ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

爆弾

2023年10月28日 | 本を読んだで

呉勝浩            講談社

 小説には主人公がいる。読者はたいていの小説の主人公に共感を持って、おおむね好感を感じながら読むもんだ。ところがこの作品の主人公には共感・好感をもっていいんだか判らぬまま読み終えた。
 主人公はスズキタゴサク。本名かどうか判らん。酒の自販機を蹴って酒屋に暴力を振るったということで逮捕され取調室で尋問を受けている。話はほとんどこの取調室で進む。
 スズキタゴサク。49才のおっさん。中年太りの肥満。頭に十円ハゲ。財布はから。態度は卑屈で低姿勢。どっから見ても風采のあがらない薬にも毒にもならんおっさん。
 このおっさん、取り調べ中に刑事に「予言」をいい出した。秋葉原で事件が起きる。予言通りに秋葉原の廃ビルで爆発。人的被害なし。引き続き「予言」東京ドームシティで爆発。いあわせた夫婦が爆発に巻き込まれた。妻が死亡。おっさんは連続爆破事件の重要参考人となった。自供はしない。犯人は別にいるという。自分は「霊感」で「予言」しているだけだそうだ。
 のらりくらりと言を左右するおっさんを相手に刑事たちが尋問する。なかなか決定的な証言を得られない。で、おっさんは重要なキーとなる人名をいう。4年前に自殺したあるベテラン刑事の名だ。そうこうしているうちの最悪の爆発が。被害者60人以上の大爆発。死者多数。スズキタゴサクなるおっさんは犯人か?

40年の約束

2023年10月27日 | 作品を書いたで
四〇年という歳月が長いのか短いのか私には判らない。短かったような気もするし長かったような気もする。ただ、この会社に入社して四〇年経ったことはまぎれもない事実だ。
 総務部庶務課営繕係。それが私の役職名だ。肩書はない。四〇年も勤めて主任補佐にさえなれなかったのは、会社創立以来私だけだそうだ。
 総務部の片隅に古ぼけた机が置いてある。それが私の机だ。午前八時四十五分に出社して、ロッカールームで着替えて八時五〇分に机に着く。九時の始業と同時に仕事を始める。十二時ちょうどに給湯室に行ってマグカップにお茶を入れる。家を出る前に自分で作った弁当を食べる。たいていはごはん、梅干し、卵焼き、魚の缶詰という弁当だ。変化があるのは魚の缶詰がサンマの蒲焼になるかサバの味噌煮あるいはシーチキンになるかだ。
 弁当を食べ終わると、文庫本を読む。時代劇が多い。数ページ読むと眠くなってくる。机につっぷして眠る。午後の始業一時のチャイムで眼を覚ます。
 午後の仕事を始める。三時に十五分休憩。午後四時四十五分まで自席で仕事。こんをつめて仕事をしているから、腰がこわばり眼がチラチラする。目薬をさして、う~んと腰を伸ばして、立ち上がり、今日の仕事の成果を社長室に持って行って社長に手渡す。これで私の一日の仕事は終わる。まっすぐ帰宅。どこにも寄らない。帰りしなの「ちょっと一杯」に私を誘う人はいない。この会社で私に接触する人はいない。

 初出社の日は雨が降っていた。会社の最寄り駅の改札を出る時、前のヤツが傘を水平に持っていた。普通なら後ろの人を気遣って傘は縦に持つものだ。そやつは普通じゃない男だった。その時、そんな男の持つ傘が私の胸を突いたのが、その後の私の四〇年を決めた。
「おい。そんな傘の持ち方すんな。危ないぞ」
「ごめんちゃい」
 そのときヤツが「すみません」といっておれば事なきを得た。人をからかったあやまり方にカチンときた私は「なんだ、それはちゃんとあやまれ」
 つかみ合いになった。駅員がとめてくれた。むかむかしながら会社に着くと入社式の十五分前だった。司会の総務部長が壇上に立った。
「みなさん。入社おめでとう。わが社も今日から新社長が就任します」
 なんでも前社長の息子で親父は会長となり息子が社長となるのだ。ちなみに壇上の総務部長も前社長の息子で新社長の弟だ。
 新社長が出てきた。びっくり。あの傘で私を突いた男だ。私と目が合った。
 私に渡された辞令は営業部所属となっていた。課長にいわれた席に座っていると。秘書課の女性が呼びに来た。
「社長がおよびです」
 あの男がいた。
「けさはどうも。いつもはベンツで通勤するのだが、あいにく故障でね。電車で通勤したらきみとあんなことになったんだ」
 入社式当日にクビかと思った。
「で、私に土下座でもさせたいんか。きみは」
「いえ。土下座なんかして欲しくありません。あんな傘の持ち方をこれからはしなければいんです」
「そうか。きみは営業だったね。それは取り消し。きみには総務に行ってもらう。そこで私がいう仕事を定年までやってくれたら、土下座して傘は必ず縦に持ちますというよ」
 ここでスイッチが入った。意地でもこんなヤツに負けるか。ヤツは創業家に生まれたというだけで社長。私は三流私大卒でやっとこんな会社に入れた。
「約束できますか」
「約束する。一筆書いておく。きみが定年の日に私がいう仕事を完成しておれば、その通りしよう」
 そういうと書類にサインして金庫にしまった。
 ヤツのいう仕事。鉛筆を削る。一日に百本定年の四十年後までに一万二千本の鉛筆を削ること。それが私の仕事だ。それ以外の仕事をしてはいけない。
 総務部に着任した日に一万二千本の鉛筆が納品された。朝、倉庫からその日に削る鉛筆を持ってくる。だいたい百本。八十本のときもあるし百五十本の時もある。一日中、鉛筆を削る。私の社長の関係はみな知っているからだれも私に寄りつかない。

「社長、私、定年です。これが一万二千本目の鉛筆です」
「そうか」
 そういうと社長は土下座した。
「もう傘は横にもちません」

百億の昼と千億の夜

2023年10月24日 | 本を読んだで

 光瀬龍                 早川書房

 日本SF初期の代表的名作のひとつ。よくいわれる光瀬龍の東洋的哲学趣味が満喫できる作品だ。とはいいつつも地球の誕生から稿を起こしたこの茫漠な作品はとどのつまりは56億7000万年未来にまでイメージが飛ぶ。だからこの作品の舞台は悠久の時間と空間ということになる。
 で、小説には舞台が必要であるが、登場人物も要る。この作品の登場人物は、主人公といってもいい阿修羅王。ギリシャの哲学者プラトン。古代インド釈迦国の王子シッタータ。ナザレのイエス。イスカリオテのユダ。梵天王、帝釈天、救世主弥勒、大天使ミカエル、転輪王、そして黒幕「シ」かようにオールスターで永遠の時空で繰り広げられるスペースオペラを楽しめばいい。

回樹

2023年10月22日 | 本を読んだで
 斜線堂有紀                  早川書房

 SFを読む醍醐味に、ようこんなこと考えたな。という話を読む楽しみがある。ちょっと普通の人じゃ思いつかん奇妙な話。この人の頭はどんな頭しとんねやろ。この本の著者斜線堂有紀もそのたぐいのご仁であろう。そんな話が6編入った短編集だ。
「回樹」出色の百合SF。湿原にバカでかいもんが出現。回樹という植物らしい。そいつは人の遺体をとりこむ。律は恋人初露の遺体を遺族から盗んで回樹のところに持ってきた。律と初露はほんとに愛し合ってたのか。
「骨刻」生きているうちに身体に傷をつけず骨に刻印する技術ができた。レントゲンでしか見えないけど、みんな、どんな文字を自分の骨に刻むか。
「BTTF葬送」映画には魂がある。名作映画は死んでその魂をつぎの映画に継承させる。歴史的な名作映画が死ななきゃ次の名作ができない。これから「ネバ―・エンディング・ストーリイ」のお弔いにでなきゃ。
「不滅」死んでも死体は腐らない。化学的な変化はしない。死体はそのままの状態でいつまでも残る。人間の死体は燃えない溶けない腐らない。そのまんま。限界がある。葬送船で宇宙に飛ばさなしゃあない。
「奈辺」黒人奴隷制度があったころのアメリカはニューヨークの酒場。白人オンリーの酒場だが主人が黒人を店に入れる。黒だ白だと騒いでいたら緑が出現。白、黒、緑、三色入り乱れて大さわぎ。
「回祭」「回樹」の続編。回樹が遺体を取りこんで時間が経った。多くの遺体が回樹の中に。遺族たちにとって回樹は信仰の対象。年に一度回樹の前で祭がある。善男善女の中に古洞蓮華が。彼女は雇い主の少女洞城亜麻音のためにここに来た。蓮華と亜麻音はいかなる関係か。
 この短編集を通底しているのは死と愛と永遠。生は限りがある。いつか終わる。死は限りがない。死はいつまでたっても死だ。

SFマガジン2023年10月号

2023年10月19日 | 本を読んだで

2023年10月号 №759   早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター
1位 隕時      王侃瑜       大久保洋子訳
2位 孤独の治療法  M・ショウ     鯨井久志訳
3位 カレー・コンピューティング計画   草野原々
4位 マリのダンス  キム・チョヨプ ユン・ジヨン訳 カン・バンファ監修
5位 コズミック・スフィアンシンクロニズム ~小惑星レースで世界を救え~
                      池澤
未読 八は凶数、死して九天(前篇)     十三不塔

連載
空の園丁 廃園の天使Ⅲ〈第19回〉      飛浩隆
マルドゥック・アノニマス〈第50回〉     冲方丁
戦闘妖精・雪風 第5部〈第9回 因と果(承前)〉 神林長平
ヴェルト 第1部 第2章 吉上亮
小角の城〈第71回〉              夢枕獏
幻視百景〈第45回〉              酉島伝法 

特集 SFをつくる新しい力
10~20代SF読者アンケート結果発表
特集解説                    橋本輝幸
大学SF研座談会
東北大学SF・推理小説研究会×大阪大学SF研究会×京都大学SF・幻想文学研究会                      司会 大森望
おすすめSF小説診断チャート          編集部
SF入門&偏愛ブックガイド
SFファンたちはどう生きるか―SFじいさんの昔話 大野万紀
中国大学SF研の歴史              河流/楊墨秋訳  
若手によるSF活動       岡野晋弥 紅坂紫 あわいゆき 岡本隼一 
最新インドSF状況               難波美和子

「SFをつくる新しい力」と、いう特集。ふうん。ワシらおじんがSFを読みはじめた1960年代は柴野さんや福島さん、矢野さん、眉村さん、小松さん、星さん、野田さんといった諸先輩方が日本のSFをつくっている最中やった。で、日本のSFはできた。SFはできているのである。で、「SFをつくる新しい力」とはどういうことか?確かに新しい力はたくさん出てきた。その「新しい力」は、すでにできているSFをどうしようというのだ。
 既存のSFにコンセプトは同じ新製品をプラスするのか。既存のSFとは違う方向を向いたSFをつくるのか。はたまた既存のSFとは違う、SFですらない新しいモノをつくって、それを「新しいSF」として、今までのSFとは決別するのか。この特集では、そのあたりの考察がなかった。
 ワシらおじんにとってはくすぐったくていごごちのよろしくない特集であった。大野万紀のエッセイだけがホッとさせられた。                      

ザ・ホエール

2023年10月16日 | 映画みたで

監督 ダーレン・アロノフスキー
出演 ブレンダン・フレイザー、ホン・チャウ、セイディー・シンク、タイ・シンプキンス、サマンサ・モートン

 人を好きになるのはそんなにいけないことなのだろうか。大学の文学の先生のチャーリーは病的な肥満で家から出られない。死期も近い。ZOOMでエッセイの書き方などを生徒たちに教えて生計を立てている。チャーリーは孤独だ。訪ねて来るのは友人の看護師リズと怪しげな新興宗教の宣教師トーマスとピザ屋の配達人だけ。
 チャーリーは昔はまともな体形で妻も娘もいた。なぜこうなったのか。人を好きになったからだ。彼の男子生徒のアランを好きになって、妻と娘を捨てて二人で暮らした。アランはトーマスの教団の信者だった。ゲイであることなどで思い悩みアランは自殺する。それからチャーリーは過食になる。
 そんなチャーリーに疎遠になった娘が会いにやってきた。
 この映画に幸せな人はだれも出てこない。映画の舞台は常に室内で、うす暗い照明で登場人物の顔はよく判らない。それでも何を考えているかは観客には判る。不幸な人たちを、どうしようもない、という濃いスープでグツグツ煮込んだような映画である。
 作中、タイトルから判るようにメルビルの「白鯨」が重要なモチーフとなっている。チャーリーの中には「倒したい」との意志を持つエイハブ船長と「倒すべき」モビー・ディックが同居しているのだろう。



パリよ、永遠に

2023年10月11日 | 映画みたで

監督 フォルカー・シュレンドルフ
出演 アンドレ・デュソリエ、ニエル・アレシュトルブ

 もう少し太平洋戦争が長引いていれば、京都は消滅していたであろう。想像して欲しい。京都がなくなる。日本人にとっていかに悲しいことか。
 パリが消滅する。これはフランス人にとって、いや。ヨーロッパ人にとって、日本人が京都を失うことに匹敵するだろう。そのパリは消滅する寸前であった。しかし、現実は諸賢がご承知のようにパリは美しい姿をわれわれに見せてくれている。そのパリを救ったのは二人に男だった。
 敗色濃いナチスドイツ。ヒトラーはパリ駐留ドイツ軍司令官コルティッツ将軍にパリの破壊を命じた。エッフェル塔、ルーブル美術館、コンコルド広場、ノートルダム大聖堂などに爆弾がしけけられ、現場のベガー少尉が起爆スイッチを押すばかりになっていた。
 コルティッツ将軍にスウェーデンの総領事ノルドリングが面会に来た。ノルドリング総領事はコルティッツ将軍にパリ爆破をやめるよう説得する。将軍も本心はパリを救いたいようだ。しかしヒトラーの命令に逆らえば、本人はもちろん家族も処刑される。簡単に総領事の要請にうんとはいえない。総領事は一晩かけて将軍を説得する。そしてコルティッツ将軍がベガー少尉に最後に発した命令は・・・。
 二人の男の会話劇である。戦争映画ではあるが戦闘場面がメインの映画でない。パリがどうなったかは判っている。それでも二人の会話に引き込まれ、どうなっていくんだろうというサスペンスがある。重厚なスリリングな秀作映画であった。

王の男

2023年10月03日 | 映画みたで

監督 イ・ジュニク
出演 カム・ウソン、イ・ジュンギ、チョン・ジニョン

 チャンセンとコンギルは大道芸人。チャンセンは芸達者な綱渡り芸人でアクロバットやコントもうまい。コンギルは美貌の女形芸人。二人はコンビで芸をして投げ銭を稼いでいる。二人の友情はあつい。
 二人は大きな街漢城にやってきた。ここで国王をからかうコントを演じて大うけ。こんなことをしてただではすまん。役人に引っ立てられて宮殿に連れていかれる。ほんらいなら首を斬られるところであるが、「王を笑わせれば許す」
二人の芸で王を笑わす。国王いたく気に入り、宮殿に残って芸を見せてくれといわれる。王は特にコンギルが気に入ったようだ。
 重厚で美しく、そして哀しい映画であった。この映画の国王は李王朝きっての暴君といわれた燕山君。この映画の主役はチャンセンとコンギル、そして国王の3人といえる。国王と芸人、あまりに身分が違うが、人間としては平等だ。国王は美しいコンギルを夜の寝所に呼ぶ。そこで二人は人形劇をして遊ぶ。
 燕山君は哀しい国王である。実母を殺され、重臣は何を考えているのか判らない。元妓生のノクスは愛妾ともいえるが本気で王を愛してはいないだろう。国王は孤独でさみしい。そこでたまたまやって来た美しきコンギルに心を慰められる。チャンセンは宮殿を出るというが、あらぬ疑いを賭けられて目を焼かれて盲目となる。
 国王の前で盲目のチャンセンとコンギルが綱渡りの芸をしている時にクーデターが勃発する。
 コンギルとチャンセン、王とコンギル、愛情で結ばれてはいるが決して薔薇ではない。コンギルを演じたイ・ジュンギが美しい。小生はこの俳優さんは知らなかったから、最初はきれいな女優さんだなと思っていた。