ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

上方落語ノート 第四集

2021年08月26日 | 本を読んだで

 桂米朝        岩波書店

 桂米朝師匠の代表的著作の第四集である。これでこのシリーズもおしまいである。このとき米朝師匠満72才。体力気力記憶力が最近とみに落ちて来た。第五集はとても望めません、と、ずいぶん気弱なことをおっしゃっているが、師匠はそれから19年生きはった。もうちょっとがんばってもろうて第五集も第六集も書いて欲しかった。
 上方落語ファンうん十年のワシもさすがに知らんことが、ようけ書いてある。
ピカレスク落語の名作「算段の平兵衛」この噺の原点はヨーロッパの民話であったそうな。
 米朝師匠の兄弟弟子さんの桂米之助さんが「風流昔噺」という本を古書店で見つけてきた。万延2年(桜田門外の変の翌年だ)の本で、笑福亭松光という落語家のネタ帳らしい。これを米朝師匠がひとつづつ判読して紹介している。143ものネタが解説付きでのっている。判読しにくい文字多数で米朝師匠もご苦労なさったと書いてあった。
 「かけ取り」「悋気の独楽」「軽業講釈」など現在も演じられる噺もあるが、ほとんどはワシの聞いたことのない噺。落語の元ネタは歌舞伎にたくさんあるということがよく判る。
 米朝師匠の実父、それに二人の師匠、正岡容、4代目桂米團治は55才でなくなった。だからワシは55才で死ぬんや。と、米朝師匠がゆわはったと巷間伝えられているが、米朝師匠ご本人は一度もそんなことをいってないと、この本には書いてある。

市民ケーン

2021年08月24日 | 映画みたで

監督 オーソン・ウェルズ
出演 オーソン・ウェルズ、ジョセフ・コットン、ドロシー・カミンゴア

 映画史に残る大傑作とされる名画だそうだ。これは観なくてはいかんとて、このたび観たわけ。
 監督主演のオーソン・ウェルズはワシらSFもんにとって、自分と同名のウェルズの「宇宙戦争」をラジオドラマ化して、ほんまに火星人が攻めてきたと人々に思わせて大騒動を起こした人物。その才人が満を持してハリウッドで創った映画がこれ。
 この映画をひとことでいうのなら「チャールズ・フォスター・ケーンとはなにもの?」というもの。優れた映画は短い言葉で紹介できるという定義に従えば、この映画は確かに名画だ。
 名画には2種類ある。公開時名画と永遠の名画だ。公開時は斬新な名画であったが、時代の流れに浸食されて普通の映画になってしまう。公開後何年たとうと名画の地位を維持し続ける映画。この「市民ケーン」は残念ながら前者とワシは思う。クローズアップ、マットアートをいった手法を取り入れ、当時としては斬新な画面創りをしている。また過去現在をパラで描き、一人のキャラを浮き彫りにしていくシナリオ。たしかに当時としてはすごい映画であったろう。
 それまで舞台劇をただたんにフィルムに映して映画にしていた映画から、映画独自の表現方法を開発し実現させた。それまでの映画を観てきた人がこの「市民ケーン」を見たらびっくり感動するだろう。
 それは、日本の漫画における手塚治虫の登場を思い起こさせる。それまで2次元的平面な表現であった漫画を、クローズアップなど映画的な手法で漫画を描いた手塚。手塚は漫画を、紙面という2次元空間に3次元の漫画を描いたのだ。
 でも、ウェルズ的映画手塚的漫画は、現在はたくさんある。そうなのだオーソン・ウェルズは開拓者開発者として偉大なのだ。映画作者としてみればどうかな。そういう目でこの映画を観ると。けっこうおもしろい映画ではあるが、絶対的な名画とはいいかねるとワシは評価する。

天離り果つる国

2021年08月19日 | 本を読んだで

宮本昌孝    PHP研究所

 著者の宮本昌孝さんは小生の記憶に間違いがなけければSF出身の人ではないか。たしかSFマガジンでヒロイック・ファンタジーを書ていたのではないかな。そんな人が歴史小説を。この作品、戦国時代もの。そうかヒロイック・ファンタジーから魔法を取り除いて舞台をかえれば、そのまま戦国歴史小説となるわけか。
 舞台は尾張、美濃、関東、京、といった歴史の主要舞台ではない。山深い、飛騨は白川郷の小国。主人公は津田七龍太なる無名(架空かな?)の人物。七龍太は織田信長に仕えているが、身は白川郷に置く。白川郷の帰雲城の城主は内ケ嶋氏理。鄙なる小さな山国の無名の領主のもとで主人公は働く。
 七龍太は内ケ嶋家で働くが内ケ嶋の家臣ではない。織田から送り込まれたお目付け。でも、白川郷の自然と人々、内ケ嶋家の領主氏理と家臣たちに喜んで迎え入れら、溶け込む。七龍太も白川郷を深く愛する。
 七龍太は赤ん坊のころ天才軍師竹中半兵衛に拾われ、半兵衛の従者の養子となって育つ。半兵衛に兵法軍略戦術の教えを受け、立派な若武者に育った。織田家に仕官して白川郷に派遣されるのだが、そこの領主内ケ嶋氏理は家臣領民想いで、名君といっていい。
 この内ケ嶋の姫が、いわゆるおてんば姫。野生児で山猿のような娘。ちゃんとメイクすれば美少女なのはお約束どおり。
 この白川郷は織田と一向宗との緩衝地帯にある。内ケ嶋氏理の理想は織田にも一向宗にも、織田の後継者たる豊臣、また徳川、どの勢力にも与せず、独立中立を目指すこと。戦国乱世に世にスイスのような永世中立国を飛騨の山奥に築くこと。
 七龍太はおてんば姫紗雪とともに氏理の理想実現に心をくだく。本能寺の変後、天下人となった秀吉が白川郷を狙う。
 上下2巻の大部の小説であるがスラスラ読める。津田七龍太、内ケ嶋氏理といった人物はあまりにも出来すぎくんで、おてんば姫も典型的なおてんば姫で、もう少しキャラにひねりを加えても良かったな。

オリエント急行殺人事件

2021年08月18日 | 映画みたで

監督 シドニー・ルメット
出演 アルバート・フィニー、イングリッド・バーグマン、リチャード・ウィドマーク、ローレン・バコール、アンソニー・ホプキンス、ショーン・コネリー、ヴァネッサ・レッドグレイブ、ジャクリーン・ビセット

 このところ毎週テレビで「名探偵ポアロ」を観ている。少し前、この映画と原作を同じくする「オリエン急行の殺人」を観た。テレビ版のポアロはデビット・スーシェがポアロを演じている。
 この二本の「オリエント急行」を見比べればかなり違うことが判る。原作はアガサ・クリスティの作品ではトップクラスの人気有名作品だから、犯人はだれかという興味はない。原作をいかに料理するかが違いとなる。
 まず、スーシェ版。こちらはテーマを1本に絞ってポアロを通じて観る人に問いかける。「正義とは何か?」正義は一つではない。正義がすべてではない。この作品の被害者は絶対的な悪人だ。犯人はだれが見ても正義だ。でも犯人は殺人という犯罪を犯した。犯人は悪人として裁かれるべきか。ラスト、ポアロは悩む。そして探偵として敗北する。
 一方、ルメット=フィニー版。こちらは犯人像に焦点をあてている。犯人たち(そうネタばれになるが犯人は複数なのだ)の事情とキャラ見せる。この犯人たちを演じたのは上記のごとく大変な豪華メンバー。フィニーのポアロがこの連中一人一人と面談するのだから、演技比べとなった面白い。とくにイングリッド・バーグマンはその美貌をかくしいつもの美人キャラを封印して地味なおばさんを演じて、きれいなだけではなくうまい女優さんだと判る。
 ショーン・コネリーはオリエント急行での仕事は二度目ではないだろうか。007時代、「ロシアから愛をこめて」で、ジェームス・ボンドとしてオリエント急行に乗っている。それではボンドガールのタチアナを守ってロバート・ショーふんする殺し屋と死闘を繰り広げる。この作品ではインド帰りのイギリス軍の大佐となっていて、リチャード・ウィドマーク扮するアメリカの富豪と対決する。
 で、肝心のポアロだが、スーシェ版のポアロの方が人間的で好感が持てる。フィニー版は高慢なポアロの欠点が浮き彫りにされ、ただたんに推理して事件の構造を開示するだけ。

読まずば二度死ね!

2021年08月16日 | 本を読んだで

 内藤陳                集英社

 おもしろ本おすすめ屋内藤陳師匠の2冊目である。巻頭のカラーページで、陳師匠の勇姿が拝謁できる。メインのおもしろ本おすすめエッセイはあいかわらずアツイが、この巻のキモは、「飲まずに死ねるか!」の章だと小生は思う。酒にまつわる名セリフ集で、本好き酒好きの小生などは、スウィートスポットを突く好エッセイがいっぱい。酒飲みとしても本読みとしても達人の陳師匠ならではの、名セリフの収集である。いくつかここで紹介してみよう。
「オンザロックを、それと君の名を」
「ビールをちびちび飲む人間は信用するに値しない」
「飲むものをくださらない。あなたの顔にぶちかけるものが要るの」「口を狙ってね」
「1本のワインの中には二人の女がいる。コルクを抜く前は処女。抜いてからは熟女」


日本のいちばん長い日

2021年08月13日 | 映画みたで
監督 原田眞人
出演 役所広司、山崎努、本木雅弘、堤真一、松坂桃李

 この映画の主人公は3人だと考えていいのでは。鈴木首相、阿南陸相、昭和天皇。3人とも、この戦争を終わらせることは必要だとの認識はある。高齢の鈴木首相は老骨にムチ打って職務を遂行する。内閣総辞職をすすめられるが、「この戦争はワシの内閣で終わりにする」
 陸相阿南は陸軍をコントロールできる人物として入閣している。その阿南も戦争を終わらせることに反対ではない。国体護持を確約するのならばとの条件づきではあるが。
 そして昭和天皇。日本国の存続を願っている。この3者にからむのが、陸軍の若手将校たち。本土決戦、日本人が最後の1人まで戦い抜けが活路が開けると考え、ポツダム宣言受諾を阻止、天皇の玉音放送の録音盤を奪おうとする。
 結局、歴史はご承知のごとく昭和20年8月15日に天皇の敗北宣言は放送され、戦争は終わった。阿南は腹を切った。阿南は腹を切る以外の選択肢はなかったのだ。

 星群の会ホームページ連載の「SFマガジン思い出帳」が更新されました。どうぞご覧になってください。
 

真昼の死闘

2021年08月02日 | 映画みたで

監督 ドン・シーゲル
出演 シャーリー・マクレーン クリント・イーストウッド

 まずこの映画の一番の不思議。「真昼の死闘」という邦題。死闘はともかくなぜ真昼なのか。ラストのアクションシーンは夜である。冒頭のホーガンがならず者3人をやっつけるのは昼だけど3人を瞬殺してるから「死闘」ではない。これひとつの不思議。原題はTwo Mules for Sister Saraという。「シスター・サラと2頭のロバ」シスター・サラはシャーリー・マクレーンが演じてる尼さん。だからこの映画の主演はイーストウッドではなくマクレーンなのだ。クレジットタイトルでもマクレーンが最初でイーストウッドが2番目。たぶん日本で配給した映画会社がマクレーンよりイーストウッドの方が客を呼べると判断してこないな不可解な邦題をつけたのではないか。
 監督はイーストウッドの二人の師匠の一人ドン・シーゲル。映画が始まって、もう一人の師匠セルジオ・レオーネの映画かいなと思わせる。なんせオープニングでかかる音楽がエンニオ・モリコーネだ。マカロニっ臭がぷんぷんのオープニングだ。ところが映画が進むと、ガンマンと尼さんの珍道中のコメディぽくなる。
 流れ者のホーガンが3人の悪漢に乱暴されかかっている尼さんを助ける。尼さんシスター・サラは、当時メキシコを支配していたフランスの軍隊とわけありな様子。どうもメキシコのレジスタンスのシンパみたい。ホーガンはフランス軍の金を強奪するのが目的。ホーガン、シスターはレジタンスのリーダー、ベルトランと会う。ベルトランはフランス軍の駐屯地を破壊するのが目的。ホーガンは金が目的。シスターの目的は判らんが、3人の利害が一致した。そしてフランス軍の駐屯地を攻撃する。
 原題の2頭のロバは、シスターが乗っていたロバ。もう1頭のロバはシスターにいいように使われているあの男。イーストウッドはマクレーンの引き立て役の映画であった。
 尼さんとか坊主なんて宗教関係者は聖職者で悪もんではない。人格高潔有徳の人と見られている。だからマクレーンは最後と冒頭のシーンをのぞいてずっと尼さんのかっこうしている。

傭兵たちの挽歌

2021年08月01日 | 本を読んだで

 大藪春彦         角川書店

 無差別テロで妻子を殺された男の復讐譚である。大藪の復讐もんの集大成であり到達点ともいうべき作品である。とはいいつつも、読了後の印象は主人公片山健一(なんと平凡な名前だ。中学の同級生にいそう)の復讐心がもひとつ伝わってこない。やはりかような復讐譚は西村寿行の方がうまい。西村の書く復讐譚はヒリヒリして触れば手がやけどしそう。
 かといって、この作品は駄作かといえば、そうではない。あまたある大藪作品の中でも傑作といっていい。まずスケールがでっかい。ヨーロッパ、日本、アフリカ、そしてカナダ。片山は世界中を飛び回って敵を追う。大藪作品でスケールのでかさというなら、原子力空母を乗っ取る「戦いの肖像」と双璧をなすだろう。
 特筆すべきは敵方の組織だ。片山の妻子を爆殺したのは「赤い軍団」世界中のあらゆるテロ組織の頂点にあり、最上位組織であり最大にスポンサーである。007のスペクターなど、いろんな話で悪の秘密結社が出てきたが、ワシが観たり読んだりした中では、この作品の「赤い軍団」が一番やっかいで最強最悪の組織だろう。
 大藪作品を読んでいつも思うのだが、大藪は実に律儀な文章書きだ。大藪の文章には必ず主語述語があって、日本語の文法に決まりに則った文章だ。文章だけ見れば、子供の国語の教科書に載せてお手本としたい。小説の内容やストーリーはあまりお子様向けとはいえないが。文章はお手本になる。