ひさかたぶりの更新でございます。
ご訪問くださるみなさま、いつもありがとうございます。
さて、「プロのミーハー」を自称する身としまして、ミーハー道のよろこびをお伝えするのも責務のひとつと心得て、日夜ネタ探しにはげんでおります。というのはウソで、単にハマったら突っ走ってしまうガキなだけなんだけども。
しかし、マジメな話、ミーハーの楽しさのひとつは、何かおもしろいものを一個見つけると、そこを基点にいろいろな方向にひろがっていくこと、であります。
最近BBCのドラマ「シャーロック」にハマりまくっているのは、更新エントリーを見ていただくと一目瞭然かと・・・で、アミダクジの線をたどるようにそこからいろいろおもしろい世界へと逍遥しておるわけですが、中でもいま「グッ」と来ているのがホラー映画です。
こういうおもしろい映像を見まして↓
ホラー映画で使うホンモノっぽい血の作り方
A History of Horror with Mark Gatiss - BBC Four
1分27秒:「殺人鬼も今の僕みたいにそこらじゅう血がちらかって困るんだろうね」
そんな柔和な声ですごいこと言っちゃうマークってば。
いや~これもっと早く見つけたかったな~
テリー・ギリアムが「英国の映画やドラマで使う小道具の血は世界一のクオリティ」と語るのを聞いたことがあって、かなり前から興味はあったんです。「シャーロック」を観ていても、血が実に本物らしいというか、おどろおどろしくて良い。
これって結構重要なことだと思うんですよ。ホラーに限らずアクション映画とか刑事ものなんかでも、血が赤インキみたいな安っぽい色だと興醒めしませんか?わたしはします。上の映像を見ると、必要な材料は蜂蜜とか食紅とか簡単に手に入るものばかりだから、自主制作映画のスタッフさんなどは参考になるんじゃないでしょうか。
口笛をふきながら楽しそうに血を作っているのは「シャーロック」の脚本家で兄マイクロフト役でもあるマーク・ゲイティス氏。コメディアンでもあり、イギリスのコメディチームリーグ・オブ・ジェントルマンの一員です。
リーグ・オブ・ジェントルマンは日本でもDVDが発売されていて、
数年前に見ていました。その時はなんとなくノリについていけず、途中で挫折してしまった。でもゲイティス氏が演じていた肉屋のキャラクターだけはおぼえてました。闇で人肉をあつかっている肉屋、という設定だったと思う。
ゲイティス氏は筋金入りのホラー映画ファンで、『フランケンシュタイン』を監督したジェームズ・ホエールの評伝まで書いているらしい。それを知って、「シャーロック」にかぎとれるかすかなゴシックの匂いにものすごく合点がいきました。
で、上の映像を見た流れで、2010年にBBC4で放送されたドキュメンタリー『ホラー映画の歴史(A History of Horror)』を見始めたのですが、これが超おもしろい。案内役はゲイティス氏。
A History Of Horror with Mark Gatiss - (Episode 1) Frankenstein Goes To Hollywood
オープニングがいいね!
3部構成で、第一部はサイレント末期から1930~40年代のユニバーサルのホラーがテーマ。第二部ではイギリスのハマープロの歴史を、第三部は60年代以降のアメリカのホラームーブメントを紹介している。さっき第二部を見終えたばかりです。
実はわたくし、ホラー映画が大の苦手。こわがりだし、スプラッターがダメ。だけど逆に西部劇やアクション映画では血がどばっと出てくれないとつまらない。それと、いわゆるゴシックホラーの雰囲気は大好きです。だからゲイティス氏のドキュメンタリーはまさにどんぴしゃだった。
まずゲイティス氏は、ホラー映画のさきがけとしては、ベラ・ルゴシ主演の『ドラキュラ』よりもボリス・カーロフが怪物を演じた『フランケンシュタイン』の方を高く評価する。なぜなら後者のほうが「キャンプ」であるから。
英国の労働者階級出身で同性愛者だった監督のジェームズ・ホエールは、ホラー映画の分野に初めてキャンプ趣味をとりいれた先駆者だった、とゲイティス氏は語っています。
『フランケンシュタインの花嫁』(1935)より
She's Alive! She's Alive! - Bride of Frankenstein (9/10) Movie CLIP (1935) HD
いやー・・・ナイス。
「キャンプ」というのは定義がとても難しい用語です。「カルト」や「B級」と簡単に混同されてしまうことが多いと思うけど、キャンプというのはもう少し複雑なものです。何より、キャンプはまじめで奥ゆかしいものでなくてはならない。
初めて『フランケンシュタイン』を観た時は、セットの美しさ、映像のすばらしさに目をみはりました。ストーリーも美しかった。美青年のフランケンシュタイン博士が狂気に陥っていく姿、そして“怪物”のあの哀しく憂鬱な顔・・・。これは単なるB級として軽んじてはぜったいにいけない映画だ、と思った。
もちろん、だからといってしかつめらしい顔で理屈をこねまわしながら観ろというわけじゃない。コミカルであるのはまちがいない。怪物の花嫁のあのキッチュな“盛り髪”や、すっとんきょうな悲鳴に、つい「ぷっ」と噴き出してしまうのは人情です。しかし・・・
こういう作品を、あくまでふざけた、不真面目なカルトとしか見ない人々が(批評家の中にも)いるのは確かで、わたしにはそれがどうしても正しいアプローチとは思えない。
ちょっと前に『コーマン帝国』というドキュメンタリー映画を観てきました。アメリカB級映画の帝王ことロジャー・コーマンの歴史を追った映画で、非常におもしろかった。コーマン映画も実はほとんど観てないので感想を言いづらいけど、ロジャー・コーマンこそまさにハリウッドの真心だと、映画を観て感じました。
低予算の独立制作というスタンスを貫いていることもそうだけど、映画というメディアに対して彼ほど純粋でありつづける映画人は、きっと他にはいない。
映画にはさまざまなジャンルがあります。しかし何をおいても映画はアクション=活動シャシンである。
他のどんなジャンルにもなく、映画にしかやれないこととは、たとえば銃をぶっぱなしながら馬で山野をかけめぐること。ビルがまるごと爆発すること。連続殺人鬼が夜の町を追って来ること。憂鬱なモンスターの顔をクロースアップで見ること・・・つまりは、非日常的なアクションを追体験できる、ということです。
それらは、何よりも純粋に映画的なものであるはずなのに、いわゆる“文芸映画”や“アート映画”とくらべて低俗なものと見られてしまう。
しかし、ユニバーサルやハマープロの作品の、シネマトグラフィの美しさはどうだろう!衣装の美しさ。セットの優美さ。俳優たちの真に迫った名演技。彼らは絶対にオスカーなんかとるはずのない俳優やスタッフたちなのです。
『吸血鬼ドラキュラ』(1958) ピーター・カッシングとクリストファー・リー
マーク・ゲイティスはドキュメンタリーで、ジョン・カーペンターやロジャー・コーマンにも取材しています。ホラー大好き少年の夢がかなった瞬間でしょうね。彼や、この番組自体が、淡々と真面目にホラー映画の歴史をたどる姿勢が良い。こういう姿勢は日本人にはなかなか難しくて、いかにも英国的だという気がします。
「エレガンスがなければ良いコメディはうまれない」
---テリー・ギリアムはこうも言った。
王室とかアフタヌーンティーとか英国紳士とかアーサー王とか、きわめて格式高くエレガントなその外面の下には、強烈な皮肉やブラックな笑いが隠れている。そのギャップが英国独特のユーモアを生んできた。
その中のひとつのジャンルがゴシックホラーであって、そこに生まれたキャンプ趣味とはおそらく世界一エレガントなものである。それがとてもおもしろいと思うんです。
ジェームズ・ホエールも、ロジャー・コーマンも、マーク・ゲイティスも、いかにもおだやかで紳士的な外面の下に燃えさかる狂気をひめているのだから、まさしく彼らこそ「キャンプ」のあるべき姿そのものなのでしょう。
さあ、本腰いれてクラシックホラー映画の世界を探索してゆかなければ・・・
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