素人、考古学・古生物学を学ぶ

人類の起源・進化・移動や太古の昔、日本に棲んでいたゾウ類にも関心があり、素人の目線で考えてみます。

一日一日大切に生きることー素人、考古学及び古生物学を学ぶー(22):中本博皓

2016年04月12日 09時46分43秒 | ナウマンゾウについて
        抄録:日本にいたナウマンゾウ (22) 


  《絶滅したナウマンゾウ、昔々の話》:その(2)

 大型哺乳類の温暖化絶滅説、すなわち気候変動による大型動物の絶滅説には、小生もすごく関心を持っています。国立科学博物館地学研究部の冨田幸光氏が語るところに注目したいと思うのです。

 冨田氏は、「1つは、最後の氷期が終わると急激にあったかくなりますから、その環境変化が問題だったのではないか、だけど、もし環境変化だとしたら、大型動物だけが絶滅するのはおかしいじゃないかと。というのは小型哺乳類、具体的にはネズミとかビーバーとかですが、ああいうちっちゃいやつがどれだけ減ったかっていうと、5%から10%ぐらいなんです。一方で、大型哺乳類は70%ぐらい絶滅してるんですよ」(『Webナシヨジオ』)と説いておられます。大変興味のある話です。

  米国の古生物学者Steven Stanleyは、「地球の気候変化が生物絶滅の最も重要な原因である」(長谷川善和・清水長訳『生物と大絶滅』、1991)と言っています。そして彼は、生物と言う広い分野で大絶滅を取り上げています。

 二つの原因を指摘しています。一つは、「地質学的には突然である全地球規模での海面の低下が、海生生物の大絶滅の原因として一番重要だと認められてきている」と言い、二つ目として、「全地球規模での気候変化が、大絶滅の最も根本的な原因だ」と指摘しているのです。この点では、冨田氏も同じですが、冨田氏は、大型哺乳類について、大絶滅あるいは大量絶滅した原因をもう一つ挙げています。

 それは、前にも本稿で取り上げたことなのですが、『Webナシヨジオ』の中で、次のように語っています。

 「もう一つは、人が狩ったせいだ、という説ですね。オーストラリアでは、5万年前にアボリジニの祖先がやってきて4万5000年くらい前にバタバタッと大きな哺乳類がいなくなった。だから、やっぱり南北アメリカも人間のせいでしょっていう意識が強いんです。ただ、ネイティヴアメリカンの祖先がアジアからアラスカに渡ったのは、3万年ぐらい前。それは氷河時代の真っただ中なので、南に進めたのは、今から1万2000年ぐらい前なんです。南へ下ってきた人間がほんの少し来たからといって、1000年後の1万1000年前にすぐに狩り尽くすっていうことは不可能ではないかっていう疑問が出てきます」。

 冨田氏の指摘のように、確かにそうなんです。人類の活動が大型哺乳類を過剰な大量殺戮といいますか、地球上の全人口が衣食住のために大量に過剰狩猟したとしましても、今から1万2000年前位ですと、すでに人類は定住と農耕を始めておりましたし、大型哺乳類を過剰な大量殺戮によって絶滅にまで追いやることはなかったのではないか、言い方は悪いですが、その頃のホモサピエンスは現在の人間より生きる知恵を持っていたのではないか、本能的に賢かった。そんな風にも考えられるのです。

 なお、その頃の地球上というか、世界の人口は、大雑把ですが500万人程度だったと推計されているのが、人類生態学者で東大名誉教授大塚柳太郎氏の見方(注)なのです。

(文中の注:補筆)

 大昔の人口については、確信を持って述べることができません。たとえば、丸山茂徳・磯崎行雄『生命と地球の歴史』(岩波新書543、2007年4月第17刷、38頁.)によりますと、人類がアフリカを旅立つころ、人口は15万人だったそうです。そして人類がが道具を発明した100万年前、人口は約500万人位になったそうです。そして最後の氷河期が終わった1万2000年前になると、人類は農耕を発明し、食糧の安定供給ができるようになりました。かくして、この時代、地球上の人口はなんと約5億人にも増加したと言うのです。

 また、大塚柳太郎氏は5500年前でも世界の人口は1000万人程度だったと推計しています。日本列島について考えましても、北海道のナウマンゾウは5万年前〜4万年前まではかなりの頭数が生息していたようです。その頃、世界の人口は100万人位でしょうから、十勝平野の忠類辺りに何人の人類が住んでいたかを考えましても、ゾウなど大型哺乳類の狩りをしていたかどうか、定かではないのです。

 ただ、野尻湖の湖底からは大量の化石が発掘されており、湖底は、まさにキルサイトだったのではないか、と推察できます。しかし、3万年前〜2万年前の野尻湖人(旧石器時代人)が、ナウマンゾウやオオツノジカの大量絶滅を招くような過剰狩猟をしていたとは考えられないのです。そうかと言って、アリゾナ大学のPaul.S.Martin教授(動物学・地球科学)が、40万年前にゾウやマンモスなどの大型動物だけではないのですが、更新世の末(最終氷河期の末期で、4万年から1万年前と言う説)には、北アメリカに生息していた哺乳類が人による過剰な狩猟で大量絶滅したと説いています。それを否定できる材料を現在のところ、われわれは誰も持ち合わせてはいないのではないかと思うのです。

 日本列島について、魚津埋没林博物館の麻柄一志館長が、機関紙『うもれ木』の41号で、次のようなことを語っています。

「ナウマンゾウは約2万数千年前に、オオツノジカは約1万数千年前に日本列島では絶滅している。この2種は後期更新世(12万6千年〜1万2千年前)末の日本列島における大型動物絶滅の象徴といえる。魚津埋没林は過去の温暖化が引き起こした海水面の上昇によって水没したと考えられている」、と。

 富山平野にもナウマンゾウやオオツノジカなど大型の哺乳類が生息していたが、なぜ絶滅してしまったのか、それは今日のわれわれを取り巻くさまざまな環境問題を考える上にも大切なことだと指摘されています。

 麻柄一志氏もまたナウマンゾウやオオツノジカなどの日本列島に生息していた大型動物が絶滅した原因について、人間によるオーバーキルによるものなのか、気候変動によるものなのか、について取り上げています。麻柄氏は、オーバーキル説が正しいかどうかよりも、更新世末期も1万1000年前頃になると、縄文時代ですから旧石器人の時代です。彼らにとってゾウやオオツノジカは格好の食糧だったと見なしており、乱獲があったかどうか明確には語っていません。

 しかし、麻柄氏は、ナウマンゾウやオオツノジカの化石が産出する野尻湖の湖底遺跡や岩手県一関市花泉遺跡では化石とともに旧石器時代人が作ったり、使ったと推察できる狩猟の道具など、石器や骨器も発見されていることなどから、「動物の水場をねらった人類の生活の跡」がうかがえる、とも語っています。しかしながら「こうした狩猟活動がナウマンゾウなどの絶滅につながった明確な証拠」とはなり得ないのではないか、とも述べています。

 麻柄氏は、ナウマンゾウの絶滅が人間によるオーバーキル説に疑問を投げかけていると考えることができるようです。もう一つの原因として、麻柄氏は「環境変化(寒冷化)説」を取り上げています。

 すなわち、「後期更新世の終わり頃の3万年から急速に気候が寒冷化に向かう。2万数前年前の最寒冷期には平均気温は現在より8℃ほど低かったといわれており、こうした急激な寒冷化に適応できなかった大型動物が絶滅したと考えられている」が、麻柄氏はナウマンゾウなど大型哺乳類が15万年前のリス氷期と言われる最寒冷期を生き延びていながら、なぜ最終氷期に適応できなかったのか、その納得できる説明がない限り、気候変動説を大量絶滅の原因と見なすことも無理があると慎重です。

 ナウマンゾウの絶滅も一つだけの原因ではなく、麻柄氏は気候変動や人類の拡散と繁殖など人類の関与が複合して生態系に対して加えた圧力の結果を考えてみることも大切だ、と語っているように小生は勝手に解釈していますがどうでしょうか。

 最近、ナウマンゾウの絶滅した年代について新説も出ています。これまで最終氷期の最寒冷期2万2000年前頃と言う説が支持されていたのですが、京大グループではむしろ通説よりも1万年くらい早い時期に絶滅していたというのです。この新説が出たのは、最近とは言いましても、2009年6月のことです。最終氷期の最寒冷期が以前、「通説となっている2万~1万6千年前ごろではなく、3万年前ごろまでさかのぼる可能性がある」という見解です。すべての臼歯を砕いて測定することは困難ですから、一つの説として参考にしてはどうかと思います。

注1)2016年4月14日一部文中の(注)を補筆しました。
注 2)2016年4月21日一部補筆しました