ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

ロボットの夢の都市

2024年03月26日 | 本を読んだで
ラヴィ・ティドハー  茂木健訳      東京創元社

 ネオム。サウジアラビアの砂漠に計画されている壮大な未来都市である。いや、もう実際に着手してるのかな。知らんけど。
 未来。どれぐらい未来かというと、人類は太陽系の各惑星にまで版図をひろげている未来である。未来都市ネオムも過去都市となった。スラムといってもいい街。小生はスターウォーズの惑星タトウィーンのモス・アイズリーの街をイメージした。
 何度も大きな戦争や紛争があった。それで使われた戦闘用ロボットは、戦争が終わり用なしとなった。飼い主を失ったロボットたちは野良ロボットとなって各地に棲息している。その野良ロボットが一台、ネオムにやって来た。ネオムの花屋でアルバイトしているマリアムからバラを一輪買う。
 物語を駆動するのは、このマリアムという女性と砂漠のジャンク屋(ま、砂漠のガタロですな)の少年サレハ。そして野良ロボット1台としゃべるジャッカル。どうです。なかなか魅力的な設定だろう。この設定におもしろいキャラ。久々にSFらしいSF読んだ。満足。
 

デッドエンドの思い出

2024年03月25日 | 映画みたで

監督 チェ・ヒョンヨン
出演 チェ・スヨン、田中俊介、ペ・ヌリ、アン・ポヒョン、平田薫

 なんとも心地よい時間が流れる映画だ。スーリーはなんということもない。一人の女性が失恋し、善意の人たちと知り合い、いやされ、自分を取り戻す。それだけの映画だ。吉本ばななの原作は未読で、小説のなかではどんな時間が流れているか知らないが、この映画では心地よい静かな時間が流れていた。
 韓国人のユミは名古屋に単身赴任している恋人がいる。名古屋まで会いに行く。出てきたのは見知らぬ女。恋人の男は(元恋人というべきかな)はすでにその女と結婚していた。ユミは失恋した。
 傷心の彼女はエンドポイントという古民家カフェ兼ゲストハウスに入る。オーナーの西山はユミと同い年ぐらいの若い男。不思議な優しさを持っている。ユミはエンドポイントの2階を借りてしばらく日本に滞在する。母や妹は早く韓国に帰ってこいというが。
 西山やカフェの常連たちに仲良くしてもらって、ユミは元気になっていく。登場人物がおだやかで優しい。ユミが少し泣くだけで、怒ったり泣いたりといって激しい感情を見せることはない。映画全体に優しくおだやかな時間を流れさせたチェ・ヒョンヨン監督の演出は見事だ。

エニグマ奇襲指令

2024年03月21日 | 本を読んだで

マイケル・バー=ゾウハー 田村義進訳     早川書房

 スパイ活劇、戦争冒険小説、大泥棒もの、エンタメ要素がコンパクトにまとまった佳品である。
 第二次世界大戦。ドイツはロケット兵器V2を開発。このままじゃ英国は大きな被害を受ける。敵の通信を傍受暗号を解読するには極秘暗号作成機エニグマを早急に手に入れる必要がある。
 男爵フランシス・ド・ベルヴォアール。父の代からの大泥棒。ゲシュタポの金庫から金塊を盗み出した泥棒の天才。英国情報部MI6はこのベルヴォアールにエニグマを盗み出してくれと依頼する。報酬は30万ポンド。エニグマを守るのはドイツ国防軍情報部ルドルフ・フォン・ベック大佐。
 この二人のキャラがいい。やっぱりこの手の冒険小説は対決する二人の男の造形が大切だ。ベルヴォアール男爵は泥棒はすれど非道はせず。泥棒稼業で拳銃を持ったことがない。人を殺めたことがない。大好物は危険で困難な仕事。
 対するベック大佐。反ヒトラーの秘密組織の一員。ゲシュタポを人でなしの人殺し集団と嫌う。元ロンメル麾下の機甲大隊の指揮官というエリート軍人。パリの文化をこよなく愛する夢想家ロマンチスト。
 この二人にそれぞれの上官。それに男爵の親友の元ボクサー。ゲシュタポに目をつけられているユダヤ人の若い美女。こういう魅力的なキャラたちが綾なす華麗なスパイ泥棒活劇である。300ページほどだからすぐ読める。ご一読をお勧めする。
 

座頭市鉄火旅

2024年03月19日 | 映画みたで

監督 安田公義
出演 勝新太郎、藤村志保、東野英治郎、遠藤辰雄、須賀不二男

 座頭市を斬ろうとする者は多い。それでも市は生きている。襲ってくる敵を斬ってきたから市は生きているのだ。それは神業的居合の腕もさることながら、仕込みの刀の力も大きい。その市の刀が寿命が来ている。
 足利の街にやって来た市は刀鍛冶の仙造と知り合う。仙造は今は鋤や鍬の鍛冶屋だが若いころは腕のいい刀鍛冶だった。市の仕込みの刀を見た仙造は、この刀は寿命だ。目に見えないが小さな傷がある。あと一人は斬れるが、最後の一人を斬ったら折れる、という。
「お前さん、まだ人を斬らねばならないのか。考えもんだぜ」
 市は考えた。仕込みは持たずカタギになろう。仕込みは仙造にあずけて、仙造の世話で旅籠に按摩師と雇われる。
 で、市がただの按摩のままで、もみ療治するだけで映画は終わるはずがない。あとは定番お定まり。旅籠の美しい娘。このへんを縄張りにしている十手持ちの二足のワラジの悪い親分。親分が取り入っている関八州のお役人。親分は娘をさらってお役人にさしだす。お役人が娘を手ごめにしようとしたとき、仙造にあずけてた仕込みを手に市が助けに入る。斬りあいとなる。市の仕込みはあと一人しか斬れない。どうする座頭市。最後が大立ち回りとなるが市の刀は折れたのか。折れたのである。

おいしい生活

2024年03月13日 | 映画みたで

監督 ウディ・アレン
出演 ウディ・アレン、トレイシー・ウルマン、エレン・メイ

 アメリカ版わらしべ長者といったらいいのだろうか。まぬけな銀行強盗とその細君が思わぬ大企業のオーナーになるお話。
 レイは銀行強盗。といっても大藪春彦に出てくるようなハードな犯罪者じゃない。コソ泥に毛がはえたような小者。銀行の金庫室までトンネル掘って侵入しようと算段する。ちょうど適当な場所のピザ屋が閉店しとる。ここを買い取って、仲間2人とここからトンネル掘ろうと計画する。ところがピザ屋は買い取られていた。その買った男も強盗の仲間に入れてトンネルを掘り始める。旧ピザ屋は偽装のためレイの妻フレンチ―がクッキー屋を始める。
 レイたち強盗どもはまぬけ。水道管に穴開けて水が噴出。方向を間違えてあさっての方に出口を作ったり。銀行強盗は失敗。
 フレンチ―の焼くクッキーはおいしいと大評判。店の前は大行列。フレンチ―一人じゃ手が足らん。従姉妹のメイに来てもらう。
 1年後フレンチ―のクッキー屋は大企業になっていた。メイやレイと強盗仲間は大きな会社の重役に。めでたしめでたし。
 ともかく主要登場人物がみんなバカでまぬけ。レイたちは犯罪者なんだが、とても悪もんには見えん。フレンチ―とメイの女性二人は天然でとぼけててかわいい。全員喜六の落語といったところか。

影武者徳川家康

2024年03月07日 | 本を読んだで

隆慶一郎          新潮社

 戦国の覇者徳川家康は関ケ原で死んでいた。いわゆるSFでいう歴史改変モノのようだが、作者の隆はプロパーのSF作家ではないので、SFっぽさはない。なんでも徳川家康は影武者説がよく出ていたそうな。今川で人質になっていた松平元康と桶狭間以降の家康は別人だったという説がある。
 本書では家康は関ケ原で刺客に暗殺された。ここで外見が家康にそっくりな世良田二郎三郎という人物が徳川家康に成り代わる。総大将が死んだことは極秘にしなければならない。二郎三郎は徳川の重臣本多正信とは古くからの知り合い。二郎三郎を影武者に推挙したのは本多正信なのだ。
 いまいる殿=家康は実は影武者二郎三郎。このことを知るのは正信、忠勝の両本多。榊原康政、井伊直正といった重臣。お梶の方、阿茶の局たち一部の側室、それに三男徳川秀忠と、ごく一部の人間だけ。
 二郎三郎は家康に成り代わり戦国乱世を終わらそうとする。彼は元々主を持たぬ定住地を持たぬ「道々の者」で鉄砲一丁持って戦場を行く傭兵「いくさ人」である。それが成り行きで天下人徳川家康になってしまった。二郎三郎は家康の遺志を継ぎ平和を希求する。大阪の豊臣秀頼とは共存共栄、徳川豊臣の力のバランスで平和を保とうとする。
 この二郎三郎の最大の敵となったのが徳川秀忠。秀忠は二郎三郎を亡き者にし大阪の豊臣を滅ぼそうと画策する。
 と、こういうお話の構図である。で、二郎三郎の味方は、関ケ原で死ななかった島左近。武田の忍びの生き残り甲斐の六郎。仕えていた北条が滅んだあと箱根山中にこもる風魔小太郎と先代小太郎の風魔風斎と風魔一族。
いっぽう、秀忠が実行部隊として使うのが柳生宗矩と柳生一族。こういうお話では、結末はみんな知っている。改変歴史SFならともかく、信長は本能寺で死なねばならず、武田信玄は上洛途上で死に、大阪城は落城、豊臣秀頼は自害する。こういう事実は動かせない。では、なぜ家康=二郎三郎が豊臣との共存を願っていたのに、豊臣は滅んだのか。この歴史的事実に持って行く説得力は充分にある。
 二郎三郎、島左近、本多正信、甲斐の六郎、風魔風斎、お梶の方、こういった主人公サイドのキャラはもちろん、徳川秀忠、柳生宗矩、淀殿といった悪役側のキャラも、みんな魅力的だ。

これでいいのだ!!★映画赤塚不二夫

2024年03月04日 | 映画みたで
監督 佐藤英明
出演 浅野忠信、堀北真希、阿部力、木村多江、いしだあゆみ、佐藤浩市

 愚作!天才赤塚不二夫の伝記という魅力的な企画もかくも無能な連中の手にかかると、なんとも愚劣な映画となってしまうのだ。どんな映画か?ようするに赤塚不二夫もどきが悪ふざけしているだけの映画である。それに主人公の新人編集者が悪ふざけにまきこまれ、おんなじように悪ふざけして「お前もバカになったな」と認められる話なんだ。
 浅野ふんする赤塚がいろんな悪ふざけをするわけだが、一つの悪ふざけシーンが長すぎる。さして面白くもないこのシーンをいつまで見なければいかんのか。辟易することおびただしい。かような、おふざけシーンは短すぎるとモノ足らない。長すぎるとあきる。どのへんで次にシーンに移るかが監督の腕のみせどころ。見切りが大切である。その見切りがものすごく下手。
 赤塚が悪ふざけする実際の場所は新宿の「ジャックと豆の木」という店だろう。このころここの常連たちは、山下洋輔、筒井康隆、高平哲郎、高信太郎、それに山下が福岡から連れてきたタモリ。こんな人たちがこの映画で見せるようなタチの悪ふざけをするとは思えない。ちなみに冬のある日山下がここを出た後ラーメン屋に入り冷やし中華を注文した。冬だからないといわれた。「なぜ冬に冷やし中華が食えないんだ」と怒った山下、筒井、赤塚たちがつくったのがのちに70年代に「全冷中」ブームを巻き起こす「全日本冷やし中華愛好会」なのだ。この騒ぎは「空飛ぶ冷やし中華」という本にまとまっている。この映画の監督スタッフはこの本を読んだのだろうか。読めば、この映画の悪ふざけと本物の教養ある人の悪ふざけがいかに違うか判るはずだ。
 なんの取りえのない映画であったが、わが冒険小説の師内藤陳師匠(と思われる)人物が出てきて「ハードボイルドだど」と内藤師匠のギャクをかましたのがちょっと面白かった。