その時・・・ちょうどその瞬間・・・恐ろしい事が起きた。
・・・観客は総立ちになった・・・ボックス席にいた二人の支配人は思わず恐怖の叫びをあげた。
・・・カルロッタの顔には悲痛きわまりない表情が浮かび、目には狂気が宿っているようだった。
なぜなら、その、妙なる音色を出すために創られた口、いままで一度も故障した事のない名器、世にも美しい響きや難しい和音、微妙きわまる抑揚、情熱的なリズムを生み出したすばらしい器官、真の感動を与えて魂をかきたてる超自然的なひらめきがないばっかりに、神々しい美しさに欠けていたとはいえ、それ以外は完璧な究極の人間機械・・・その口から、なんと・・・。
その口から・・・一匹のヒキガエルが飛び出したのだ!
そう!醜い、いやらしい、いぼいぼだらけの、毒のある、口から泡を吹く、体中べとべとした、嫌な声で鳴くヒキガエルが!
モンシャルマン、リシャール両支配人は顔面蒼白だった。
彼らは<怪人>の吐く息を感じた。
そう<怪人>はそこにいた・・・彼等のまわり・・・彼等のうしろ、彼等の隣にいて、姿は見えないが,気配が感じられた!<怪人>の呼吸が感じられた。
音のよく響くホールにカルロッタの声だけがふたたび流れ始めた。
わたしは耳を澄ます!・・・
・・・すると、わたしにはその声がわかる(ゲコッ!)
(ゲコッ!・・・)わたしの心のなかで歌う孤独な・・・(ゲコッ!)
どうやらヒキガエルも鳴き始めたようだった。
<怪人>はふたりのすぐうしろでせせら笑っていた!
やがて、彼等の右の耳に<怪人>に声がはっきり聞こえてきた。正体不明の声、見えない口から出る声がこう言った。
「今夜のカルロッタの声の調子外れなことといったら、シャンデリアもはずれそうだな!」