ヴィガン(後日紹介予定)郊外にある世界遺産に登録されているアスシオン教会です。周りにちょっとした植木がありますね。
以下私の独断と偏見で間違いを覚悟で記述します。請う、ご批判。lemonwaterさんよろしく。
私の記憶ではヨーロッパで見た教会は回りに植木などの自然はなかったように思います。(イスラームのモスクも同じ)これはキリスト教が世界を神・人間・その他・に分類して教会は神と人の出会いの場所でそれ以外は不要という考え方に基づいているからだと思います。(創世記1章28~30)ところが日本など東洋では人間と自然は一体という考えに基づき神社仏閣には樹木が繁茂しています。ちょっとこんもりとした林に「祠」などは日本や東南アジアなどではよく見られますが、キリスト教、イスラーム教の世界には絶対に見られません。そこで東洋に来たキリスト教は妥協してこのフィリピンの教会のように植木的なものがあるのだと思います。
実は私はこの旅行前このフィリピンのカトリック教会に自然がどのように存在しているのかということに関心がありました。ある意味で私の想像通りでした。
壁にこのような文様がありました。現地ガイドのVERGIE SOULISによればイスラーム教徒との融和を図るためのイスラーム模様ということです。なお、この話は私が調べた限りでは他の文献、ネットなどにもありません。貴重な説だと思います。なお前面の広場もこのような模様になっていました。
前述のようにフィリピンにはたくさんの教会がありますがそのうち4つが「フィリピンのバロック様式教会群」として世界遺産に指定されています、そのうちの一つがラワグ近郊にあるパオアイ教会です。建築年月日については参照した文献によってまちまちなので省略しますが、参考までにlonely planetの説は、1704年に建築が開始され90年後完成という記述です。
フィリピンは人口の85%がカトリック教徒です。その背景には300年に及ぶスペイン支配があります。スペインカトリック宣教師たちは多くのカトリック教会を作りました。というわけで今回の私たち観光客もたくさんのカトリック教会を訪れました。その中から以下4つの教会を紹介します。
まずはラワグにあるセント・ウィリアムズ教会から。その起源は1612年頃とされています。幾度もの人的災害、自然災害に遭いそのつど修復された歴史があります。両側の窓をご覧ください。通常のカトリック教会では壮麗なステンドグラスがあるはずが、ありませんね。
修復されなかったのでしょうね。今回の教会めぐりでは多くはなぜか壮麗なステンドグラスにはあまり出会わなかったように思います。
マルコスは1989年に、亡命先のハワイ・ホノルルでイメルダ夫人に看とられながら病没しました。遺体はフィリピンへの帰還後ここの実家の霊廟(写真)に、冷凍保存されていましたが、長年の遺族のマニラにある英雄墓地への埋葬要求に反対派、賛成派の声がありましが、現ドゥテルテ大統領は2016年11月にマニラ首都圏タギッグ市のフィリピン英雄墓地への土葬を認めました。したがって今はこの写真の霊廟には主がいません。
マルコスについては日本では一般的に「私利私欲」の形容詞が付く人物として知られていますが、意外に彼の支持者はフィリピンでは多いようです(2月11日にも紹介)現地ガイドのVERGIE SOULISさんもイメルダ夫人との付き合いが今でもありファンの一人のようでした。
ここでちょっと珍しいものを見つけました。フィリピンの地図の右上にある記号のようなものです。同行者の誰一人気づくものもなく、現地ガイドの説明もなかったので現地ガイドに説明を求めました。フィリピンの古い文字とのことでした。現在のフィリピン語の文字はラテン文字(アルファベット)ですが、マゼラン以前のフィリピンでは独特の文字がありました。その一つでした。聞き漏らしましたが多分タガログ語などを表記したバイバイン文字と思われます。
私がここで疑問に思ったのはこのようなフィリピンの貴重の文化遺産が観光客にも気づかれず、現地ガイドの説明もなく、部屋の片隅に何のコメントもなく展示されていたことです。なぜこのような貴重な文化遺産を特別な欄を設けて説明をしないのですか。私はナショナリズムが好きではありませんが、フィリピン人はもっと自分たちの古い文化を評価すべきだと思うのですが。