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人類の起源・進化・移動や太古の昔、日本に棲んでいたゾウ類にも関心があり、素人の目線で考えてみます。

始祖鳥についての改訂増補版(4)

2024年04月03日 16時39分11秒 | 絶滅と進化
              始祖鳥は「鳥類」なのか、それとも「恐竜」なのか(4)
          

         第1章 始祖鳥の化石とその標本について
                        
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 始祖鳥の標本は、2014年までに12体が発見されています。因みに、最初の標本は、上述のように、現在大英博物館に所蔵されているロンドン標本(London Specimen)は、1861年にドイツ(連邦共和国)バイエルン州ミッテルフランケン行政管区のヴァイセンブルク=グンツェンハウゼン郡の近郊の市町村ランゲンアルトハイム(Langenaltheim)近郊で産出されたと言われています。最初の記載者は1863年、イギリスの古生物学者として知られるリチャード・オーウェン(Sir Richard Owen, 1804 – 1892)です。

 2番目は、フンボルト大学自然史博物館(Museum für Naturkunde)に所蔵されている大変有名なベルリン標本(Berlin Specimen)です。この標本の産地は、1876年にドイツ(連邦共和国)バイエルン州オーバーバイエルンのアイヒシュテット(Eichstätt)郡の近郊で発見されたと言われています。アイヒシュテットは、ドイツ・バイエルン州の町で、アイヒシュテット県の県庁所在地である。アルトミュール川沿いに位置し、人口は約13,000人。また、アイヒシュテットはローマ・カトリックのアイヒシュテット教区の所在地でもあることでも知られています。標本の記載者は、ドイツ古生物学者ベルリン大学のヴィルヘルム・バルニム・ダムス(Wilhelm Barnim Dames、1843年-1898)で、彼はベルリン大学のドイツの古生物学者でした。1894年に始祖鳥の最初の完全な標本を記載したことで知られています。

 3番目が1956年にごく少量の不完全な骨格で発見されたマックスベルク標本(Maxberg Specimen)です。産出地はロンドン標本と同じドイツのランゲンアルトハイムと言われています。羽毛の痕跡が僅かだったことも手伝って、発見当初は始祖鳥の化石とは認められなかったとも伝えられています。個人所有だったことから詳しい情報に乏しく、マックスベルク標本という呼称も一時的にマックスベルク博物館に展示されていたことに由来していると伝えられています。マックスベルク博物館は、ゾルンフォーヘンの採石場のほぼ真中にある小さな化石博物館で、多くの化石が所蔵されていることでも知られている博物館です。4番目以下は次の通りです。

 4番目はハールレム標本(Haarlem Specimen)です。この標本は、テイラー博物館(Teyler Museum)に所蔵されていることからテイラー標本(Teyler specimen)とも呼ばれることがあります。5番目が1951年に発見されたアイヒシュテット標本(Eichstätt Specimen)で、ワーカーツェル(Workerszell)近郊で産出された標本です。ワーカーツェルは、ドイツ・バイエルン州アイヒシュテットの北に位置するシェルンフェルト(Schernfeld)市にある村であるで、始祖鳥のアイヒシュテット標本は町内の石切場で発見されたと言われています。この地方は、伝統的に農業と採石業が経済の基盤となっています。6番目からは以下の通りです。

 6番目がゾルンホーフェン標本(Solnhofen Specimen)、7番目がミュンヘン標本(Munich Specimen)、8番目がダイティング標本(Daiting Specimen)、9番目が、ブルガーマイスター・ミュラー標本(Bürgermeister-Müller Specimen)、10番目がサーモポリス標本(Thermopolis Specimen)、11番目が2011年に発見され個人の手元で保管、12番目が2014年発見され個人の手元で保管標本の12体です。

 いまのところ始祖鳥の化石標本は、以上の12体ですが、最初の化石が発見されたのは1861年ですから今(2024)から凡そ160年昔のことです。これまでに知られているところでは、目安となる大きさは全長が約45~50cm、体重は約300~500gとされていますが、研究者によってはキジバトくらいで250g前後としているケースもあります。最古の原始的な鳥類では始祖鳥と同様、恐竜のような歯やカギ爪、長い尾骨が特徴的であったようです。始祖鳥は、現生鳥類の大きさで言えばハシブトカラスぐらいの大きさだったであろうと推測されています。始祖鳥の化石のほとんどが1億5000万年前のジュラ紀後期の地層のドイツ南部バイエルン州の町ゾルンホーフェンの近隣にある石灰岩採石場から発見されています。始祖鳥は、原鳥類に属する恐竜の一属と見られており、また原鳥類は、他の獣脚類と同じように、後足を使って二足歩行していたと言われています。原鳥類の歯は、湾曲でのこぎり状で、原鳥類は一般に大きくて翼に変化した前脚をもっていましたが、やがて小型化という進化がみられるようになりました。

 小型の恐竜にはいろいろな種類がいますが、ここで扱っている始祖鳥も小型の恐竜から進化したものなのです。そして最古の鳥類とされているのが始祖鳥というわけです。始祖鳥が誕生したジュラ紀以降からいろいろな鳥類が現れたと言われています。
 そこで恐竜を小さい順にベスト5を挙げてみますと、1位がアンキオルニス、2位がイー (Yi)、3位がメイ (Mei long)、4位フルイタデンス (Fruitadens)、そして5位がスキウルミムス (Sciurumimus)の順になりそうです。専門家の先生の意見も聞いてみたいところです。食性を調べてみますと、ベスト5のうち、1位と2位そして4位は雑食で、3位と5位が肉食です。

 一般に、食性によって恐竜には、肉食性・植物食性・また雑食性の3種がいます。また一番小さい恐竜は、雑食性のアンキオルニス・ハックスレイ(Anchiornis huxleyi )で、古代ギリシャ語では「ほとんど鳥」と呼ばれているそうですが、特徴としては、三角形の頭骨をもつ二足歩行の小型獣脚類です。カラスほどの大きさでその特徴は原始的な鳥類と共有すると言われています。たとえば翼の生えた長い前肢、長い脚、長い尻尾を有しているなどです。全ての原鳥類同様に羽毛に覆われており、中には部分的に鱗も持っていた恐竜もいたようです。 翼と脚と尾には、長い羽毛が備わっていたといわれています。

 2位のイー(Yi)は、中国のジュラ紀の地層から発見されているスカンソリオプテリクス類(アヴィアラエ類の恐竜の属の一つであるとも言われています。)の恐竜の属の一つです。小型で、樹上生活をしていた爬虫類の綱類に分類されています。約1億6400万年前の中生代ジュラ紀後期に生息していた小型恐竜で鳥のような想像画が描かれていることが多い。名前の「Yi」は、中国語で「翼」を意味しているようです。全長は約40~60cm、体重は約380gと小型恐竜です 3位のメイ (Mei long)は肉食恐竜で、53cm位の小形恐竜です。メイ・ロングとは中国語では「安らかに眠る恐竜」という意味のだそうです。メイの化石は、全身骨格が発見されました。その化石は鶏や白鳥などが体を丸めて、頭を羽根の下にたくしこんで眠っていたり、休んでている姿を見ることがありますが、メイの化石は後足を体の下に入れた格好のままの姿で発見されています。中国のジュラ紀後期の地層から発見された化石には羽毛の痕跡と指の間に張られた皮膜の痕跡が残っていたとも言われています。

 4位に挙げたフルイタデンスは、学名を Fruitadensと呼んでいます。米国の中生代の地層1億5000万年前のジュラ紀後期モリソン層から発見されたと言われています。体長は70~75cm、体重は500~1000gと推定されています。北米で発見された恐竜としては最小の部類に入ると言われています。米国のニュースでは、フルイタデンス・ハーガロルムと名付けられており、鳥盤目・ヘテロドントサウルス科に属する恐竜で下顎には犬歯のような牙を有しており、雑食性恐竜で主に植物や昆虫などを食していたと考えられています。

 5位に挙げたスキウルミムス (Sciurumimus)は、コエルロサウリアの恐竜の1属と言われています。コエルロサウルス類の特徴は三本指の前肢と細長い尾である。またコエルロサウルス類の段階で恐竜は羽毛を持つように進化したと見られています。ドイツのバイエルン州、ケールハイム区のパインテン近郊の採石場より発掘されたもので、化石から推定される個体の全身骨格から推定して比較的に若い恐竜と考えられています。この個体の骨格から体長は約72cmと推定されています。ですが、成体ではもう少し大きくなると考えられています。化石からは、初期的な羽毛の痕跡が尾の付け根などに確認されています。

 ところで、始祖鳥(アーケオプテリクス)と同じようにヨーロッパには小型の二足歩行の肉食獣脚類で、頭から尻尾まで約1mくらいの体長、体重10kg程度のコンプソグナトゥス (学名:Compsognathus)という恐竜が生息していたと推測されています。コンブソグナトゥスの綱名は爬虫綱、属名は Comps(かわいい、上品な)+ gnathus(顎)の意味だそうです。学名は1859年、ドイツの古生物学者ヨハン・アンドレアス・ワーグナー((Johann Andreas Wagner、1797-1861)が命名しました。コンプソグナトゥスの化石は、1850年代にドイツ連邦共和国バイエルン州アルトミュール川沿いに位置する自治体、ゾルンホーフェン(Solnhofen)の町にある石灰石採石所及びその近隣のジュラ紀後期の地層から産出されたという説があります。また、余り正確なことは分かっていませんが、コンプソグナトゥスはフランスでも1970年代に発見されたと言われています。ゾルンホーフェンの近隣の地からはいまだに中世代の多くの動物化石が発見されていると言われています。



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