ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

復活の日

2020年04月30日 | 作品を書いたで
 五日ほど来ていないだけだが、ずいぶん、ここに来ていないような気がする。鏑木がこの店を始めて40年になるが、こんなに店を休んだのは初めてだ。
 新型コロナウィルスのまん延にともない、ここH県S市にも非常事態宣言が発令された。ここ海神はめったに満席になることはない。「三密」とはいえない店だが、4月15日から営業を自粛している。
 S市駅前商店街。シャッターが目立つ商店街だから、新型コロナ騒ぎ以前とさして変わらないが、ポツポツと営業している店も休んだから、完全に死んだ商店街といっていいだろう。
 灯が灯っていない「海神」のランタンの下に鏑木は立つ。鍵を開ける。ドアを押す。カラン。カウベルが鳴る。暗いガランとした店内。営業しているときでも、毎日、毎日、暗い店内に入っていたが、今は、一段と店内の暗さが目にしむ。
 照明を点ける。カウンターとボトルが並んだ棚。テーブル席が2セット。この店が鏑木の店海神である。
 海神をオープンさせたころは、この商店街はにぎわっていた。地域の生活を支える場所であった。それから40年、商店街の店は時流の変化にともなって、多くの店が閉め、シャッター商店街となった。それが、このたびの新型コロナウィルスまん延で、このS市駅前商店街は完全に死んだ街となった。
 バー海神はまだ生きている。棚にならぶキープしているボトルがすべてなくなれば、海神は閉めようと鏑木は考えていた。
 ガランとした店内を観る。二週間ほど店を閉めている。もちろん客は、その間一人も来ていない。収入は1銭もない。支出はある。正直、この海神では、大きな利益は出ない。いままで、店の維持費と鏑木1人が生きていけるだけの利益が上がるである。
 これを機に海神を閉めようかと鏑木は思った。店の維持費がいらなくなれば、自分一人が食べていければいい。私もこの年だ、質素に暮らせば死ぬまで生きていけるだろう。
 あとどれぐらい、この新型コロナウィルス騒動が続くか判らない。この海神をいつまで閉じておけばいいのだろう。
 棚に並んでいるキープのボトルのオーナーは全員判る。連絡もできる。手紙を書き、ボトル1本分のお金を添えて、海神閉店のご挨拶を送ろう。
便箋とペン出してきた。その時小松左京の「復活の日」の登場人物土屋医師の言葉を想い出した。「どんなことにも終わりがある。どういう終わり方をするかだ」鏑木は便箋とペンを元に戻した。
そうだ、どんなことにも終わりがある。「復活の日」はMM88というウィルスで人類絶滅という終わり方をしたが、この新型コロナウィルスのまん延も終わりがある。これは現実だ。鏑木は高齢だ。感染すれば重症化する可能性が高い。死ぬかもしれない。でもこの騒動はいつかは終わる。この先、どうなるか判らないが、その時は「海神」をまた開けよう。現実の復活の日まで「海神」はこのまま置いておこう。
 

第25回日本SF大会の顛末記

2020年04月29日 | SFやで
 と、いうわけで第25回日本SF大会DAICON5は動き出した。当初の実行委員会の人数は20人ほど。日本SF大会は参加者1000人を超える大きなイベントである。とてもこの人数ではできない。実行委員会としてまずやるべきことは委員の人数を増やすこと。最低100人は欲しい。
 当初の中心メンバーは、姫路で同人誌「S&F」を主宰し星群の会員でもある山根啓史、京大SF研で現東京創元社編集部の小浜徹也、菅浩江と同じく子供のころからの星群会員で今は三村美衣の高橋章子、第14回日本SF大会SHINCON実行委員長の清水宏佑、元神大SF研で神大四天王の一人岡本俊弥、そして小生である。
 よくしたもので、メンバーはだんだん増えていった。何回かホワイトローズで会合を重ねるうちに、出席者数はだんだんと増えていった。
 このころは、小生たちが主催する日本SF大会で、この時点で決まっていたことは、1986年に大阪でSF大会をやる。これだけである。あとは何も決まっていない。それをこれから決めていこうというわけである。
 まず、どういう日本SF大会を、やるか/やりたいか/できるか。で、ある。
そもそも第25回日本SF大会を大阪でやるきっかけは「ゼネプロうっとしいな」という小生のひとことだった。
 ゼネプロ=ゼネラル・プロダクツ。大阪は桃谷に店を構えていたSF関連専門のギフトショップである。小生がなぜ、なぜ上記のごとき言葉をはいたのか。なぜ小生がゼネプロを嫌っているのかは、ここに書いたので、ここでは繰り返さない。
 大阪でやるSF大会だからダイコンという。大阪のダイとコンベンションのコンでダイコンというわけ。
 最初の大阪でのSF大会は、1964年の第3回日本SF大会DAICONで実行委員長は筒井康隆氏だ。2回目の大阪でのSF大会は1971年の第10回日本SF大会DAICON2だ。このDAICON2の実行委員長は悠々遊さん。そして1981年DAICOM3と1984年DAICON4がいわゆるゼネプロ一味がやった大阪でのSF大会である。DAICONという大阪でのSF大会の愛称は連中だけのものではない。それなのに彼らは、自分たちの自主映画を創るグループをダイコンフィルムなどど称していた。われわれが第25回SF大会の事務局を設置した時、連中のファンと思われる若いのから「ダイコンという名前を使わないで」と電話があった。何度もいうDAICONはゼネプロ一味だけのモノではない。

舞踏会の手帳

2020年04月27日 | 映画みたで

監督 ジュリアン・デュヴィヴィエ
出演 マリー・ベル、フランソワーズ・ロゼー、ルイ・シューヴェ

 クリスティーヌは夫に先立たれた。彼女はまだまだ若く美しい。子供もいない。若くして一人ぼっちになった。夫のいない家で遺品の整理をしていると古い手帳が出てきた。男の名前がいくつか書いてある。
 クリスティーヌは16歳で社交界にデビューした。初めての舞踏会、人目をひく美少女だった彼女。何人かの男がダンスのパートナーを務めた。手帳の名前はその時のダンスのパートナーだった。
 心のすきまを埋めるため、クリスティーヌは手帳の人物を一人づつ訪ねていく。その手帳の男たちのその後の人生はさまざまだった。クリスティーヌに失恋して自殺した者。ヤクザもんになっていた者。立身出世して町長となった者。モグリの堕胎医になって精神を病んでいる者。幸せになった者不幸になった者。
 最後に訪ねた男は少し前に死んでいた。子供のいないクリスティーヌは、その男の子供を自分の子として育てる。そしてその子を初めての舞踏会に送り出す。
 いくつかの男の人生が描かれる。同じパターンの組み合わせだから、観ているうちに飽きるかもしれないが、並べ方とバリエーションがいろいろなので飽きずに面白く観れた。「男の人生図鑑」の映画なのだ。


メバルの清蒸魚

2020年04月26日 | 料理したで

 刺身のように素材を生のままで調理するのならともかく、調理といえば、まず素材に加熱することだ。で、問題は加熱方法である。いくつかの加熱方法がある。焼く、煮る、揚げる、炒める、電子レンジでチンなど。それぞれ一長一短。ようはいかにおいしく調理できるかだ。その「おいしく調理」の定義だが、素材、調味料、つけあわせ、いろんな要素を組み合わせて、次元の違う「おいしさ」を創出するのも一つの方向だ。これはいろんな楽器が組み合わさって、荘厳な音楽を創造するオーケストラといっていい。
 もう一つは素材のおいしさを100パーセント発揮させ、調味料やつけあわせは、その支援をする。オーケストラではなくピアノやバイオリンのソロを鑑賞する音楽といっていい。
 で、魚という素材をもっとも生かすのは何かと考えれば、「蒸す」という加熱方法は最高の方法ではないかと小生は考える。
 というわけで、今回は春の魚の蒸し料理をする。魚はメバルだ。このメバルを中華で料理しよう。中華の蒸しもの清蒸魚だ。メバルに塩、紹興酒をふってしばらくおく。湯を沸かしておく。メバルを皿にのせ蒸篭に入れる。充分に沸騰して湯に蒸篭をセットする。メバルの上にしょうがと長ネギをのっける。それを強火で蒸す。10分ほど蒸せばいいだろう。めやすはメバルの目玉。白濁していれば蒸し上がりと判断しもいいだろう。
 ゴマ油を少しふりかけ香菜を散らせばできあがりだ。良い魚が手にはいればぜひやりたい料理だ。

SFマガジン2020年4月号

2020年04月24日 | 本を読んだで

SFマガジン2020年4月号 №738 早川書房

ごろりんひとり人気カウンター

1位 照り返しの丘               眉村卓
2位 白萩家食卓眺望               伴名練
3位 博物館惑星2・ルーキー 第11話 遥かな花 菅浩江
4位 降りてゆく                 草上仁
5位 緊急人間は焦らない             上遠野浩平

連載
小角の城(第58回)                夢枕獏
椎名誠のニュートラル・コーナー 第70回
ケープタテガミヤマアラシ              椎名誠
戦闘妖精・雪風 第4部 哲学的な死(後篇)     神林長平
マルドゥック・アノニマス(第29回)         冲方丁
廃園の天使Ⅲ(第2回) 空の園丁           飛浩隆
マン・カインド(第11回)             藤井大洋
幻視百景(第25回)                酉島伝法

今号は眉村卓追悼特集。メモリアルギャラリー、司政官シリーズから「照り返しの丘」再録、あとエッセイ、ショートショート、講演、追悼メッセージ、などなど。いままで何度かあった追悼特集のパターンを踏襲しているだけで、特段な印象は受けなかった。小生たちのように、長年、眉村さんとご厚誼をいただき、眉村さんに対して特別な感情を持っている読者はいささか物足りない企画であった。この眉村卓追悼企画で一番良かったのは表紙。実に良い表情の眉村さんだ。



復活の日

2020年04月20日 | 映画みたで

監督 深作欣二
出演 草刈正雄、ボー・スベンソン、夏木勲、多岐川裕美、オリビア・ハッセー
   渡瀬恒彦、ジョージ・ケネディ、ロバート・ボーン、チャック・コナーズ

  新型コロナ肺炎のまん延が止まらない。日本でも非常事態宣言が発せられたが、外国に比べると生ぬるい。だいじょうぶかいなとの声も多数ある。
 さて、かようなご時世にかんがみ、究極のメデアミックスとして、現実と小説体感した。そして、それでも足らんと、このたび映画も観たわけ。
 上記のようにたいへんに豪華なメンバーである。名カメラマン木村大作の映像は、本物の潜水艦を使って、南極をはじめ世界各地でロケしたモノでたいへんに美しく迫力がある。
 いうまでもないが小説は文字で読んで、脳内に映像を思い浮かべるわけだが、映画は映像がダイレクトに入って来る。医療崩壊が極限までいって、医師や看護師たちも倒れていく医療現場。死体の処理が間に合わず、路上に死体を積み上げて自衛隊が火炎放射器で燃やしていくシーンなどは、実にショッキングはシーンである。恐いのはこれらのシーンが現実になりつつあるということだ。
 これで小説を読み映画を観た。現実は、いま、体験している最中である。現実がフィクションに迫りつつあるのが恐い。 

 星群の会ホームページ連載の「SFマガジン思い出帳」が更新されました。どうかご覧になってください。

豚大根丼

2020年04月19日 | 料理したで

 新型コロナ感染防止のため、極力、家にいるようにしている。とはいいつつも、小生、まだまだ現役の労働者であるからして、会社に通勤しているが、ウチの会社は8時始業で4時45分終業だから、もとから時差通勤である。
 買い物もできるだけしないように心がけている。と、いうわけで、今日の昼食は家にある材料だけで作った。大根と豚肉がある。これで丼を作ろう。日本人は便利なもんで米さえあればメシはどうにでもなる。
 大根をスライサーでうす切りする。豚肉を炒める。うす切り大根を加える。醤油、酒、砂糖、味醂で味つけ。最後に水溶き片栗粉でとろみをつける。あとは炊きたての白いご飯に上に乗っけるだけ。んんまい。

くっしゃみ講釈

2020年04月17日 | 上方落語楽しんだで
 繁昌亭も喜楽館も休みである。もとまち寄席恋雅亭も最終公演となるはずであった500回記念公演も中止となった。いくつかの落語会の前売りを買っておいたのだが、すべて中止で払い戻ししてもらった。新型コロナ肺炎感染拡大を防ぐためで致し方ないが、上方落語ファンとしては、まことに禁断症状に苦しめらる日々が続いているのである。6月に兵庫県立芸術文化センターで笑福亭松喬師匠の独演会があるが、この切符だけまだ手元にある。そのころにはこの騒動もおさまっているかと思うのである。なんの心配もなく松喬師匠の落語を楽しみたいものだ。
 と、いうわけであるからして、もっぱら自宅でDVDで落語観賞している。小生にはコレクション癖はないが、上方落語のコレクションはしている。主にテレビで放映されたのを録画したモノだが、上方落語のだいたいの演目はあるはずだ。どうせ自宅で観るのだから、このご時世、絶対に生では観れない落語を観たいものだ。
 新型コロナ肺炎で最も感染リスクが高いのが、さんざんニュースでいわれていて耳タコ状態の「三蜜」だ。別に壇蜜女史が三人いるわけではない。「密閉」「密集」「密接」の三つの「蜜」
 考えてみれば落語会などは典型的な三蜜状態。しかもおおぜいの人が大口開けてアハハアハハと笑うのだから感染しほうだい。その落語会で、いま、最も禁断の演目は「くっしゃみ講釈」だろう。なんせ、唐辛子くすべて講釈師に盛大にくっしゃみをさせる噺であるからして、演者も盛大に「へーくしょん」「はっくしょん」とやるわけ。もし演者が新型コロナに感染していたら、その場の客はほとんど感染するだろう。
 と、いうわけで「くっしゃみ講釈」大会を自宅で開催した。演者は次の通り。笑福亭仁鶴、笑福亭松之助、桂枝雀、桂雀々、桂福団治、桂文珍、林家小染。小生のコレクションの中にこれだけの「くっしゃみ講釈」がある。不思議なことに桂米朝師匠のはない。
バーボンのブッカーズをちびちびなめながら、いろんな「くっしゃみ講釈」を観て、アハハハハと笑って「ヘークション」とやったら、たまったストレスが少しは吹き飛んだ。

復活の日

2020年04月09日 | 本を読んだで

 小松左京    早川書房

 1970年代やったかな、角川春樹が角川書店にいたころ、映画製作に乗り出し、角川文庫に原作がある小説を映画化して大ヒットを飛ばした。「読んでから観るか観てから読むか」というわけで、ブロックバスター方式とかメディアミックスとかいわれていた。
 新型コロナ肺炎のまん延が止まらない。11年前も新型インフルエンザ騒動があったけれど、規模と深刻さは今回の方がはるかに大きい。人類はこういうことを何度も経験してきたが、小生は初めてだ。
 25年前の阪神大震災のときは「日本沈没」を読みなおした。で、今回は「復活の日」を読みなおしたわけ。大きな災厄があると小松左京が読みたくなるのだ。角川は小説と映画であったが、今回読みなおしたは、小説と現実なのだから最強のメディアミックスだ。
 どんな話かご存知の人も多いだろう。生物兵器として開発されたMM88と呼ばれるウィルスが事故でカプセルが破損。外気に流出。
「チベットかぜ」が世界的に流行りだした。たかがインフルエンザが流行っているだけだ。人々がそう思っているときは手遅れ。そして「たかがインフルエンザ」で人々は死に絶えた。南極にいる1万人を除いて。そして、人類の生き残りの南極の人たちの頭上に、絶滅した人類が残した「憎しみ」の遺産たる核ミサイルが飛んでくるかも知れない。
 作中の「チベットかぜ」のまん延のシーンは昨今の新型コロナ肺炎関連の新聞記事を読んでいるがごとき。また、人類に「憎しみ」の遺産を残したのは、アメリカ史上最凶最悪の大統領シルヴァーランド。「ソ連をやっつける」を公約に、あれよあれよという間に当選。狂信的反共アメリカ大統領が誕生した。みんな、とてもこの狂人が大統領になるとは思わなかった。現実とそっくりではないか。いまさらながら、小松左京の洞察力に敬服するのである。

新しい恋

2020年04月08日 | 作品を書いたで
 白い風が吹いている。白い風景の中に赤い点が一つポツンと見える。
 三日前から降り積もった雪は来春まで溶けることはない。
 赤い点が近づいてきた。彼女とは雪が溶けるころに別れて、雪が降り始める季節に会う。毎年のことだ。雪の季節にしか彼女とは会えない。 
 赤いベレー帽をかぶり、赤いスカート、赤いTシャツ。彼女とは、毎年、この季節、この場所で会う。
 雪原を歩いて来るのだが、赤い帽子と服は早く私ぼくに会いたいとの彼女の意志の現れだろう。雪原で待つぼくに少しでも早く見つけて欲しいのだろう。
 やんでいた雪が降りだした。世界が真っ白になった。その中を赤い服を着た彼女が歩いてきた。
「待った?」
「いいや。さっき来たとこ」
 ベレー帽にTシャツとスカートという軽装の彼女は、うれしそうに微笑み、手を伸ばした。その手を握る。ひんやりと冷たい。雪の中、手袋をせずに歩いてきたのだから、彼女の手は氷となっている。
 彼女の手は冷たいがいつまでも握っていたい。彼女も同じことを想っているだろう。しばらく手を握りあっていたが、静かに彼女が手を離した。
「行こうか」
 ぼくは冬山登山用の厚いヤッケにズボンにスキー帽子という最強の防寒着を着ている。彼女の軽装とは正反対だ。
 かなり雪が積もってきた。歩きにくい。ぼくは雪のない県で生まれて育った。雪の降る冬を経験するようになったのは、彼女と知りあってからだ。

 真夏の夜の地下街。その片隅に彼女はいた。暑い日であった。中華料理屋の排気ファンの吹き出し口、四〇度近い熱風に吹かれて彼女はうずくまっていた。
「どうしたの熱中症になるよ」 
 閉じていた眼をうっすら開けた。
「動けないの」
 それだけいう、また眼を閉じた。この、ままじゃ本当に熱中症で死んでしまう。
 引きずるように 彼女を手近の喫茶店に連れて行った。冷たい水を三杯立て続けに飲んだ彼女は、なんとかひとごこちついたようだった。
「場所、移動していい」
 彼女が聞いた。
「あそこのクーラーの下に行きたいの」
 店内は充分に冷房が効いていて寒いくらいだ。よほど暑がりなのだろう。
「いいよ」
 エアコンの吹き出し口のすぐ下に座った彼女はやっと元気になった。
「お腹へってない?」
 ぼくがそう聞くと、彼女は首をふった。
「サンドイッチでも食べる?」
「いいの」
 それが、ぼくと彼女との出会いだった。その後、週に一度はあった。彼女がどこに住んでいるのか、仕事はなにをしているのか知らない。彼女はスマホのメールアドレスと電話番号だけを教えてくれた。
 あうのはいつも夜だった。彼女はたいへんな暑がりで、夏はもちろん、秋になり冬になっても昼間は暑いといやがった。
 彼女の暑がりはだんだんひどくなった。夏の昼間の外出はできなくなった。夜間も三〇度を超えると動けなくなる。
 キンキンに冷房の効いた喫茶店。彼女との待ち合わせはいつもここだ。
「あたし、北海道へ帰るわ」
 彼女は北の国で生まれた。そんな彼女がなぜ関西へ来たのかぼくは知らない。彼女もいわない。
「関西の気温はどうしてもがまんできないの」
「関西へは来ないの」
「来たくても来れないわ」
 うつむいた彼女の肩は小さくふるえていた。目にいっぱい涙を浮かべている。右の目尻に小さなハート型のアザがある。
「ぼくが逢いに行くよ」
 冬の北海道へ行くのが、寒い季節の、ぼくの一番の楽しみとなった。夏には絶対に来ないでといわれていた。

 ぼくは冬の北海道を走るために四輪駆動車を買った。雪のない関西からフェリーで北海道まで来た。舞鶴から小樽。小樽の港からここまで七時間のドライブ。格安航空で飛んできた方が安いが、彼女との待ち合わせ場所のここまでは四駆車でないと来れない。
 エアコンを効かせた車の助手席に彼女を座らせる。エアコンは冷房だ。雪がかなり降ってきた。ワイパーを高速で動かすが前がよく見えない。
 十五分ほど走る。雪にうずもれた小屋が見えてきた。彼女はそこに一人で住んでいる。夏は眠って過ごす。彼女は夏眠するのだ。
「もう、あたしダメみたい」
「そんなことないよ」
「あたし、出来て二三年。冷却ファンがちゃんと回らなくなったみたい」
 そういえば彼女とキスするとき、微かに聞こえる音が聞こえない。
「もう、眼もあまり見えないし耳も聞こえないわ。記憶も薄れてきてるわ。あなたの顔もよく見えないの」
 そういうと彼女は眠った。目覚めない眠りである。
 翌日、彼女の頭髪を剃った。耳の後ろに小さなトグルスイッチがある。右耳の後ろのスイッチをオフ。左もオフ。これで彼女は完全に活動を停止した。口を開ける。舌の下を押す。クッ。小さな音がして額に隙間が走った。頭頂部をひねると、頭の中が見える。頭頂部は蓋になっている。蓋を取る。手のひらほどの基板がある。引き抜く。その基板の隣に極小のファンとファンモーターが。そのファンを支えているベアリングのボールが数個欠落している。ファンが満足に回転しない。従って基板のLSIが加熱ぎみになって機能しなくなったのだ。

「ベアリングは新品と交換可能です。でも肝心のLSIがいかれてますな」
 四風電機のエンジニアはいった。アンドロイド専門の技術者だ。
「この基板は旧型アンドロイドのモノでしてもう在庫がありません」
「この基板を修理できませんか」
「できますが、一年ほどでまたダメになります。そうなると完全に修復不可能です」
「新しい基板はこのアンドロイドに装着できますか」
「できます。しかし」
「しかし、なんですか」
「中央演算と記憶を司る基板が新しくなるわけですから、電脳部分は新品のアンドロイドとなるわけです」
「今までの記憶を無くすわけですね」
「もちろんです。どうなさいますか」

 それまで乗っていた四輪駆動車を手放してロードスターを買った。真夏の風が助手席の彼女の髪を優しくゆらす。
「プレゼントの水着開けて見ていい」
「いいよ」
 彼女と初めて海に行く。
「うわっ。かわいい水着ありがとう」
 笑う彼女の目元に小さなハート型のアザ。彼女とは、あの地下街でちょっとした偶然でであって、それからつきあうようになった。
 ぼくにとっても彼女にとっても新しい恋だ。

 

SPACE BATTLESHIP ヤマト

2020年04月06日 | 映画みたで

監督 山崎貴
出演 木村拓哉、黒木メイサ、山崎努、緒方直人、西田敏行、柳葉敏郎

 いわずと知れた、1970年代に大人気をはくしたアニメの実写化である。小生も毎週観るという熱心なファンではないが、とぎれとぎれには観ていた。
 CGは良く出来ていた。ヤマトが宇宙を飛んでいるシーンはそれなりに見事である。主人公の古代役のキムタクも合格といっていい。アニメでは生活班であった森雪はがらっと変わって戦闘機のパイロットとなっていて、大変に気の強い腕力も振るう女性となっていたが、これはこれで良かった。
「宇宙からのメッセージ」とか「惑星大戦争」とか、日本製のスぺオペ映画で成功したモノはないといえるが、このヤマト実写版は、小生が観たかぎりでは成功した日本製スぺオペ映画といえよう。
アルキメデスの大戦」で戦艦大和は日本人にとって、特別に想い入れのある船といっていたが、そのことは当たっているのでは。実力を発揮せず戦艦として戦えぬまま沈んだ悲劇の船大和。だからこそ大和が宇宙を飛翔する宇宙戦艦ヤマトはあれほどのヒットになったのだろう。SF設定を担当して豊田有恒は、当初は小惑星を改造したアステロイドシップでイスカンダルまで行く構想だったそうだ。あれがアステロイドシップであんなにヒットしなかっただろう。宇宙戦艦三十石でも宇宙戦艦北前船でもダメ。戦艦大和でないとダメなのだ。

明石ラーメン

2020年04月05日 | 料理したで

 世にラーメン好きは多い。ワシは神戸の東の端に住んでいるのやけど、神戸から東隣りの芦屋にかけての国道2号線沿いにはラーメン屋が多い。このへんの2号線は芦屋ラーメン街道といって全国有数のラーメン屋激戦地や。芦屋といえば超高級住宅地でセレブな街というイメージやけど、実はラーメンの街でもあるんや。
 神戸の東隣の芦屋はそういうとこやけど、西隣の明石は、鯛やタコに代表される海産物の街といってええやろ。明石は魚好きにとってはごっつい魅力的な街や。ワシも神戸を離れることがあれば明石に移住したいなと思っとる。その明石のご当地ラーメンを作ってみたで。
 まず、ラーメンの命、スープは鯛のアラで取る。もちろん明石の鯛のアラや。具はワカメ、アナゴ、タコや。みんな明石のもんやで。特にタコは明石のタコにこだわりたい。モロッコやモーリタニアのタコはもひとつやな。
 青ネギをパラパラしたらできあがりや。麺はストレート麺があうな。うまいで。