ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

あと二つ

2023年09月28日 | 作品を書いたで
「阪神タイガース18年ぶりの優勝」大見出しのスポーツ新聞を横に置いた。
「マスター、いま、なん時」
「7時57分です」
 中山が鏑木に聞いた。
「スマホのバッテリーが切れてしまって」
 中山は人を待っている。約束は午後8時だ。あと3分。その人は遅刻するような人ではない。
 入口のカウベルが鳴った。年配の男が入ってきた。70代の老人に見える。こちらに歩いてきた。足どりはしっかりしている。
「お久しぶりです。中山さん」
 老人が中山の隣に座った。
「中山さん、なにをお飲みになる」
「なんでもいいですよ」
「マスター。マッカランの12年を中山さんに」
「そんな上等のスコッチを」
「いいんです。中山さんは私の大恩人です」
「大恩人だなんて。もう松井さんには充分お返しはもらってます」

 阪神タイガース日本一。駅の切符売り場横の売店に並んでいるスポーツ新聞の大見出しは各紙同じだ。中山は学割定期が切れているのをすっかり忘れていた。切符買うのもめんどうだから講義をさぼってやろうかと考えた。あ、いかん。あの先生は試験より出席を重視する。大学まで行かなくっちゃ。切符をかおうとすると、隣の販売機の前の男が困っている様子だ。
「どうしました」
「Nまで行かなくてはいかんのですが。財布を落としたらしく」
「ぼくもNの大学に行くんです。切符、おじさんの分まで買いましょうか」
  男は少し考えた。決断したようだ。
「お願いします」
 そこから特急で一駅。二人はN駅の改札を出たところで別れた。あれから38年たった。

「あの時、電車の中で約束しましたね。ご恩は三つの願いを叶えることでお返ししますと」
 松井は、あの時、立ち上げたばかりの会社が危機だった。約束の時間までNの取引先まで駆けつけたことで会社は救われた。
「学費未納で大学を除籍になりかけていました。松井さんが学費を立て替えて下さったおかげで私は卒業できました」
「あなたががんばったからです」
「電車の切符を買っただけなんですが」
「金額の多寡ではありません」
 大学を卒業した中山は北海道の大学の大学院を修了し研究者の道を志望した。しかし、大学に席はなく、北海道の企業に就職した。松井は自分の会社に誘ったが中山は断った。たかが電車の切符を1枚立て替えただけで。そこまでしてもらうことはない。大学の学費を出してもらえただけで充分。松井も中山のその意志を尊重した。
 二人の交流は年賀状のやりとりだけになった。それから長い月日が経った。

「私も70になりました。10年前に社長を辞めて会長になりました。その会長も一ヶ月前に退任し、いまはまったく無役です。私は自分の人生に後悔はありません。会社は大きくなりおかげさまで家庭も円満。なんの心残りはないのですが、ひとつだけ、いやふたつか、あなたへの恩があと二つかえしていない。お願いします。私の人生を完結させてください」
 真剣な松井の訴えを聞いて中山はうなずいた。
「わかりました。では、あの時の電車賃を返してください」
「マスター、お願い。38年前のH電車UからNまでの電車賃いくらぐらいでしょう」
「ちょっとお待ちください」
 鏑木が奥のノートパソコンの前に座った。
「220円です」
 松井が100円玉2個と10円玉2個を中山に渡した。
「どうもありがとうございました」
「確かに」
 中山が財布にしまった。
「あとひとつは?」
「マッカランをもう1杯」 



モリコーネ 映画が恋した音楽家

2023年09月26日 | 映画みたで

監督 ジュゼッペ・トルナトーレ
出演 エンニオ・モリコーネ、クリント・イーストウッド、クエンティン・タランティーノ

 エンニオ・モリコーネ本人に長時間密着インタビューをし、さらにはモリコーネに関わる多数の人たちにインタビューして、映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネとはいかなる人物か、またモリコーネが何ででき上がったを描く映画である。
 小生が初めてエンニオ・モリコーネを意識したのは「荒野の用心棒」であった。イタリアで黒沢の「用心棒」をパクった西部劇が作られた。西部劇ファンの小生は興味を持った。主役はクリント・イーストウッド。「ローハイド」を毎週観てた小生が知ってる俳優である。あの頼りなさそうな兄ちゃんが主役の西部劇?で、観に行った。確か今はなき新開地の聚楽館だったと記憶する。めっぽう面白かった。で、クリント・イーストウッド+セルジオ・レオーネの西部劇「夕陽のガンマン」「続・夕陽のガンマン」いわゆる「ドル箱三部作」を観た。いずれもアメリカ西部劇にない面白さだった。この3本の音楽を担当したのがエンニオ・モリコーネだった。音楽のファンにもなった。
 この映画を観て、映画音楽の重要さがよく判って、映画音楽とはいかなる創られ方をするか。音楽しだいで映画の優劣が決まる。同じ映像に最初監督が考えた音楽を使って、モリコーネの音楽を使ったのを比べて見せてくれた。ぜんぜん違うモリコーネの音楽の方が圧倒的に良い。
 2時間半と長い映画であるが、エンニオ・モリコーネという巨人を立体的に描写しようと思えば、この時間は納得できる。

グッドモーニング、ベトナム

2023年09月19日 | 映画みたで

監督 バリー・レヴィンソン
出演 ロビン・ウィリアムス、フォレスト・ウィテカ―、チンタラー・スカパット

 ベトナム戦争さなか一人のアメリ軍人がベトナムはサイゴンに降り立つところから映画は始まる。出迎えは黒人の兵士。二人とも将校でも下士官でもない。上等兵だ。ジープで走っているとき、白いアオザイを着た美人を見かける。
 二人が行った所はアメリカ軍の放送局。降り立った軍人はクロンナウア上等兵。この放送局にDJをしにやってきた。
「グッドモーニング、ベトナム」との呼びかけで始まるクロンナウアの放送は、ジョークたっぷりのマシンガントークとガンガン鳴らすロックが大うけ。前線の兵士たちは大喜び。
 アオザイの美女のあとをつけるとアメリカ人がやってる英会話教室であった。クロンナウアはむりやりそこの講師になる。退屈な教科書英語に飽きてた生徒たちに生きた英会話を教えるクロンナウアは受け入れられ親しまれる。アオザイ美女の弟とも友だちになる。
 クロンナウアをやったロビン・ウィリアムスがいい。いいたいことを放送でいうがそれが真実をついていたりする。放送局のトップの少将には理解を得たが、軍にとって都合の悪いこともしゃべりかねんというので、DJの仕事を外される。
 クロンナウア自身は善意の人でベトナムの人々とも友だちになる。しかしクロンナウアとベトナムの友人たちと関係は、アメリカとベトナムの関係の相似形といえる。その後の歴史がその皮肉をあらわしているだろう。

阪神タイガースが優勝しました

2023年09月15日 | 阪神タイガース応援したで
 阪神タイガースが優勝しました。この三次元空間に存在するすべての阪神タイガースファンのご一同さまにおかれましては、まことにおめでとうございます。小生は兵庫県西宮市川添町にてこの空間に実体化しました。この川添町から4キロほど離れ場所に甲子園があります。この甲子園から流れてくる風の中にMM-88に負けない凶悪なウィルスがいたのです。小生は出生と同時にこのRO-49ウィルスに感染したのです。こうしてRO-49に感染した小生は阪神タイガースファンになったのです。
 1985年、2003年、2005年と今まで3度の阪神タイガース優勝という慶事を経験しました。それがこのたび4度目を経験しました。実にうれしいことであります。
 きのうは喜楽館で落語を楽しんでいそいそと帰宅してゆっくりテレビを観ました。場所は甲子園、相手は巨人、放送はサンテレビとこれ以上ないシチュエーションで勝って優勝を決める。これに勝る喜びはありません。 

喜楽館の兵庫県民ウィークに行ってきました

2023年09月15日 | 上方落語楽しんだで
 昨日は昼からお休みをいただいて落語観賞に行って来ました。地下鉄ハーバーランドから高速神戸に乗り換える途中におっサンの店があります。そこで「ARE」を買いました。今夜はこれをなめながら「アレ」の瞬間を見ましょう。
 喜楽館昼席に行って来ました。今週の企画は「兵庫県民ウィーク」ということで、兵庫県に縁やゆかりのある落語家が出ます。
 開演前の一席は笑福亭喬龍さん。今日のトリ笑福亭松喬師匠の3番目のお弟子さんです。「三人旅」をやらはった。旅ネタですが無難に端正に演じはった。
 開口一番は桂二豆さん。桂米二さんの3番弟子で、いまのってる桂二葉さんの弟弟子です。芦屋の出身ですっていうと、客席から「ほおおおお」という声が。二豆さん「なにか」ととぼけたはった。芦屋というとなんか特別なんですね。何が特別か知らんけど。芦屋出身の有名人では大関貴景勝がおりますが、二豆さんも貴景勝に負けんぐらいに名が売れるといいですね。「ろくろ首」をやらはった。美人のお嬢さんの首が伸びます。そこにムコ入りする男の噺です。
 二番手は桂吉坊さん。西宮の出身。きのうホームランを打った佐藤輝明とおんなじです。ちいさな声でいいますがワシも西宮の生まれなんです。名前のとおり童顔でかわいい落語家さんでしたが、もうすっかり貫禄が出てきました。芝居噺の「七段目」をやらはった。いかにも米朝一門らしい「七段目」でした。もうだいぶん師匠の吉朝に近づいてきましたね。
 色もんは笑福亭智之介さん。地元神戸出身。智之介さん落語もする手品師か手品もする落語家か判りません。二刀流です。きょうは手品です。ハンカチなどを使った小ネタ手品でしたが、落語家がやる手品ですので笑えます。
 仲入り前の仲トリは露の五郎兵衛一門のベテラン露の団六さん。神戸市東灘区ですって。ずうっと神戸だということだそうですが、阪神大震災の被災者でしょう。ワシもそうです。演じたのは「神崎与五郎」です。あの赤穂浪士の一人神崎与五郎の少年時代の噺です。この噺、ワシは聞くのは初めてです。もとは講談でしょうか。
 仲入りです。仲入り後の最初は月亭方正さんです。西宮出身。元々はピン芸人山崎方正として芸能活動してはって15年前月亭八方師匠に入門。上方落語家になったそうです。今でもダウンタウンの浜田や松本と仕事をしているそうです。やったのは「看板の一」です。八方の実子八光がもひとつたいないから、遊方さんや文都さんらとともに八方一門を支える落語家さんでしょう。
 トリ前は笑福亭呂竹さん。尼崎出身。お坊さんみたいな頭です。「犬の目」です。軽妙で軽快な「犬の目」でした。
 さてトリは西宮の住人笑福亭松喬師匠。オリックスファンの松喬師匠。阪神のアレのあとにあるソレの相手はオリックスでしょう。マクラでそれについてなんかいうかなと思ってたけどいわはらんかった。来月の喜楽館は10月18日に行く予定です。その時のトリも松喬師匠です。そのころには阪神のソレの相手はオリックスと決まっているでしょう。松喬師匠なんかいわはるかな。
演目は「禁酒関所」です。ワシは柳家小さん師匠の「禁酒番屋」(江戸落語ではこういう)を落語コレクションに持ってますが、松喬師匠のを聞くのは初めてです。
 さて、楽しい落語観賞も終わりました。三宮で夕食後。ちょっと買い物して、大急ぎで帰宅。阪神タイガースのアレを見届けなければなりません。

われら闇より天を見る

2023年09月13日 | 本を読んだで

 クリス・ウィタカー   鈴木恵訳       早川書房

 ある意味「水車小屋のネネ」と裏表をなす小説といっていい。「水車小屋のネネ」は十代の姉と幼い妹。本作も十代の姉と、こちらは幼い弟。双方の姉とも妹弟に愛情を持ち、母がいない境遇で保護者としての責任感を持っている。
「水車小屋のネネ」では身勝手な母を離れ、幼い姉妹で生きていく。姉妹のまわりはみんないい人。姉も妹も周りの親切に感謝しつつ成長していく。
 本作の姉弟の母親は殺害された。この犯人はだれかというのがミステリーである本作のキモだが、姉弟はいままで一度も会ったことにない母方の祖父の元で暮らす。「水車小屋」の姉理世は素直でいい子。本作の姉13才のダッチェスはつっぱっている。自らを「無法者」といい、その不幸な境遇に決して負けない。かわいい顔と華奢な身体から想像もつかない強烈な少女である。転校先の学校でイジメにあうが、暴力と口で撃退する。
「水車小屋」の姉妹を見守るのはしゃべる鳥ネネ。本作で姉弟を見守りつつ親友の無罪を晴らそうとするのは生真面目な警察署長のウォーク。本作の主人公はダッチェスとウォークであるが、ダッチェスのキャラが強烈。13才の女の子がだれにも負けず弟を育てながら生きていく。

風神雷神 Juppitr,Aeolus

2023年09月12日 | 本を読んだで

 原田マハ    PHP研究所

 出色の冒険小説である。小生のごとき冒険小説好きのツボをくすぐる小説だ。著者は美術の専門家だから作品の底を流れるのは絵画に対する情熱だ。主人公俵屋宗達の痛いほどの絵に対する愛と情熱が作品の背骨を支える。
 京都国立博物館の研究員望月彩は俵屋宗達に恋している。400年前の絵師俵屋宗達のことが知りたい。宗達専門の研究員ではあるが宗達のことをもっともっと知りたい。俵屋宗達、謎の多い絵師である。生没年さえよく判らない。
 天正遣欧少年使節。九州の3大名が4人の少年キリスタンをローマに派遣してローマ教皇に拝謁させた。この4人の少年使節と宗達には接点はない。史実では。
 望月にマカオ博物館の学芸員レイモンド・ウォンが接触してきた。マカオでぜひ見ていただきたいものがある。望月はマカオに飛ぶ。そこでレイモンドに見せられたのは古文書。筆者は原マルティノ。4人の少年使節の一人だ。この4人日本に帰国したあと過酷な運命が。送り出したのはキリシタンを容認していた織田信長。彼らがヨーロッパに行っている間に信長は本能寺で死す。後継者の豊臣秀吉はキリシタンを禁じた。4人は刑死棄教などの不幸に。そのうちの一人原マルティノはマカオに渡っていた。そのマルティノ文書に「ソウタツ」の文言が。
 ここで物語は400年前に飛ぶ。ローマへの出立を間近になった4人の少年がいるセミナリオに同じぐらいの年齢の少年が京からやって来た。絵師俵屋宗達という。
 宗達は狩野永徳のアシスタントをして「洛中洛外図屏風」を完成させた。絵師としての才能を信長に見込まれた宗達は、この「洛中洛外図屏風」をローマ教皇に献上してこい。そしてお主はローマの「洛中洛外図屏風」を描け。いずれ余がローマに攻め入った時の参考になろうぞ。信長はローマまで攻め入り世界の第六天魔王との意志を持っていたらしい
 こうして京の扇屋のせがれ俵屋宗達は4人の遣欧使節団とともに日本の長崎からはるかヨーロッパのローマへと旅立つ。
 半村良の奇想、田中光二の冒険、稲見一良のロマン。それながないまぜになった出色の伝奇冒険アート小説であった。

いつも二人で

2023年09月11日 | 映画みたで

監督 スタンリー・ドーネン
出演 オードリー・ヘプバーン、アルバート・フィニイ

 小生はオードリーのファンで、車好きである。この映画、そんな小生にとってはお徳用な映画だ。いろんなオードリーといろんな車が見れる。
 ジョアンナとマーク。二人の独身時代から出会い。結婚。二人の浮気。そして夫婦の危機と和解。この二人のロードムービーであるが、二人のいろんな時点の様子をカットが替わるたんびに時と場所が切り替わる。時空をサーフィンしているような映画だ。
 で、フィニイは服が替わるだけだが、ヘップバーンは服も替わるし髪型もかわる。この映画のヘップバーン、他の映画のようにおしとやかではなく、ずけずけものをいうし皮肉もいう。こういうヘップバーンもいい。
 二人は旅をしているわけだが、歩きでヒッチハイクしているか、自分の車に乗っている。5人で走っている時もけっこうあった。黄色いフォードのステーションワゴン。この車は3人家族の車で、ジョアンナとマークが同乗させてもらっている。3人家族の一人娘というのがとんでもないわがまま娘。あんな子が自分の子だったらイヤだがハタで見てるぶんには面白い。
 あとポンコツのMG。白いベンツ、赤いトライアンフなど、あたかもお色直しのごとくいろんな車でご機嫌をうかがってくれる。思わぬカメオ出演みられた。刑事コロンボの愛車プジョー403が一瞬映った。


SF作家は予言者じゃない

2023年09月05日 | SFやで
 NHKアナザーストーリイ 「運命の分岐点 小松左京 『復活の日』の衝撃 コロナ予言の書」を観た。豊田有恒さん、筒井康隆さん、乙部順子さんといった人たちを出演させて、おおむねけっこうな番組であった。ただ、強く否定したいことがある。
「復活の日」はコロナ予言の書では決してない。小松さんはかような感染症が、将来まん延してえらいことになる、ということを書きたくてあの作品を書いたのではないと思う。人類を絶滅に追い込む状況を設定し、そういう事態になれば人々は何を考えどう行動するか。それによって文明とは世界とはいかなるモノかを考察する。それが小松さんが「復活の日」を書いた目的ではないのか。そういう状況に人類を追い込むための手段としてまったく新しいウィルスを考えだしたのではないだろうか。「復活の日」がコロナを予言したのではなくて「復活の日」で小松さんが描写した「イタリアかぜ」の様子がわれわれが現実に体験した新型コロナウィルスの感染まん延の様子にそっくりだっただけである。小松さんはコロナを予言したわけではないだろう。
 この番組を観た後、映画「復活の日」を観た。角川春樹が執念をかけてつくった映画だけあって、壮大なスケールと木村大作撮影の映像美は見ものであるが、映画では原作のキモとなるべきものが抜けている。ヘルシンキ大学の文明史担当ユージン・スミルノフ教授の「最後の講義」が映画ではない。ソ連の潜水艦の艦長代理がスミルノフ少尉となっていたから、角川か脚本の高田宏次あるいは監督の深作欣二が意識をしていたかと思うが、映像的に面白くないからはぶいたのだろう。なんとかしてこのシーンは映像化して欲しかった。小生はこのスミルノフ教授の最後の講義を読むたびに感動する。小松さんはこれを書きたいがために「復活の日」を書いたのではないか。コロナを予言するために書いたのではない。
 小松さんのもう一つの代表作「日本沈没」も予言の書あつかいされている。あの小説での地震の描写が現実の阪神大震災や東日本大震災とそっくり。小生の住まいおる神戸市東灘区は阪神大震災で甚大な被害を受けた。あの大震災の象徴的な映像で阪神高速が横倒しになった映像がある。小生は阪神高速が倒れるところを生で観たのである。あの地震のあと「日本沈没」を読みなおし映画も見直した。高速道路が倒壊するシーンが現実とそっくりなので驚いた。
「日本沈没」は大震災を予言するために小松さんは書いたのではないだろう。小松さんが書きたかったのは、日本人から日本列島を取り上げてしまったら日本人はどうする/どうなる。を書きたかったのだ。で、日本列島を沈没させる手段として、当時最新の理論であるプレートテクニクスによるマントル対流に着目し、架空の話として日本列島地下のマントル対流がとつぜん流れを変えたら日本列島はつっかえ棒を失って海に沈むという理屈を考えた。作中の田所博士もいっていた。「地震はその付属にすぎない」その付属の所がリアルに描かれていたから小松さんは予言者あつかいされていたのだろう。このことが小松さん自身の精神に大きな負担となった。これは小松さんの作家としての誠実さのあらわれだろう。
 ある日、日本は海に沈んだ。という書き出しで、そのあと小松さんが書きたかったことを書けばよい。「日本は海に沈んだ」という一言を書くためだけに「日本沈没第一部」の大半を費やしたのである。一時SFファンダムで、小松さんに「沈没の第2部は?」との質問をすればぶん殴られてもしかたがないといわれた。小松さんが本当に書きたかったのは第2部だったろう。その第2部を実際に筆を立てて書いたのは谷甲州だ。
 小松左京に限らず予言者あつかいされているSF作家は多い。クラーク、ハインライン、ガーンズバックなど。彼らは衛星通信や家庭用ロボットを予言したのではなく、そういうモノが実現したら、出現したら、人間は、社会は、世界は、文明はどうなっていくだろう。を書きたかったのであって、決して予言したのではない。

PLAN75

2023年09月04日 | 映画みたで

監督 早川千絵
出演 倍賞千恵子、磯村勇斗、河合優実、ステファニー・アリアン

 観て決して愉快な映画ではない。画面は暗いシーンが多いし、登場人物には笑顔がない。しあわせな人は一人もでてこない。観て暗澹たる気持ちになる映画だ。映画は娯楽のために観る。壮大な映像波乱万丈のストーリー歌って踊って大さわぎ。そんな映画をご所望ならインド映画でも観ればいい。
 ではこの映画を観るのは反対か問われれば、ぜひ観て欲しいと強く推奨する。この国に住む高齢者、これから高齢者になる予定の人はこの映画を観て「老いる」とはどういうことかを考えて欲しい。
 角谷ミチ78才。ホテルの清掃員の仕事をクビになった。住むアパートも出なくてはいけない。八方ふさがりである。近くのテレビがCMを放送している。
「人間、生まれる時は選べないけど、死ぬときは選べるようになったのです。すてき。ほほほ」おばあさんのCMタレントが明るく笑っている。
 国会でいわゆるPLAN75が可決され実施された。75才になると安楽死ができる。申請すると10万円支給され、合同プランを選択すると葬儀火葬埋葬みんな無料。週に一度コールセンターから電話が架かってきて心平安にしてくれる。街のあちこちに年賀状のワゴンセールみたいにPLAN75の申し込み所があって気軽に申請できる。ここの担当者はまるで保険に入るような気軽さで死ぬことを勧める。もちろん死ぬのがイヤになれば途中で中止できる。
 国をあげて年寄りは死ねといっているのだ。かっては還暦を迎えると赤いちゃんちゃんこを着せられて孫たちに「おばあちゃん、おめでとう。いつまでも元気で長生きしてね」といわれたが、長寿は慶事ではなくなったのだ。こんな世の中イヤだ。だれでもそう思うだろう。では、どうする?