冊状に切ったメークインと魚のすり身とバターを混ぜ、サモサシートで巻いて蒸し上げたさつま揚げ
・奈良漬ガリタルバーガー(奈良市) 大和肉鶏と奈良漬を刻んで入れたハンバーグの上に、奈良漬ピクルス入りのタルタルソースを付け、トマトなどの県産野菜とともに、バンズで挟んだハンバーガー
・スタミナラーメン(天理市他) 通称天理ラーメン、野菜たっぷりニンニクスタミナラーメン
・マンボ焼きン(天理市) 薄く広げた生地にソース味の焼きそばや焼きうどんとアブラカス、ホルモン、豚、牛などの具をのせ、さらにまた生地をかけ最後に卵をのせたお好み焼き
・橿原スタミナ焼きそば(橿原市) キャベツ、白菜、ニラ、豚肉を豆板醤で炒めた、スープたっぷりの焼きそば
・アンフライ(桜井市) 食パンでこし餡をサンドし、油で揚げて斜めに切ったもの
・しきしき(御所市・葛城市) 水で溶いた小麦粉を薄く焼いた生地で、餡などの具を巻いたおやつ
・鮎フライバーガー(大淀町) 吉野川産鮎のフライと野菜、タルタルソースのハンバーガー
・いもぼた(天川村) じゃがいもを混ぜて炊いたご飯を、搗いて丸め平たくして鉄板で焼いたおやつ

<和歌山県>
・せち焼き(御坊市) 卵で固めた焼きそば

<鳥取県>
・牛骨ラーメン(中部~西部) 牛骨を使ったラーメン(醤油、味噌、塩)

<島根県>
・赤天(浜田市) 赤唐辛子を練り込んだ揚げかまぼこ

<岡山県>
・津山ホルモンうどん(津山市) ホルモンとうどんを味噌ベースのタレで焼いたご当地料理
・えびめし(岡山市) ご飯に海老などの具を入れて油炒め、ソース味に仕上げた料理
・デミカツ丼(岡山市) デミグラスソースをかけたご飯の上に千切りキャベツを載せ、さらにデミグラスソースで味付けした豚カツを載せた丼飯
・ひるぜん焼きそば(真庭市) ジンギスカンのタレや味噌ダレで味付けした焼きそば
・カキオコ(備前市) 牡蠣入りお好み焼き
・たまの温玉めし(玉野市) 温泉玉子をのせた穴子の焼き飯。味付けは醤油と蒲焼のタレ
・児島たこしお焼そば(倉敷市) 下津井のタコと地元産の塩を使った焼そば
・備中高梁インディアントマト焼きそば(高梁市) カレー味のトマト焼きそば
・柚子味噌カツ丼(高梁市) 柚子を加えた味噌だれである柚子味噌をかけたカツ丼
・こんにゃくたこ焼き(高梁市) 柚子ポン酢を使ったコンニャク入りのたこ焼き
・千屋牛うどん・カレー(新見市) 地元産の千屋牛を使ったカレー・うどん

<広島県>
・広島つけ麺(広島市) 辛口のつけだれのつけ麺
・汁なし担々麺(広島市) 麺にスープをかけず、醤油やラー油・山椒をベースにした少量のつゆで味を付けた担々麺
・広島風お好み焼き(広島市) 焼きそばを加えたお好み焼き
・府中焼き(府中市) 豚バラ肉に代えてミンチ肉や細切れ肉を使ったお好み焼き

<山口県>
・瓦そば(下関市) 熱した瓦の上で茶そばを焼き、牛肉や薄焼き卵と共に食べる料理
・バリそば(山口市) 揚げた中華麺の上に、野菜が入ったスープをかけた料理

<徳島県>
・フィッシュカツ(徳島市) 魚のすり身に香辛料を入れ、パン粉をまぶして揚げた料理
・豆天玉焼き(徳島市) 甘く煮た金時豆と小エビの入った丸い天ぷらが入るお好み焼き
・とくしまバーガー(県内) 徳島商工会議所の認定許可を受けた創作バーガーで店によっていろいろなバーガーがある
・アオリイカ黒焼きそば(牟岐町) 麺もソースも真っ黒な焼きそば

<香川県>
・骨付鳥(丸亀市) 塩コショウとニンニクで下味をつけた骨付きの鶏もも肉を焼いたもの

<愛媛県>
・じゃこカツ(伊方町) じゃこ天にパン粉をつけて揚げた料理
・焼豚卵飯(今治市) 飯の上に薄く切った煮豚をかぶせ、さらに半熟の目玉焼きをのせ焼豚のタレで味付けした料理である

<高知県>
・鍋焼きラーメン(須崎市) 土鍋で煮込んだ鶏ガラスープのラーメンで具材の種類など「7つの定義」がある

<福岡県>
・天窓(北九州市) 焼きうどんの上に卵を落として焼いた料理
・ちゃんらー(北九州市) 和風ラーメンのスープにちゃんぽんの麺を使用して作られた料理

<佐賀県>
・シシリアンライス(佐賀市) ご飯の上に甘辛いタレで炒めた薄切り肉と生野菜を盛り付けた料理
・からつバーガー(唐津市) 香ばしい焼き上がりのバンズにレタス・パティ・目玉焼きなどをサンドした手作りハンバーガー
・嬉野藩バーガー(嬉野市) 忍者が食していた「兵糧丸」と嬉野の食材を掛け合わせた忍者バーガー

<長崎県>
・トルコライス(長崎市) ピラフ、ナポリタンスパゲティ、豚カツがのった盛り合わせ料理
・佐世保バーガー(佐世保市) 手作りハンバーガー

<熊本県>
・太平燕(熊本市) 春雨スープに五目炒めを合わせ、揚げ玉子を添えた料理
・いきなり団子(熊本市) さつまいもの輪切りと 小豆あんを入れ 蒸した餅
・ちくわサラダ(熊本市) ちくわにポテトサラダを詰めたものを油で揚げた料理

<大分県>
・とり天(県内) 鶏肉に天ぷら衣をつけて揚げた料理

<宮崎県>
・肉巻きおにぎり(県内) 醤油ベースのタレに漬け込んだ豚肉をご飯に巻き付け、俵型に成形して焼いたもの
・辛麺(県内) 唐辛子のきいたスープに溶き卵を加えた麺料理
・チキン南蛮(延岡市) 鶏の切り身に小麦粉をまぶして卵をつけて揚げ、揚げたてを甘酢につけたもの
・じゃりパン(県内) コッペパンに、ホイップクリームとグラニュー糖を混ぜた餡がサンドされている

<鹿児島県>
・白くま(県内) かき氷の上に練乳をかけて果物を盛り付けたもの
・あくまき(県内) 餅米を灰汁で煮たものを竹の皮で包んだ甘いちまき
・鹿児島蕎麦(県内) 挽きぐるみの蕎麦に少ないつなぎで打った、ポロポロ切れる短い蕎麦
・鶏飯(奄美群島) 具材を載せたご飯に鶏のスープをかけて食べる料理
・油そうめん(奄美群島) 茹でた素麺を食用油とだしに絡めた料理

<沖縄県>
・沖縄そば(県内) 独特の中華麺を用いた麺料理
・天ぷら(県内) 卵とベーキングパウダーを使った分厚い衣の天ぷら 
・バクダン(糸満市) ご飯を魚のすり身で包んで揚げたかまぼこの一種
・ヒラヤーチー(県内) ネギやツナ缶などを入れた薄焼きのお好み焼き
・ポーポー(県内) 小麦粉を水で溶いて薄焼きにし、味噌やソースを塗って巻いた軽食
・ちんびん(県内) 黒糖味の甘い生地を薄焼きにして巻いた菓子
・山羊汁(県内) 山羊の肉や内臓を煮込んだスープ
・牛汁(県内) 牛の肉や内臓を昆布や根菜類と共に煮込んだスープ
・タコライス(金武町) タコスの具である挽肉・チーズ・レタス・トマトを米飯の上に載せた料理
・チーイリチャー(金武町) 豚あるいは山羊の血の炒り付け
・足てびち(県内) 豚の足の煮込み料理
・オニササ(石垣市) おにぎりとウスターソースやマヨネーズ等で味付けした鶏ササミフライとをビニール袋に入れ、一体になるように握って形を整えたもの

旅の豆知識「新交通システム」

2019年11月13日 | 旅の豆知識
 旅先で、新交通システムの車両に乗ったことはありませんか?20~60人乗りの小型車両がライン状又はループ状の軌道をコンピュータ制御により自動走行(有人走行もある)するシステムで、従来の鉄道とバスの中間の輸送力といった感じです。高架軌道上を走る場合が多いので、見晴らしがよく、都市部がよく見渡せて、気分も爽快です。東京都のレインボーブリッジ上を走る「ゆりかもめ」は有名で、東京港を見渡せるので人気の路線ともなっています。都市部を旅行した時に一度乗ってみることをお勧めします。

〇新交通システムとは?

 1960年代以降の高度経済成長の中で、モータリゼーションの進展により、都市部において自動車交通の著しい渋滞や騒音、大気汚染の問題等に対応するために研究・開発された新しい交通システムのことです。
 広義には、モノレール、エアクッション艇、動く歩道、リニアモータカー、磁気浮上鉄道などを含みますが、狭義には、省エネルギー、経費節減をはかりつつ、快適で機動性のあるサービスを提供する目的で開発された都市型交通機関の組合せとされてきました。
 遊園地の遊戯施設としてですが、京成電鉄沿線の谷津遊園内で、1972年(昭和47)に走ったのが最初で(1982年谷津遊園廃止に伴い廃止)、その後、1975年(昭和50)に沖縄で開催された国際海洋博覧会で、開催期間中限定で、乗客輸送を行いました。恒久的輸送機関としての最初は、1981年(昭和56)2月5日に開業した、神戸新交通ポートアイランド線となります。
 その定義は、「都市モノレールの整備促進に関する法律」2条及び3条に基づき定められている都市モノレールに準じ、次のように定められています。
1.「桁上に設置された走行路(床版)の上を、車両が案内レールに従って走行するシステムで、人又は貨物を運送する施設であること。
2.一般交通の用に供するものであること
3.軌道桁は主として道路法による道路に架設されるものであること
4.その路線の大部分が都市計画区域内に存するものであること

〇新交通システムのお勧め路線

(1)埼玉新都市交通伊奈線[愛称:ニューシャトル](埼玉県さいたま市・伊奈町)

 埼玉県さいたま市の大宮駅~伊奈町の内宿駅間の12.7km(13駅)を繋ぐ有人式の交通システムです。埼玉県とJR東日本が出資する埼玉新都市交通株式会社が運営しています。東北・上越両新幹線の建設に伴い、建設地域の住民への見返りとして建設されたもので、路線は東北・上越両新幹線の高架の脇や下に施設されました。1983年(昭和58)12月22日に大宮駅~羽貫駅間が開業、1990年(平成2)8月2日に羽貫駅~内宿駅間の全線が開通しています。地域住民の交通手段やさいたま市大宮区にある「鉄道博物館」の利用者の足としても利用されてきました。

(2)東京臨海高速鉄道臨海線ゆりかもめ(東京都港区・江東区)

 東京都港区の新橋駅~江東区の豊洲駅間の14.7km(16駅)を繋ぐ無人(早朝などは有人)式の交通システムです。1995年(平成7)11月1日に新橋駅~有明駅が開業、2006年(平成18)3月27日に有明駅~豊洲駅が開業しました。新橋からお台場や臨海副都心の各施設や観光地を繋ぐ路線として利用されています。レインボーブリッジ上を走るので、眺望がすばらしく、東京港を見渡せるので人気の路線ともなってきました。今後、豊洲駅から勝どき駅までの延長が計画されています。

(3)横浜新都市交通金沢シーサイド線(神奈川県横浜市磯子区・金沢区)

 神奈川県横浜市磯子区の新杉田駅~金沢区の金沢八景駅間の10.6km(14駅)を繋ぐ無人式の交通システムです。横浜新都市交通株式会社が運営していて、1989年(平成元)7月5日に開業し、今後は金沢八景駅を京浜急行の金沢八景駅まで延長することが計画されてきました。八景島シーパラダイスの利用客などに利用されていますが、海辺を走る路線なので、相模湾の眺望が良いのが特徴です。

(4)愛知高速交通東部丘陵線[通称:リニモ](愛知県名古屋市・豊田市)

 愛知県名古屋市の藤が丘駅~愛知県豊田市の八草駅間の8.9km(9駅)を繋ぐ交通システムです。最高時速100kmで走る磁気浮上式(リニアモーターカー)となっているのが特徴で、注目されてきました。愛知高速交通の運営で、愛知万博(愛・地球博)を訪れる人たちのアクセス方法として建設され、2005年(平成17)3月6に開業しています。万博終了後は、地域住民の足として利用されてきました。

(5)神戸新交通ポートアイランド線[通称:ポートライナー](兵庫県神戸市)

 兵庫県神戸市の三宮駅~神戸空港駅に至る路線と、途中から分岐して北埠頭駅を経て中公園駅に至る2路線の10.8km(12駅)を繋ぐ新交通システムです。恒久的輸送機関としての日本最初の新交通システムで、1981年(昭和56)2月5日に開業し、博覧会ポートピア'81の会場への足として活躍しました。神戸新交通株式会社が運営しており、2006年(平成18)2月2日に神戸空港駅まで延長開通し、空港へのアクセスルートともなります。神戸港から瀬戸内海が見渡せ、眺望が良いのが特徴とさてきました。

(6)広島高速交通広島新交通1号線[通称:アストラムライン](広島県広島市)

 広島県広島市の本通駅~広域公園前駅間の18.4km(21駅)を繋ぐ新交通システムです。広島高速交通が運営しており、1994年(平成6)8月20日に開業しました。現在は市中心部と住宅地とを結ぶ足としての機能のほか、広島広域公園内に建設された広島広域公園陸上競技場(エディオンスタジアム広島)へのアクセス路線としての機能をも有し、広島ビッグアーチの利用者の足としても利用されています。

〇現在の日本の新交通システム一覧

・埼玉新都市交通伊奈線[愛称:ニューシャトル](埼玉県さいたま市の大宮駅~伊奈町の内宿駅間12.7km・13駅)
・日暮里・舎人ライナー(東京都荒川区の日暮里駅~足立区の見沼代親水公園駅間9.7Km・13駅)
・東京臨海高速鉄道臨海線ゆりかもめ(東京都港区の新橋駅科~江東区の豊洲駅間14.7km・16駅)
・横浜新都市交通金沢シーサイド線(神奈川県横浜市磯子区の新杉田駅~金沢区の金沢八景駅間10.6km・14駅)
・西武山口線[通称:レオライナー](東京都東村山市の西武遊園地駅~埼玉県所沢市の西武球場前駅間2.8Km・3駅)
・ユーカリが丘線(千葉県佐倉市のユーカリが丘駅を起点とした4.1Km・6駅)
・愛知高速交通東部丘陵線[通称:リニモ](愛知県名古屋市の藤が丘駅~愛知県豊田市の八草駅間8.9km・9駅)
・大阪市中量軌道南港ポートタウン線[通称:ニュートラム](大阪府大阪市のコスモスクエア駅~住之江公園駅間7.9km・10駅)
・神戸新交通ポートアイランド線[通称:ポートライナー](三宮駅~神戸空港駅と途中から分岐して北埠頭駅を経て中公園駅に至る2路線10.8km・12駅)
・神戸新交通六甲アイランド線。通称六甲ライナー](兵庫県神戸市の住吉駅~六甲アイランドのマリンパーク駅間4.5km・6駅)
・広島高速交通広島新交通1号線[通称:アストラムライン](広島県広島市の本通駅~広域公園前駅間18.4km・21駅)

旅の豆知識「文学と岬」

2019年11月12日 | 旅の豆知識
 岬の先端に立って海を眺めていると、言いしれぬ感慨に襲われることがあります。最果ての地に来たという思いと、広大な海と岩礁や木々が造り出す自然の造詣への畏怖といった感じでしょうか。
 そういう岬に、少なからず文学碑が建っていたりします。先人もこの地に来て、突き動かされるものがあって、文学になったのでしょうか...。そういう所で、あらためて、文学作品を読み直してみるのもいいものです。どちらか言うと韻文の方が似つかわしいような気がしますが、口から自然と出てくるような情景とマッチした詩や短歌などは感慨を深めてくれます。
 そんな岬を訪れ、文学に心を馳せて感動したところを選んでみましたので、岬めぐりの参考にしていただければと思います。

〇近代文学に描かれたお勧めの岬

(1)犬吠埼 (千葉県銚子市) ――佐藤春夫著詩集『佐藤春夫詩集』の「犬吠岬旅情のうた」 

 犬吠埼は、千葉県銚子市にあり、太平洋に突き出した岬の先端です。犬吠埼灯台が有名で、上まで登ることができまが、99段の階段を上った、灯台上からの眺望は素晴らしものの、あまりの、高さに足がすくんでしまいました。しかし、周辺の岩礁には、大きな波が打ち寄せて、荒々しい景観を作っていて、君ヶ浜の眺望も素晴らしかったのです。
 この灯台後方の丘の上に佐藤春夫の「犬吠岬旅情のうた」の詩碑が立っていて、「ここに来て をみなにならひ 名も知らぬ草花をつむ。みづからの影踏むわれは 仰がねば 燈台の高きを知らず。波のうねうね ふる里のそれには如かず。ただ思ふ 荒磯に生ひて 松のいろ 錆びて黝きを。わが心 錆びて黝きを。」と書かれていましたが、なんだか暗い感じがしました。1911年(明治44)に、与謝野門下一同と来銚したときのものだそうですが、その時もこの絶景は変わらなかったのでは...。何か心に鬱するものでもあって、こんな吐露になったのでしょうか?それとも、天候が荒れたときには、暗く陰鬱な雰囲気が漂うのでしょうか?次回は、少し荒れた犬吠埼も見てみたいという気になりました。
 その近くには、尾張穂草の歌碑があり、階段を下りた海岸端には、高浜虚子の句碑もありました。犬吠埼を訪れ、作品を成す文学者が多いことがわかります。

(2)剱崎 (神奈川県三浦市) ――若山牧水著紀行文『岬の端』

 剱崎は、神奈川県三浦市の三浦半島の先端にある景勝地ですが、観光地化の進む三浦半島にあって、ここだけは取り残されたように静かでした。
 若山牧水が、1915年(大正4)に来訪して、紀行文『岬の端』の中で、「やがて柱の行列の尽きる所に来た。なるほど、この電線は、この岬端にある剣崎灯台(土地では松輪の灯台と呼んでいる)に懸っているものであったのだ。灯台は、今はただ白々と厳しい沈黙を守って日に輝いているのみである。そして、附近には人家らしいものも見えぬ。あちこちと見廻していると、すぐ眼下の崖下にそれらしい一端が見えて居る。私は勇んで坂を降りて行った。咽喉も渇き、腹も空いていた。・・・・・・・・」と書いていますが、その頃とほとんど変化していないのではと、思わせるくらいでした。こういうのどかな風情は、このままそっとしておいてほしいと願うのですが...。

(3)伊良湖岬 (愛知県田原市)――島崎藤村著詩集『落梅集』の「椰子の実」

 伊良湖岬は、愛知県田原市の渥美半島の先端に位置していて、恋路ヶ浜が有名です。かの民俗学者柳田国男が、1898年(明治31)夏、この恋路ヶ浜で椰子の実を発見し、東京に帰って親友の島崎藤村に話したところ、「椰子の実」の詩が誕生したと言われています。その後、1936年(昭和11)に大中寅二によって作曲され、国民歌謡として全国に放送されて、一躍有名になりました。それで、今でも伊良湖岬と言えば、「名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実ひとつ 故郷の岸を離れて 汝はそも波に幾月 旧の樹は生いや茂れる 枝はなほ影をやなせる 我もまた渚を枕 孤身の浮寝の旅ぞ 実をとりて胸にあつれば 新なり流離の憂 海の日の沈むを見れば 激り落つ異郷の涙 思いやる八重の汐々 いずれの日にか国に帰らむ」の唄が連想されるようになりました。
 名所となっている日出の石門の近くに、島崎藤村の「椰子の実」の誌碑があり、由来が書いてありました。なんでも、椰子の実を島から流して、流れ着くかどうかの検証をしているとか...。その海側に、大中寅二作曲記念碑も立っていました。
 先端の伊良湖岬灯台近くの丘の上には、万葉歌碑も建立されています。

(4)安乗崎 (三重県志摩市) ――伊良子清白著詩集『孔雀船』の「安乗の稚児」

 安乗崎(あのりさき)は、志摩半島の中央部に深く切れ込んだリアス式海岸で有名な的矢湾(まとやわん)の入り口に位置し、伊勢志摩国立公園の一部を成しています。安乗埼灯台周辺からの眺めは秀逸で、そこに建てられた伊良子清白の「安乗の稚児」詩碑は、なんとも言えない哀愁を添えていました。しばし、風景に見とれながら、カメラのシャッターを切り続けていました。
 詩碑には、明治詩史に残る詩集『孔雀船』の中の一篇「安乗の稚児」の第三連、「荒壁の小家一村 こだまする心と心 稚児ひとり恐怖をしらず ほほゑみて海に対へり」と黒御影石に刻まれています。清白は鳥羽市小浜の漁村で、23年ほど開業医を営んでいました。この詩は、嵐に襲われた安乗の光景を歌ったもので、清白の代表作と言われていますが、なんとも言い難い雰囲気を持っています。

(5)神島シラヤ崎 (三重県鳥羽市) ――三島由紀夫著小説『潮騒』

 神島は伊勢湾の入口に浮かぶ、周囲約4km、人口500人余の小さな島で、標高170mの灯明(とうめ)山を中心として全体が山地状で、集落は季節風を避けるように北側斜面に集まっています。そして、なによりも三島由紀夫の小説『潮騒』のモデルになったことで、有名で、昔から一度来たいと思っていたのです。
 神島へ着いて、宿「山海荘」に荷物を置くと、さっそく島一周の散策に出かけました。ほんとうに急斜面にへばりつくように人家が密集して建っていて、歩道が急勾配でアップダウンしながらその間を縫っています。まず、集落の東側にある八代神社へと行ってみたのですが、真っ直ぐ伸びた214段もの階段を登らなくてはならず、閉口しました。ここで、元旦の夜明けにゲーター祭りと呼ばれる奇祭が行われると聞きました。
 社殿参拝後、時計回りに島を一周しようと、裏手の遊歩道を上っていったのですが、勾配がきつく、断崖絶壁になって海に落ち込むような細道を進んでいきます。しかし、伊勢湾、伊良湖岬から太平洋の景色はすばらしいのです。しばらく行くと、シラヤ崎に至り、神島灯台の門が見えてきました。
 小説『潮騒』の中でも、新治、初江が灯台職員宿舎(退息所)を訪ねるシーンが印象的ですが、退息所は無人化に伴い撤去されていて空き地となっていました。その奥に白亜の灯台が立っていて、小説『潮騒』の案内板がありますが、そこからの眺望はすこぶるよく、小説の場面を彷彿とさせるのです。また、灯台についての描写は特に秀逸で、新治、初江の前途とも重ねて描かれていて、脳裏に思い浮かべながら、見上げていました。
 この小説は、青山京子、吉永小百合、山口百恵、堀ちえみ等の主演により5回にわたって映画化されていますが、灯台周辺でのロケもありました。その映画の場面を思い出しながら、しばしたたずんでいました。

(6)足摺岬(高知県土佐清水市) ――田宮虎彦著小説『足摺岬』

 足摺岬は、高知県土佐清水市の南端で太平洋に突き出したところにあります。最果て感が募るところで、椿の林がトンネルのようになった自然遊歩道が続き、展望台からは、太平洋の黒潮が、岩壁に打ち寄せては砕け散っていて、南国ムードが漂っていました。ここは、花崗岩の断崖が蒼海にそそり立つ海食台で、岬の先端の絶壁上に、白亜の足摺岬灯台が立っていますが、モダンなロケット型をしていて意表を突きます。この断崖は、自殺の名所ともなっていて、「飛び込む前に電話をください」という立て札が立ち、無料電話が設置されていました。
 田宮虎彦著の小説『足摺岬』で有名になり、自殺志願者が多く訪れるようになったと聞きました。しかし、この小説の主人公は、この絶壁を前にして、思いとどまり、光明を求めて町へと戻っていったのです。そんな生死の境を漂わせるような、隔絶の地といったムードがあります。
 灯台下の園地には、田宮虎彦の石碑があって、かの小説『足摺岬』の一説「砕け散る荒波の飛沫が 崖肌の巨巌いちめんに 雨のように降りそそいでいた」が刻まれていて、私の好きな部分だけに、感慨深く眺め入っていたのです。遊歩道を巡ってから、四国八十八ヶ所札所の一つ金剛福寺にも参拝しました。

(7)都井岬 (宮崎県串間市) ――柳田国男著紀行文『海南小記』

 都井岬は、宮崎県串間市でにあり、日南海岸国定公園の南端にあたり、太平洋に突きだした風光明媚の地です。そして、野生動物の宝庫ともなっていて、猿や野兎、猪、狸などの姿を見ることが出来ることで知られてきました。
 しかし、なんといっても野生の「御崎馬(みさきうま)」が生息していることで有名です。その先端に、白亜の姿を見せるのが、都井岬灯台で、ここの観光のシンボルともなっています。雄大な太平洋を望む眺望と「御崎馬」は、格好の被写体となります。この馬は、体高は130㎝と小柄で、脚の割には胴長で、ずんぐりとした体つきです。馬が草をはんでいる姿を見ただけでほのぼのとした気分になれるのです。
 かの日本民俗学の樹立者といわれる柳田国男も、1920年(大正9)12月にわざわざこの馬を見に立ち寄ったことが、紀行文『海南小記』に「それから自分は都井の宮浦に上陸して、牧の野馬を見に岬の鼻まで行った。高鍋藩の経営した、これもいたって古い海の牧場で、いわゆる福島馬の故郷である。今や馬種の改良が盛んに行われている。御崎社内の野生ソテツとともに、「この山の猪捕るべからず」の制札をもって、天然記念物の野猪は保存せられているが、人作の福島馬のみはえらい虐待で、牡はことごとく二歳になる前に、牧から追われて試情馬などの浅ましい生活を送っており、これに代って異国の種馬が、来たって極端の幸福を味わっている。・・・・・・・・」と書かれています。

旅の豆知識「日本の道100選」

2019年11月11日 | 旅の豆知識
 旅行先で、いろいろな道を通ることも多いと思いますが、なにげなく歩いていたり、車で通ったら、とても印象に残る道があった。そういうことがありませんでしたか。松並木の並ぶ街道だったり、古い町並みの続く小径だったり、田舎ののんびりとした田んぼ道だったり、また、市街地に整備された近代的な道路だったり‥‥‥。
 石の道標や常夜灯、古ぼけた松や杉の大木、道端の道祖神などにほのぼのとしたものを感じたり、市街地の整然とした並木や遊歩道に心を癒されたり、そういう様々な道を通ってみると、旅人の思いを彷彿とさせることができる時があります。
 そのような中で、1986年(昭和61)に8月10日を「道の日」に制定したのを記念して、1986年度および1987年度に、建設省(現在の国土交通省)が「日本の道100選」として104本の道路が選定しました。それらの道には、顕彰プレートがどこかに設置されていますので、旅先で見つけて記念撮影するのもよいと思います。

〇「日本の道100選」とは?

 建設省(現在の国土交通省)が1986年(昭和61)に8月10日を道の日に制定したのを記念して、1986年度および1987年度に選定した104本の道路です。日本の特色ある優れた道路を選定・顕彰することによって、道路の意義・重要性に対する国民の関心と道路愛護の精神を高めることを目的に、2年に分けて選定されました。選定にあたっては、各年度、各都道府県がそれぞれ3本の道路を推薦し、その中から「道の日」実行委員会および有識者からなる「日本の道100選」選定委員会によって行われています。1986年度は、①歴史を語る、ぜひ永く守っていきたい道路(歴史性) 、②地域の内外から親しまれ愛されている道路(親愛性)を基準に53本の道路が選定され、1987年度には、①優れた環境のもとで美しい景観を持つ道路(美観性)、 ②周辺環境と調和し、機能と活力にあふれた道路(機動性)を基準に51本の道が選定され、合わせて104本となりました。各年度ともに、各都道府県から一本は選定されるように配慮されています。選定された道路は、各年の「道の日」に建設大臣から顕彰されるとともに、日本を代表するグラフィックデザイナー・亀倉雄策がデザインした顕彰プレートが選定道路の存在する都道府県に対して交付され、その道に設置されています。

☆「日本の道100選」のお勧め

(1)武家屋敷通り(秋田県仙北市)

 東北地方の北部にあり、みちのくの小京都と呼ばれる角館の武家屋敷街にある道です。江戸時代に秋田藩の支藩がおかれたところで、武家屋敷が残り、城下町の風情が色濃く残っていて、1976年(昭和51)に、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。武家屋敷通り沿いには、古い武家屋敷が並び、黒板塀や茅葺き屋根などに情緒があり、石黒家(市指定史跡)、青柳家(県指定史跡)、松本家(県指定有形文化財)、岩橋家(県指定史跡)、河原田家(市指定史跡)、小田野家(市指定史跡)などが並んでいます。春には、古木のしだれ桜が満開となり、すばらしい桜のトンネルが出現し、とても情緒があるのです。

(2)日光街道・例幣使街道・会津西街道の日光杉並木(栃木県日光市)

 五街道の一つ日光街道と例幣使街道、会津西街道の旧日光神領内(栃木県日光市周辺)にあたる部分、総延長35.41kmにおよぶ杉並木のことです。樹齢300年にもおよぶ杉の巨木が街道の両側にびっしりと並び、昼間でも暗くなるような独特の空間を創出しました。江戸時代前期の徳川家康・秀忠・家光の3代に仕えた松平正綱が、日光東照宮創建とその遷宮記念に植樹したのが最初とされています。その後、3代将軍家光による日光東照宮大改修前後の1625年(寛永2)頃から約20年間に、熊野山の杉苗を植樹して日光東照宮に寄進しました。それを記念して、松平正綱の嫡男・正信が建立した杉並木寄進碑が4ヶ所に建てられています。これらは、1922年(大正11)に「日光杉並木街道 附 並木寄進碑」として国の史跡・天然記念物になり、さらに、1952年(昭和27)には、国の特別史跡、1954年(昭和29)には、特別天然記念物に指定されました。また、1996年(平成8)に「歴史の道百選」にも選定されています。尚、日光街道の最後のところで、日光山内への入口となる、大谷川に架かるのが神橋で、国の重要文化財に指定されています。

(3)天城路(静岡県河津町ほか)

 ノーベル文学賞作家川端康成の名作『伊豆の踊子』の文中で踊子が越えていった道です。現在でも主要なルートが保存され、当時と同じトンネルが残り、通り抜けることが出来、文学の世界を彷彿とさせる道となっています。このトンネルは、1904年(明治37)、工期13年を費やして竣工した全長445.5m、幅4.1m、有効高3.15mの石造りのトンネルでした。天城峠付近の標高約710m地点に穿たれていて、2001年(平成13)4月20日、国の重要文化財に指定されています。1970年(昭和45)に、下を走る国道414号線の新天城トンネルが開通するまでは、天城越えの主要交通路だったのです。今も、未舗装の曲がりくねった旧道が残され、旅の旅情をかき立ててくれます。

(4)三方五湖周遊道路(福井県若狭町)

 三方五湖は、若狭湾とつながっている海水湖の久々子湖、日向湖、そして汽水湖の菅湖、水月湖、三方湖の5つの総称で、それぞれ水質や水深が違っています。そのために四季折々に湖面が五色の彩りを持ち、その変化を味わうことができ、別名五色の湖と呼ばれています。三方五湖周遊道路(レインボーライン)はそれらを巡っていて、展望台などの上から眺めるとその美しさを堪能できます。また、遊覧船で湖面から見たるのもすばらしいものです。

(5)塩見縄手 - 塩見家栄進の記念道(島根県松江市)

 塩見縄手は、松江城北側の中濠沿いで、茶室「明々庵」から「小泉八雲旧居」までの約500mの通りのことです。この辺り、江戸時代には二百石から六百石ほどの松江藩中級武士たちの家中屋敷が並んでいました。なかでも、この武家屋敷街の中ほどに一時居住していた塩見小兵衛が、のちに異例の栄進をして藩の中老にまでなったため、それをたたえてこの通りの名前になったとのことです。ちなみに、「縄手」とは細く延びる一本道のことだそうです。この塩見縄手地区は、1973年(昭和48)に松江市伝統美観保存地区に指定されてもいます。松江城下でも最も雰囲気のあるところで、中濠沿いの老松ともよくマッチして、江戸時代の風情が感じられます。

(6)天草パールライン(熊本県上天草市ほか)

 熊本県宇土半島先端の三角から、天草諸島の大矢野島、永浦島、池島、前島を経て天草上島までを結ぶ5つの橋(天門橋、大矢野橋、中の橋、前島橋、松島橋)を通る道のことです。日本道路公団によって建設され、昭和時代後期の1966年(昭和41)に開通し、パールラインと呼ばれていました。国道266号の一部をなし、現在の宇城市から上天草市にかけての約12kmの連絡道路となっていますが、開通当初は有料道路で、30年で償還する予定だったものの、わずか9年で通行無料になります。1935年(昭和10)に、天草架橋構想が熊本県議会に提案されて以降、27年にして、1962年(昭和37)に、日本道路公団によって起工されたものでした。各橋はそれぞれ周囲の自然環境と技術上の条件を考慮して選ばれた構造形式を採用し、当時の日本橋梁技術の粋を集めたものです。そして、3年の工期を経て完成し、熊本県民の悲願がかなうことになりました。周辺は、雲仙天草国立公園の指定を受ける風光明媚なところで、この完成によって、長崎、雲仙と阿蘇、別府とを結ぶ国際観光ルートとして注目され、多くの観光客を呼び込むことになります。

☆日本の道100選一覧

1.札幌大通(北海道札幌市) - 札幌の道路公園(1987年度選定)
2.大三坂通(北海道函館市) - 函館のエキゾチックな坂道(1987年度選定)
3.赤松並木(北海道七飯町) - 赤松並木の道(1986年度選定)
4.二十間道路(北海道新ひだか町) - 二十間道路桜並木(1986年度選定)
5.こみせ(青森県黒石市) - 「こみせ」の町並み(1987年度選定)
6.官庁街通り(青森県十和田市) - 桜と赤松並木のコミュニケーションロード(1986年度選定)
7.一関市道金沢線・岩が崎線(岩手県一関市) - 芭蕉行脚の道(1986年度選定)
8.寺町通り(岩手県盛岡市) - 現代と調和する歴史的道(1987年度選定)
9.定禅寺通り(宮城県仙台市) - 杜の都のケヤキ並木(1987年度選定)
10.仙台西道路(宮城県仙台市) - 都市近郊型幹線道路(1987年度選定)
11.七ヶ宿街道(宮城県白石市) - 奥羽一三藩参勤交代の道(1986年度選定)
12.広小路(秋田県秋田市) - やすらぎのシンボル道路(1987年度選定)
13.武家屋敷通り(秋田県仙北市) - みちのくの小京都(1986年度選定)
14.ひな市通り(山形県河北町) - ひな市でしのぶ往時の賑わい(1986年度選定)
15.月山花笠ライン(山形県西川町ほか) - 山形を代表する景勝道路(1987年度選定)
16.磐梯吾妻スカイライン(福島県福島市) - 吾妻八景を望む道(1987年度選定)
17.旧奥州街道(福島県二本松市) - 霞ケ城と菊人形の道(1986年度選定)
18.学園東大通り(茨城県つくば市) - 筑波研究学園都市の大動脈(1986年年度選定)
19.つくば道(茨城県つくば市) - 筑波山への信仰の道(1987年度選定)
20.いろは坂(栃木県日光市) - 四十八のカーブ(1987年度選定)
21.日光街道・例幣使街道・会津西街道(栃木県日光市) - 日光杉並木(1986年年度選定)
22.旧中山道(群馬県安中市) - 「江戸」の情調、碓氷峠(1986年度選定)
23.ハナミズキ通り(群馬県大泉町) - 工業都市の自然と緑の散歩道(1987年度選定)
24.日光街道(埼玉県草加市) - 松並木の遊歩道(1987年度選定)
25.国道140号(埼玉県秩父市) - 秩父往還道(1986年度選定)
26.房総フラワーライン(千葉県館山市) - 四季の草花とマラソンの道(1986年度選定)
27.常盤平さくら通り(千葉県松戸市) - 桜花のトンネル通り(1987年度選定)
28.内堀通り(東京都千代田区) - 城郭と高層ビルの道(1986年度選定)
29.中央通り(東京都中央区) - 明治近代化のシンボル・銀座の道(1986年度選定)
30.新宿副都心街路(東京都新宿区) - 首都東京の新しい顔(1987年度選定)
31.湾岸道路(東京都江東区ほか) - 「未来」を走る虹の道(1987年度選定)
32.山下公園通り・山手本通り(神奈川県横浜市) - 港町ヨコハマのエキゾチックな道(1987年度選定)
33.若宮大路(神奈川県鎌倉市) - 鎌倉幕府の遺跡(1986年度選定)
34.甲州街道(山梨県北杜市) - 宿場街・台ヶ原宿のたたずまい(1986年度選定)
35.富士スバルライン・河口湖大橋(山梨県富士河口湖町ほか) - 雄大な富士の道(1987年度選定)
36.並木通り(長野県飯田市) - リンゴの実が輝く道(1986年度選定)
37.北国街道(長野県東御市) - 歴史かおる街・海野宿(1986年度選定)
38.白馬山麓線(長野県白馬村) - 「白馬連峰」の山岳美を望む道(1987年度選定)
39.国道148号(新潟県糸魚川市) - 豪雪・雪崩地帯を貫く道(1987年度選定)
40.天険親不知線(新潟県糸魚川市) - 親不知・子不知の道(1986年度選定)
41.八尾町道諏訪町本通り線[注釈 1](富山県富山市) - 雪流しの道(1986年度選定)
42.国道304号(富山県南砺市) - 五箇山トンネル(1987年度選定)
43.百間堀通り・百万石通り(石川県金沢市) - 兼六園を取り巻く道(1986年度選定)
44.能登有料道路[注釈 2](石川県穴水町・金沢市ほか) - 日本海を望む風光明媚な快適路(1987年度選定)
45.板取街道(岐阜県関市)(別名:アジサイロード) - フラワーロード(1986年度選定)
46.木曽三川パークウェイ(岐阜県海津市) - 木曽三川を渡る三橋(1987年度選定)
47.富士山スカイライン(静岡県富士宮市ほか) - 大自然を貫く道(1987年度選定)
48.天城路(静岡県河津町ほか) - 自然と文学の道(1986年度選定)
49.久屋大通(愛知県名古屋市) - 名古屋のシンボルロード(1986年度選定)
50.渥美サイクリングロード(愛知県田原市ほか) - 史跡と伝説の中のサイクリングロード(1987年度選定)
51.旧東海道(三重県亀山市) - 東海道の宿場町・関宿(昭和61年度選定)
52.国道260号賢島?長島線(三重県賢島 - 長島)(三重県志摩市・英虞湾周回 - 紀北町) - 「真珠の海」を一望する道(1987年度選定)
53.中宮平泉寺参道(福井県勝山市) - 中宮平泉寺参道(1986年度選定)
54.三方五湖周遊道路(福井県若狭町) - 五色の湖をめぐる道(1987年度選定)
55.唐橋(滋賀県大津市) - 歴史をきざむ日本の名橋(1986年度選定)
56.琵琶湖岸道路(滋賀県草津市ほか) - さざなみきらめく湖周の道(1987年度選定)
57.哲学の道(京都府京都市) - 哲学の道(1986年度選定)
58.天の橋立線(京都府宮津市) - 名勝天橋立の道(1987年度選定)
59.御堂筋(大阪府大阪市) - 緑と散策の大通り(1987年度選定)
60.フェニックス通り(大阪府堺市) - 不死鳥の道(1986年度選定)
61.寺内町(大阪府富田林市) - 近世の自治都市(1986年度選定)
62.大手前通り(兵庫県姫路市) - 城下町のシンボルロード(1986年度選定)
63.橘通り(兵庫県尼崎市) - 愛される都市の顔(1987年度選定)
64.神戸淡路鳴門自動車道(兵庫県南あわじ市) - 景勝・渦潮を越えて 大鳴門橋(1987年度選定)
65.暗越奈良街道(奈良県奈良市ほか) - 平城京の道(1986年度選定)
66.畝傍御陵前停車場四条線・橿原神宮公苑線(奈良県橿原市) - 畝傍山山麓の市民の集いの場(1987年度選定)
67.高野山道路(和歌山県高野町ほか) - 霊場高野山への道(1987年度選定)
68.那智勝浦町大門坂線(和歌山県那智勝浦町) - 熊野参詣道大門坂の杉並木(1986年度選定)
69.若桜街道・本通り(鳥取県鳥取市) - しゃんしゃん傘踊りの道(1986年度選定)
70.大山道路(鳥取県大山町) - 大山探勝のメインルート(1987年度選定)
71.塩見縄手(島根県松江市) - 塩見家栄進の記念道(1986年度選定)
72.みゆきの道(島根県出雲市) - みゆきの道(1987年度選定)
73.高梁市道本町楢井線・下町薬師院線(岡山県高梁市) - 紺屋川を挟む道(1987年度選定)
74.吉備路自転車道(岡山県岡山市ほか) - 史跡を走るサイクリングロード(1986年度選定)
75.平和大通り(広島県広島市) - 平和への道(1986年度選定)
76.美術館通り(広島県呉市) - 芸術と歴史の道(1987年度選定)
77.パークロード(山口県山口市) - 文化ゾーンを貫く道(1987年年度選定)
78.菊屋横丁(山口県萩市) - 萩藩御用達の商家通り(1986年度選定)
79.吉野川バイパス(徳島県徳島市) - 地域開発の主役道路(1987年度選定)
80.うだつの町並み(徳島県美馬市) - 「うだつ」土蔵造りの町並み(1986年度選定)
81.中央通り(香川県高松市) - 高松市のシンボルゾーン(1986年度選定)
82.ブルーライン(香川県小豆島町) - 小豆島・寒霞渓へ向かう道(1987年度選定)
83.八日市道路(愛媛県内子町) - 旅情をかきたてる「市」の道(1986年度選定)
84.南レク街路(愛媛県宇和島市) - リゾート地へのアクセス道路(1987年度選定)
85.追手筋(高知県高知市) - 「市」と祭りの道(1986年度選定)
86.足摺サニーロード(高知県土佐清水市ほか) - 黒潮の道(1987年度選定)
87.国道197号(高知県檮原町ほか) - 土佐勤王の志士脱藩の道(1986年度選定)
88.東西軸トランジットモール(福岡県福岡市) - 官庁街・オフィス街を走るモール(1987年度選定)
89.槻田あおぞら通り(福岡県北九州市) - 地域住民に守られるコミュニティ道路(1986年度選定)
90.水辺の散歩道(福岡県柳川市) - 水辺の散歩道(1986年度選定)
91.県道虹の松原線(佐賀県唐津市ほか) - 歴史ロマンの虹のトンネル(1987年度選定)
92.県道大木有田線(佐賀県有田町) - 陶磁の道(1986年度選定)
93.オランダ坂(長崎県長崎市) - 異国情緒を伝える石畳(1986年度選定)
94.国道384号(長崎県五島市ほか) - 五島を支える循環道路(1987年度選定)
95.大津街道(熊本県菊陽町ほか) - 歴史を語る杉並木(1986年度選定)
96.天草パールライン(熊本県上天草市ほか) - 明日に架ける天草五橋(1987年度選定)
97.佐伯市道山際線(大分県佐伯市) - 歴史と文学のみち(1986年度選定)
98.北滝ロマン道路(大分県竹田市) - 阿蘇を眺望する高原の道(1987年度選定)
99.日南フェニックスロード(宮崎県宮崎市) - ハネムーン街道(1986年度選定)
100.橘公園通り(宮崎県宮崎市) - フェニックスの並木道(1987年度選定)
101.武家屋敷通り(鹿児島県南九州市) - 一新された武家屋敷通り(1986年度選定)
102.国道223号(鹿児島県霧島市) - 神域霧島の観光道路(1987年度選定)
103.那覇市道金城2号(沖縄県那覇市) - 古都首里の石畳道(1987年度選定)
104.県道黒島港線(沖縄県竹富町黒島) - 南海の島の景観道(1986年度選定)

(出典:『日本の道100選』〈新版〉2002年、ぎょうせい)

旅の豆知識「ダム湖百選」

2018年06月05日 | 旅の豆知識
 旅行先で、ダムやダム湖に立ち寄ることも少なくないかと思います。秋の紅葉、初夏の新緑、春の桜、冬の雪化粧など四季折々に、風情を感じ、湖上遊覧なども楽しめたり....。
 また、ダムそのものにも、きれいな弧を描くアーチ式、どっしりとした重力式、周辺の石材で固められたロックフィル式などそれぞれの構造美を感じられたりもします。しかし、その一方で水没を余儀なくされ、故郷を離れていった人々のことも忘れることができません。ダムサイトに水没した集落の暮らしぶりを展示する資料館などもあったりして、興味深いのです。
 ダムやダム湖を訪れたならば、自然の美しさとともに、そこにあった人々の歴史にも目を向けてみたいと思うのですが.....。
 そんな中で、「ダム湖百選」というのが、選定されていますので、ダムやダム湖巡りの時の参考にしてみてはいかがでしょうか。
 
〇ダム湖百選とは?

 2005年(平成17)3月16日に、財団法人ダム水源地環境整備センター(現在の一般財団法人水源地環境センター)が選定した65のダム湖のことです。地域に親しまれ、地域にとってかけがえのないダム湖を選定、顕彰することによって、より一層地域に親しまれ、地域の活性化に役立つことを願って認定されたもので、学識経験者によるダム湖百選選定委員会を設立し、市町村長から応募があった165のダム湖(砂防、治山、鉱滓ダムを除く、高さ15m以上のダム)より選ばれました。選定基準は、(1)好ましい景観、(2)生態系への配慮、(3)歴史的な価値、(4)人と自然とのふれあい、(5)上下流の交流、(6)学習の場としての利用、(7)地域の人々の関心などとなっています。今後、ダム湖百選に関心が高まり、さらに認定の要望があれば時期をみて再募集し、追加していくこととされました。

☆「ダム湖百選」の中のお勧め

(1) 定山湖・豊平峡ダム(北海道札幌市南区)
 石狩川水系豊平川の上流部に建設された多目的(上水道、洪水調節、発電、灌漑)のアーチ式コンクリートダムです。堤高102.5m、堤頂長305.0m、堤体積285,000m³、流域面積184.0km²、湛水面積150.0ha、総貯水容量47,100,000m³、有効貯水容量37,100,000m³あり、この水を利用して、豊平峡発電所(認可出力51,900kW)で発電を行ってきました。このダムは、1965年(昭和40)より建設が開始され、7年の歳月を掛け1972年(昭和47)に完成しましたが、定山渓ダム(小樽内川)と共に豊平川ダム統合管理事務所によって運用されています。ダム湖は、定山湖(じょうざんこ)と命名され、支笏洞爺国立公園内にあり、湖と緑が織りなす雄大な自然の景観美あふれる、札幌有数のレジャー・スポットで、秋の紅葉が特に有名となり、多くの観光客が訪れてきました。ダム周辺には、遊歩道、展望台、レストハウス等が整備されているほか、学習施設「豊平峡ダムミュージアム」があります。尚、環境保護のために一般車両はダムサイトへ至る道路の通行ができず、豊平峡入り口にある駐車場に車を停め、ハイブリッド電気バスに乗り換えて行くこととなりました。

(2) 銀山湖(奥只見湖)・奥只見ダム(福島県南会津郡桧枝岐村・新潟県魚沼市)
 阿賀野川水系只見川の上流部に建設された発電用の重力式コンクリートダムです。堤高157.0m(重力式ダム日本一)、堤頂長480.0m、堤体積1,636,000m³、流域面積595.1km²、湛水面積1,150.0ha、総貯水容量601,000,000m³(日本第2位)、有効貯水容量458,000,000m³あり、この水を利用して、奥只見発電所(認可出力560,000kW)で発電を行ってきました。このダムは、1954年(昭和29)に工事を始めましたが、豪雪地帯であることと右岸側の岩盤に風化しやすいシルト岩や蛇紋岩があったことなどによって困難が多く、7年の歳月が掛かり、1961年(昭和36)にダムと発電所が完成します。これによって、江戸時代銀鉱採掘で栄えた銀山平の集落(現・新潟県魚沼市)はほとんど水没しました。越後三山只見国定公園内に位置し、ダム工事の資材輸送路として作られた道路とトンネルは、奥只見シルバーラインとよばれる観光道路となり、春から秋にかけては湖上遊覧船が就航して、多くの観光客が訪れます。

(3) 奥多摩湖・小河内ダム(東京都西多摩郡奥多摩町)
 多摩川上流にある、多目的(上水道、洪水調節、発電、灌漑)の重力式コンクリートダムです。大正時代の1926年(大正15)に、ダム建設候補地として調査が開始され、1932年(昭和7)に認可申請されました。1936年(昭和11)に事業認可され、1938年(昭和13)に着工、太平洋戦争による中断をはさみ、19年の歳月をかけて、1957年(昭和32)11月26日に完成しました。高さ149m、基底幅131m、堤頂長 353m、頂標高は約530m、有効貯水量約1億9千万m3あり、下流4ヵ所に7万kWの発電所があります。この建設には、約200億円の経費がかかり、工事中に87名が犠牲となり、総数945世帯が移転を余儀なくされました。水没した旧小河内村は、石川達三の1937年(昭和12)発表の小説『日蔭の村』のモデルとなりました。このダムによってできた奥多摩湖の湖畔には、1万本の桜が植えられて桜の名所となり、ニジマス、ヤマメ、ハヤ釣りでも知られ、四季折々に楽しめる観光地となっています。尚、ダムサイトには「奥多摩 水と緑のふれあい館」という資料館も出来ました。

(4) 黒部湖・黒部ダム(富山県中新川郡立山町)
 富山県東部の黒部川上流に建設された水力発電専用のアーチ式コンクリートダムで、黒四(くろよん)ダムとも呼ばれてきました。アーチ式では日本最大、世界でも有数のもので、堤高186.0m(日本一)、堤長492m、体積157.5万立方m、有効貯水量1億4,880万立方mあります。ダムの約10km下流の地下150mにある黒部川第4発電所は、落差576m、最大水量毎秒72トン、最大出力33.5万kWの発電能力を有してきました。関西電力が昭和時代中期の1956年(昭和31)7月に着工し、513億円もの巨費を投じて建設され、延べ1,000万人を超える作業者が建設に従事(殉職者は171名)する難工事でしたが、1963年(昭和38)に竣工して、6月5日に完工式が行われます。ダム完成後は、ダム建設資材を運搬した大町~扇沢間の道路と扇沢~黒部ダム駅間の関電トンネルは観光目的に転用され、1971年(昭和46)に、信濃大町-扇沢-黒部ダム-黒部平-大観峰-室堂-美女平-立山-富山をトロリーバス、ロープウェイ、ケーブルカー、バス、電車で結ぶ、立山黒部アルペンルートとして、人気の観光地となりました。また、ダムサイトの左岸に黒部湖遊覧船の船着き場があり、夏季には遊覧船が運航し、ダム近くに展望台があります。尚、1968年(昭和43)には、この難工事を描いた映画『黒部の太陽』(主演:三船敏郎、石原裕次郎)が公開され、大ヒットして有名となりました。

(5) 佐久間湖・佐久間ダム(静岡県静岡県浜松市天竜区佐久間町・愛知県北設楽郡豊根村)
 天竜川中流にある発電用を主とする重力式コンクリートダムです。太平洋戦争後の急増する電力需要に対応するため、1952年(昭和27)の「電源開発促進法」で成立した電源開発会社が最初に行なったダム工事でした。1953年(昭和28)に着工し、アメリカから大型建設機械および施工技術を導入した工法によって、わずか3年後の1956年(昭和31)に竣工し、10月15日に完成式が行われましたが、ダム工法を革新した画期的な事業とされています。堤高155.5m(当時日本一、現在でも第9位)、堤頂長293.5m、堤体積112万m3、総貯水量3.3億m3(日本第8位)、有効貯水量2億544万4千万m3、湖水面積7.15平方kmで、上流端は約33km上流の長野県下伊那郡天竜村平岡に達します。所属の佐久間発電所の最大出力は35万kW、50Hzと60Hzの周波数調整器があり、関東・関西両地域に送電できるのが大きな特徴でした。しかし、このダム工事のための事故死者は96名に上り、建設にあたって248世帯が水没し、飯田線の付替え工事も行われています。副次的に豊川用水の水源にもなり、2004年(平成16)から国土交通省によって、洪水調節目的を付加して多目的ダムとするダム再開発事業が進められてきました。ダムによって形成された人造湖は佐久間湖と命名され、周辺にはサクラとツツジが植えられて名所となり、新緑や紅葉も美しく、1969年(昭和44)には、天竜奥三河国定公園の一部として指定されました。尚、ダム堰堤東岸には「佐久間電力館」がありましたが、1997年(平成7)に「さくま電力舘」(入場無料)としてリニューアルオープンし、佐久間ダムの歴史や電気の科学を学ぶことができるようになりました。

(6) 恵那峡・大井ダム(岐阜県恵那市)
 木曽川中流にある、発電用の重力式コンクリートダムです。福沢諭吉の養子で、電力王と呼ばれた福沢桃介が手がけ、日本初のダム式発電の施設とてして、大正時代の1924年(大正13)に竣工しました。高さは53.4mで、その上流は12kmにおよぶダム湖となり、総貯水量は2,940万立方m、ダムに付設する大井発電所が48,000kW、1983年(昭和58)に直下流に増設された新大井発電所が32,000kWで両方合わせて、8万kWの認可出力があります。このダムによって誕生した人造湖は、地理学者の志賀重昴によって恵那峡と命名され、両岸は花崗岩質の岩石で,奇岩怪石が点在し、遊覧船で巡ることができるようになりました。サクラ、ツツジ、紅葉の名所として知られる観光地となり、恵那峡県立自然公園に属しています。また、2007年(平成19)には、経済産業省から大井ダムが「近代化産業遺産」にも認定されました。尚、土木学会により近代土木遺産にも選定されています。

☆「ダム湖百選」一覧(65ヶ所)

1 富里湖・富里ダム(北海道北見市―仁頃川)富里湖森林公園
2 聖台ダム公園・聖台ダム(北海道上川郡美瑛町―宇英別川) 土木学会選奨土木遺産、かおり風景100選
3 かなやま湖・金山ダム(北海道空知郡南富良野町―空知川)富良野芦別道立自然公園、かおり風景100選
4 定山湖・豊平峡ダム(北海道札幌市南区―豊平川)支笏洞爺国立公園、水源の森百選
5 笹流貯水池・笹流ダム(北海道函館市―笹流川)土木学会選奨土木遺産、日本初のバットレスダム
6 かわうち湖・川内ダム(青森県むつ市―川内川)本州最北のダム湖
7 岩洞湖・岩洞ダム(岩手県盛岡市―丹藤川)外山早坂高原県立自然公園
8 御所湖・御所ダム(岩手県盛岡市―雫石川)岩手県立御所湖広域公園
9 田瀬湖・田瀬ダム(岩手県花巻市・遠野市―猿ヶ石川)
10 錦秋湖・湯田ダム(岩手県和賀郡西和賀町―和賀川)湯田温泉峡県立自然公園
11 七ッ森湖・南川ダム(宮城県黒川郡大和町―南川)七ツ森湖畔公園
12 あさひな湖・宮床ダム(宮城県黒川郡大和町―宮床川)
13 釜房湖・釜房ダム(宮城県柴田郡川崎町―碁石川)国営みちのく杜の湖畔公園、湖沼水質保全特別措置法指定
14 七ヶ宿湖・七ヶ宿ダム(宮城県刈田郡七ヶ宿町―白石川)七ヶ宿ダム自然休養公園
15 宝仙湖・玉川ダム(秋田県仙北市―玉川)
16 月山湖・寒河江ダム(山形県西村山郡西川町―寒河江川)
17 羽鳥湖・羽鳥ダム(福島県岩瀬郡天栄村―鶴沼川)
18 田子倉湖・田子倉ダム(福島県南会津郡只見町―只見川)越後三山只見国定公園
19 銀山湖(奥只見湖)・奥只見ダム(福島県南会津郡桧枝岐村・新潟県魚沼市―只見川)越後三山只見国定公園
20 奥利根湖・矢木沢ダム(群馬県利根郡みなかみ町―利根川)利根川水系8ダム
21 ならまた湖・奈良俣ダム(群馬県利根郡みなかみ町―楢俣川)利根川水系8ダム
22 野反湖・野反ダム(群馬県吾妻郡中之条町―中津川)上信越高原国立公園
23 赤谷湖・相俣ダム(群馬県利根郡みなかみ町―赤谷川)利根川水系8ダム
24 草木湖・草木ダム(群馬県みどり市―渡良瀬川)利根川水系8ダム
25 神流湖・下久保ダム(群馬県藤岡市・多野郡神流町・埼玉県秩父市・児玉郡神川町―神流川)利根川水系8ダム
26 狭山湖・山口ダム(埼玉県所沢市・埼玉県入間市―柳瀬川)埼玉県立狭山自然公園
27 多摩湖・村山ダム(東京都東大和市―空堀川)東京都立狭山自然公園
28 奥多摩湖・小河内ダム(東京都西多摩郡奥多摩町・山梨県北都留郡丹波山村―多摩川)東京都立奥多摩湖畔公園
29 宮ヶ瀬湖・宮ヶ瀬ダム(神奈川県相模原市・愛甲郡愛川町・愛甲郡清川村―中津川)神奈川県立あいかわ公園
30 丹沢湖・三保ダム(神奈川県足柄上郡山北町―河内川)丹沢大山国定公園
31 黒部湖・黒部ダム(富山県中新川郡立山町―黒部川)中部山岳国立公園
32 有峰湖・有峰ダム(富山県富山市―和田川)有峰県立自然公園
33 高瀬ダム調整湖・高瀬ダム(長野県大町市―高瀬川)中部山岳国立公園
34 奥木曽湖・味噌川ダム(長野県木曽郡木祖村―木曽川)
35 高遠湖・高遠ダム(長野県伊那市―天竜川)三峰川水系県立自然公園
36 美和湖・美和ダム(長野県伊那市―天竜川)
37 恵那峡・大井ダム(岐阜県恵那市・中津川市―木曽川)飛騨木曽川国定公園
38 阿木川湖・阿木川ダム(岐阜県恵那市―阿木川)
39 佐久間湖・佐久間ダム(静岡県浜松市天竜区・愛知県北設楽郡豊根村・長野県下伊那郡天龍村―天竜川)天竜奥三河国定公園
40 三河湖・羽布ダム(愛知県豊田市―巴川)愛知高原国定公園
41 永源寺湖・永源寺ダム(滋賀県東近江市―愛知川)
42 虹の湖・大野ダム(京都府南丹市―由良川)京都丹波高原国定公園、美山大野ダム公園
43 天若湖・日吉ダム(京都府南丹市―桂川)京都丹波高原国定公園
44 知明湖・一庫ダム(兵庫県川西市―一庫大路次川)猪名川渓谷県立自然公園、兵庫県立一庫公園
45 布引貯水池・布引五本松ダム(兵庫県神戸市中央区―生田川)重要文化財・近代水道百選
46 池原貯水池・池原ダム(奈良県吉野郡下北山村―北山川)野熊野国立公園
47 椿山ダム湖・椿山ダム(和歌山県日高郡日高川町―日高川)
48 神竜湖・帝釈川ダム(広島県比婆郡神石高原町・庄原市―帝釈川)比婆道後帝釈国定公園
49 八千代湖・土師ダム(広島県安芸高田市―江の川)
50 龍姫湖・温井ダム(広島県山県郡安芸太田町―滝山川)
51 本庄貯水池・本庄ダム(広島県呉市―二河川)水道施設関係が重要文化財
52 弥栄湖・弥栄ダム(広島県大竹市・山口県岩国市―小瀬川)
53 小野湖・厚東川ダム(山口県宇部市―厚東川)
54 満濃池・満濃池ダム(香川県仲多度郡まんのう町―金倉川)ため池百選・登録有形文化財、国営讃岐まんのう公園
55 朝霧湖・野村ダム(愛媛県西予市―肱川)
56 さめうら湖・早明浦ダム(高知県長岡郡本山町・土佐郡土佐町―吉野川)
57 上秋月湖・江川ダム(福岡県朝倉市―小石原川)
58 美奈宜湖・寺内ダム(福岡県朝倉市―佐田川)
59 鷹島海中ダム湖・鷹島ダム(長崎県松浦市―浦田比水路・湾)日本唯一の海中ダム
60 北川ダム湖・北川ダム(大分県佐伯市―北川 大分県
61 日向椎葉湖・上椎葉ダム(宮崎県東臼杵郡椎葉村―耳川)九州中央山地国定公園、小説家吉川英治命名
62 大鶴湖・鶴田ダム(鹿児島県薩摩郡さつま町・伊佐市―川内川)
63 福上湖・福地ダム(沖縄県国頭郡東村―福地川)
64 かんな湖・漢那ダム(沖縄県国頭郡宜野座村―漢那福地川)
65 倉敷湖・倉敷ダム(沖縄県沖縄市―与那原川)

旅の豆知識「新日本観光地百選」

2018年04月22日 | 旅の豆知識
 昔からある景勝地を訪ねてみると、「日本百景」(1927年選定)などと共に、「観光地百選」選定と書かれた、看板やパンフレットを目にすることがあります。こちらの方は、太平洋戦争後の1950年(昭和25)に毎日新聞社が主催して、選定された観光地です。その後、他の新聞社や雑誌社でも同様の企画がいくつか行われましたので、現在では、区別するために「新日本観光地百選」と呼ばれることが多いようです。この企画は、郵政省や国鉄ともタイアップして、選定された各部門の1位の観光地が、「観光地百選切手」(1950~53年発行・全20種)となって発売されたり、国鉄が十月中旬の観光週間に10ヶ所それぞれを目的地とした特別周遊券を発行したりしたので有名となりました。
 現在でもそれらの観光地に行くと記念碑が立っていたり、ガイドブックやパンフレットに掲載されたりしていて、観光地宣伝に一役買っているところもあります。そんなことも頭に入れながら、「新日本観光地百選」の観光地を巡ってみるのも面白いかと思います。
 
〇新日本観光地百選(しんにほんかんこうちひゃくせん)とは?

 昭和時代中期の1950年(昭和25)に毎日新聞社が主催、運輸省観光部、文部省文化財保護課、厚生省国立公園部、国鉄、GHQ経済科学局が後援して選定された日本の観光地百選です。10のカテゴリー(山岳、平原、温泉、瀑布、海岸、河川、都邑、湖沼、渓谷、建造物)にわけ、それぞれ1位から10位まで選出しました。
 1950年(昭和25年)7月30日に、日本観光地百選事業を毎日新聞が社告、葉書による一般投票で募集(9月15日に締め切り)、10月11日に投票数の多い順に決定し、発表されましたが、各観光地の関係者が競って応募したため、応募総数は77,500,854通にも及びます。
 外国人観光客来日による外貨獲得による刺激策として期待されたものでしたが、戦後復興に伴い日本国内での一般観光旅行の再開を促す契機ともなりました。
 各部門の1位である10ヶ所については、郵政省が「観光地百選切手」として、毎回1ヶ所2種類ずつを発行(全20種)し、人気となります。国鉄は十月中旬の観光週間に10ヶ所それぞれを目的地とした特別周遊券を発行、さらに、歌人・俳人10人(斎藤茂吉、吉井勇、荻原井泉水、釈超空、山口誓子、水原秋櫻子など)が1人ずつ各場所にちなむ短歌や俳句を作って紹介しました。また、入選した100ヶ所については記念スタンプをつくって、設置されます。
 尚、11月2日には、11位から15位までで、5万票以上獲得したところ、38ヶ所が準入選地として選定され、観光ルートの設定に考慮されることになりました。
 これらの選定された所では、記念碑の建立や祝賀会、記念行事が催されたり、山岳部門で1位となった「蔵王山」ではこれを機に、その西麓にある山形県南村山郡堀田村は村名を“蔵王村”に改称、同村内の温泉である高湯も“蔵王温泉”に改称されています。

☆「新日本観光地百選」(毎日新聞・1950年)一覧

<海岸> 
1位 和歌浦友ヶ島(和歌山県)------1,406,208票
2位 三陸フィヨルド(岩手県)------1,369,463票
3位 九十九島(長崎県)------------1,324,477票
4位 日南海岸(宮崎県)------------1,211,430票
5位 桜島(鹿児島県)----------------955,717票
6位 渭南海岸(高知県・愛媛県)-------907,606票
7位 唐津松浦潟(佐賀県)------------892,656票
8位 丸亀塩飽諸島(香川県)----------880,870票
9位 鷲羽山(岡山県)----------------830,817票
10位 柏崎福浦八景(新潟県)----------821,821票
隼入 三浦海岸(神奈川県)------------722,875票 
隼入 淡路島(兵庫県)----------------710,414票 
隼入 南知多(愛知県)----------------684,685票 
隼入 伊豆石廊崎(静岡県)------------543,864票 
隼入 太華山連島(山口県)------------506,519票 

<山岳> 
1位 蔵王山(山形県・宮城県)------2,330,676票
2位 達磨山(静岡県)--------------1,074,252票 
3位 霧島山(鹿児島県・宮崎県)------952,798票
4位 乗鞍岳(長野県・岐阜県)---------918,340票
5位 八幡平(岩手県・秋田県)---------606,393票 
6位 英彦山(福岡県)----------------600,652票
7位 両神山(埼玉県)----------------553,197票
8位 鳳来寺山(愛知県)--------------503,476票
9位 伯耆大山(島根県)--------------462,458票
10位 三瓶山(島根県)----------------281,615票
隼入 金剛連山(奈良県・大阪府)-------268,781票 
隼入 吉野山(奈良県)----------------201,031票 
隼入 阿蘇山(熊本県)----------------200,468票 
隼入 磐梯吾妻(福島県)--------------190,425票 
隼入 鳥海山(秋田県・山形県)---------173,823票

<湖沼> 
1位 菅沼・丸沼(群馬県)------------649,861票
2位 富士五湖(山梨県)--------------641,396票
3位 浜名湖(静岡県)----------------518,307票
4位 琵琶湖(滋賀県)----------------442,555票
5位 村山山口貯水池(埼玉県・東京都)-324,395票
6位 大沼(北海道)------------------252,017票
7位 阿寒三湖(北海道)--------------251,193票
8位 相模湖(神奈川県)--------------237,623票
9位 十和田湖(青森県・秋田県)-------234,634票
10位 宍道湖(島根県)----------------195,636票
隼入 一碧湖(静岡県)----------------114,726票 
隼入 榛名湖(群馬県)-----------------93,526票 
隼入 洞爺湖(北海道)-----------------69,038票

<瀑布>
1位 赤目四十八滝(三重県)----------708,145票
2位 袋田滝(茨城県)----------------462,186票
3位 白糸滝(静岡県)----------------435,237票
4位 浄蓮滝(静岡県)----------------218,823票
5位 関の尾滝(宮崎県)--------------185,486票
6位 秋保大滝(宮城県)--------------172,284票
7位 養老滝(岐阜県)----------------168,650票
8位 箕面滝(大阪府)----------------143,367票
9位 黒山三滝(埼玉県)---------------91,853票
10位 奈曽の白滝(秋田県)-------------88,226票
隼入 作木常清滝(広島県)-------------66,883票

<温泉> 
1位 箱根(神奈川県)--------------1,086,596票
2位 白浜(和歌山県)----------------979,680票
3位 別府(大分県)------------------831,480票
4位 飯坂(福島県)------------------772,748票
5位 湯田(山口県)------------------759,408票
6位 芦原(福井県)------------------746,850票
7位 伊香保(群馬県)----------------695,832票
8位 三朝(鳥取県)------------------680,210票
9位 塩原(栃木県)------------------660,764票
10位 熱海(静岡県)------------------653,320票
隼入 吾妻十湯(山形県)--------------583,981票
隼入 伊豆長岡(静岡県)--------------511,483票
隼入 伊東(静岡県)------------------438,028票
隼入 美作三湯(岡山県)--------------400,537票
隼入 上の山(山形県)----------------105,462票

<渓谷> 
1位 昇仙峡(山梨県)--------------1,183,654票
2位 瀞峡(和歌山県・三重県・奈良県)1,069,164票
3位 高千穂峡(宮崎県)--------------864,700票
4位 中津川渓谷(神奈川県)----------557,843票
5位 鬼怒川川治龍王峡(栃木県)------513,895票
6位 耶馬溪(大分県)----------------384,872票
7位 恵那峡(岐阜県)----------------347,680票
8位 鈴鹿湯の山(三重県)------------272,737票
9位 黒部峡(富山県)----------------254,529票
10位 日向神(福岡県)----------------151,294票
隼入 保津峡(京都府)----------------147,435票
隼入 鳴子峡(宮城県)----------------127,001票
隼入 三段峡(広島県)----------------113,347票
隼入 石鎚面河渓(愛媛県)-------------54,197票

<河川> 
1位 宇治川(京都府)----------------984,490票
2位 日本ライン(愛知県)------------775,157票
3位 長良川(岐阜県)----------------620,014票
4位 天竜下り(静岡県)--------------220,043票
5位 球磨川(熊本県)----------------200,927票
6位 阿賀野川ライン(新潟県)--------170,390票
7位 筑後川(福岡県)----------------169,977票
8位 江戸川ライン(東京都)----------167,549票
9位 川内川(鹿児島県)--------------138,816票
10位 庄川峡(富山県)----------------123,654票
隼入 日置川峡(和歌山県)------------104,652票
隼入 西城川(広島県)-----------------95,567票

<平原> 
1位 日本平(静岡県)----------------860,455票
2位 那須高原(栃木県)--------------748,909票
3位 小倉平尾台(福岡県)------------726,501票
4位 富良野芦別平原(北海道)--------548,332票
5位 妙高高原(新潟県)--------------408,366票
6位 秋吉台(山口県)----------------402,051票
7位 日田盆地(大分県)--------------254,628票
8位 野呂山高原(広島県)------------242,503票
9位 浅間高原(群馬県)--------------233,202票
10位 霧ヶ峰高原(長野県)------------224,609票
隼入 富士見台(長野県)--------------188,524票
隼入 大菩薩高原(山梨県)------------175,051票
隼入 志賀高原(長野県)--------------167,699票
隼入 菅平高原(長野県)---------------91,888票

<建造物> 
1位 錦帯橋(山口県)--------------1,238,218票
2位 耕三寺(広島県)--------------1,006,791票
3位 熊本城(熊本県)----------------790,930票
4位 姫路城(兵庫県)----------------729,463票
5位 伊勢神宮(三重県)--------------671,970票
6位 高崎白衣観音(群馬県)----------529,492票
7位 出羽三山神社(山形県)----------464,485票
8位 遊行寺(神奈川県)--------------407,714票
9位 高幡不動尊(東京都)------------386,479票
10位 彦根城(滋賀県)----------------366,240票
隼入 金刀比羅宮(香川県)------------359,593票
隼入 宇佐八幡宮(大分県)------------300,920票
隼入 深大寺(東京都)----------------226,015票
隼入 法隆寺(奈良県)----------------104,884票

<都邑> 
1位 長崎(長崎県)------------------951,048票
2位 秩父(埼玉県)------------------945,618票
3位 尾道(広島県)------------------939,130票
4位 日光(栃木県)------------------846,392票
5位 札幌(北海道)------------------830,677票
6位 鎌倉(神奈川県)----------------765,261票
7位 日本水郷(千葉県・茨城県)-------655,872票
8位 高松(香川県)------------------622,637票
9位 博多(福岡県)------------------590,668票
10位 函館(北海道)------------------573,602票
隼入 網走(北海道)------------------488,645票
隼入 宝塚(兵庫県)------------------355,813票
隼入 弘前(青森県)------------------254,543票
隼入 奈良(奈良県)------------------206,275票
隼入 神戸(兵庫県)------------------171,291票
 ※準入:準入選地(38ヶ所)=11位から15位までで、5万票以上獲得したところ

☆観光地百選切手(毎回1ヶ所2種類ずつ全20種を発行)

・1951年(昭和26)2月15日発行---蔵王山(山岳部門1位)
 「8円切手(ザンゲ坂の樹氷)」、「24円切手(地蔵岳中腹の樹氷)」
・1951年(昭和26)4月2日発行---日本平(平原部門1位)
 「8円切手(茶摘み)」、「24円切手(日本平からの富士)」
・1951年(昭和26)5月25日発行---箱根温泉(温泉部門1位)
 「8円切手(大涌谷)」、「24円切手(芦ノ湖)」
・1951年(昭和26)5月25日発行---赤目四十八滝(瀑布部門1位)
 「8円切手(千手の滝)」、「24円切手(荷担の滝)」
・1951年(昭和26)6月25日発行---和歌浦・友ヶ島(海岸部門1位)
 「8円切手(和歌浦の観海閣)」、「24円切手(友ヶ島の沖の島野奈浦)」
・1951年(昭和26)8月1日発行---宇治川(河川部門1位)
 「8円切手(宇治川ライン)」、「24円切手(宇治橋)」
・1951年(昭和26)9月15日発行---長崎(都邑部門1位)
 「8円切手(大浦天主堂)」、「24円切手(崇福寺竜宮門)」
・1951年(昭和26)10月1日発行---菅沼・丸沼(湖沼部門1位)
 「8円切手(丸沼)」、「24円切手(菅沼)」
・1951年(昭和26)10月15日発行---昇仙峡(渓谷部門1位)
 「8円切手(覚円峰)」、「24円切手(長潭橋)」
・1953年(昭和28)5月3日発行---錦帯橋(建造物部門1位)
 「10円切手(広重の版画)」、「24円切手(錦帯橋)」

旅の豆知識「続日本100名城」

2017年10月27日 | 旅の豆知識
 日本には、かつて多くの城があり、軍事、政治、経済などにいろいろな役目を果たしてきました。その城跡は全国に残り、旅先で訪れることも少なくないと思います。
 近年は、城郭に関する関心が高まり、城ブームといえるような状況もあって、訪問者が増加していいました。そんな中で、財団法人日本城郭協会によって、2006年(平成18)に「日本100名城」が選定され、城めぐりの一助となっていましたが、それに漏れた城郭の中にも、良いところがたくさんあり、「なぜこの城が選定されていないのか?」というような要望も寄せられていたのです。
 そこで、2017年(平成29)4月6日の「城の日」に、同協会から追加の選定が、「続日本100名城」として発表されました。公式ガイドブックの出版やスタンプラリーの実施も予定されていますので、これらを訪れてみるのも良いかと思います。
 
〇「続日本100名城」とは?
 続日本100名城は、財団法人日本城郭協会が2017年(平成29)4月6日の「城の日」に発表したものです。すでに、2006年(平成18)2月13日に、同協会により「日本100名城」が選定されていましたが、それに続くものとして選定を求める声があり、同協会の設立50周年の記念事業の一環として行われました。今回は、協会の会員やファンからの推薦を受けた上で、約500城の候補から、小和田哲男日本城郭協会理事長他5人の専門家が選定を行い、前回100選で史実に即して復元されていないとして落選した城も選定されたのです。「優れた文化財・史跡」「著名な歴史の舞台」「地域・時代の代表」といった点を基準にしつつ、数の制限のために惜しくも「日本100名城」に収録できなかった城郭が選ばれていますが、前回同様、各都道府県に少なくともひとつ以上の城が入るようにされました。尚、「続日本100名城」公式ガイドブックの出版、スタンプラリーの実施が予定されています。

☆「続日本100名城」一覧

<北海道>
101 志苔館(北海道函館市) 国の史跡
102 上ノ国勝山館(北海道檜山郡上ノ国町) 国の史跡

<東北>
103 浪岡城(青森県青森市) 国の史跡
104 九戸城(岩手県二戸市) 国の史跡
105 白石城(宮城県白石市)
106 脇本城(秋田県男鹿市) 国の史跡
107 秋田城(秋田県秋田市) 国の史跡
108 鶴ヶ岡城(山形県鶴岡市) 国の史跡、日本さくら名所100選
109 米沢城(山形県米沢市) 県の史跡
110 三春城(福島県田村郡三春町) 町の史跡
111 向羽黒山城(福島県大沼郡会津美里町) 国の史跡

<関東>
112 笠間城(茨城県笠間市) 市の史跡
113 土浦城(茨城県土浦市) 県の史跡
114 唐沢山城(栃木県佐野市) 国の史跡
115 名胡桃城(群馬県利根郡みなかみ町) 県の史跡
116 沼田城(群馬県沼田市) 県重文
117 岩櫃城(群馬県吾妻郡東吾妻町)
118 忍城(埼玉県行田市) 県の史跡
119 杉山城(埼玉県比企郡嵐山町) 国の史跡
120 菅谷館(埼玉県比企郡嵐山町) 国の史跡
121 本佐倉城(千葉県印旛郡酒々井町) 国の史跡
122 大多喜城(千葉県夷隅郡大多喜町) 県の史跡
123 滝山城(東京都八王子市) 国の史跡
124 品川台場(東京都港区) 国の史跡
125 小机城(神奈川県横浜市)
126 石垣山城(神奈川県小田原市) 国の史跡

<甲信越>
127 新府城(山梨県韮崎市) 国の史跡
128 要害山城(山梨県甲府市) 国の史跡
129 龍岡城(長野県佐久市) 国の史跡
130 高島城(長野県諏訪市) 市の史跡、三大湖城
131 村上城(新潟県村上市) 国の史跡
132 高田城(新潟県上越市) 県の史跡、日本さくら名所100選
133 鮫ヶ尾城(新潟県妙高市) 国の史跡

<北陸>
134 富山城(富山県富山市)
135 増山城(富山県砺波市) 国の史跡
136 鳥越城(石川県白山市) 国の史跡
137 福井城(福井県福井市)
138 越前大野城(福井県大野市) 県の史跡
139 佐柿国吉城(福井県三方郡美浜町) 町の史跡
140 玄蕃尾城(福井県敦賀市) 国の史跡

<東海>
141 郡上八幡城(岐阜県郡上市) 県の史跡
142 苗木城(岐阜県中津川市) 国の史跡
143 美濃金山城(岐阜県可児市) 国の史跡
144 大垣城(岐阜県大垣市) 市の史跡
145 興国寺城(静岡県沼津市) 国の史跡
146 諏訪原城(静岡県島田市) 国の史跡
147 高天神城(静岡県掛川市) 国の史跡
148 浜松城(静岡県浜松市)
149 小牧山城(愛知県小牧市) 国の史跡
150 古宮城(愛知県新城市) 市の史跡
151 吉田城(愛知県豊橋市)
152 津城(三重県津市) 県の史跡
153 北畠氏館(三重県津市) 国の史跡
154 田丸城(三重県度会郡玉城町) 県の史跡
155 赤木城(三重県熊野市) 国の史跡

<近畿>
156 鎌刃城(滋賀県米原市) 国の史跡
157 八幡山城(滋賀県近江八幡市)
158 福知山城(京都府福知山市) 市の史跡
159 芥川山城(大阪府高槻市)
160 飯盛城(大阪府大東市)
161 岸和田城(大阪府岸和田市) 国の名勝
162 出石城・有子山城(兵庫県豊岡市) 市の史跡 / 国の史跡
163 黒井城(兵庫県丹波市) 国の史跡
164 洲本城(兵庫県洲本市) 国の史跡
165 大和郡山城(奈良県大和郡山市) 県の史跡
166 宇陀松山城(奈良県宇陀市) 国の史跡
167 新宮城(和歌山県新宮市) 国の史跡

<中国>
168 若桜鬼ヶ城(鳥取県八頭郡若桜町) 国の史跡
169 米子城(鳥取県米子市) 国の史跡
170 浜田城(島根県浜田市) 県の史跡
171 備中高松城(岡山県岡山市) 国の史跡
172 三原城(広島県三原市) 国の史跡
173 新高山城(広島県三原市) 国の史跡
174 大内氏館・高嶺城(山口県山口市) 国の史跡

<四国>
175 勝瑞城(徳島県板野郡藍住町) 国の史跡
176 一宮城(徳島県徳島市) 県の史跡
177 引田城(香川県東かがわ市) 市の史跡
178 能島城(愛媛県今治市) 国の史跡
179 河後森城(愛媛県北宇和郡松野町) 国の史跡
180 岡豊城(高知県南国市) 国の史跡

<九州>
181 小倉城(福岡県北九州市)
182 水城(福岡県大野城市) 特別史跡
183 久留米城(福岡県久留米市) 県の史跡
184 基肄城(佐賀県三養基郡基山町) 特別史跡
185 唐津城(佐賀県唐津市)
186 金田城(長崎県対馬市) 特別史跡
187 福江城(長崎県五島市) 県の史跡
188 原城(長崎県南島原市) 国の史跡
189 鞠智城(熊本県山鹿市) 国の史跡
190 八代城(熊本県八代市) 国の史跡
191 中津城(大分県中津市) 県の史跡、三大水城
192 角牟礼城(大分県玖珠郡玖珠町) 国の史跡
193 臼杵城(大分県臼杵市) 県の史跡
194 佐伯城(大分県佐伯市) 県重文
195 延岡城(宮崎県延岡市) 市の史跡
196 佐土原城(宮崎県宮崎市) 国の史跡
197 志布志城(鹿児島県志布志市) 国の史跡
198 知覧城(鹿児島県南九州市) 国の史跡

<沖縄>
199 座喜味城(沖縄県中頭郡読谷村) 世界遺産、国の史跡
200 勝連城(沖縄県うるま市) 世界遺産、国の史跡

旅の豆知識「油田」

2017年10月12日 | 旅の豆知識
 旅行先で、油田跡を目にしたことはないでしょうか。かつては、新潟県や秋田県などに多くの油田があり、盛んに採掘されていました。
 以前から、自動車や飛行機、気動車、原動機、発電用、家庭用などの燃料として、工業製品の原材料として多くの需要があり、太平洋戦争中は、海外からの輸入も制限されたので、国内生産にも重きを置かれました。しかし、戦後の高度経済成長期に、国内エネルギーの石油への転換がはかられ、大量に必要となると安価な海外産にも押され、国内の産出量も減少してしまいますが、現在でも細々と国内生産は続けられているのです。
 近年、閉鎖されてしまった産油施設(鉱場)を産業遺跡として保存しようとする動きもあり、かつての産油地には、「石油資料館」なども出来て、見学できるようになりました。中には、採掘用の櫓や機械が残されていたり、石油が出ている油井が見学できるところもあったりするので、機会があれば、立ち寄ってみることをお勧めします。

〇「油田」とは?
 地層の中で原油(一部はガス)が連続的に存在する部分を油層といい、油層が分布する地域を油田と呼んでいます。油田から石油やガスを採掘しているところを鉱場といいました。
 日本では、奈良時代に編纂された『日本書紀』の天智天皇7年(668年)7月に、「越の国、燃ゆる土、燃ゆる水とを献ず」と記されていますが、この地から自然に湧出した原油を献上したものと言われています。
 古来から、自然に湧出した原油は「臭水、草水(くそうず)」などと呼ばれて知られていました。しかし、国内の油田の本格的な利用は、明治時代以降のこととなり、新潟県の東山油田、西山油田、新津油田などの開発が先行します。大正時代になると、秋田県の黒川油田、豊川油田なども開発されますが、産油量日本一は、新津油田となりました。
 昭和時代になると、秋田県の八橋油田が開発され、日本最大の油田となりますが、北海道の石狩油田なども開発されたのです。
 太平洋戦争後は、海外から安い原油が入ってくるようになり、国内の産油量も減少して、国内需要の1%未満しか賄えないようになりました。それでも、現在も国内数ヶ所の油田で採掘が継続され、油田の探査も続けられています。

☆見学できる油田のお勧め

(1)豊川油田(秋田県潟上市)
 ここでは、江戸時代から明治時代にかけて天然アスファルト(土瀝青)が採取されて利用されてきた歴史がありました。その中で、明治時代前期の1882年(明治15)から石油開発の探査が進められ、1913年(大正2)に、油田の出油に成功したのです。翌年には出油井が5坑井となり、日産5.4klの原油を生産しましたが、多くの石油会社が参入してくるようになりました。しかし、1921年(大正10)には、ほとんど日本石油(株)で操業が行われるようになり、生産量は年間87,000klに達し、掘られた油井の数は718本と有数の油田地帯となります。その後は、生産量が減少していき、1933年(昭和8)には、年間生産量は約2万klとなり、最盛期の4分の1にまで落ち込み、1940年(昭和15)には、開発井の掘削が中止され、以降は採油作業のみとなりました。1942年(昭和17)から1955年(昭和30)までは帝国石油(株)によって油田操業が行われ、それ以降は、東北石油(株)によって操業が継続されます。2001年(平成13)には、原油の生産は中止されましたが、若干の天然ガスの生産は続けられていました。そんな中で、2007年(平成19)11月30日には、経済産業省から「近代化産業遺産」に認定され、2009年(平成21)5月10日の「地質の日」には、「日本の地質百選」にも選定されています。現在、ここを管理する「東北石油(株)」の事務所に隣接して、豊川油田の展示室が設けられました。ここには、当時の写真も展示され、わかりやすく解説されていますし、近くには採掘用の機械類も残されています。また、豊川油田跡すぐ近くの池が天然アスファルトの採掘場跡で、日本のアスファルト発祥の地とされていました。

(2)院内油田(秋田県にかほ市)
 昔の由利郡院内村の東には、字名を「臭津(くそうず)」という丘陵地帯があり、古くから石油の露頭があったことが知られていました。明治時代前期の1878年(明治11)に、日本政府に招聘され、各地域で鉱物の資源調査を行っていた地質学博士ベンジャミン・ライマンが、ここを調査して良好な油層を発見します。大正時代になって、1922年(大正11)に、大日本石油鉱業が上小国地区で試掘し、翌年には採油を開始しました。1925年(大正14)には、日本石油、旭石油などが相次いで油田の開発を行います。1931年(昭和6)に仁賀保に平沢製油所を建設し、1945年(昭和20)には、年産11万klに達し最盛期を向かえました。100基以上が稼働していた国内最大規模の油田でしたが、太平洋戦争後は、徐々に生産量が減少していき、1988年(昭和63)には秋田石油鉱業に経営権が移行し、1995年(平成7)に閉山となったのです。その後、2007年(平成19)11月30日には、経済産業省から「近代化産業遺産」にも認定され、現在油田跡は、にかほ市によって、案内板が立てられ、「院内歴史の里」巡りのコースの一部となりました。原油を採取していたやぐら跡やポンピングパワー棟(院内油田の採油方式)が当時のまま残されていて見学出来、貴重な産業遺産となっています。

(3)黒川油田(新潟県胎内市)
 奈良時代に編纂された『日本書紀』の天智天皇7年(668年)7月に、「越の国、燃ゆる土、燃ゆる水とを献ず」と記されていますが、この地から自然に湧出した原油を献上したものと言われていて、「臭水油坪(くそうずあぶらつぼ)」(国史跡)と横たて穴の油井戸が当時のまま保存されており、日本最古の油田とされています。毎年7月には「燃水祭」を行い、天智天皇が祭られる 近江神宮(滋賀県)に採油したを献上しているとのことでした。明治時代になるとここでも原油の採掘が本格的に始まり、近代的で安全な油井戸の掘方を教えてくれる人を探していました。そんなおり、1873年(明治6)に、村松浜の豪商平野安之丞が、長崎にいたシンクルトンをつれてきて、採油法を指導したのです。シンクルトン井戸(明治の手掘井戸)が残されていますが、木枠をはめた安全な井戸の造り方を教授したもので、深さは10mほどあり、当時の木枠がくさらずに残っています。1891年(明治24)には、手掘りに替わって機械掘りが始まりました。昭和時代前期の1940年(昭和15)頃に最盛期を迎え、昭和30年代には、小学校の給食をつくる際の燃料にも使用されていたとのことです。しかし、1955年(昭和30)頃から産出量が減りだし、1980年(昭和55)頃に黒川油田は、生産を終えました。今も原油が出ていますが、量が少なく、精製するのに手間どることから採油する人はいません。このような経緯から、1996年(平成8)に「シンクルトン記念公園」(日本最古の油田跡公園)が建設され、その中に「シンクルトン記念館」がオープンしました。館内では、日本最古の石油史資料、採油資料が展示され、ハイビジョンで旧黒川村(胎内市)の歴史や文化、胎内の大自然を紹介しています。また、アラブ首長国連邦の子供たちから送られた絵なども展示されていました。公園内には、いくつかの油井戸が残り、タール状の原油が出ているのがわかります。

(4)新津油田(新潟県新潟市秋葉区)
 この地域には、昔から石油が地表ににじみ出しているところがあって、草水(くそうず)と呼ばれ、越後七不思議の一つにも数えられていました。江戸時代以前から、表層付近ににじみ出る原油の採取が行われていましたが、その採掘権は「草水稼人」に独占されていましたが、江戸時代後期の1804年(文化元)に、中野次郎左衛門(貫一の曾祖父)が草生水油採掘権を買い取り「草水稼人」となったのです。明治時代になると、1874年(明治7)に金津村の中野貫一は、借区開坑願を政府に提出し、翌年、認められて開坑し、石油精製の許可を申請して、この地方の原油の精製販売を始めました。最初は、手掘りの採油が長く行われてましたが、1893年(明治26)頃から上総掘りが成功し、採油深度も120~330mまでと深くなっていきます。1899年(明治32)には、日本石油が綱式機械掘りを熊沢鉱場で開始し、採油量は飛躍的に増大しました。その後、1902(明治35)年の日露戦争は、石油の需要を伸ばして、石油産業を発展させ、明治時代末期には、殖産興業の進展も相まって、消費量の増加により、中・小の採掘企業及び個人の採掘場が100前後に達し、採掘の機械化も進展します。そして、1917年(大正6)には、年産12万klを達成して、産油量日本一となり、全盛期を迎えました。しかし、その後は採油量が減少していき、1980年代には、組織的な採掘がほぼ終了し、1996年(平成8)3月には、最後の井戸の採掘が終了したのです。そこで、当時の新津市では実際に使われた石油の採掘・精製施設を産業文化遺産として、そして石油井戸により自然のままに保全されてきたみどり豊かな森林を環境保全林として後世の人々に伝えるために「石油文化遺産施設」として整備することになりました。石油王として隆盛を極めた「中野邸記念館」(中野家の屋敷跡)を中心に、機械掘り3号井をはじめとする石油井戸が25基、全国でも珍しいポンピングパワ-(シ-ソ-の原理を使って石油を汲み上げる施設)、水切りタンク・加熱炉などの石油精製・備蓄施設を保存し、「石油の世界館」「古代館」をつくって、「石油の里公園」としたのです。「石油の世界館」の石油資料展示室では、模型やパネルを使って、石油の歴史や採掘の技術などをわかりやすく展示し、建物中央では、新津の石油採掘に大きく貢献した、上総掘り油井の3分の2の模型をみることが出来ます。また、「古代館」は、石油の生成された同時代に生息していた恐竜をモチーフした休憩ホールとなりました。尚、2007年(平成19)5月に、日本の地質百選に選定そされ、同年11月30日には、経済産業省から「近代化産業遺産」にも認定されています。

(5)尼瀬油田(新潟県三島郡出雲崎町)
 日本海に面する尼瀬海岸には、古くから油が漂着する事例が見られたことから、石油の存在が確認されていました。「尼瀬町絵図」には、草水潤(くそおずのま)という地名も記されています。明治時代になり、1891年(明治24)に、石坂周造らによって日本で初めて機械による掘削が成功したことから、この地が“石油産業発祥の地”とされました。その後、海面を埋め立て、世界初の海底油田として操業を行う油田も出現するなど発展し、最盛期は、1889年(明治22)~1899年(明治31)の10年間で、20世紀初頭の日本の石油資源を支える油田の一つとなったのです。しかし、太平洋戦争前後から採掘量が激減し、1951年(昭和26)には日産44L、1985年(昭和60)には日産9Lとなり、採掘は終了しました。この地は、1966年(昭和41)に、「石油産業発祥地記念公園」として整備が進められ、翌年には、「石油記念館」も開館されたのです。現在は、隣接地に「道の駅越後出雲崎天領の里」がつくられ、2005年(平成17)4月1日に「天領出雲崎時代館」に併設した「出雲崎石油記念館」としてリニューアルオープンしました。館内には、古代石油発見期から近代ロータリー式掘削法にいたる推移、石油精製品や行程、石油化学製品のできるまでの工程、灯具、各種国内油田の地層、原油等が展示され、映像・音声・アクションによって、理解できるような展示になっています。公園内には、近代化産業遺産に認定されている“綱堀式石油井戸C-2号”があり、これは廃坑作業後に、1987年(昭和62)に施設保存のために、同じ場所で地下部を密閉し、井戸芯を9m残した状態で櫓とポンピングパワーを復元したものでした。

(6)相良油田(静岡県牧之原市)
 明治時代前期の1872年(明治5)2月に、海老江の谷間で油くさい水が出ることと聞いた元徳川藩士の村上正局によって発見されたことに始まります。翌年に菅ヶ谷新田、時ヶ谷、大知ヶ谷の3ヵ所に鉱区を取得し、手堀り掘削を開始しました。1874年(明治7)には、米国から蒸気機関による「綱堀り機」を購入し、日本初の機械掘りの油井が始まります。1881年(明治14)12月には、石坂周造が相良油田会社を設立しました。1884年(明治17)頃の最盛期には、約600人が働き、年間721klが産出されていましたが、色が琥珀色で、極めて良質の石油として有名だったとのことです。また、手堀りも継続して行われ、1916年(大正5)年頃には手堀井が150坑を数えました。しかし、大正時代以降は、産油量が減少し、太平洋戦争後は衰退して、次々と井戸は取り壊され、1955年(昭和30)年に完全廃坑となります。その後、1980年(昭和55)11月28日には静岡県指定文化財(天然記念物)となり、今では「油田の里公園」として周辺が整備され、園内に「相良油田資料館」が開館しました。館内では、相良油田の歴史を知ることができ、明治時代の手堀りの様子を人形で再現し、機械堀りの様子や菅山(すげやま)地域の状況などをも再現しています。また、産業技術遺産としての相良油田の文化や先人の知恵と汗による偉業を知ることが出来る資料等が展示解説されました。公園内には、1950年(昭和25)に開坑した機械堀井戸(相良油田最後の石油坑)の1つが保存され、手掘井戸の小屋など珍しい施設も再現されています。尚、2007年(平成19)11月30日には、近代石油産業発祥の地として、経済産業省の「近代産業遺産」に認定されました。

☆日本の主要な油田一覧

<北海道>
・茨戸油田(北海道) 1956年発見 1958年生産開始 1971年生産終了
・釧路油田(北海道) 調査中 (JX石油開発)
・勇払油ガス田(北海道) 1989年発見 1994年生産開始 【稼働中】

<東北>
・豊川油田(秋田県) 1913年発見 1913年生産開始 2001年生産終了
・鮎川油ガス田(秋田県) 1989年発見 1995年生産開始 【稼働中】
・由利原油ガス田(秋田県) 1976年発見 1984年生産開始 【稼働中】
・申川油田(秋田県) 1958年発見 1959年生産開始 【稼働中】
・八橋油田(秋田県) 【稼働中】
・院内油田(秋田県) 1878年発見 1923年生産開始 1995年生産終了
・余目油田(山形県) 1960年発見 1960年生産開始 【稼働中】

<中部>
・黒川油田(新潟県) 1980年頃生産終了
・尼瀬油田(新潟県) 1891年生産開始 1980年代生産終了
・大面油田(新潟県) 1916年生産開始 1963年生産終了
・新津油田(新潟県) 1874年生産開始 1996年生産終了
・岩船沖油田(新潟県) 1983年発見 1990年生産開始 【稼働中】
・東新潟油ガス田(新潟県) 1959年発見 1959年生産開始 【稼働中】
・阿賀沖油ガス田(新潟県) 1972年発見 1976年生産開始 1998年生産終了
・田麦山油田(新潟県) 1957年発見 1958年生産開始 生産終了
・南桑山油田(新潟県) 2004年から試験生産
・南長岡油ガス田(新潟県) 1979年発見 1984年生産開始 【稼働中】
・浅川油田(長野県) 1973年生産終了
・相良油田(静岡県) 1873年発見 1874年生産開始 1955年生産終了