ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

チャチャヤング・ショートショート・マガジン 10号

2020年10月28日 | 本を読んだで

 チャチャヤング・ショートショート・マガジン第10号が出ました。私も同人の末席に加えさせていただいております。私たち同人が薫陶を受けた眉村卓先生の一周忌が近づいてまいりました。この号は「眉村卓先生一周忌追善号」となります。
 今から40年ほど大昔、私たちは毎月、眉村先生の仕事場(のちにご自宅)にお邪魔して勉強会をしておりました。その仕事場のマンションが「銀座が丘ハイツ」といったので、その集会を「銀座会」といっておりました。勉強会といっても系統だてて勉強するわけではなく、眉村先生を囲んでの雑談会でした。大変に有意義で勉強になりました。この会を記録していた人がいたのです。野波恒夫さんです。その野波さんの「銀座会記録」が巻頭に載っております。
 この号の執筆者は、野波恒夫、岡本俊弥、和田宜久、深田亨、雫石鉄也、柊たんぽぽ。

 この本はオンデマンド出版です。ご購入はこちらから。 

片想い

2020年10月27日 | 作品を書いたで
「え、赤松来るの」
「うん」
「赤ちんが来るんだったら、オレ、帰るわ、藤田」
「せっかく来たんだから、おれよ。木下、篠も来るで」
「真理ちゃんも来るんか。じゃあ、おる」
 
三〇年前。市立本条中学三年五組。
「木下、こんなんじゃ、お前の行く高校はないぞ」
「高校行かんでもええんや。オレどうせ豆腐屋になるんやから」
 豆腐屋のせがれ木下は担任の赤松教諭にたっぷりと絞られた。しょぼんとして帰ろうとしたら、同じクラスの篠真理子と廊下でいっしょになった。テニス部の練習にいくところだ。
「あら、木下くん補習?」
「うん」
「あたしK高受けるの。またいっしょのガッコになりたいね」
 篠真理子はそういうと走って行った。
「おれがK高なんて行けるわけがない。篠かわいいな。赤ちんいつかどついたんねん」
 ラケットを抱えて走る篠真理子の脚がきれいだった。
「篠、このままではK高はちょっとむつかしいぞ」
 赤松は悲しそうな顔でいった。
「数学をもちょっとがんばらんといかんな」
 赤松は数学の教師だ。それから赤松は篠真理子に二時間かけて、数学の勉強方法と高校受験のポイントを教えた。大変に判りやすく、頭のいい篠真理子は、赤松のいうことを理解できた。
「赤松先生いい先生だわ」

 こんどのクラス会は参加者は二〇人。三〇人のクラスとしてはなかなかの盛況といえる。木下は初めての参加である。本条中学にはさして想い入れはない。
卒業して三〇年。どんなヤツがおったかほとんど忘れている。覚えているのは、今回のクラス会に誘ってくれた親友の藤田と片想いの相手篠真理子ぐらいだ。だいたいが木下は中学の三年には良い思い出は少ない。その原因は担任の赤松教諭のせいだ。ほめられたことは全くない。

 卒業して三〇年。篠真理子にとって本条中学の三年間は良い思い出しか残ってない。かわいく社交的で明るい篠は友だちも多い。特に親友といえるのが橋田里美と山口悦子だ。クラス会はいつも、篠、橋田、山口の三人がいいだしっぺだ。今回のクラス会も橋田が幹事だ。今回で四回目。いつも赤松先生を呼んでいるのだが、先生もぜひ出席したいとおっしゃってるのだが、折悪しく用事が重なり、先生は三回とも欠席だった。四回目の今回先生の都合がついて出席していただくことになった。

 会場のホテル松園のパーティー会場。参加者が全員そろった。司会者の藤田が壇上に上がった。
「本日はお忙しいところを、ご参集いただき、幹事一同感謝しております。では、今回はうれしいゲストに来て頂いております。私たち本条中学三年五組の担任の先生、赤松先生です」
 一人の老人が壇上に上がった。八〇近い老人だ。あいさつをしたが、モゴモゴと口を動かしただけで何をいってるのか判らない。
 短いあいさつをすませ、ゆっくりと壇を降りた。動くのがものすごく大儀そうだ。前列の椅子にそろそろと腰を下ろす。
「それではご参集のみなさんのご健康と赤松先生のご長寿を祈って、乾杯」
 赤松は自分のことをいわれたのがわからないようだ。ムニャムニャと口をゆがめている。
 乾杯のあともビールに口をつけず料理も食べない。
「だれが赤ちんを呼んだのだ」
 木下は怒りながらいった。
「あたしよ」
 篠が答えた。
「えらくしんどそうだ。かわいそうじゃないか」
 木下はそういうと赤松の肩を持った。
「さっ、先生立てますか」
「立てる。ありがと」
 赤松が小さな声でいった。
「さ、帰りましょう。ぼくが送って行きます」
 赤松は木下の肩を借りてゆっくりと歩きだした。
 木下の片想いは三〇年たっておさまった。
 
 


栗ご飯

2020年10月25日 | 料理したで
 旬のモノは旬の時期に食べたい。秋である。秋のうまいもんはいろいろあるけど、栗はその代表といっていい。そのいまが旬の栗と新米を組み合わせたご飯がこれだ。栗ご飯である。
 この料理で一番手間がかかるのは栗の処理である。お湯に30分ほどつけておく。鬼皮が柔らかくなってむきやすくなる。
 鬼皮と渋皮もしっかりむこう。皮をむいたら30分ほど水につけてアク抜きをする。かような作業がめんどくさい人向けに、むいた栗が売ってるが、あれはまずいからワシは使わない。
 さて、栗の用意が整った。あとは洗米した米に栗をのっけて炊く。土鍋で炊けばいいんだが、今回はお手軽に炊飯器で炊く。料理は手間をかけようとすればいくらでも手間がかかる。今回は栗の処理に手間をかけたので、ご飯を炊くのは簡単にすます。手間と簡単を使い分けようぞ。
 炊きこみご飯のポイントは、今回は栗だが、具を米に混ぜ込んで炊かないこと。必ず米の上に乗っけてご飯を炊く。混ぜ込めば炊き上がりにむらがでる。
 黒ゴマを振って食べよう。

まめだ

2020年10月21日 | 上方落語楽しんだで
 ええ、秋でございます。上方落語で秋の噺といえば、ワシがぱっと思いつくのは「まめだ」ですな。元は三田純一先生が、上方落語に秋の噺が少ないということで桂米朝師匠に書いた落語です。
 若手の役者が仕事帰りに傘の上に異変を感じるんですな。ずっしりと重い。で、なんぞが取り憑いたに違いない。ちゅうんで傘をさしたまま、トンボを切ると、なにかが叩きつけられました。
 この若手役者の実家が薬屋。膏薬を売っております。母親が一人で店番しとると絣の着物を着た子供が膏薬を買いに来る。店を閉めて金勘定するとお金と現物があわん。銭箱に木の葉が1枚入っとる。ちゅう噺です。子狸がイチョウの葉を銭に変えて膏薬を買いにきてたちゅうこった。
 この噺、オチがよろしいな。死んだ小狸のにようけイチョウの葉が舞い集まって来る。「ほれ、見てみい、狸の仲間からようけ香典が集まった」情緒があって哀しくて秋の風情がようでとる。米朝師匠の口演で聞くと、しみじみとしますなあ。

ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密

2020年10月19日 | 映画みたで

監督 ライアン・ジョンソン
出演 ダニエル・クレイグ、アナ・デ・アルマス、クリス・エヴァンス

NHKで放送している「名探偵ポアロ」を毎週楽しみに観ている。デビッド・スーシェのポアロで声が熊倉一雄という極め付きのモノだ。
この映画の監督ライアン・ジョンソンはクリスティみたいな「名探偵」モノをつくりたくて、この映画を撮ったとのこと。
「名探偵」なる存在は20世紀のモノではないだろうか。ホームズは19世紀だがポアロにしても、金田一にしても「名探偵」は前世紀が似合う。
この映画にも「名探偵」で出てきて、警察をさておき推理を働かせ「犯人はお前だ」をやるが、21世紀で「名探偵」はどうもそぐわない違和感を感じたしだい。出てくるBMWが古いタイプなので20世紀かなと思ったが、登場人物がスマホを使っているので、どうも現代の21世紀の話らしい。
お話はクリスティというより横溝正史みたい。大金持ちが不自然死。刃物でのどを斬られて死んでいる。状況は自殺だが、名探偵ブランは他殺と見ている。容疑者は家族全員と家政婦、被害者に雇われている看護師。
被害者の長男は亡くなっている。長男の嫁、次男、孫たち。どいつもこいつもあやしい。看護師は被害者から信頼され、家族からも仲良くされ、家族同然のあつかい。で、この家の当主が死んだ。莫大な遺産はだれが継ぐのか。遺言書はある。弁護士が遺言書を開封する。指定された相続人は意外な人物であった。
登場人物の中の一人の体質が物語の重要なキーとなっている。×××は△△すると〇〇するのだ。最後に犯人はこの人物の○○で殺人(大金持ちの方ではなく被害者Bの)を自白させられるのだ。  
   


ザ・チェーン 連鎖誘拐

2020年10月17日 | 本を読んだで

エイドリアン・マッキンティ  鈴木恵訳          早川書房

「お前の娘を誘拐した。助けて欲しくばよその娘を誘拐しろ」レイチェルの13歳の娘カイリーが誘拐された。離婚してシングルマザーのレイチェルにとってカイリーは生きがい。娘を助けるためダンリービィ家の子供に狙いをつける。被害者に加害者になることを強要する。こうして誘拐の連鎖=チェーンはつながっていく。子を想う親の心情を利用した、まさに悪魔の所業としかいいようがない。犯人は自分自身は誘拐を実行しない、被害者を脅し、ときには殺し「チェーン」の維持運営に腐心する。
 レイチェルは元夫の兄ピートを相棒にして「チェーン」に戦いを挑む。主人公レイチェルはめげない強い女で、絶対にへこたれない。めげない。なんとしてでも娘を取り戻すぞと固い決意。ピートは元海兵隊。ではあるがランボーやコマンドーのように大暴れはしない。麻薬患者で禁断症状になやまされながらカイリー救出にために活動する。
 この巨大な悪意のかたまりのようなシステムを作った人は、なんとびっくりのあの人だ。ピートじゃないよ。


SFマガジン2020年10月号

2020年10月15日 | 本を読んだで

SFマガジン2020年10月号 №741        早川書房

ごろりんひとり人気カウンター

1位 クランツマンの秘仏         柴田勝家
2位 海底図書館 博物館惑星 余話    菅浩江
3位 2018年4月1日、晴れ        劉慈欣 泊功訳
4位 火星のレディ・アストロノート アリ・ロビネット・コワル 酒井昭伸訳
   ピグマリオン(後編)は未読

連載

小角の城(第61回)       夢枕獏
アグレッサーズ 第2話 ファイターウエポン 戦闘妖精 雪風 第4部 
神林長平
マルドゥック・アノニマス(第32回)   冲方丁
マン・カインド(第13回)        藤井大洋
幻視百景(第27回)          酉島伝法

ハヤカワ文庫SF創刊50周年記念特集。
 そうか。あれから50年も経ったのか。ワシも年をとるはずだ。ゲホゲホ。うう。く、苦しい。痛い。1970年だったな。ハミルトン「さすらいのスターウルフ」、ハワード「征服王コナン」、ヴォクト「宇宙嵐のかなた」、バロウズ「月の地底王国」、ファーマー「緑の星のオデッセイ」。この5冊が本屋に並んだのを覚えている。これはけっこうな文庫が出たと、ワクワクして喜んだのを覚えている。その場で5冊を衝動買いしたが、読んだのは確かハミルトンとヴォクトだったかな。
 特集企画の内容は、「ハヤカワ文庫50年の歩み」と作家、翻訳家諸氏のハヤカワ文庫にまつわるエッセイなど。
 早川も商売でこの文庫を出してるわけだろう。だからこの文庫が売れてほしいわけ。そういうわけで他社の文庫に言及はしたくないことは理解できる。しかし、SFマガジンは本邦で唯一のSF専門誌だろう。だからこの雑誌には日本のSF界に対する、ある種責任と公的な立場も求められるのではないだろうか。
 このハヤカワ文庫が日本のSFの発展と普及に果たした功績は認める。しかしハヤカワ文庫だけで、日本のSFのこんにちを築きあげたのではないだろう。
 東京創元社の創元文庫の存在を忘れてはならない。創元文庫の実績と功績もハヤカワ文庫に勝るとも劣らないと思う。ハヤカワ文庫にとって創元文庫は商売がたきではなく、並走して走る戦友といった方が正鵠を得るのではないか。この特集企画において創元文庫についても大きく言及すべきだったのではないか。 

天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ

2020年10月14日 | 本を読んだで
小川一水            早川書房

 ふ~うう。やっと読み終えた。しんどかった。思えば第1巻を読み終えたのは2011年の秋だった。その間、小生は入院して手術したりしていろいろあった。前のブログも終了した。作者の小川一水さん、まことにご苦労さまでした。そしてワシにもご苦労さん。

ミニミニ大作戦

2020年10月12日 | 映画みたで

監督 F・ゲイリー・グレイ
出演 マーク・ウォールバーク、シャーリーズ・セロン、エドワード・ノートン

 1969年版は観ていない。2003年版のを観た。この映画の主役はモーリス・ミニクーパーということになるのだろうな。だからミニが走り回る映像をみせたいわけだろうが、ただたんに小さな車が走り回っているだけでは映画にならない。
 泥棒映画である。イタリアのベニスで50億円分の金塊を盗み出したチャーリーたち。この泥棒のチームにはコンピュータや運転、機械工作のすご腕のプロがそろっている。まんまと金塊を盗み出した一行は、仲間のスティーブの裏切りにあう。チャーリーは師匠のジョンを殺され、金塊を全部持って行かれる。
 1年後、スティーブはロスアンゼルスに居た。金塊はまだ持っている。チャーリーは生き残った仲間に、ジョンの娘で金庫破りのプロのステラを加えて、スティーブから金塊を奪還する作戦を立てる。ステラにとっては父の仇討ちでもある。と、いうストーリーだがなんのことはないありきたりな泥棒モノである。それにヒロインのステラ役のセロンは魅力的だが、ヒーローと悪役に魅力がない。ヒーローはいいとして、かような映画で悪役に魅力がないのは致命的である。
ノートン演じるスティーブはどこから見てもチンピラである。
 で、この映画の真の主役は車のモーリスミニクーパーであるのだが、なぜミニなのかはさして強調されなかった。なぜポルシェやフェラーリじゃだめなのか。映像は地下鉄の線路内や下水道を駆け回り、最後は貨車に隠れる。ミニの小さな車体が必要とのことが映像を見たら判るが、登場人物たちにいろんな車のなかからミニにしようという検討するシーンがあれば、なぜミニなのかが説得力があっただろう。
 ミニクーパーはFF車である。前部にエンジンを積み前輪を駆動させて走る。このミニクーパー小さな車であるがモンテカルロラリーで何度も総合優勝をしている。これでミニクーパーの有能さが証明され世界的な人気車になったのである。モンテカルロラリーは雪道を走るラリーである。FF車は前輪で駆動するため車体を引っ張って走るのである。FR車は後輪で駆動する。車体を押しているのである。ミニクーパーは滑る雪道でのFF車の有利さを実証したわけ。
 ミニクーパーはFF。このことが頭に有るから、小生はこの映画一番の見せ場ミニクーパーのカーアクションを堪能できなかった。頭にいっぱい?を浮かべながら観たわけ。重量物の金塊をミニのトランクに入れて走りまわるのである。車体後部が重くなる。ということは前部が少し浮きぎみになる。ミニクーパーは前輪を回して舵も前輪で切っている。かような車で重量物を後部に積んで派手なカーアクションが出来るであろうか。小さな車で狭い所を走り回りたいのなら、小生ならFRのフィアット500を選ぶ。映画「カリオストロの城」の冒頭でルパンたちが乗っている車である。

札幌一番味噌ラーメン

2020年10月11日 | 料理したで

 最近はごぶさただが、若いころはよくインスタントラーメンを食べた。カップめんが出る前は袋入りしかなかったな。いろいろ食べたが、小生のお好みは、エースコックのワンタンめんか札幌一番だ。特に札幌一番の味噌ラーメンがおいしかった。昭和の時代を想い出して、久しぶりに札幌一番味噌ラーメンを食べた。
 カップめんは手間がかからなくていいが、料理を趣味とする者にとってはおもしろくない。袋めんの方が週末料理人の腕がふるいようがある。
 袋入りインスタントラーメンを調理するさいの一番のポイントはスープとめんを別々に加熱すること。袋に書いてある調理方法は、小鍋に水を入れめんをゆで、そこに粉末スープの素を入れるというやりかた。あれだとめんをゆでた湯にめんの付着物が溶け出してよろしくないのではないか。で、めんは大きな鍋でゆで、その横で小鍋に湯を沸かしスープを作る。
 具は豚ひき肉、ニラ、もやし。豚ひき肉はかたまり肉をフードプロセッサにかかけて作った自家製のひき肉である。市販のひき肉よりこちらの方がだんぜんうまい。男の趣味の料理はインスタントラーメンひとつ作るのもたいそうなことである。

 星群の会ホームページ連載の「SFマガジン思い出帳」が更新されました。どうぞご覧になってください。

ぐるぐる回る婿と頭が三つの嫁

2020年10月09日 | 作品を書いたで
 阪神電車今津駅のほど近くに居酒屋せんべろ屋がある。うんと大衆的な居酒屋だ。千円だせばべろべろに酔っぱらえるということでつけられた屋号とのこと。
 気さくで豪快な人柄で料理上手な大将と、明るくって元気でかわいいアルバイト店員のみっちゃん目当てに、今夜も呑んべいたちが集う。
「社長、どうも」
 一杯目の生中を飲み干して、みっちゃんにおかわりを注文しようとした吉永鉄工所の吉永は後ろから声をかけられた。
 ふりむくと。多くの酔漢の赤い顔の中によく見知った顔がある。
「どうも」
 吾妻産業の平岡だ。吉永の会社に溶接用の材料、器具などを納品している会社の営業だ。「社長もこんなところで飲むんですか」
「こんなところで悪かったな」
「あ、大将、チューハイ。それにドテ煮込み」 平岡のオーダーを聞いたあと、入れ替わりにみっちゃんが来た。
「みっちゃん。生中おかわり。それに串カツ盛り合わせ」
「社長、そっちへ行っていいですか」
 平岡が吉永の前に座った。
「社長つったって小さな鉄工所のオヤジなんや。貧乏人なんやで。ま、乾杯」
 吉永とグラスを合わせた平岡は、急に改まった顔になった。
「社長、いや、吉永さん。お願いがあります」
「なんや。ウチのNCをレーザーに替えろって話やったらあかんで」
「いやいや仕事の話やないんです」
「なんや」
 平岡がチューハイを一気に飲み干した。
「チューハイおかわり」
 みっちゃんがおかわりのチューハイを持ってきた。それにも口をつけて半分ほど飲む。
「なんやねん。いいたいことがあるんやたら早よいえ」
 おかわりの残り半分も飲んだ。チューハイ二杯を短時間で開けた平岡は赤い顔をしながら、吉永の顔をみないで小さな声でいった。
「結婚させてください」
「結婚するんか。そらおめでと。けど、なんでワシに頼むんや」
「社長のお許しがないと結婚できないんです」
「なにわけわからんことゆうとる。ワシはあんたのオヤジやないで」
「いいえ、これからオヤジになっていただくんです」
「わけの判らんことゆうなって。そんなことよりも軟鋼用の溶接棒はよ入れてえや」
「あ、あ、あの件ですが、N製鉄からK製鋼にメーカーを替えていいですか」
「単価を安してくれるんやったらええで」
「単価は同じですが、K製鋼の方が納期は早いんです」
「しゃあないな。そしたらK製鋼でええわ」
 平岡は話をそらされた。おかしい。吉永社長はこういう酒の席で仕事の話はしない人のはずだ。
「あの社長、さっきの件ですが」
「さっきの件ってなんや。溶接棒の件か」
「いえ違うんです」
「なにがちゃうねん」
「ぼくの結婚のことです」
「そうやったな。おめでと。おおい、みっちゃん。生中もういっぱい。で、式はいつや。ワシも出席させてもらうで」
「みっちゃん、チュウーハイもう一杯」
 平岡は三杯目のチュウハイも一気にあけた。
「おい、だいじょうぶか」
「聡美さんと結婚します」
「さとみってウチの聡美か」
「はい。おとうさん」
「ワシはきみにおとうさんと呼ばれる覚えはないで」
 吉永は取り乱した。手に持っていたビアグラスを床に落とした。
「あ、みっちゃんほうきとちりとり持ってきて」
 大将が寄ってきた。
「すまん大将、グラス壊してしもうた」
「グラスぐらいええよ。それよりケガせんかったか」
「あ、大将、わたしがやります」
 みっちゃんが壊れたグラスを掃除した。
「ごめんなみっちゃん。生中もう一杯」
 吉永も生ビール中ジョッキをいっきにあけた。
「聡美はまだ学生やで二十歳やで。お前、いつの間に聡美と」
「夏にプールに泳ぎに行ったら、聡美さんも来てたんです」
「ほんで、お前、聡美の水着姿を見ていかれてしもたわけやな」
「そんなんじゃないんです」
 吉永も平岡も顔が真っ赤で目がすわっている。
「ともかくあかん」
「なんであかんのんです」
 二人とも立ち上がって大きな声でどなりあった。
「なんや。どうした」
 大将がやってきた。隣のテーブルで飲んでいた二人も吉永と平岡を囲んだ。喜六、清八の二人だ。
「ぼく、結婚するんです」
「そらおめでと。お祝いやワシの酒も飲んでええな」
 清八が、持ってる徳利の酒を平岡のチュウハイのグラスに注いだ。その酒も平岡は一気にあけた。
「ぼく、さとみと結婚するんや」
 ぐでんぐでんだ。
「ゆるさん」
 吉永もぐでんぐでんだ。
「みっちゃん」
 大将がめくばせした。
「はい」
 みっちゃんが店の外にでた。
 すぐ戻ってきた。若い女の子を連れてきた。
「さとみちゃん」
「聡美」
 聡美は吉永の横を通り過ぎ平岡の横に立って彼の手を握った。
「おとうさん、わたし、この人と結婚します」
「おまえは、まだまだがきんちょやないか。ワシの目が黒いうちは、そんなことはゆるさん」
「おとうさん、さとみさんを絶対しあわせにします」
「おまえに、おとうさんといわれる覚えはないわい。そんなことやっとるヒマあんねんやったら、とっとと溶接棒納品せえ」
「おやっさん、がんこなことゆわんと認めてやりいな」喜六がいった。
「そや、似合いのみょうとやないか」清八も同調した。
「社長、いや、おとうさん、昨日、聡美さんと病院に行きました」
「なんや、なんの病気や、それともどっかケガしたんか」
「内科や外科やないんです」
「ええかげん往生したらどうや」 
 大将が吉永にいった。
「このみっちゃんと聡美ちゃんは親友なんやで」
「あたし、聡美ちゃんと平岡さんから相談されたんです」
「なんや。おまえ、みっちゃんになに相談したんや」
「あのう、わたし・・・」
 聡美がしゃべろうとすのを平岡が止めた。
「ぼくからいう」
「もうええ。病院ちゅうのんは産婦人科やろ。で、何ヶ月や」
「三ヶ月です」
 立っていた吉永はヘタヘタと座り込んだ。
「かわいそうに思わんか大将」
「なにがかわいそうやねん。めでたいやないか」
「ワシ、ジジになる年やないで」
「社長、いや、おとうさん」
「しゃあないな。こんなグルグル回るヤツでもさとみの婿にしてやるか」
「頭が三つあるけど聡美さんをしあわせにします」
「条件が一つだけある」
「なんです」
「一発だけ殴らせろ」
「はい」
 吉永は拳で平岡のあごを軽くたたいた。
「さっ、親子で乾杯せえ」
 大将が吉永と平岡と聡美に盃を持たせて呉春を継いだ。
「さ、親子酒や」
「なあ、婿どの。ウチのNCもだいぶ古いレーザーに替えよう思うねん」
「それはいいです。レーザーですと酸素もガスも使いませんしノロもでません」
「こら、こんなとこで仕事の話すんな」
 大将が笑いながらどなった。


嘘八百 京町ロワイヤル

2020年10月05日 | 映画みたで


監督 武正晴
出演 中井貴一、佐々木蔵之介、広末涼子、竜雷太、加藤雅也

 和製コンゲーム映画の佳作「嘘八百」の第2弾である。前作でコンビを組んだ、口だけうまい骨董屋小池と、腕は達者だがもひとつ売れん陶芸家野田の二人がまたまた手を組む。
 着物を着た楚々とした美人に小池は、ある茶碗を探してほしいと頼まれる。美人の母が持っていた茶碗だが、骨董屋に持って行かれたまま行方不明になった。その茶碗は、利休亡き後天下一の茶人となった古田織部の茶碗。幻の茶器だ。
 京都に国立の古美術修復センターができた。運営の委託を受けてるのは京都の老舗骨董屋嵐山堂。この店、先代は立派な骨董屋だったが、2代目は骨董より金が好き。国の税金でせっせと贋作をつくってもうけている。美人が探している織部の茶碗もどうやら嵐山堂が持っているらしい。嵐山堂の2代目のボンにお仕置きを加える必要がある。
 ここからは、往年の「スパイ大作戦」もかくやと思わせる展開。筆跡模写など様々な分野の専門家を集めて、テレビ局まで巻き込んで、「仕掛け」を設定して嵐山堂をギャフンといわせる。

酢鶏

2020年10月04日 | 料理したで

 代表的な中華のおかずに酢豚がある。甘酸っぱいあんがからんだ豚肉はおいしいのである。これ、豚でなくともおいしい。で、今回は鶏肉でやってみた。もも肉だ。あと、野菜はなす、スナップえんどう、きゅうり。私は酢豚には必ずきゅうりを入れる。よく、パイナップルが入ってるが、私はきゅうりの方がおいしい。
 まず、鶏肉の処理。酒、醤油、しょうが汁で下味をつけた鶏肉を揚げるのだが、ウチは健康を考えて揚げ物は極力ひかえている。でも、唐揚げやフライは好きだからよくやる。どうやっているか。オーブンの「両面焼きグリル」という機能を使うのである。これで15分ぐらい加熱すればOK.油で揚げるとどうしても油っぽくなる。このオーブンで加熱するやり方だと、油は1滴も使わないので、さっぱりとしてて素材の味がそのまま楽しめる。この機能がついているオーブンを持っている人にはおすすめ。
 あんを用意しておく。水(スープを使わない方がさっぱりする。そこはお好みで)に砂糖、醤油、酢で味つけ。ジャムや梅干しを使うこともあるが、今回はシンプルに行こう。
 野菜を炒める。そこに加熱した鶏肉を入れる。鶏肉はできるだけ熱い方がいい。タイミングを見計らって野菜を炒めるのと、鶏肉の加熱できあがりを時間を合わせる。あんを入れて、片栗粉でとろみをつけたらできあがり。こってり酢豚もおいしいが、このさっぱり酢鶏もおいしいのである。