goo blog サービス終了のお知らせ 

60歳からの眼差し

人生の最終章へ、見る物聞くもの、今何を感じるのか綴って見ようと思う。

パン&珈琲

2009年02月20日 08時40分17秒 | Weblog
駅から我が家に向かって5分ほどの道沿いに、パンと珈琲の店がオープンした。
周囲はところどころに畑が残っている住宅地、その道は朝夕の通勤客の抜け道になっている。
もとは200坪程度の竹藪があった所を整地して、2階建てで10戸が住めるマンションが建った。
そのマンションの1階部分を地主が自分の権利として残し、そこにこのお店を出店したようである。
入口には「天然酵母パン&cafe VRAI de VRAI 」と木製の看板が掛かっている。
「VRAI de VRAI 」 はて、何という意味があるのだろう。いかにも気取った店名である。

入口にはお祝いの花が飾られ、人は立ち止まって窓越しに店内を覗きこむように見て通る。
こんな閑散とした場所に良くも作ったものだ。開店した日の夕方興味津津で立ち寄ってみた。
ドアを開けて店内に入ると、正面に6尺ほどのショーケースにパンを入れる籠が並べてある。
オープン日ということもあってか、すでに大半は売り切れて、3~4品が残っているだけである。
入って右手にあるテーブル席は4つで10席、窓際にカウンター席があり椅子が3つ並んでいる。
焦げ茶色に統一された床とテーブル、レジや窓際に花が飾られ全体に瀟洒なイメージである。
2人席のテーブルに腰を掛けて、メニューを開いてみた。
ドリンクは珈琲やジュースが並び、ランチタイムとしてパスタやサンドイッチなどが取り揃えてある。
私はシナモントーストと珈琲のセット(600円)を注文した。

入口では店員2人がお客さまに品切れの言い訳や残っているパンの商品説明をしている。
ちらりと見える厨房には男性2名と女性2名が立ち働いている。今日は6名体制なのだろう。
15分してやっと白い皿にのったシナモントーストとやはり白いカップに入った珈琲が運ばれてきた。
薄いトーストにシナモンを混ぜたバターを塗って焼いたような感じで、生クリームが添えてある。
トーストのサクッとした食感はなく、シナモンの香りも少なく、イメージと違って少しがっかりする。
女子高生2人が入ってきて席に着いた。こちらとは90度の角度になって目の前になってしまう。
彼女達の横顔を見据えることになるこの位置、目のやり場に困って居心地が悪い。

この場所に店を作って果たして成り立つのだろうか? どうしてもそんな疑問が起ってしまう。
店の第一印象は「どことなく素人っとぽく、垢抜けない、中途半端な店」という感じである。
パンは「天然酵母」とうたってこだわっているが、せいぜい15品ぐらいが置けるスペースしかない。
パンがウリの店なら30以上は品揃えが欲しい、その中でチョイスして珈琲と一緒に食べてみたい。
パンも珈琲もこれと言って特徴があるとは思えない。接客もアルバイト任せの感じである。
喫茶のテーブルや椅子の配置も統一感がなく、無理やりに詰め込んだ感じで、しっくりしない。
私の中では「お気に入りの店」リストには載せがたい店である。

素人から一番簡単に参入できる業種は小売りと飲食であろう。
日頃から自分が利用していている店に対して、自分なりの好感も不満も改善点も持っている。
自分だったらこうしよう。自分がやるならこんな店が良い。自分の中にアイディアが芽生えてくる。
いよいよ意を決して出店を計画する。仮説を実証するために、自分の夢を実現するために、
そして、いざ計画を実行していく段になると、今度は迷いが出てくるという。
果たして、この店でお客さんは来てくれるのだろうか?本当に採算に合うのだろうか?と。
そんな不安が持ちあがってくると、コンセプトの見直しや手直しや追加が始まるようである。
「こうした方が良いかもしれない」「これもやってておこう」理想との折衷案のようになってしまう。
そして、結局自信のない、個性のない、中途半端な店になってしまうのではないだろうか。

この店のオーナーの気持ちを考えてみた。
お店の名前は今風に洒落たものが良い、<VRAI de VRAI> どうだ、なかなか良い名だろう。
パンは他店との差別化のためにこだわりがいる。石窯は金も手間もかかるから天然酵母にしよう。
この立地でパン専業で勝負していくのはリスクも多い、万一お客が来なければまずいことになる。
パンのアイテムは絞って喫茶を併設しよう。パンが売れなくてもある程度は喫茶で稼げるだろう。
そうだコンセプトは「美味しいパンと美味しい珈琲の店」が良いだろう。
昼はランチメニューも置いた方がいい。だからパスタは必要だろう。カレーはどうしようかな?
珈琲は290円と価格を抑え、近所の老人や主婦などに利用してもらえれば相乗効果になる。
そんなオーナーの心の内が透けて見えるような気がする。

今まで、私の知っている何人もが出店し挫折していった。なぜなのだろう。
立地条件が悪いのか?コンセプトが未熟なのか?努力不足だったのか?競合が激しいのか?
それらは失敗の大きな要因になるのかも知れない。しかしそれがすべてでもないような気がする。
ではどういう店が成り立っていくのか。タイプとして大きくは2つに分けられるように思う。
一つは自分の主義主張をはっきりと打ち出している店。
どちらかと言えば独善的な店で、自分はこれがいいから薦めるのだ。嫌なら来ないでくれ。
もう一つは消費者のニーズを徹底的に研究した店。
今消費者は何を求めているのか?味、価格、安心安全、雰囲気、買いやすさ、居心地・・・
消費者の求める価値を徹底的に追及し磨きをかけていっている店ではないだろうか。

今回オープンしたこの店、
個人の経営であるからマーケットのニーズを徹底研究して店を出すには力不足であろう。
結局、自分の主張を鮮明にし、その思いをぶつけていくような店を作るしかないように思う。
「辺鄙な場所だけれど、遠くからでもお客さんに来ていただける店」
それは徹底的に原料の小麦粉や焼き方や味や鮮度こだわった美味しいパンを焼く店とか、
それとも、落ち着いた雰囲気、心和む音楽、おいしい珈琲とパン、そのひと時を楽しめる店とか
周り近所にはない、より個性的な店を作り上げていくしかないのではないだろうと思う。

果たしてこの店はどうなるのだろうか。人ごとなので客観的に見えるものがある。
オーナーはどうしてもこんなお店をやってみたい、そんな強い気持ちがあったわけではないと思う。
この空いた場所で何か商売ができないかと考えた時に、パンと珈琲の店を思いついただけである。
言ってみれば、商売をやる時の動機が不純と言うか、受け身と言うか、弱いように思ってしまう。
どうしてもこの店がやりたい。生活がかかっているからやり抜くんだ。そんな強さが見えてこない。
この立地で、この品揃えで、この雰囲気では、いずれは立ち行かなくなるだろうと思う。

開店初日、ひねくれた客が、こんなことを思いながら珈琲を飲んでいる。「縁起でもない!」