前編の項目ごとにどんな作業を行ったかを簡単に記してみる。
1 参加社、参加者の登録
組合せ、参加者名簿を作る必要性から、正確な最終的な人数と名前が必要だが、選手プラス家族等の応援者が増えたり、減ったり、200人を超す名簿の管理は大変な作業であった。正確な名前のスペリングを確認し、プログラムに掲載する必要があるため、ぎりぎりまで確認作業に追われた。大会前数週間は、インターライン各社からのメッセージ処理に追われ、日常業務ができないほどであった。
2 開催場所(体育館、宿泊ホテル)の確保
体育館は、羽田にある健保体育館とし、ホテルは、できるだけ安く抑える必要性から品川にある品川プリンスホテル本館(今のイ-ストタワー)を利用することにした。値段交渉、人数に見合う部屋数の確保と朝食・夕食の手配及び2回のパーティの手配等当時のホテル担当者に大変お世話になった。人数の増減により、手配する部屋の数も変わるため、ぎりぎりまで調整が必要であった。
3 ホテルと体育館との輸送手段の確保
毎日、朝と晩に大型バスを3台貸切ることとし、品川-羽田間の輸送を確保した。まず、バス会社の選定、また、決まった後は、どのように運行を手配していくか、バス会社との綿密な調整が必要であった。バスの運行は、品川区に本社がある帝産観光バスにお願いした。
4 食事の手配(朝、昼、晩)
朝食と夕食は、ホテルの食堂、昼食は体育館のあるビルの生協食堂で行うこととし、メニュー、値段等の詳細を詰めた。夕食の内、2回は、ウェルカムパーティとフェアウェルパーティの対応となるので、別個にパーティ企画運営の一環として対応。昼食は、外人向けの特別メニューを生協と協議の上、用意することにした。
5 組織委員会の形成
大会組織委員会を作り、会長以下、役員、スタッフを任命して、業務分担を図ることとしたが、JAL/ANAの2社の共催であるため、両社の役割分担を明確化する必要性があった。メインの分担は、基本的にJALが担当し、ANAは開会式の出し物、閉会式の運営を主に担当してもらった。組織委員会会長は、JAL卓球部の前会長(JAL役員)、副会長は、JAL/ANA両卓球部の部長が就任し、自分はManagerとして、運営の総括を受け持った。
6 開会式・閉会式の企画(音楽、行進、プラカード、出し物、式進行)
開会式の企画は、どういう形式で式を進行するかという基本プランからはじまって、入場行進のやり方、どんな音楽をかけるか、参加社を表すプラカードも作製する必要があるが、式では、それを誰に持たせるか、開会式を盛り上げる出し物は何にするか等開会式ひとつとっても、その進行のシナリオを作る作業は大変なものであった。担当者会議を何回も重ねたが、アイデアがいろいろ沸いてくるので、詰めていく作業は楽しみでもあった。入場行進の音楽はxxとし、プラカード持ちは、1社に一人ずつ、ユニフォーム着用のJAL及びANAの客室乗務員17名にお手伝い願った。両社とも業務として乗務員を派遣することになるので、派遣の申請手続きも必要であった。ライバル両社の乗務員が交互に仲良く並んでいるシーンは温かい何ともいえない雰囲気を醸し出していた。プラカード自体、すべてスタッフが手作りで作製したものである。大会会長挨拶、来賓挨拶、入場行進、大会旗掲揚、選手宣誓と分単位でスケジュールを考え、実行していくのは相当緊張感を覚えた。開会式の進行は言うまでもなく英語で行うことになるため、当社ホノルル支店から応援をもらったバイリンガルのスタッフにお願いした。
開会式での出し物としては、タマス(バタフライ)社に協力してもらい、元世界選手権のチャンピオンである長谷川信彦(故人)選手と伊藤繁雄選手による模範試合とWOFIAメンバーと両選手との挑戦試合を実施した。単なる模範試合ではあるが、試合前に練習をさせてほしいとの要請があり、ANAの体育館を練習場として使ってもらった。模範試合は、さすが世界チャンピオンだけあって、参加者から驚嘆の声がもれた。模範試合に次いで、WOFIAの参加メンバーからの挑戦試合を行なった。挑戦者は、男子は中国民航とルフトハンザのNo.1と女子は大韓航空のNO.1とNo.2の選手であったが、やはり歯が立たなかった。挑戦試合終了後には、和服を着たANAの客室乗務員4人が琴の演奏を披露した。4人は当日が初顔合わせであったとのことであったが、素晴らしい琴の演奏に参加者は魅了されていた。
7 試合の運営企画及び当日の進行(組み合せ、英語による進行)
試合は、男女とも2組に分けて、男子は2組とも、8チームによるリーグ戦、女子は、2組とも6チームによるリーグ戦を行い、それぞれの上位1位と2位が準決勝で当たり、その勝者同士で決勝を行うという方式をとった。一つの試合は、男子は5シングルス、2ダブルス、女子は3シングルス、2ダブルスで構成された。試合の進行はある程度慣れていることと、組み合わせを事前に決め、試合時間もプログラム上にすべて掲載してあるので、さしたる問題は発生しなかったが、会場での進行案内はすべて英語で行う必要があるので、アナウンス等はすべてバイリンガルスタッフにお願いした。
8 大会プログラムの作成
大会プログラムは、大会の顔になる重要なもので、大会に必要な諸情報を盛り込む必要があるため、相当な手間と時間をかけた。まずは、大会ロゴの作成と表紙のデザインの決定。財政上、プロにお願いすることができないため、自分達で作りあげた。印刷及び製本は、関連の商事会社に依頼したが、原稿はすべて手作りで用意。組織委員会の役員や主催社のプレイヤーは、写真付で紹介することにしたが、お金をかけられないため、当時まだ出始めたばかりのデジカメで写真を撮り掲載した。当時のデジカメは、まだ画素数が低く、鮮明な写真というわけにはいかなかった。参加社の全選手・役員・サポーター名もプログラムに掲載することにしたが、メンバーの変更も少なくなく、ぎりぎりまで原稿の修正を余儀なくされた。プログラムはすべて英語表記であるため、それなりの英語能力も必要とした。プログラムには、サイン交換欄も設け、簡単な日本語会話集も掲載した。また、大会に協賛してくれた企業については、すべてプログラム上に広告を掲載することにした。少ない予算で大会を運営するために、いろいろな形で協賛してもらえる企業を探すことは大事なことであった。(13/14項参照)
9 観光の手配(観光バス、観光場所)
大会の中日の1日は観光用に確保し、観光バスを3台手配し、参加者に対し、東京観光ツアーを実施した。品川=羽田間の輸送を担当するバス会社に観光用のバス手配もお願いした。約160人が参加し、皇居、明治神宮、浅草等を案内した。各バスには、英語のガイドを手配し、また、主催側の担当者をバス毎に2-3人配備し、スムーズな東京観光を行うことができた。
10 ウェルカム・パーティ(出し物を含む)の企画
宿泊初日の夜に、ウェルカム・パーティを開催するにあたって、会場の手配、テーブル配置、料理の手配、看板の案内、歓迎イベントの企画等をホテルの担当者と綿密な打ち合わせが必要であった。250名を超す人数なので、会場の確保・メニューの選定等それなりに大変であった。パーティ進行の段取り手配、司会者との綿密な打ち合わせも必要であった。歓迎イベントとして何かを行ったと思うが、記憶が定かではない。
11 フェアウェル・パーティ(ダンスタイムを含む)の企画
大会の最終日に、フェアウェル・パーティを開催するが、これについても、会場手配、テーブル配置、料理の手配、進行段取り等詳細な打ち合わせが必要であった。パーティでは、すべての参加社が独自の出し物を披露するイベントがあるため、練習場所の確保、必要品の手配等各社との打ち合わせも必要であった。出し物の多くは、歌、ダンス、コント、ゲーム等であるが、どれも楽しいものばかりで、皆期待しているビッグイベントになっている。出し物全体の進行は当然ながら、自分のチームについても、主催社として恥ずかしくない出し物を用意する必要があったが、忙しさに紛れて、出し物の内容については十分な時間をかけることができなかった感もあった。パーティの後半は、ダンスタイムに移行し、皆、夜遅くまでダンスをしながら、交流を深めるのである。他の都市での大会では、このダンスタイムはオールナイトというところも多いが、東京の場合、ホテルの事情から夜中の1時頃には終了することにした。ダンスタイムのDJをどうするか。どんな曲をかけるか、すべて事前に手配する必要があったが、 DJは知り合いのセミプロにお願いした。ダンスタイムは,男女交流の場でもあるため、国や会社を飛び越えて、親しく交流するシーンも目立った。現に、WOFIAで知り合い、国際結婚したカップルも何組か出ている。
12 マネジャー会議の運営
大会期間中、各社のマネジャーを集めてのマネジャー会議(英語)を何回か実施し、各社に大会運営に関する情報を流した。また、その内1回は、今後のWOFIA大会をどうするか、次回の主催会社をどこに決定するか等重要事項を決定する会議となった。会議には、16カ国17社が参加するという大きな会議でもあるため、バイリンガルスタッフに会議の進行役をお願いした。
13 協賛スポンサーの確保
会社からの金銭的援助は微々たるものなので、大会の運営費は、参加者からの参加費が中心となる。かかる経費を最小限にとどめるため、協賛スポンサーを探し、様々な支援をお願いした。協賛してもらった企業については、その広告を大会プログラムに掲載した。協賛社は、バタフライ(世界チャンピオンの模範試合)、ニッタク(試合ボールの提供、生協への卓球用品販売の出店)、三英(フェンスの貸与)、ヤクルト(ドリンクの無償提供)、西武トラベル(観光手配)、JAL/ANA(スタッフ、施設の提供)、日航商事、生協等。多面的にスポンサー探しをするほどの時間的余裕もなく、スポンサー探しには苦労した。
14 卓球メーカーへの協力要請
スポンサーの中でも卓球メーカーについては、バタフライとニッタク両社の全面的支援を受けた。ともに、事前のコネクションもないため、日本卓球協会に相談を持ちかけ、協会を通して、2社の担当者を紹介してもらった。バタフライについては、国際担当の大曾根氏を通じ、元世界チャンピオンの長谷川信彦(故人)氏と伊藤繁雄氏を派遣してもらうという形で,協力を得ることができた。これにより、開会式後のパフォーマンスとして、二人による模範演技とWOFIAメンバーからの挑戦試合を実施するという超目玉の企画が実現した。ニッタクについては、国際担当の嶋野氏と広瀬氏を通じ、様々な協力を得た。まず、試合ボールを全て無償で提供してもらった。また、卓球用品を格安で販売してくれることになり、大会期間中、生協の売店に卓球用品コーナーを設けてもらい、各国選手の人気を得た。また、卓球コートを仕切るフェンスについて、全くそのような備品を持っていなかったが、ニッタクを通じ、同じ年に千葉で開かれた世界選手権に使用したフェンスを無償で借用することができた。かかった費用は、倉庫と体育館との間の輸送費だけであった。また、大会にあたって、ユニフォームを新調したが、ニッタクにて格安で作ってもらった。
写真は、JAL/ANAのキャビンアテンダント
(後編に続く)