地方の女たち

夜の街で出会った女達と男達

長崎で・・・

2018-08-09 13:35:00 | 今日のニュースから
今日は長崎に原子爆弾(核)が落とされた日です。

長崎の平和記念像の前で、平和を祈る式典が行われ。安倍首相も出席している姿がNHK で映し出されていました。

長崎市長や被爆者の代表から公然と批判を受ける首相も、立場上仕方ないとは言え辛いものがあるでしょうね。

私は昔の妻が長崎出身と言うのもあり、長崎には何度も行きましたが、核で破壊された町とは思えない綺麗な町だと感じました。

しかし、、、、

それは表面上だけで、 長崎市民の生活の中には 核の被害が受け継がれていました。

私が頻繁に長崎に行ったのは20数年前なので、戦後50年くらいは経っている時期です。
なのに・・・貧しい人が異常に多いんです。

貧しいと言っても、日々の生活に困っている程ではないので表面上は解りません。

ただ全国的には高度成長・バブル景気とあり、国民の殆どが中流意識のある時代です。その中で、全く余裕の無い日々を続けている市民の多さに驚きました。

確かに、、、少し考えると理解出来ます。

今、自然災害で多くの人が厳しい生活を強いられていますが。

長崎に原子爆弾が落とされた時代は周りも敗戦で苦しい状態。
ボランティアも無ければ、現在の様な自衛隊の協力もない。

焼け残った板を集めて小屋を建てて夜露をしのぐ生活です。廻りに有るものは、全て放射能で汚染されている事も知らず。
仮に知っていても、どうにもならない。
復興は全て自力です。
最初にすることは死体のしまつ。
墓なんかは、ずぅ~っと後。

死体のしまつが一段落した頃には、放射能による病人の続出。

そんな話を経験した本人から聞くと、そのインパクトは強烈でした。

そして嫌な話も・・・

それは被爆証明書です。

「あの人は証明書を持ってるので楽だ。」
こんな陰口が何かにつけて出てくるのです。
同じ様に被爆しても、認められて保護される人と、そうでない人が長崎には共存しているのです。

医療費や生活に助けのある人に対して、自分も被爆者だと思ってる人が、そんな感じになるのはどうしようもない。

その認定が原因で長崎市民の心の中に、妬み歪みを作った。

綺麗な町・長崎には似合わない。

そんな触れたくない嫌な問題を解決するのは時間しかない現実。

73年が経ち、被爆者が高齢者になったり、亡くなる事で問題を解消する、、、

平和を祈る日が記念日になる。

そして将来は催しの日になっていく。

それが平和の証なら、、、、それで良いか・・・
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