ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

SFマガジン2021年4月号

2021年03月30日 | 本を読んだで

2021年4月号 №744 早川書房

ごろりんひとり人気カウンター

1位 桜の園のリディヤ 高野史緒&佐々木淳子
単純な形     小林奏三
虹色の高速道路  小林奏三
きらきらした小路 小林奏三
時の旅      小林奏三
 以上、4編読むことは読んだ。

連載
アグレッサーズ 第5話 アンタゴニスト 戦闘妖精・雪風 第4部 神林長平
マルドゥック・アノニマス(第35回)  冲方丁
空の園丁 廃園の天使Ⅲ(第7回)    飛浩隆
マン・カインド(第15回)       藤井大洋
幻視百景(第30回)          酉島伝法

小林奏三追悼特集。この作家、なじみもないし興味もない。


白い恐怖

2021年03月29日 | 映画みたで

監督 アルフレッド・ヒッチコック
出演 イングリッド・バーグマン、グレゴリー・ペック

 この題名から、見る前は麻薬がらみのサスペンスかなと思ったが、まったく麻薬は関係のない映画であった。
 精神科のコンスタンス・ピーターソン医師が勤務している病院に新しい院長が来た。新院長エドワーズ博士は若く有能そう。そのエドワーズ初めてみんなと食事をしたとき不可思議な態度をする。白いテーブルクロスのフォークで引かれた線を見て怖がる。それからエドワーズは白と黒い線を見ると恐怖して、はなはだしい時は失神する。
 新院長はエドワーズ博士ではないとこが判明。では新院長と称する男は何者だ。
 白黒映画である。で、白に黒で恐怖するという話。なんせ画面は白と黒の2色しかないのに映像的にどう表現するのか?さすがヒッチコック。さまざまの演出をほどこして、天然色映画が当たり前の今の目で観ても違和感はなかった。ドアを通ると次のドア、また次のドアという映像で別の世界へ行くがごとき登場人物の心理を描写しているのは見事であった。なんかこのシーンは星新一のショートショート「鏡」を思い起こした。
 イングリッド・バーグマンとグレゴリー・ペックという典型的な美男美女の組み合わせ。「ナバロンの要塞」「ローマの休日」のようにペックはさっそうとした役が多いが、この映画のペックは怖がり気を失うあまりかっこ良くない。一方バーグマンはきれい。きれいだけではなくうまい。医師としての自分と偽エドワーズに魅かれる女性心理をうまく表現していた。メガネをかけたり外したりするので2種類のイングリッド・バーグマンの美貌を楽しめるお徳用な映画でもあある。

親子酒

2021年03月26日 | 上方落語楽しんだで

 ワシは神戸は新開地の上方落語の定席喜楽館のタニマチだ。いくばくかの寄付をしたらお礼にお酒が送って来た。「替り目」「寄合酒」「親子酒」の3本のうち「親子酒」を送って来た。なんでも落語「替り目」の口演を聞かせて醸造したそうだ。だれの「替り目」だったのだろう。先代文枝一門ならねっとりとした山廃本醸造、先代春団治一門なら端正な吟醸酒、米朝一門なら香り立つ大吟醸、笑福亭ならいくらでも飲める純米本醸造といったところか。もちろん、この酒はありがたく頂いた。どうも笑福亭の「替り目」を聞かせたらしい。だれやろ。生喬さんかな。
 このお酒のラベルにもなってる「親子酒」やが、酒飲みの親子の噺だ。親子で酒を酌み交わす。これは子を持った親ならではの夢ではないだろうか。子供ができた。この子が成人したら酒を酌み交わしたい。そう思う酒飲みのオヤジは多いだろう。
 ワシのオヤジは盃一杯でひっくり返るぐらい酒の飲めん男だったから、オヤジとの親子酒の経験はない。そんなワシにも子ができて成人して親子酒の楽しみは経験した。こう書くとオヤジと息子の親子酒と思われる(そんなことは思わないという人が多いだろう。お許しあれ。ワシは古い昭和の男なのだ)母と娘の親子酒でもいいんだ。「あてなよる」の大原千鶴姐さんみたいなお母さんなら、いくらでも飲むから、そうとうの娘でないとたちうちできないだろう。

千の夢

2021年03月23日 | 本を読んだで

 岡本俊弥       自費出版

 小説を書くのに人生経験が必要だろうか。いわゆる早熟の天才というヤツで若いころから文才を発揮し早くに作家デビュー、実社会を経験せずそのまま成長して巨匠といわれる人もいる。はたまた半村良のように、さまざまな職業を経験して人生経験をたっぷり積んでから作家になる人もいる。
 かようなことを考えるに、作品に人生経験が表れることがある。この作品集はその典型だろう。著者は大学の工学部を卒業後、某大手電機メーカーに就職。研究開発部門に長年勤務していた。この作品集の各作品は、上記のような著者の人生体験がなければ生み出されてなかった作品であろう。「カイシャ」なるものと、そこに所属する「カイシャイン」が生み出す物語だ。これは著者や筆者(雫石)が長年ご厚誼を賜った故眉村卓氏の薫陶もある。
 冒頭に掲載されている表題作「千の夢」を特に興味深く読んだ。この作品では、本人たちは売れる気まんまんの新製品を開発して売り出す。ところが客観的に見てとても売れそうにない。ははあ、アレだなと思ったしだい。
実は小生、若いころコピーライターの経験がある。著者が勤務していた某大手電機メーカーのPR誌の編集を担当したことがあった。このメーカーは日本の電卓のさきがけともいえるメーカーで、電卓とその派生商品を多く発売していた。その中で「さんすう博士」という商品を発売した。小学生が算数の勉強ができるという機械だ。クライアントの商品なので広告のコピーを書いたが、「これは売れないだろうな」と思った。その通りであった。先駆的な商品をあまた生み出す先進的なメーカーであったが、そういう失敗もする。そのあたりが外国の企業の軍門に下った一因ではないか。
たぶん著者は「さんすう博士」のことが頭にあって、「千の夢」を書いたのではないだろうか。

 本書はオンデマンド出版です。購入はアマゾンでできます。

死海殺人事件

2021年03月22日 | 映画みたで

監督 マイケル・ウィナー
出演 ピーター・ユスティノフ、ローレン・バコール、パイパー・ローリー
キャリー・フィッシャー

 先日、フジテレビの「死との約束」を観た。三谷幸喜がアガサ・クリスティー原作のエルキュール・ポアロものをドラマ化したもの。「オリエント急行殺人事件」「黒井戸殺し」の続く3作目。先行2作はいずれも面白く、楽しみにしていた。面白かった。で、原作を同じとするこの映画を観たわけ。比べてやろう。
 マイケル・ウィナーVS三谷幸喜、ピーター・ユスティノフVS野村萬斎、ローレン・バコールVS鈴木京香、パイパー・ローリーVS松坂慶子。
 結論から先にいうが、これはもう三谷幸喜の圧勝、野村萬斎の圧勝、松坂慶子の圧勝である。この「死海殺人事件」は散漫でつまらない作品となっている。犯人は××であるのだが、ウィナー版はなぜか犯人を唐突にポアロが指摘する。三谷版は伏線を張っていたし、なぜこの人物が殺人を犯したのかが納得がいった。ウィナー版はシナリオがまずい。三谷版はちゃんと結末にベクトルが向かっていた。
 被害者は一家の母親だが、松坂慶子の母親は強烈だった。傲慢でわがまま威圧的で子供たちを支配する独裁者であった。ハイパー・ローリーの母親も傲慢であったが松坂の母親ほど毒気はなかった。それは、もう一人の重要な女性キャラである国会議員を演じたのがローレン・バコールと鈴木京香であるが、バコールの国会議員は母親以上に傲慢であった。鈴木議員は勝呂(=ポアロ)と旧知でお互い気があるみたい。鈴木議員は傲慢ではなく、しとやかな女性。ウィナー版は同じような傲慢女が二人で母親の傲慢ぶりが薄まっている。三谷版は松坂母親に傲慢わがままが集約しているのである。
 そして決定的にダメなのはユスティノフのポアロ。デビット・スーシェの「名探偵ポアロ」は毎週観ているが、あれを見慣れた目でみると、あんな大柄で太ったポアロは大いに違和感がある。ポアロ独特の神経質で几帳面さがまったくない。だいたいがポアロに半ズボンをはかせたのはどういうわけだ。ポアロは半ズボンなど絶対はかないと思うのだが。その点、野村萬斎の勝呂(=ポアロ)は大変に良かった。

受信側転移ゲート建設

2021年03月20日 | 作品を書いたで
 目覚めは先輩たちから聞いていたほど不快ではなかった。十二年間眠っていた。夢を見ない眠りである。地球でひと晩眠ったのと変わらない。ここでのひと晩は十二年だが。
 目が覚めてもすぐに起きあがってはいけない。足もとからバーが上がってきた。頭の上まであがり、足もとまでもどる。これで身体のスキャン終わり。鼻と口に密着していたマスクが外れる。手首と足首に巻いてあった医療用端末も外れる。
「健康状態は良好です。要治療箇所はありません」
 若い女性の声が聞こえる。スピーカーがどこにあるか判らない。ごく優しく耳に聞こえてくる。
「一四〇〇から会議です」

「みんな、けっこうな目覚めだったようだな」
 議長席に座った吉崎隊長がいった。十二年ぶりに聞く、人の生の声というわけだ。十一人いる。この人数で、この星に受信側転移ゲート設置の調査をしなければならない。
 宇宙服なし。.マスク、ゴーグルといった防護装備なしで大気圏内で人間が活動可能。生命が存在する確率八五パーセント。その生命が知的生命の確率三〇パーセント。この星に関してこれだけのことは判っている。
 会議は短時間で終わった。この星に到着して、十一人の先遣隊全員が初めて顔をあわせた。それぞれの担当業務の確認と、今後の大まかなスケジュールを確認して会議は終わった。
 私は先遣隊の資材担当者として、明日からの本格的な稼働に備えなければならない。とりあえず、地上走行車のチェックだ。三台のうちの二台を使う。明日は八人が建設予定地の下見に行く。
 各種測定機器、測量用機器、八人分の食料も用意しなくてはならない。
 船から、地上走行車で三時間走る。草原に着く。そこがこの星の受信側転移ゲート建設予定地だ。
 地球から五光年は日帰り圏となった。今は六光年に範囲を拡大すべく、受信側転移ゲートを各所に設置しているところだ。転移ゲートの設置が完了すれば地球からは、瞬間移動で目的地まで移動できる。しかし、新設の転移ゲートを設置するには、転移はまだできないから、旧来の亜光速恒星船で目的地まで移動しなければならない。とうぜん人員は冷凍睡眠で恒星間旅行をする。
 少人数の先遣隊が建設予定の星に先乗りする。その星の地質、気象など自然環境などを調査する。そして最も重要なことは、その星の生命体に関する調査である。今回、この星には生命体が存在することは確認されている。
 問題は、それがどういう生命体であるかだ。知性があるかないか。知性があれば文明を築いているか。彼らとコミュニケーションは可能か。彼らはわれわれ地球人にどういう感情をいだくであろうか。そして、これが一番のキモなのだが、ようするに彼らは、転移ゲート設置に反対するか賛成するか。と、いうことだ。
 船の横腹が開いた。開口部から金属の板が出てきて地面に接触する。斜めの板に乗って地上走行車が二台出てきた。この二台に六人と二人で分乗する。
 私と私の部下の宮本の二人が乗る二号車は運搬車だ。計測機器、工具治具、それに八人分の食料を積んでいる。建設予定地に一ヶ月滞在する予定だ。
 船を出発して二時間。遠景に頭が平たい低い山。茶色い砂が延々続く。それ以外何もない風景だ。いくら走っても同じ風景だから移動しているようには思えないが、各計測器に表示される数字は、確実に目的地に近づいていることを示している。
 先を走っている一号車がスピードを落とす。
「休憩する」
 一号車の吉崎が連絡してきた。二台の走行車を並べて停めた。八人全員、車外に出る。 空気が薄い。少し息苦しい。地球であれば3千メートルの高地といったところか。
「高木、みんなにコーヒーを淹れてくれ」 マグカップを八つ並べてコーヒーの粉を入れる。コンロに火をつける。なかなか着火しない。酸素が薄いのだ。
 三〇分ほど休んで出発した。それからの風景も同じである。茶色い砂が延々と続く。少しも移動した気にならない。山も丘も見えない。ゆるいカーブを描く地平線が見えるだけ。
 砂漠である。船は砂漠の真ん中に着陸したわけだ。目的地の近くに着陸すれば良いが、目的地は知的生命がいる可能性がある。彼ら(彼女ら?)を刺激したくない。
 受信側転移ゲート建設に際して、最も気をかけなければならないことは、現地の生命体との関係だ。
 その生命体が知性にあるないに関わらず、危害を加えてはいけない。その生息環境は変化させてはならない。
 知的生命体が存在するのならば、なんとか意思疎通を試み、受信側転移ゲート建設の意図を伝える。こちらの意図が判って、了承してくれるのなら、それにこしたことはない。もし彼らが受信側転移ゲート建設に異をとなえれば、彼らの承諾を得るまで説明説得を行う。どうしても承諾されなければ、最悪、別の建設地を再設定しなくてはならない。
 ナビゲーションのカーソルがポイントゼロを指した。目的地に到着した。
 遥か遠景にが山ある。それ以外はずっと地平線まで平原が広がっている。
 人間の背丈より高い木はない。ところどころに低い木が見える。地面は小石まじりの砂地とコケのような植物がまばらに生えている。 
 ここに一ヶ月間滞在する。その一ヶ月で、地質、気象、生態などのこの地の基礎的なデータを収集する。それをいったん船に持ち帰り、記録分析する。
 その基礎的なデータを元に十一人で会議して、ここに受信側転移ゲートを建設すべきかどうか結論を出す。本来なら地球の本省にデータを送って、指示をあおぐべきだが、タキオン通信でやりとりしても往復二十四年かかる。
 可否会議の結果を、少し遅れて地球を出発したゲート建設隊本隊に連絡する。可なら一年以内に本隊が到着。受信側転移ゲートを建設する。否なら本隊はその場所で待機。われわれ先遣隊は次の候補地に向かう。
「では基本的には、この惑星ホトヤマの候補地点Aで受信側転移ゲート建設の方向で進む」吉崎がいった。続けて、最も重要な指示を出す。
「では、ゲート建設を前提として今後は行動する。で、一番大きな問題だが、知的生命体の存在を確認することだ」
 候補地点Aには生命は存在する。植物は豊富にある。地球のバクテリアに似た微生物も多種多様確認された。
 この惑星は、地球に似た大変に豊富な生命が棲息する星だということだ。大型の動物はまだ確認されていない。しかし、こういう環境だと、大型の動物が存在するのは、まず、間違いないだろう。
「それでは一ヶ月後に」
 私は宮本を残して船に戻る。
 地上走行車の運転席に座る。船まで私が運転する。地質学者のカーターと気象学者の若月が同乗する。この三人は、船に残る三人と交代する。

 今日は完全フリーの日である。船の留守を預かる私たち三人は日没までの時間を自由に使うことができる。適当な時間に調査隊と連絡を取ることだけが仕事で、あとはまったくの自由時間。
 起床。やはり船での睡眠は快適だ。調査地点現地のテントは狭くて寒い。
 カーターと若月はまだねている。まだまだ起きそうにない。
「おはようございます。こちら異常なしです」「はい。了解しました」
 三人のうち最初に目を覚ました者が連絡業務を行うことになっている。たいてい私が行う。一日の三回連絡をするが、昼と夕方はまだ寝ている二人が行う。
 コーヒーを沸かす。三人分だ。今日は船から少し離れて探検に行こうと思う。確か、ここから数キロの所に小さな湖があるはずだ。 三人分のコーヒーが沸いた。ちょうど二人は目を覚まして起きてきた。
「おはよう。コーヒー淹れたよ」
 三人でコーヒーとトーストの朝食を食べる。この三人であと七日この船の番をするわけだ。
「オレ、スピーダーを使うけど」
 一人乗りのスピーダーは五台有る。うち三台は、候補地調査隊が持って行った。残る二台のうち一台は故障中。私が使えば二人はスピーダーを使えない。べつだん用はないと思うが、いちおう断っておく。
「いいよ」
「どこへ行くのか知らないけど、気をつけて行けよ」
 船から二〇分も飛ぶと、その湖に着いた。林の中にきれいな水をたたえた湖がある。向こう岸の遠景に低い山が見える。
 スピーダーをとめて湖畔に立つ。美しい。たいへんに美しい。ここが地球を遙かに離れた異星とは思えない。地球にもこんな風景はあまり残っていないだろう。数世紀前の地球の風景がこんな所で見られるとは思わなかった。
 足もとには背の低い草が生えている。ところどころに、私より背の高い植物がある。
 湖水に足をつける。ひんやりとして気持ちがいい。水温は摂氏一〇度ぐらいだろう。少し汲んで容器に入れる。持ち帰って詳しく分析しよう。
 湖面を見る。非常に透明度が高い水で、湖底までよく見える。水草が繁茂している。
 不思議だ。動くモノといえばゆらゆらしている水草だけで、泳いでいるモノは見えない。 そういえばこの星に着陸して以来、動物は見たことはない。植物は豊富にある。植物に意志はあるのか。もしあるとすれば意志疎通を図る必要がある。 
 この星は地球そっくりの星だ。大気の組成はほとんど同じ。楽に呼吸ができる。気温は今いる地点で摂氏二〇度前後。植物が豊富に存在し、今のところ危険な生物は確認されていない。
 この星にワープ航路の受信側ゲートを設置する予定である。受信側ゲートが完成すれば、送信側のゲートの建設も計画されている。この星は中継地点となるわけだ。
 これだけの環境の星だ。リゾート地として売り出してもいいのではないか。
 私がいま座っているのは湖岸から少し離れたところだが、私と湖岸までのあいだに、少し気になる植物が生えている。
 高さは私の腰ぐらい。細長いひょろひょろとした棒状の植物だ。先端はぷくっりと膨らんでいて穴が開いている。柔らかい棒の先端に楕円形のラグビーボールがくっついたモノのようだ。それが群生していて、ゆらゆらと揺れている。
 近くに寄って観察する。先端の穴から空気を吸い込んでいるらしく、わずかに空気の流れを感じる。
 植物に見えるが動物の可能性もある。そいつが湖岸のかなり広範囲に生えている。動物だとしても知性があるようには見えない。採集して船に持ち帰り分析したいところだが、もし知的生命体であったら、生命を奪うことになる。それは絶対に避けたい。とりあえず動画を撮影する。
 明日、調査隊から三人が帰ってくる。その三人と入れ替わりに、私たちが現地に行く。現地でさらに三〇日ほどの調査をして、受信側転移ゲート建設の、その地点の可否の結論を出す。

 住居は軽金属で組み立てた仮設のハウスだ。入り口で吉崎が待っていた。
「ごくろうさん。また一ヶ月つきあってくれ」
「はい。隊長、あと一ヶ月でケリつけるんですね」
「そうだ」
「あれから何か判りましたか」
「うん、おかしな岩があるんだ。あす見に行く。きみも同行してくれ」
 その岩は円筒形で、先が少し細くなっている。直径は十メートル、高さは二十メートルほど。キャンプから七キロ。なにもない砂漠の真ん中にとつぜん立っている。
「確かにおかしな岩ですね。風もあまり吹かない、水も流れないこんな場所で。浸食でできたのではないでしょうね」
「おかしなのは形だけではない」
「なんですか」
「見ていれば判る」
 小一時間ほど経った。とつぜん岩の先から液体が噴出した。粘性の高い液体のようだ。ドロドロと岩肌を伝って流れ落ち、円筒形の岩のまわりの地面をうめた。真っ黒でコールタールのようだ。
「マグマですか」
「マグマではないだろう。温度は摂氏五〇度前後だ」
「なんですか」
「わからん。昨日サンプルを採取して分析中だ」
 流れ出た真っ黒い液体は、円筒岩の周辺にたまる。粘性が強いから遠くまで流れない。黒いドーナツ状の固形物として岩を取り囲んでいる。それは金属ではなく有機化合物のようだ。 
「分析の結果が出た。ある種の有機物だ」
「なんですか」
「食べ終わってからいう」
 夕食が終わった。吉崎が口を開いた。
「うんこだ」
「は」
「うんこ!」
「そうだ。だから食事前にはいえなかった」
 分析の結果、生物の排泄物ということが判った。
「動物ですか」
「だと、思われる」
 状況が大ききく変化した。この星には動物が存在する。そいつと意思の疎通が可能ならば、そいつの意思を確認するする必要がある。そいつが、ここに受信側転移ゲート設置を嫌がるのならば、計画を考えなおさなければならない。まず、その動物がどこにいるかを探らなければならない。
「あの円筒形の岩が排泄口ならば、口がどこかにあるはずだ。口と排泄口があれば消化器官もなければならない」
 私は、湖のほとりのあの植物を思い出した。
「船の近くに小さな湖がありますね」
「うん、あるな」
「あそこに奇妙な植物があるんです」
 船へ戻った。倉庫に入る。Eの棚の二段目。確か医療用のマイクロ発信器があるはずだ。ナノサイズの発信器で血管内に注射して追跡して血流を調べるためのモノだ。まだ使用していない。在庫は充分にある。一パック取り出す。棚のディスプレイの在庫数が一つ減って表示される。
「いまから発信器のパックを開ける」
 無線機で円筒岩にいる生物学者のオラフにいった。
「よし。受信機のスイッチをいれた」
 その棒状の植物の風上に立ってパックを開けた。発信器と同時に、目視用に薄く色をつけた煙も流す。そのエノキダケかチンアナゴかという不思議な生き物は、前回に来た時と同じようにゆらゆら揺れている。
 煙が、その細い棒の先端に向かって流れた。すうっと先端から吸い込んだ。マイクロ発信器もいっしょに吸い込んだということだ。
「いま、発信器を吸い込んだ」
 三〇分たった。
「オラフ、反応はあるか」
「ない」
 ここが「生き物」の「口」で、あの円筒岩が排泄口であるなら、途中に消化器系があるはずだ。と、いうことは「身体」があり、そして「頭脳」もどこかにあるだろう。
「生き物」ならば、「知性」を持っている可能性がある。そうであるなら、なんらかの形で意志の疎通を図らねばならない。
 この星に受信側転移ゲートを造る。そうなれば多くの地球人がここへ来る。他の星への移動の中継点となるだろう。あるいは、これだけの環境の星ならば、ここに定住する人も多いだろう。この星の原住民にとって、少なからぬ影響を受けることは考えられる。
 転移ゲート網建設計画で最も大切なことは、現地の生命体に影響を及ぼさないこと。現地の環境を可能な限り損なわないこと。転移ゲート建設の最優先の条件である。
「こちらオラフ。反応があった」
 これで、こちらのチンアナゴと円筒岩がつながっていることが判った。口と排泄口の確認はできた。この二カ所の距離は二五〇キロ。この体長をもつ「なに」かが地面の下にいるわけだ。モノを摂取して排泄する。こいつは動物である。こいつの意思を確認する必要がある。消化器の存在は確認した。こいつは動物だ。動物なら「脳」があるはずだ。
 二五〇キロの長さを持つ動物。われわれが知っている限りでは、そんな長大な動物はいない。口が有り、肛門がある。だとすれば途中に栄養を摂取する器官があり、その栄養を全身に巡らせる循環器があって心臓があるはずだ。そしてそれらを司る脳がどこかにある。
「この動物とのコミュケーションをとろう」
 吉崎がいった。
 生き物とコミュニケーションをとろうとすれば、こちらからなんらかの手段で情報を発信しなければならない。
 どういう手段、というか、音、光、いかなる媒体でもって情報を伝達するかだ。
 また、こちらから情報を発信して、相手がそれを受信し、こちらの意思を理解したとして、それをどういう形で返信してくるかだ。
 
「震度計は」
「感度ありました。ごく微弱です」
「よし、そのまま計測しろ」
 四分経った。
「感度は」
「ありません」
 さらに五分。
「感度あり」
 そこにいた者全員が拍手した。ハグしあっている。
 この地に人工物を造る。OKなら二度、NOなら一度反応してくれ。そういうサインを送っていた。 
 一年後、受信側転移ゲート建設の本隊がこの星に到着する。

   
  


カササギ殺人事件

2021年03月19日 | 本を読んだで
アンソニー・ホロヴィッツ   山田蘭訳      東京創元社

 小生は西宮の生まれだから、西宮には親戚もいる。その西宮の親戚がウチに来るとき、ときどき手土産で持ってくるお菓子に、おかき巻きというお菓子がある。おかきをおかきで巻いたおかき。お世辞にもおしゃれであか抜けたお菓子とはいえないが、けっこうおいしい。
 この小説は、この西宮銘菓おかき巻きみたいな小説である。小説を小説で巻いてある。一粒で二度おいしい。一読で二読おもしろいのである。
 上巻を読みはじめて、あれ、製本ミスじゃないだろかと思うだろう。中扉が2度出てくる。なぜかはネタばれになるのでいえないが、上巻を読み進めていくうちに面白いのでそんなことは気にしなくなる。
 で、ちょっと不満を残しながら下巻にとりかかる。下巻がおかき巻きの外側のおかきということだ。なんのこっちゃ判らんと思うが、読めば判る。

2021年の阪神タイガースはどうかな

2021年03月18日 | 阪神タイガース応援したで
 さて、あと少しで阪神タイガースの勝ち負けで一喜一憂する日々がやって来る。楽しみなことじゃわい。
 今年の阪神は、昨年同様、外国人8人体制で戦うことになるわけ。投手は、ガンケル、エドワーズ、スアレス、チェン、アルカンタラの5人。野手はサンズ、マルテ、ロハス。もちろんこの8人全員を使うわけにはいかない。この外国人たちをいかに使い分けるかが今年の阪神の成績に大きく影響する。矢野監督の手腕が試される。
 まず、心配事をあげる。ミス、エラーである。昨年のザルのごとき守備をどうにかしなければとても優勝は無理。その対策として元巨人の川井昌弘氏を臨時コーチとして招聘したが、こんな一時しのぎで阪神のエラー病が快癒するとは思えない。だいたいが、1軍の守備面の責任を負うべき久慈藤本両コーチが今年も残留しているのはいかがなものか。
 野球は自分が点を取って、相手に点を取られなければ勝つ。まず点を取る方。得点力は昨年より確実に増しただろう。ポイントは塁に出る近本と、塁から帰す大山だ。この二人に関してはアテにしていいと思う。近本盗塁王、大山ホームラン王打点王はかなりの確率で取ると思われる。で、1番近本と大山を中心とするクリーンアップをつなぐ2番だが元キャプテンの糸原がいいだろう。木浪もいいかも。4番大山の前後を打つ選手は層が厚いといっていいだろう。まず、3番、マルテ、サンズ、それに今年で40歳あとがない糸井もいる。5番、これはもうめっぽうチャンスに強いサンズで決まりだな。ただし去年の7月までのサンズであるならという条件がつく。9月になってからのサンズではダメ。サンズでだめなら陽川、高山かな。あ、ロハスを忘れていた。ロハスが3番を打って9月のサンズならマルテかな。
 クリーンアップのあとを打つ6番。これはぜひ新人佐藤輝に勤めてもらいたい。オープン戦は絶好調でホームラン量産解説者諸賢にも好評だが、これがほんまの実力だと確信したい。こうして見るとかなり強力な打線となりそうである。
 さて、点を取られない方。守備の心配事は残るが、肝心の投手力は安心していいだろう。だいたいが開幕投手はそのシーズンで最も頼りになると監督が判断した投手が務めるもんだ。今年は藤浪晋太郎が務める。矢野監督は藤浪が最も頼りになると判断したわけだ。藤浪はこの数年の不調を抜け出したことは小生も認めるが、先発に起用するのは時期早々と思う。スアレスはいずれアメリカ球界に行くだろう。そのあとの守護神役は藤浪が適役だ。藤川の後継者は藤浪だろう。
 先発投手は、西、青柳、秋山の3人は確定。あと高橋遥人だが、またケガをしたみたい。高橋はケガなくシーズンを過ごしてもらいたい。あと、チェン、ガンケルか。中継ぎ抑えはスアレス、岩崎、岩貞、エドワーズといった所だろう。あ、アルカンタラという投手がいたのを忘れていた。アルカンタラが本物なら、岩貞を先発に戻してもいいだろう。

2021年阪神タイガース開幕スタメン予想
1番 近本 センター
2番 糸原 2塁
3番 マルテ(ロハス) 1塁
4番 大山 3塁
5番 サンズ レフト
6番 佐藤輝 ライト
7番 木浪 ショート
8番 梅野 キャッチャー
9番 藤波 ピッチャー

 それから話は変わるが、昨年の日本シリーズ。セリーグ優勝の巨人がパリーグ優勝のソフトバンクにまったく歯が立たず惨敗したことについて、敗因はDHにあるという意見が多かった。投手が打席に立つ野球と、投げるのに専念できる投手と、打つのに専念できる打者。この二つの野球になれた者どうしが戦えば、専念投手と専念打者のいるチームが強いのはあたりまえ。だいたいがDHがある野球とない野球ではまったく違うスポーツなのだ。DHがあるパリーグの野球は野球ではないと思う。野球は一人の選手が投げて打って走るスポーツだとこころえる。投手は負担が大きいから投げるのに専念させよう。で、捕手はどうなの。捕手は負担が大きいから受けるのに専念させよう。ショートはどうがショートは守備に負担が大きいから。となって、守備専門の選手9人打撃専門の9人。18人と18人が戦うスポーツとなる。野球とは似て非なる違うスポーツである。違うスポーツをやっても意味のないことだ。

東京夜曲

2021年03月15日 | 映画みたで

監督 市川準
出演 長塚京三、桃井かおり、倍賞美津子、上川隆也

 東京のなんということのない下町の商店街。どこにでもある、ごく普通の喫茶店。そのへんのおっちゃんが集まってメシを食って碁をうってる。経営者はちょっと疲れたおばさん。その商店街の電器屋のおっちゃんが、なんか知らんけどどっかへ行ってて帰ってきた。電器屋のおばちゃんは、なにごともなかったようにおっちゃんと電器屋の商売をする。
 喫茶店のおばちゃんはダンナと死別。おばちゃん故郷の岡山へは帰らず一人で喫茶店をやってる。
 喫茶店のおばちゃんと死んだダンナ。電器屋のおっちゃん。幼なじみで好きおうたこともあったとか、なかったとか.今でも好きかも。電器屋のおばちゃんはどない思うてるんやろ。
 なんとも昭和な大人なラブロマンスな映画である。大人であるからさわがない。なんということもなく日は過ぎていくのである。
「そんなことどうでもいいんじゃない」
「ねえ、お茶漬け食べてかない」

星群91号発行

2021年03月09日 | 本を読んだで

 私が所属している星群の会の同人誌「星群」の91号が出ました。星群創刊号は1972年2月ですので、来年で50周年になります。

執筆者
石坪光司、雫石鉄也、松本優、椿廣子、青木春樹、倉見和直、三吉直子、篁はるか、速水正仁、伊藤猛
表紙イラスト 山崎隆史
編集     椎原豊
A5サイズ 322ページ
 なかなかバラエティー豊かな読みごたえある雑誌となっております。
 オンデマンド出版です。ご購入はこちらからお願いします。

T-34 レジェンド・オブ・ウォー

2021年03月08日 | 映画みたで
監督 アレクセイ・シドロフ
出演 アレサンドル・ペトロフ、ヴィンツェンツ・キーファー、イリーナ・スタルシェンバウム

 映画の楽しみの一つにキャラクターを楽しむという楽しみ方がある。だいたいが人物のキャラクターを楽しむことが多い。主人公や恋人役、はたまた敵役のキャラクターを観て楽しむのである。
 このキャラを楽しむ。人間以外にキャラクターを付与されている映画もある。怪獣映画などがそうだ。あれはゴジラやガメラといった怪獣のキャラが立っているから面白いのである。これは人間や怪獣といった生物だけとは限らない。無機物=機械にキャラクターをつけて楽しむ映画もある。「栄光への5000キロ」などは車のブルーバード510があたかも感情を持った生き物のごとく描かれている。また「新幹線大爆破」では0系新幹線のひかり109号がキャラを持ったもう一人の主人公といえるだろう。
 で、この映画だ。この映画の人間の主人公はソ連陸軍の戦車兵イヴシュキン少尉だが、もう一人の主人公は戦車のT-34だ。映画の全編にわたってT-34の勇姿がずっと描写される。なにせ武骨なT-34が優雅にバレー「白鳥の湖」を踊るのだから。
 スローモーションを多用した砲撃シーンは迫力があり、弾がT-34の装甲をかすっても車内はたいへんな衝撃で乗員は大きなショックを受ける。「バルジ大作戦」や「パットン大戦車軍団」など戦車が出てくる映画はいろいろあったが、こんなに戦車内部をリアルに描いた映画初めてだ。
 T-34と敵のパンツァー戦車と一騎打ちになるシーンは、あたかも西部劇のガンマンの決闘か時代劇の剣豪どおしの立ち合いを観ているようだった。砲塔を早く敵に回した方が勝つ。このシーンなどドキドキする。
 出色のアクション映画であるが難点が一つある。捕虜収容所で通訳をやっているロシア人女性を連れて逃げて、イヴシュキン少尉と恋仲となるのだが、女性を登場させるのはこの映画の監督だか脚本家だかの迷いと見る。殺伐な戦車戦ばかりではなく、ちょっとラブロマンス色模様も入れなくっちゃ、と考えたのではないか。「シン・ゴジラ」はその点は成功している。あの映画は余計な愁嘆場や色恋沙汰は一切なく対ゴジラ対策だけを描いていた。この映画もひたすら戦車とそれを動かす戦車兵だけを描いたら良かったのではないか。

ちらし寿司

2021年03月07日 | 料理したで
 ひな祭りは過ぎたけど、ひな祭りらしいもんを食いたいとて、そんな料理をした。メニューは菜の花のからし和え、はまぐりのうしお汁、そしてちらし寿司や。
 ちらし寿司はようするワシの得意料理の一つや。メシは昆布をひと切れと酒少し入れてちょっとかたいめに炊く。
 さ、メシが炊けた。飯台に炊きたてのメシを入れ、合わせ酢をうつ。合わせ酢は酢と味醂。少し薄い目にする。外で食べる寿司は酢が濃いめ。あれは持ち帰り寿司ならもちを良くするため、そこで食べる寿司ならひと口目のインパクトを強くするため濃い目にしてるのではやいやろか。ワシら貧乏人はすきやばし次郎みたいなすし屋で食べたことないから知らんけど。
 酢うったら、うちわであおぎながらしゃもじでよくすくう。いちど、回ってる×ら寿司で食ったことあったけど、すしメシがぬくいすし食わせおった。ぬくいメシのすしなんぞ最低やで。
 さて、すしメシの用意がでけた。混ぜ込む具は、しらす、アナゴ、干し椎茸のたいたんの幼女。上にトッピングするのは、錦糸卵、ほたるいか、エビ、いんげん。でけた。さ、食おうか。白酒かわりにアードベック10年をいただく。う~む。ちらし寿司にアイラモルトはあわんかったな。

課長のラベル

2021年03月05日 | 作品を書いたで
「課長はどこ行った」
「出張ですよ支社長」
 午前九時四十五分。支社長が出社してきた。
「そうか。帰ってきたら俺の部屋に来るように」
 そういうと支社長は事務室の一番奥の部屋に入っていった。
「珍しいわねボンが十時前に出てくるなんて」
「そうね。またアレじゃない」
 中年のおばさんが二人。少し年配の方が、手を伸ばしてクイクイと上げる動作をした。
 車が停まる音がした。中年の男が入ってきた。疲れているようだ。崩れ落ちるように椅子に腰かける。
「課長、支社長がお待ちかねよ」
「うん。その前にお茶をいっぱい」
 課長はズズとお茶をすすって支社長室のドアをノックした。
「永川課長か入れ」
 三〇代前半か。若い男が、机に足を上げて釣り竿を磨いている。
「で、リールは買ってきたか」
 永川は額の汗をふきながらいった。
「残念ですが、売れたあとでした」
「あのリールを持って、今から釣りに行く予定だったんだぞ。俺がやっとネットで見つけたリールだったんだ」
「だったらなんでネット通販で買わなかったんです」
「あれだと一週間はかかる。俺は今日釣りにいきたかったんだ。この役たたずがお前はクビだ」
 享楽産業見和支社。四国のA県の見和に有る。見和海に面していて絶好の海釣りのポイントだらけだ。近くに小さな漁村があるだけの四国の寒村だ。
 享楽産業。パチンコ台のメーカー。見和地区にはパチンコ屋一軒もない。見和支社が開設されてから売り上げはゼロ。
 永川が支社長室から出てきた。
「あ、課長、お昼はどうします」
「私はもう課長じゃないんだ。クビにされた。いまから大阪に帰る」
 そういうと永川は私物をまとめて、とっとと出て行った。
「永川さん、かわいそ」
「次の職場はどんなとこになるにしてもここにいるよりマシなんじゃない」
「あ、お父さん。永川はクビにした。次の『課長』を送ってよ」
 支社長は享楽産業の社長の次男である。長男は近い将来社長になるべく専務の肩書で社長修行中。次男は遊び人でわがままで、その上無能でどうしようもないバカ。息子二人を溺愛している現社長は、次男の居場所をつくった。釣りキチの次男のためだけに開設された支社である。支社長の次男の他に社員が三人。事務員の二人は地元の主婦のパート。あと、営業課長。これは本社や他の支社から適当な人が送られてくる。
 ヒラか主任、せいぜい係長クラスの人で、そこにいてもいなくてもいい人が貧乏くじを引かされて送り込まれてくるわけだ。
 事務員二人に営業課長、それに支社長。この四人が享楽産業見和支社の全人員である。
 パチンコ屋のない海辺の片田舎。パチンコ台製造メーカーの仕事なんてない。社長の次男のボンの居場所をつくるためだけにできた支社である。

 ポンと課長が青田の肩をたたいた。
「青田くん、おめでとう。課長に昇進だ」
 享楽産業交野工場。資材部購買係主任の青田は、パソコンのキーボードの手を止めた。基盤の発注メールを送信しようとしたところだ。
「明日、辞令が出る。来週から新しい職場に勤務してくれ。送別会をしたいところだが、このご時勢だ。しないでおく」

「えー、このたびこの支社の営業課長を拝命しました青田です。よろしくお願いします」
 事務員二人が青田の顔を見ながらささやきあった。
「どれぐらいもつかしら」
「さあ、なんにも仕事がないということに、どれだけ耐えられるかしらね」
 横に立っていた支社長が、ポケットから何か取り出した。
「よろしく頼むよ。課長」
 ペッと支社長は青田課長のおでこに手のひらを当てた。青田のおでこに「課長」というラベルが張ってあった。
「これで君も名実ともに課長だ」

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真実

2021年03月01日 | 映画みたで

監督 是枝裕和
出演 カトリーヌ・ドヌーブ、ジュリエット・ビノシェ、イーサン・ホーク

 ファビエンヌはフランスのいわゆる国民的大女優。このたび自伝を書いた。ベストセラーは間違いなし。この出版のお祝いに娘夫婦と孫の3人がニューヨークからやって来る。娘は脚本家、娘の連れ合いは二流の俳優。孫は十才の少女。
 娘は母の自伝を読んで文句をいう。なんでアレが書いてないの。なんでこんな、なかったことを書いたの。
 ファビエンヌはいまSF映画を撮影中。相対論による宇宙と地球の時間の流れをネタにしたSFだ。その映画では母が宇宙へ。娘が地球にのこる。娘の方が時間が早く流れる。娘の年齢が母を追いこし、娘が80才に母は38歳。ファビエンヌは年老いた娘の役。
 母と娘。この関係が現実と映画中映画がパラで進む。現実のファビエンヌの娘リュミールは母を母として100%したってない。ファビエンヌは娘に面と向かっていう。「私は良き母となるより良き女優となる方を選んだ」骨の髄からの女優ファビエンヌに勝てる者はだれもいない。誰の演技もボロクソ。子供のころのリュミールにとって、「母」はファビエンヌではなくサラだった。
 そうサラなる人物、この映画では会話の中にしか出てこないが、この映画の主役はファビエンヌとサラに2人なのだ。
 さすが大女優のカトリーヌ・ドヌーブ。たいへんな貫禄。ドヌーブあってこその映画といえよう。