平成7年今から20年前の5月、両親は下関から新潟へ引っ越した。年老いていく両親にとって、石段と坂ばかりの環境では早晩暮らすことができなくなるだろうことは、親も息子達も分かっていた。親族会議の結果、両親は弟夫婦達と一緒に2所帯住宅を建てて新潟に住むことにした。両親にとって生まれ故郷でもあり、住みなれた地を離れることは一大決心が要ったであろう。私は引越しに際して家財道具の片付けと、荷物の運び出しの手伝いで、2度ほど実家に帰ったように覚えている。新潟の家は2所帯住宅といえども、今までの何分の1かの居住スペースである。両親は今まで維持管理してきた家財道具や古い持ち物を、この際一気に処分して行くと決めていた。
実家は大正期に祖父が建てた家である。当時で築70有余年の家には玉石混合の骨董品から古い家財道具まで、ありとあらゆるものが詰まっていた。父は最低必要な家財道具と掛け軸の20~30本だけを選び出し、他は処分するように仕分けていた。その処分する中に古いレコード(SP盤)があった。たぶん祖父と祖母が集めたレコードで、昭和初期の義太夫、端唄、流行歌、浪花節、漫談、そして軍歌などである。私は陶器や掛け軸には興味は無かったが、この古いレコードを捨てることにわずかな抵抗を感じてしまった。幼児期、何の遊び道具も無かった時代にこのレコードをかけて、漫談に笑い軍歌を覚えたことが懐しかったからであろう。父に「これを捨ててしまうのはもったいないのでは?」と聞くと、「蓄音機もないのに、どうしようもないだろう。要るなら持って行け」と言う。ひょっとして価値があるかもしれない。そんなスケベ心も働いて、私は60枚以上あったレコードを宅急便で会社に送ることにした。(自宅より都内にある会社の方がさばきやすいと思ったからである)
先週会社の私物を整理していた時、存在すら忘れたいたこの時のレコードが出てきた。ダンボールを開けると、茶色に変色した当時の新聞紙(平成7年)に包んだそのままである。昭和初期のレコードが、さらに20年タイムスリップして現れた感じである。「さてどうしたものか,、・・・」、「78回転のSPレコードを聴ける蓄音機などおいそれとはない。聴けないなら売しかないだろう」、そう思ってインターネットで《レーコード買取》で検索してみた。そこには何社かの買い取り業者があった。どこも宅配便で現物を届けるか、持ち込みや訪問によって相手が現物を確認し、その後査定し見積もりの段取りのようである。さらにインターネットの情報を繰っていくと、「古いレコードの販売について」と題してこんな記事があった。古いレコードは買取業者には売らないほうが良い。基本的に二束三文で10円から100円程度の買い取り価格である。それでは販売する意味がないから、手放すならインターネットのオークションンにかけるのが一番ベターであると、
確かにそうかもしれないと思う。古い本をブックオフに持ち込んでも、1冊10円からせいぜい100円程度、100冊持ち込んでも2~3000円で、そのうち2割程度は「これは引き取れませんね」と突き返される。「そうですか、じゃあ捨ててください」と、置いて帰るのがせいぜいである。こちらが必要がなくなったものは、どうしても相手の言いなりの価格で買い叩かれてしまう。古いレコードでも同じことなのかもしれない。今は聴く手段も持たないのだから持っていても無用の長物である。10円といわれれば10円、1000円と言われれば1000円、捨てるのにお金がかかるといわれれば、そうなのであろう。
今から80年以上も前の音源、価値があると認めてくれる人たちにとっては価値があるのかもしれない。しかも義太夫、浪曲、浪速節、端唄とマニアックなものもある。これが本当に貴重なものなら、NHKのアーカイブスに寄贈でもするのが一番良いのかもしれない。しかし当時は一般的なものだったのだろうから、そこまでの価値はないだろう。ではどうする、「う~ん、う~~ん」と考えてしまう。とりあえずは浅草にあるというレコード販売店に行って実情を聞いて見ることから始めるとしよう。父が捨てようとしたように、あのままゴミとして捨てられていれば、こんなことに気を使わなくて済んだものをとも思う。あの時の判断が20年経って、今自分に降りかかってきた。
※以下レコードの一部を仕分けしてみた。基本的にはレコードのジャケットは中の歌い手と関係なく、発売元の専属歌手等の宣伝に使われているようである。
義太夫「野崎村」 太夫 豊竹古靭太夫 10枚(1~20巻)
浪曲「五郎とその母」 天中軒雲月 4枚(1~8巻)
浪花節「杉野兵曹長のこと」 天中軒雲月 4枚(1~8枚)
浪花節「赤城源蔵」 天中軒雲月 2枚(1~4巻)
浪花節「曽我兄弟討入」 浪速亭綾太郎 2枚(1~4巻)
端唄特選集 藤本ニ三吉 12枚
「御所車、梅は咲いたか、秋の夜、秋桔梗、潮来出島、夕暮れ、縁かいな、大津絵、槍さび、
鬢ほつ、青柳、宇治茶、夜桜、惚れて通う、桜みよとて、初日みよとて、からかさ、我がもの、
留めても帰る、せがれせかれて、時鳥(三下り)、蝙蝠、」
端唄「かっぽれ、奴さん、えんかいな、我がもの」 壽才三 2枚
端唄「ニ上がり新内、木津川」 みき光
流行歌「ああそれなのに、うちの女房には髭がある」 美つ奴
新小唄「あんこ椿」 小唄勝太郎
流行歌「木曽は25里、おばこ可愛や」 小唄勝太郎
流行歌「桐一葉、勧進帳」 東海林太郎
流行歌「江南の華、坊やの父さま」 東海林太郎