「まちがいないです。ぼくが小学生のころ、近くに住んでたユウキくんです。学校には行ってなかったみたい」
「この人、なんとなく記憶にあるわ。あたしが小さいころ住んでたアパートの一階におった子だわ。おかあさんやおとうさんといるところを見たことがないわね。名前?さあ、確かトクジくんっていってたわ」
男性。推定年齢一〇代後半から二〇代。身長一七三センチ。やせ型。
警察の身元不明遺体の情報公開に応じて、五人が情報提供にやってきた。今日の二人もふくめて、子供のころ近くにいた記憶がある。その子は一人でポツンといることが多い。彼の親は知らない。それに五人とも、その子の名前を憶えているが、その五人が憶えている名前がみんな違う。今日来た男性はユウキ、女性はトクジといった。一昨日きた三人も違う名前をいった。
彼の名前はなんというんだろう。
「ユウキくん。学校へは来ないの」
その子はよく公園に一人でいる。ぼくは具合が悪くなり学校を昼前に早退した。そんな時間にユウキくんが公園にいた。
「学校へは行かない」
ユウキくんはそれだけいうと、下を向いてだまった。足もとをアリが歩いていた。
塾の時間だ。アパートの階段を降りると、一階の一番北側の部屋のドアが開いている。男の子が一人でいる。部屋の中は乱雑でゴミがいっぱい。たばこの吸い殻やインスタントラーメンの袋や、パンの袋が散乱している。そのゴミのなかで男の子がマンガを読んでいる。
「トクジくん、おかあさんは」
「おとうさんとパチンコに行った」
「そ」
塾へ行く途中にパチンコ屋がある。男の人と女の人が出てきた。仲が良さそうに手をつないでいる。二人で少し離れたところにある回らない鮨屋に入っていった。この二人、以前、トクジくんの部屋にいるのを見たことがある。トクジくんの親ではないだろうか。
六人目の人が情報提供に来た。初老の男でラーメン屋をやっているという。
「ああ、この子、以前ウチで雇っていた子に間違いないです。サトシ。かわいそうに。死因はなんですか。この子、出前持ちをやってもらってたんですが、中華料理の才能があるので、養子にしてウチのあと継ぎにと考えてたんですが」
「そういうわけで、この子の親を探したんですがいないんです。この子に親は」
ラーメン屋の主人がいうには、サトシは無銭飲食をして主人に捕まり、警察につき出さず店員として店に置いたということだ。素直で働き者のサトシは主人にかわいがられた。
「ところが、ある日、とつぜんいなくなったんです。それが、こんなことになって・・・」
主人は泣き伏した。
サトシの死因に事件性はないとの結論がでた。解剖の結果、死因は若年性の突発性心筋梗塞。彼の本当の名前が判らないので、仮にサトシと呼ぶ。今後、サトシは行旅死亡人として処理される。
「あんたちの子供じゃなの。死に顔なと見てやったらといってやったんだ。ダメだね。あの人たちは人の親じゃない。いいや人間じゃない」
老人はほほを膨らませて怒りながら部屋に入ってきた。警官にすすめられた椅子にすわり、出された茶をズズとすすった。
「あの人たちはあたしのアパートの住人なんだ。どんな仕事してるんだか知らないけれど、よく二人で遊びほうけてる。男の子が一人いたけど、知らない間に子供はいなくなったんだ。どっかに里子に出したと思ってたんだ。あたしは」
サトシは捨てられた子だ。どうして大きくなったか判らないが、十七歳でラーメン屋に拾われ、そして人知れず路上で亡くなった。
「で、サトシくんの本当の名前はご存じですか」
「知らないね。と、いうかあの子に名前はないんだ。子供の名前を考えるのは面倒だといってたよ。あの人たち」
サトシは親から命だけ授かってこの世に生まれてきた。名前すら与えてもらってなかった。そして、その命もなくなった。
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