地方の女たち

夜の街で出会った女達と男達

介護と殺人・・・

2016-04-07 22:10:05 | 自宅介護
また起ってしまいました。。。

兵庫県で82才の夫が79才の妻を殺してしまった。。。
夫は介護に疲れていた・・・と言っているみたいです。

我が家も寝たきりの母親を父が自宅で介護しました。
父が78才、寝たきりの母が74才で、その期間は10年間にも及びました。

この家族は老夫婦と息子の3人だった様子で、その点は我が家と同じです。

ニュースによると以前に夫が妻に暴力を振るって、息子が警察に電話をした・・・と言うのがあるみたいで。

暴力の程度は解りませんが、息子が警察に電話をすると言うのはどう言う感覚だったのでしょうか・・・。
家族の人間関係はそれぞれで一概には言えませんが、80才になる父親の暴力を息子が押さえ込む事が出来なかった事が・・

体力的なものなのか(息子が病弱とかで)、、、精神的なものなのか、、、不可解です。

こう言うケースが度々発生するようになっていますが、その解決策は取られていません。

そして、後々に裁判で執行猶予が付き無罪同然になる場合が・・・。

私も寝たきりの母親だけじゃなくて、母が亡くなった後は父親の介護が必要になり。。。
簡単な手助けから入れると、足掛け20年を介護に費やしましたので、介護の辛さは充分に解っているつもりです。

それでも殺してはいけない。。。絶対にいけない。。。

私自身、その当時の事を思い出して 「なんてひどい事を言ったり、したりしたんだろぉ~」と
時々ですが思い出しては気持ちが沈みます。


寝たきりになり、介護をされる立場になった人の事を考えて欲しい。
毎日、同じ天井と壁、見る顔もほぼ同じ、テレビを見る気力も無い。
何年も同じ景色で同じ姿勢、考えや判断が鈍ってしまうのは当然です。

私の父親も 「お母ちゃんがとうとう狂ってしまった・・」
そう言って私に訴える事も度々有りました。

私が確認するとそれほど異常じゃないのですが、なにぶん直接介護をしている人は常に疲れている状態です。
寝たきりの人が年齢相応の言動でも、介護する人にとって変な事だと、異常と強く感じてしまうのです。

どちらも仕方ない事なのですが、心身ともに慢性的な疲労状態にある介護者には些細な事でも厳しいんです。


両親とも亡くなり、私には介護をすると言う事はなくなりましたが・・・
どうしても国に考えて欲しい事が介護に関して一つ有ります。

それは、、、、
介護を認知症の人とそうで無い人に分けて対処してほしい。
つまり、介護の必要な認知症の人に対しては費用が小額で済む様にして、他の介護はある程度の負担を増加する事です。

認知症以外で介護保険を利用して施設に入っている人の中には「便宜上」介護施設に入っている人も大勢いてます。

自宅で介護をする者にとり、認知症の人とそうで無い人では天地の差が有ります。
これは別物といっても過言ではないと思います。

介護の事を考える時には別々に考えて欲しい

また、その家族は「施設に入れた方が当人にとっても安全だから・・」 
なんて理由をつけて安易に金で解決するのは止めて欲しい。

親は子供を生み育てるのに多くの犠牲を払った人なんです、今度は自分が親の為に喜んで犠牲になりましょう。
親の為に無理をして下さい

そして国はそんな無理をしている人達を助けてあげて欲しい



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介護する人の責任

2016-02-29 14:51:11 | 自宅介護
明日(3/1)に最高裁判所の判断が示されます。

認知症の人が徘徊し、誤って鉄道事故になり、その賠償責任を監督者が負うかどうかの判断です。

事故の賠償責任については、その事故の原因と被害の状況などに、それぞれに関った人の立場など色々な要素が関係するので、その事情を詳しく調べなければ判断は難しい。

・・・で、、。

私は自分の経験から「親の介護をする人の立場」と言う一点から、からこの事件・裁判結果に注目しています。

当時は老老介護で91才の認知症の夫を妻(85才)が中心となって介護に当たり、息子の妻が両親の近くに転居して面倒を見ていた。

鉄道側は亡くなった老人(91)の遺族4人を相手に訴えた。

一審は妻と、介護の方針に対し主導権を持っていた息子に責任を認め、請求額・約700万円を認めた。

二審は息子は遠距離なので現場の責任は無いと、妻(85)だけの責任を認め請求額の約半分を認めた。

明日ある最高裁の判断は今後の基準となるので、介護に関る人達(家族・施設)は大いに関心があることなんですが。。。
私は息子の介護方針について考えるべき点が大いにあると思います。

私の家でも両親それぞれに介護が必要になり、その度にどのような方法を取るか何度も話し合った経緯がありました・・・なかなか結論は出ませんでした。

認知症の介護は身体能力が落ちた老人の介護と違って「徘徊」による事故を一番に考えなければならないと言う事は、その事に直面した人なら誰でも気がつきます。

徘徊による事故とは、当人の命に関る事故と他の人に迷惑をかける事故の両方です。

この息子さんの意見を聞くと
自分の妻を介護の為に転居までして老老介護の状態である両親を助け、自分も週末には介護の手助けをする為に帰っていた、、とか・・
一・二審の介護責任者の責任を認めた結果で、認知症の介護現場では萎縮が始まった、、とか・・
出入り口のセンサーは昔に不動産業をしていた時の来客用で、その音で認知症の老人が興奮するために利用していなかった、、とか・・
85才の妻(母親)は要介護1、その人に責任を負わすのは、、、とか・・
交通事故の場合は損害賠償の責任を負うと例が無い、、とか・・

そして、これ以上するべき事があれば具体的に教えて欲しいと言っている。


少し厳しいかも知れないが・・・
ハッキリしている事は認知症の父親に対しての最初の判断が間違っています。

物事、スタートで間違うと正しい所には行き着きません。
とは言っても正しいスタートを切るのは難しい。
ですから、日頃のチェックが必要で、間違いを修正して正しい道に戻る努力が必要なのです。

何が間違いか・・・
まず極論から言うと。。
自分の親の事を自分以外の人に任せた事です。

認知症の父親を自宅で介護すると判断したのなら、その介護現場は自分が中心で負うべきです。
仕事・・・・辞めれば良いんです。
辞めれば経済的な問題が・・・それじゃあ、プロに任せれば良いんです。
施設に入れるのは当人が可哀想・・・中途半端で危険な介護の方がもっと可哀想です。

自宅での介護は想像を絶する負担を覚悟しなくちゃ選択してはいけない。
もし選択たとしても、介護する人される人の両方に取り、現状が一番正しい事かを繰り返し考える事を怠ってはいけない。

自分の親の介護を自分以外の人に任せた事を間違いと最初に言いましたが、、、。

詳しく言うと、、、
自宅介護に対しての覚悟と認識が不足している人が自宅介護を選択するのは間違い。
片手間での介護は自分自身が親を見捨てていないと自己満足の為と言われても仕方ない。

自分の妻を親の近くに転居させ、自分も仕事が休みの日には遠い親元に帰って手助けするのが・・・片手間なのか、、、と反論したくなりますよね。

でも、、、、介護と言う世界では・・片手間です

親の介護が必要になる時期は突然やって来ます。
当然、こちらの状況を考えてくれません。

定年まであと少し、、、退職すれば、、、との思いは理解できます。

それまでは年老いた片方の親や自分の妻に何とか頑張ってもらう。。。

現実的にはこの様な事を選択することは良くあると思います。

そんな時はその時期が来るまでは施設に入れてプロに任せ、自宅介護は退職してからにする。

個人的には選択してはいけないと考えていますが、、、、
認知症の親をどうしても自宅介護でという人は、介護施設をやっている人や警備をやっている人に意見を求め、自宅を施設並みに改造する必要があります。

それをやらないで認知症の人を自宅で介護するなんて安易に選択はしてはいけない。

明日の裁判結果・・・
・85才で要介護1と言うのは普通の元気なお婆さんです。
・介護の方針を決めた息子は相続人でもあり全体の責任者です。

私は介護責任者、息子と妻の両方に責任を負う義務があると思います。
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介護のタイミング

2016-01-08 10:59:28 | 自宅介護
老人に対して介護と言う言葉を使う時に、その「介護」の内容に定義はありません。

いわゆる介護保険の適用範囲は他人が労働として行う範囲ですから
子供が親の介護をするのとは違います。

介護される人の生命や財産にかかわる事も子供なら可能ですし
簡単なお手伝いも介護の枠の中かもしれません。

個人的には介護という問題は両親の死により無くなったのですが
私が長年に渡り「自宅介護」に関った事を知る友人達は色々と相談を持ちかけてきます。

今、、、非常に微妙な状態の老人がいてるんです。
友人(女性)の母親なんですが、、、

友人の話は・・・
物忘れがひどく、それがココ一年くらいでかなり進んでいる。
物忘れとホケとは違うと言う事は理解しているみたいですが、あまりにもひどくて日常生活に支障が出ていると言うのです。

現在は別々に住んでいるのですが、そろそろ同居するか施設に入れるかを選択しなければ・・・と考えている様子です。

施設での生活で必要な資金面は問題は無いのですが、同居すると自分の職場への通勤が一時間以上余分に必要になります。
自分の将来の事を考えると、簡単には辞職する訳には行きません。

最近、その友人は母親のお金を取りあげてしまいました。
自分で「私は鬼娘」なんて言ってます。

そうなった理由を聞くと・・・
母親と親しい老人・・仮名~チズさんがお金を借りに来るらしいが、いくら貸したか忘れている様子らしい。
返金されているかどうかも怪しいと言うのです。

有る時に、その老人チズさんの息子にお世話になったので、車代として小額のお金を渡そうとしてサイフを出すと・・・
横に居た母親で元気な老人チズさんがサイフの中のお金を全部鷲づかみにして子供の青年に渡したと言うのです。

その出来事を同乗していた別の老人から聞き、お金を管理した方が良いとアドバイスを受けたんです。

年末の12月の中頃に10万円を母親に渡し、年末にも10万円を渡したのだが・・
新年の2日に行くと・・・お金が無いと、、、、、
仕方なく再び10万円を母親のサイフに入れて、何度も言い聞かせたんだか、、、
一時間後には・・・・お金が無いと言う母親
「さっき渡した」と言うと  「それなら何処かにあるんだろうなぁ~・・・・」

確かに母親がこの状態じゃ娘はたまったもんじゃない。

私もこの母親に何度か会った事があります。
娘の知りあいと言う事で色々と気を使ってくれます。とてもボケているとは思えません。

この年老いた母親は、元々よく気が付く人なのでしょう。
私が一時間ほどいてる間に
「お茶 飲みな」 「お菓子食べな」 「ご飯を食べて帰り」
こんな事を2~3分おきに言います。
最初はその言葉に返答出来るのですが、それを3回、、、4回と繰り返されると、、さすがにしんどいですネ

同じ様な事を自分の親にやられると必ず言いますネ
「何度も同じ事を、、ええかげんにしてくれ

素人の私の判断では「まだらボケ」じゃありません。
物忘れと元来の性格の問題です。
このまま鬼娘となって見守るより方法は無いと思っています。

自分を苦労して育ててくれた親です。少なくともその分はお返ししなくちゃネ

この母親はもう間に合いませんが・・・
もう少し元気な時から「メモをとる習慣」を身に付けておくと忘れる事を少しだが防げます。
日記のような物をつけるのです。
「病院に行った」 「お米を買った」 「誰々さんが来た」 
こんな感じで良いんです。

娘からの話しは・・・聞くだけ。
テレビだと・・・聞くのと見るの両方
メモをとると・・聞く、書いた文字を見る、頭の中で復唱する。

ですから、、、〇月〇日に日帰りの旅行に行くと言うご近所のお知らせなんかは
聞くし、チラシを見るので比較的覚えています。
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親子の事件

2015-11-12 23:07:41 | 自宅介護
横浜市港南区でボストンバックから女性の遺体が発見
その部屋は高齢の母親と中年の息子が住んでいたと・・・・。

高齢の親と中年の子供の2人住まい、、、
この状態で「自宅介護」の枠の中に入れて考えて手立てをしないと今後も事件は絶えないと思います。

身内の争いによる事件は色々と有りますが、この高齢の親と中年の子供の2人住まいでの事件は悲惨です。
資金力が弱い時に精神的に体力的に追い込まれると、それまでは社会常識を持って生活していた人も異常きたします。

一部には親が亡くなっているのに、その親の年金を目当てに遺体を隠して生きているように装う。
人里はなれた家だけの事じゃなくて、都会の真ん中にあるマンションなどでもありえます。

もっとヒドイのは親の死に関与してしまう事です。
親と2人で暮らす親孝行の子供だったはずなのに、親殺しになってしまうんです。

私は今でも高齢の親に対して汚い言葉を吐いた事を悔やんでいます。
その時の状況が、今、私の横であったなら、、、私は自分を殴り殺すかもしれません。

今、、、私の周りにも高齢の親の世話をしている人が数名います。
まだ一般的に言う介護の状態にはなっていませんが、もう充分に追い込まれています。

追い込まれている原因は金銭だったり精神状態だったりしますが、いずれにしても解決の道は発見できていません。
経験上、、残念な事にこの問題の解決は無いと言っても過言ではないと思います。

何故なら相手の親の状態が変化していくのです、何か問題が有り、その対処で良い方法を思いついても
その時にはその対処方法が通用しなくなってたりします。

例え兄弟姉妹が多くても、親が一人になった時からは兄弟達の雰囲気が変わります。



仮に長女が一人住まいの親の元に通いだすと・・・
他の子供達は、、、「やはり姉ちゃんでなけりゃダメだね」 なんて言い出して自分は一歩引きます。

親の事ですから協力は惜しまないと言う態度はとりますが、
積極的な行動はとりません(親は姉が見ているので安心と・・・)。
そうなると高齢の親と親孝行な長女は孤立してしまうのです。

追い込まれるのを防ぐ方法は・・・ありません。
ただ、和らげる方法はあると思います。

100人の高齢者がいたら100の方法が必要なので、こうすれば良いとは言えません。

かすかにその可能性が有るのは・・・あかの他人が定期的に訪れて話を聞いてあげる事です。
近くの民生委員なんかはダメです、まるっきり知らない人の方がプライベートな事は話しがしやすいんです。
ほんの半時間ほど、ひたすら話を聞いてあげる。
これを自治体でやれば、それなりの効果はあると思います。
それで親子の悲惨な事件が少しでもなくなれば・・・と。
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介護をする人の気持ち

2015-09-15 15:13:05 | 自宅介護
川崎の老人ホームの事件・・・嫌な事件です

ネット上で色々な映像も流れています。
介護をしている人のひどい言葉にゾッとしますが、ある部分、、、解らないでも無いんです。

私も親の手助けから始まり、本格的な介護まで長年にわたって経験したのですが
その時の私の言葉は絶対に、人には聞かれたくないような言葉です。

自分で自分の言葉を思い出しても、当時の私の言葉は完全に「暴力」です。
これを他人が見聞きすれば、もっとひどく感じると思います。

そんな事を今更反省しても、私の言葉で傷ついた両親には伝わりません。
亡くなった両親の事を何かで思い出したときに辛くなるだけです・・・それが私に対する罰なのかもしれません。


さて、、、川崎の事件だけじゃなくて、介護をされている人に対しての暴力は全国で現在進行している最中でしょう。
それは私の様な親族だけじゃなくて、今回の様に職業として介護をしている人達の間でも行われていると推測できます。

被介護者に対して絶対に越えてはならない一線・・・誰にでも解る事、、、実力行使です。
体力的には絶対的に差がある相手に力の暴力を用いるのは・・・人間じゃない。

介護のプロとなれば、その部分をより一層研きをかけて、一般の人には暴力にならないような行為でも老人には暴力になってしまう事を知り、丁寧な扱いをしなくちゃなりません。
それが出来てこそプロなんです。

老人の介護は本当にしんどい、こちらがいくら頑張っても緩やかに下降するのが限度です。
そして、必ず手に負えない事態になり終わりが来るのです。

赤ちゃんの様に成長して微笑んでくれたり、病人の様に完治して感謝してくれることも無い。

・・・・でも。。。あの川崎の老人ホームでの出来事は悪魔の仕業です。

関係する省の大臣が出てきて対処すると言っていたが、こう言う事件が発生してから法律が・・・って感じますよね。
これはチヨット特殊な事件が発生すると何時も感じる事です。

まぁ、、、あまり先回りして法律で国民を縛るのはどうかと言う考えも有り難しい判断です。

その事をとやかく言う前に、、、とにかく3人も「落下事故」が発生しているのですから
ここは徹底した追及をやってもらいたい

今後もこの種の事件は多発する可能性が大きいし、その方法は陰湿になり、
外には出ない手段で老人という弱者に対する暴力が行われ続ける事を減らして欲しい。

これはその種の施設だけじゃなくて、家庭介護でも良い影響を与えて欲しい。

介護を必要とする予備軍の人口は多い、63才~68才の人口は年代別だと現在の若者の二倍近くいてるんです。
後10年もすればその人達に介護の必要な時代になります。

国の資金にも限界はある、ここに多くの資金をつぎ込むと、その時に働いている世代の負担が大きすぎる。
これをカバーできるのは・・・・人間力と言うか日本人力です。

浪花節でもなんでもない、最終的にはソコに頼らなければならなくなるんです。

「金」で解決する事が出来るほど日本が豊かで有ったとしても・・・
・・・・「金にならない老人達」と言う枠が出来てしまい、そこで事件は発生するんですねぇ~
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