ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

絶景本棚3

2024年07月25日 | 本を読んだで

 本の雑誌編集部編               本の雑誌社

 X線、エコー、MRI、CT、内視鏡、と、小生は身体の中をのぞきこまれる経験はひととおりした。でも、小生をかたちづくっている、もう一つの内部を人に見られたことは一度だけあった。
 1995年1月17日午前5時46分。神戸市東灘区在住の小生は震度7の揺れを経験した。阪神大震災である。揺れがおさまって書斎へ行くと、本棚が1さお机を飛び越して、内容物をぶちまけながら反対側に着地していた。一か月後、避難先から帰って部屋の整理をし始めた。本がどうしても半数ほど減らす必要がある。そこで、SFの友人たちを呼んで、「欲しい本は持ってって」といって、かなりの冊数の本を持って行ってもらった。半数に減った。
 小生もSFファン歴は長いから、その関係の友人も多い。彼ら彼女らの家に遊びに行ったこともある。そんな時、自分の本棚を見せてくれる人はいない。こっちから見たいともいわない。
 本好きにとって蔵書は内臓みたいなものだ。人に内蔵は見せたくないだろう、人の内臓は見たくないだろう。
 ですから、この本は人の内臓を見る本である。へー、あの人はこんな本を読んで、ああなったのか。ふう~ん。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

2024年07月22日 | 映画みたで

監督 スティーブン・ダルドリー
出演 トーマス・ホーン、トム・ハンクス、サンドラ・ブロック、マックス・フォン・シドー

 主人公のアスペルガー症候群の疑いの少年を演じた、トーマス・ホーンがうまい。知らない子役だけれど、繊細で細かい演技を必要とする役をよく演じた。主人公は無名の子役だが、彼を取り囲む近親者の役はご覧のように、手練れでうまい人が脇をかためている。
 遺体のない空の棺桶を埋葬するところから映画が始まる。11才のオスカーは頭はよく理系でもあるが、社会に不適合。学校ではいじめられている。対人関係が苦手。怖くて地下鉄にも乗れない。ブランコにも乗れない。
 そんな息子を心配した父トーマスが時間が許す限り息子と接して、「調査探検」という遊びをやる。ニューヨークの第6区を調査する(神戸は、東灘、灘、中央、兵庫、長田、須磨、垂水、西 北の9区やけど、ニューヨークはなん区か知らんけど)というもの。頭がよく理科系のオスカーは父との「調査探検」を楽しむ。
 その父が9.11同時多発テロで死んだ。母と祖母がオスカーを見守る。父の死から1年経った。父の遺品の青い花瓶から鍵とメモが出てきた。メモには「ブラック」とある。人の名前と思われる。オスカーは鍵にあう鍵穴とブラックなる人物を探し始める。
 前半は存在感が薄かったサンドラ・ブロック演じる母親が、後半、亡き父トーマスにまけずオスカーのことを思っていたことが判る。オスカーは亡き父だけではなく、母、祖母、そして祖父も、周囲の大人たちの大きな愛情に包まれていたことが判った、観ているこっちも大きな安堵感を得る。
 ところで、入手した鍵にあう鍵穴を探すというストーリー、星新一の作品にあった。この映画の原作はジョナサン・サフラン・フォアとかいう人の作品らしいが、この原作者、星新一を読んだのだろうか?
 オスカーと一緒に行動する口のきけない、祖母の間借り人の老人。第二次大戦中、ドイツのドレスデンで連合軍の爆撃にあって口がきけなくなった。ドレスデン大爆撃はカート・ヴォネッガト・ジュニアの「スローターハウス5」の舞台となった。なんかこの映画、SFファンにはちょっとづつひっかかる映画であったな。

喜楽館開館6周年記念特別公演に行ってきたわ

2024年07月15日 | 上方落語楽しんだで
 昨日は神戸新開地喜楽館に行っとった。喜楽館はでけて6年や。そやから、昨日は喜楽館開館6周年記念特別公演の最終日やった。
 神戸新開地喜楽館は2018年7月11日に開館した。ワシもこけら落とし公演に行こうと思ったけど、この時のチケットは30分で完売。さすがのワシも買えなんだわ。ここだけの話やけどな、喜楽館、ほんまは別の名前になる予定やったんや。神戸の新開地に上方落語の定席ができるゆうんで、小屋の名前を公募しとった。ワシは「新開地ええとこ亭」で応募した。自信もっとったんやけどな。
 ワシの高校はいまはなき神戸市立湊川高校やった。そやから新開地は地元や。今はそんなことないけど、昔は「ヤ」のおじさんらの巣やった。その新開地に聚楽館ゆう映画館があった。今はパチンコ屋になっとるけど、「ええとこええとこ聚楽館」といわれたもんや。高校の定期試験が終わったらよう聚楽館で映画をみたで。「大脱走」「ワイルドバンチ」「ミクロの決死圏」なんかを観たな。その聚楽館への想いをこめて「新開地ええとこ亭」と名付けたんやけどな。
 ま、ワシの思い出話はこのへんで、昨日の話や。
 開演前の一席は桂かかおさん。小枝師匠のお弟子さん。前座噺の定番「動物園」をやらはった。オーソドックな「動物園」を無難にやらはったけど、少しは工夫があったもええんちゃうん。
 開口一番は月亭秀都さん。高座名から判るように月亭文都さんのお弟子さん。これまた前座噺の定番「時うどん」夏にやる噺やないと思うんやけどな。
 二番手は笑福亭鉄瓶さん。「骨つり」をやらはった。オーバーアクションな見ごたえのある「骨つり」やった。鶴瓶一門はうまい噺家さんが多いです。
 色もんはラッキー舞さんの太神楽。清楚な女性の芸人さん。定番の傘の上で鞠や枡を廻す芸のあと、出刃包丁を3本使った芸はなかなかスリリングやった。
 仲トリは桂雀三郎師匠。「代書屋」や。枝雀一門らしく主人公の名前は松本留五郎。ちゃんと「セーネンガッピ」や「セーネンガッピ、ヲ」「ポン」もあった。やっぱり松本留五郎はおもろいわ。
 仲入り後の最初は桂文之助さん。「紙入れ」です。アニキのよめさんと不倫する噺です。
 トリ前は先代文枝師匠の最後のお弟子さん。明石出身の桂阿か枝さん。朝霧駅前のしおみ産婦人科で生まれたといってはった。いまはせきじま産婦人科になってますけど、とゆうてはった。グーグルアースで見るとほんまに朝霧駅前に「せきじま産婦人科」があった。
「千早ふる」をやらはった。ところどころの先代文枝師匠の面影をかいま見ることができた。あのねちゃーとした先代文枝師匠の語り口を一番いろこく受け継いでいるのは、先代文枝一門では阿か枝さんやないかとワシは思うな。
 さて、トリは笑福亭鶴瓶師匠。まくらでたっぷり、先日亡くなった桂ざこば師匠の思い出噺。ふたりでよう遊んだそうです。あんな落語家はもう出ませんと鶴瓶さんはいってはった。「三年目」をやらはった。鶴瓶さんの落語をなまで見る機会は少ないけど、さすがうまいです。
 

奏で手のヌフレツン

2024年07月04日 | 本を読んだで

 酉島伝法          河出書房新社

 酉島伝法はイラストレイターでもある。だから自分が創出する表現物が受け手にどう受け取られるかに、最も心をくだいているクリエイターであろう。本書はイラストレイター酉島ではなく、作家酉島の創造物だ。いうまでもなく日本語で書かれている。ひらがな、カタカナ、そして漢字で表記され酉島伝法世界が繰り広げられている。ひらがなは表音節文字だから「ひ」は「ひ」と読者に読ますだけ。そこに意味イメージを付与することはできない。
漢字は表意文字だから意味やイメージを付与することができる。「覇」と書くと、読者に、安土城の天守から城下を睥睨する信長を思い浮かべさせることができよう。また、ユーラシア大陸の大草原を大軍勢の騎馬隊を率いるチンギス・カンをイメージするだろう。小生が高校の時、同じクラスの水泳部の子が全国大会へ出た。クラス全員ではげましの寄せ書きをした。書道の先生に真ん中になんぞ書いてくれというと「覇」と書いてくれた。これがひらがなで「は」と書いてもなんの意味もない。
 酉島伝法はこういう漢字の効用を最もよく理解して、最大限の効果を発揮するワザを有した作家といえよう。本書もその酉島漢字の魅力をたっぷりと満喫できる。いわばイラストレイターでもある酉島は漢字をイラストとして使っているのではないだろうか。
 

リンカーン・ハイウェイ

2024年07月02日 | 本を読んだで
エイモア・トールズ 宇佐川晶子訳   早川書房

 分厚い本である。679ページのハードカバー。でも、お話は決して重厚ではない。主要な登場人物4人は10代の少年。4人のうち3人は間違いを起こし更生施設に入っていたが最近出てきた。
 主人公(というより主人公格といった方が正鵠を得ている。この小説少年4人が主人公だ)は18才のエメット。まじめ正義感が強い。シェークスピア俳優の息子でエメットよりは世慣れているダチェス。金持ちの子で少し浮世ばなれしているウーリー。この3人が18才。あと1人。エメットの弟で8才のビリー。ビリーは読書家で物知り。この4人が物語を駆動させる。
 エメットとビリーのワトソン兄弟の父はいくばくかの財産と1台の車を残して死んだ。母はサンフランシスコにいる。兄弟は今住んでいるアメリカ中部のネブラスカから大陸を横断するリンカーン・ハイウェイを愛車スチュートベーカーで走って、母のいる西海岸まで会いに行こうとする。ところが後で施設を出たダチェスがスチュートベーカーを無断借用。ウーリーと二人で東部のニューヨークに行ってしまう。ワトソン兄弟はダチェスとウーリーを追って、貨物列車に無賃乗車してニューヨークをめざす。
 この4人の少年が軸だが、この少年たちにからむ脇役が面白い。ワトソン兄弟の幼なじみのガールフレンドで料理上手なサリー。ニューヨーク行きの貨物列車で知り合った、うさん臭い「牧師」ジョン牧師。ずっと貨物列車で無賃の旅を続けている親切な黒人ユリシーズ。そして秀逸なのがエメットがダチェス捜索の手がかりを得ようと探すダチェスの父。それなりのシェークスピア俳優であったらしいが、ええかげんな男。映画でいえば画面には映らないがおもしろいキャラだ。ビリーが愛読している本の著者アバーナシー教授。ニューヨーク在住だからビリーが会いに行くと会ってくれた。この老教授も面白い。
 ぱっと見はロードノベルのようだが、いろんな人物がでてくる人間動物園なおもしろさだ。


幸福のスイッチ

2024年07月01日 | 映画みたで

監督 安田真奈
出演 上野樹里、沢田研二、本上まなみ、中村静香、林剛史、芦屋小雁

 先日、小生宅のエアコンを買い替えようと、ヤマダ電機に行って霧ヶ峰を注文した。ウチはマンションの4階だというと、取り付け工事の下見に来た。室内機と室外機の設置場所を見て、ウチでは工事できませんと断られた。今の霧ヶ峰は近くの町の電器屋が曲芸をして取り付けてくれた。どうしてもとヤマダ電機にいうと高所作業車が必要とのこと。ヤマダ電機はキャンセルし、近くの町の電器屋に頼むと、パナソニックのエオリアをなんとか工夫して取り付けてくれた。また、最初の霧ヶ峰を曲芸して取り付けてくれた電器屋は、老母が存命中電球一個交換に来てくれた。その電器屋は震災後廃業されたが、別の町の電器屋が健在。風呂場の換気扇が異音を発する。気軽にきて点検してくれた。
 だから、この映画で沢田が演じていた電器屋のオヤジは現実にいる。
 玲はオヤジと折り合いが悪く和歌山県の実家を出て東京でイラストレーターをやっている。駆け出しのくせに、クライアントの意向を汲まず上司にたてつく困った新人イラストレーター。姉が倒れたとの知らせを妹から受けた。帰省すると妊娠中の姉は元気。代わりに父が骨折で入院。
 父誠一郎は小さな電器屋を経営している。近くに大手の量販店ができて経営は苦しい。それに父は商品を売るより、売ったモノの修理点検にいっしょうけんめい。電器屋は売るより売ったあとのお世話が大切との信念。そんな父にあいそをつかせて家をでた玲だが、しかたなく電器屋の仕事をする。
 上野のふてくされ演技と沢田のがんこオヤジのとりあわせが面白かった。町の電器屋を大切にするパナソニックが協力しているだけに、ヤマダや上新にはマネができない町の電器屋の存在価値が判る映画であった。このことは小生も現実に体験している。