素人、考古学・古生物学を学ぶ

人類の起源・進化・移動や太古の昔、日本に棲んでいたゾウ類にも関心があり、素人の目線で考えてみます。

絶滅と進化-《絶滅した日本のゾウのはなし》その「補遺編」として-(1)

2022年08月29日 18時33分05秒 | 絶滅と進化
   絶滅と進化-《絶滅した日本のゾウのはなし》
   その「補遺編」として-(1)

   はじめに

 約400万年前に日本列島の九州から関東地方にかけて生息していたと言われるミエゾウは学名を Stegodon miensis(ステゴドン・ミエンシス)と言います。1941年松本彦七郎(1887-1975)によって命名されました。その化石が1918年、三重県河芸郡明村(現在は三重県津市)で道路工事中に臼歯の付いたままの左下顎骨の化石が、発見されました。その現物は国立科学博物館(当時は、東京科学博物館)に所蔵されています。1941年、松本によって和名をミエゾウと名づけられました。

 中国大陸に生息していた巨大ゾウのコウガゾウが、全長8メートル、足元から肩までの高さが4メートル程度であると言われていますが、ミエゾウもほぼ同じぐらいの大きさであったと推定されています。そんなわけで、専門家の間では、日本に生息していたミエゾウが、コウガゾウ(黄河象)と同種もしくは近縁ではないかと考えられているのです。

 そのころの日本列島は大陸と地続きであったこともあって、中国のコウガゾウが日本に渡ってきて生息し、100万年単位のときを経て、日本で三日っている巨大ゾウ、ミエゾウに進化したものではないかと考えられています。

すでに、三重県内十数か所から化石(臼歯や切歯)が発掘されています。2009年4月30日から5月9日にかけて、三重県鈴鹿市の御幣川で三重県立博物館による「足跡化石」の発掘調査が行われました。三重県立総合博物館にはミエゾウの全身骨格模型が展示されていますが、しかし、いまだ一体丸ごとの全身骨格化石はどこからも発見されていないようです。

 このように日本列島に生息していたと推定される古代ゾウについて調べておりますと、ミエゾウから日本固有のアケボノゾウまでの進化の過程に関心が移ります。生物の進化は何故おきたのか、その原因は何か、関心が広がっていきます。

 つまり絶滅の問題が浮上するのです。日本の古代ゾウの歴史は、生物の絶滅と進化の歴史と比較して見ますと、そんなに長くはありませんが、絶滅した日本のゾウについての「補遺編」として、大分時間がかかりそうですが以下では、6度目の大絶滅の時代の到来が論じられるいま、「絶滅と進化」に関して少しばかり考えて見たいと思います。

 絶滅とか進化とかに言及するには地質時代に触れなくてはなりません。現在の中学校の理科では地学分野が含まれていましますし、高校の地学では相当詳細な地質時代の学習が行われています。本稿では、素人の小生が、古生物学を学ぶ上で習得した程度の用語には触れておきたいと考えています。