素人、考古学・古生物学を学ぶ

人類の起源・進化・移動や太古の昔、日本に棲んでいたゾウ類にも関心があり、素人の目線で考えてみます。

始祖鳥について

2023年11月16日 14時09分21秒 | 絶滅と進化

             始祖鳥について(1)

 

  近くを散歩していますと、いろいろな鳥類を見かけます。からす、ドバト、ムクドリ、人なっこいキジのつがいなども見かけます。小川の水辺などでは、白鷺や川鵜など。そして人家の庭先では季節にもよりますが、うぐいす、めじろ、しじゅうがら、ほおじろ等々は、そのさえずりは気持ちをなごませてくれます。

    最近、ふと鳥たちの先祖、太古の鳥類に想いをはせ、昔、勉強したことのある始祖鳥のことが頭に浮かびました。そこで、少しばかり始祖鳥について新しい成果を調べて見ることにしました。 

  

  始祖鳥の化石とその時代

 最初に、始祖鳥の化石について、ほんの入り口だけ記しておきましょう。「始祖鳥」とは和名です。学名は、Archaeopteryx lithographicaです。この学名は、ドイツの考古学者ヘルマン・フオン・マイヤー(Christian Erich Hermann von Meyer :1801-1869)が1861年に、始祖鳥に関する「記載論文」の中で発表したものだと言われています。

 始祖鳥の研究で知られるD.W.Yalden (1940 ~ )は、 論文 The flying ability of Archaeopteryx(1971)において、大雑把ですが、始祖鳥について、以下のようなことを記しています。

 彼は翼開長(翼を広げた長さ)、質量(重さ)、翼を開いたときの広さ(面積)の推定値を提示し、これらの数値を用いて始祖鳥(Archaeopteryx:アーケオプテリクス)の飛行状況や、特に飛行距離を明らかにしようとしています。また骨格構成要素の長さに関する利用可能な数値を、始祖鳥のベルリン標本の鋳型や実物大の拡大写真を使って測定します。翼開長は58-59cmあり、開翼面積は479平方メートル、標本となった始祖鳥の体重は約200グラムと推定しています。その結果、飛行距離はおそらく7乃至6メートルであったであろうと推算しています。なお、「翼開長」とは鳥類が両翼を広げた長さと考えられます。

 次に、始祖鳥(Archaeopteryx)の生息した時代ですが、中生代と考えられています。中生代とは、通常使用されていますところの「地質年代の大区分の一つ」で、大凡2億5,100万〜6,550万年前の期間、1億8500万年もの間生息していたと考えられます。

 ここで地質年代とは、約46億年の地球の歴史を区分したもので、中生代は古生代と新生代の間の区分に相当します。中生代は、三畳紀(さんじょうき)・ジュラ紀・白亜紀(はくあき)の三つに分けられています。始祖鳥はそのジュラ紀の後期に生息していたようです。

 よく知られていることですが、三畳紀の中頃から白亜紀にかけては恐竜が繁栄した時代と言われています。このことから、中生代は恐竜の時代とも呼ばれています。

 始祖鳥の化石が発見された場所については諸説ありますが、ドイツ連邦バイエルン州にあるゾルンホーフェン(Solnhofen)の近辺から発見されることが多いと言われています。1860年のことですが、ゾルンホーフェンの石炭採石所において、作業中に一人の作業員が鳥の羽の化石(風切り羽の化石)を発見したことが話題になり、ドイツの考古学者ヘルマン・フオン・マイヤーの知るところとなり、研究の結果、何とジュラ紀後期の化石であることが分かり、マイヤーは、1861年にArchaeopteryx lithographica と新種記載を行い発表しました。

 後に「ロンドン標本」として「大英博物館」に所蔵するところとなったと言われている始祖鳥の化石は、正確に言えば2番目の標本なのです。このことにつきましては、後に触れることにします。わたしは大英博物館には2度も行っているのですが、始祖鳥については気にもとめませんでした。実にもったいないことをしたと、今悔やんでいます。

 ところで、彼(マイヤー)は、若くして『古生物学誌 』Palaeologicaを創刊し、学界の注目を集めていました。特に、恐竜プラテオサウルスの研究・命名もしていますし1861年に発表した始祖鳥の研究では広く知られるようになりました。このことに付いては諸説ありまして、ウェブの『始祖鳥生息地自然史分館』には傾聴したい記事がよく整理されて、掲載されています。

 以下のマイヤーの写真は、Wikipediaのドイツ語版から引用したものです。

 

          

          ヘルマン・フオン・マイヤー

 わたしが始祖鳥の標本(レプリカ)を写真に収めたのは、最近のことですが、群馬県多野郡の神流(かんな)町の恐竜センターに展示されている標本(レプリカ)です。神流町恐竜センターは恐竜博物館にも等しい充実した施設と展示を誇っています。

            群馬県多野郡神流町恐竜センター

           

 

 また、始祖鳥についての文献は、論文・恐竜図鑑などが多くありますが、わたしが手放せないのはマルコ・シニョウーレ(Marco Signore:1971~ )の『始祖鳥とジュラ紀のなぞ;飛ぶことを学んだ恐竜たちの出現』(2008)です。いまだに繰り返し読んでいます。

 著者はイタリア・ナポリの出身で、ナポリ大学フェデリコⅡ世で脊椎動物古生物学部を卒業、英国ブリストル大学で「古生物学とタフォノミー(taphonomy、「化石生成論」)」の研究を行い、博士号を取得しています。本人の「教育研究経歴」によりますと、「主な活動分野は、コミュニケーション(特に科学コミュニケーション)、博物館学、および海洋環境における脊椎動物の古生物学である」、と記しています。

            神流町恐竜センターに展示されている始祖鳥の化石

                ベルリン標本のレプリカ

           画像

            出所 神流町恐竜センター展示から

 

          

  

   

 

 

 

 

          



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