ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

第25回日本SF大会顛末記 その2

2020年08月29日 | SFやで
 とにもかくにも第25回日本SF大会DAICON5は動き出した。週に1回は大阪は梅田の喫茶店ホワイトローズで実行委員会をやっていた。メンバーもだいぶん増えてきた。女性の委員も増えてきた。その中には、のちに日本SFファングループ連合会議議長となり、SFファンとしては位人臣を極めた、みいめさんこと田中紀子(現牧紀子)もいた。ちなみにSF大会が開催されたところではSFファン同士の夫婦が多くできるといわれる。当然だろう、数年にわたって健康な(健康の定義はさまざまであるが)男女が同じ目標に向かって活動しているのである。DAICON5終了後の関西でもSFファン同士のご夫婦が何組も誕生したのである。
 小生、星群祭の実行委員長は経験があるが、日本SF大会のような1000人規模の大きなイベントの経験はない。DC5実行委員会の委員には、第14回日本SF大会の実行委員長だった清水宏佑や実行委員の岡本俊弥、DAICON3の実行委員の山根啓史など、何人か経験者はいたが、DC5実行委員会の委員のほとんどは日本SF大会をやったことのない者がほとんどである。
 こういう時は先達に相談するのが一番である。日本のSFファンダムの最も偉大なジェダイマスターともいうべき大先達は、いうまでもなく柴野拓美先生である。柴野先生は星群祭には毎年ゲストで来ていただいていたから、小生は以前より懇意にしていただいていたが、日本SF大会を関西で行うことになったとは、この時点で柴野先生のお耳に入れていなかった。もちろん、柴野先生は北海道でのSF大会内でのSFファングループ連合会議で次々回日本SF大会の開催地が大阪になったことはご存じだろう。ここは早急に私たち実行委員が柴野先生に直接ごあいさつする必要があるわけだ。
 実行委員の山根、沖田郁夫、清水、小生の4人で柴野先生宅に行くこととなった。4人で頭割りすれば新幹線や高速バスより安いだろうと判断してレンタカーで行くこととなった。小生が近くのレンタカー屋でスカイラインを借りて、名神東名と走って沖田の東京の自宅に到着したのは、確か深夜だったと記憶する。それからちょっとだけ仮眠して、神奈川県二宮の柴野先生のお宅へ向かう。柴野先生はいつものとおりのニコニコ顔で出迎えてくださった。大阪でSF大会を開催するというと、たいへんに喜んで、激励してくださった。そして柴野先生から、ある提案がなされた。

訃報 きんたミーノ

2020年08月28日 | いろいろ
 おかげ様ブラザーズのリーダーきんたミーノさんが亡くなった。とても死にそうにないおっさんだっただけに、いささかショックを受けている。享年59歳。若いな。もっと年取っていると思っていたが。
 おかげ様ブラザース大好きだ。「仏教戦隊ブッダマン」「セブン・ゴッド・フーチュン」「やーサンバ」「人間ポンプ」どれもノリの良い曲で、折りにふれて聞いている。親友石飛卓美が健在だったころよく出雲へ行った。愛車インテグラでおかげ様ブラザースをガンガン鳴らしながら、中国道を120キロで走ったもんだ。いまとなっては、なにもかも懐かしい。
 きんたミーノさんのご冥福をお祈りする。

居酒屋丙寅虎日記 8月26日

2020年08月26日 | 阪神タイガース応援したで
「女将、ビールをくださらんか」
「ワシはハイボール。メーカーズマークでええ」
「今年の阪神はバカ勝ちするか貧打で負けるかどっちかですな」
「そうですな。僅少差で競り勝っていくちゅうのんが、ほんまに強いチームやと思いますけどな」
「ま、なんでも勝てばええんじゃないですか」
「あ、女将、あては串カツ盛り合わせ」
「ワシも」
「11安打11得点」
「効率のええ点の取り方ですな」
「はい。陽川3番ちゅうのが正解ですな」
「あとは大山がはよ4番にもどることですな」

ラストレター

2020年08月24日 | 映画みたで

監督 岩井俊二
出演 松たか子、福山雅治、広瀬すず、森七菜、豊川悦司

 好きな女の子にラブレターを出す。SNSでもメールでもない。紙に手で書いたラブレターだ。こんな昭和な行為がこの映画の重要なモチーフである。ネットではなく手書きの手紙なら、受信者の手元に形あるモノとして残る。これが大切なのである。問題は受信者がどうしているかだ。
 姉と妹。姉は美人で優等生で学校中のアイドル。妹は地味な女の子。転校生の男の子が姉にひとめぼれ。同じクラブになった妹に姉へのラブレターを託す。妹は転校生の男の子に気があるようだ。
 それから25年。姉妹の境遇は大きく変わった。妹は家庭を持ち夫、娘、息子と平凡に暮らしている。姉は、もうこの世にいない。娘一人を残して自殺した。どうも幸福な結婚とはいえないようだ。
 姉の法事(一か月前に亡くなったといってるから49日か)が姉妹の実家で行われている。姉あてに姉妹が卒業した高校の同窓会の案内状が届く。妹は死んだ姉の代理として出席する。妹は学校のアイドル姉に勘違いされスピーチまでする。あの転校生の男の子も(いまはおっさん)も来ていた。男の子(いまはおっさん)あこがれの君との再会を喜んで連絡先を彼女と交換する。で、妹は姉になりすまして男の子(いまはおっさん)と文通する。
 と、こういう話だが、姉妹の娘二人まで文通戦線に参戦し、話はややこしくなる。
 25年前の高校生の頃の純愛を今も持ち続けている男。その純愛の対象はこの世にいない。恋文をしたためあこがれの君におくる。まるで平安時代かと思わせるような大時代の純愛大ロマンであるが、まったく古さも違和感も感じさせない。さすが岩井俊二である。

親子丼

2020年08月23日 | 料理したで

親子丼や。丼もんは合理的な食いもんやな。おかずとメシが一つの器に入ってて、いっぺんに食える。バタバタしてて忙しい時の昼食にはぴったりや。その丼もんの中でも親子丼は丼もんの基本といえるで。親子丼がうまくできれば、ほかの丼もうまくできるやろ。
 用意するもんはまずメシ。丼つゆ。カツオ節と昆布でとった出汁に醤油、砂糖、味醂で味付けしておく。少し濃いめがええやろ。あと、鶏肉、卵、長ねぎ、三つ葉。
 まず、することはメシを炊く。メシがなければ丼もんは作れん。メシを炊いてる間に丼を食器棚から出す。ハシを用意する。
 鶏肉を切っておこうぞ。丼もんひとつ作るのもいそがしいぞ。ひと口大の食べやすい大きさに切っておく。鶏の皮の苦手な人は取り除いておいたがええ。ワシは鶏の皮は好きやからそのままや。
 小鍋に鶏肉、長ねぎを入れつゆで煮る。あとで卵でとじるとき、もういっぺん加熱するから、そのへんのことも計算に入れて煮るんやで。煮すぎるとおいしくない。
 そうこうしてるあいだにメシが炊けた。丼によそっておこう。さて、仕上げにかかるで。
 親子鍋という丼もん専用の小鍋がある。ない人は小さいフライパンでもええで。それにつゆと鶏肉、長ねぎを入れる。ここで大きなポイント。大切なんはつゆの量。これを卵でとじてメシの上にかけるんやけど、つゆが多すぎても少なすぎてもあかん。つゆだくちゅうてザバザバの丼を好むムキもおるけど、ワシはあれは邪道やと思う。丼の底の方のメシがうっすらと濡れとるぐらいがちょうどええ。50CCぐらいかな。
 さて、親子丼づくりに最大の山場や。卵でとじるぞ。卵は一人分2個。これをハシでくずす。あんまりカシャカシャやらんでも白身と黄身がちょっと分離しとるぐらいがええ。ふつふつと煮えとる親子鍋に卵をかける。ここで全部かけたらあかん。半分だけや。溶き卵のかかった親子鍋にしばしフタをする。このフタする時間が親子丼のできを左右する。これは、もう経験と勘やな。フタを取って、残った溶き卵をかける。これを丼のメシの上にかける。三つ葉をのっける。丼のフタをする。
 牛丼や鉄火丼なんかはフタのない丼でええけど、カツ丼や親子丼なんか卵でとじる丼は絶対にフタつきの丼が欲しいな。丼にフタをして食卓持って行き、食べるダンになってフタを開けたら、卵のかたまり具合がちょうどええぐあいになるように計算して作るんや。
 あ、これはワシの好みの親子丼の作り方や。つゆだくの好きな人はじゃばじゃばにつゆをかけて、おじやみたいな丼にしてもええし、卵のとじ具合はやわらかいのんが好きな人は生卵をかけてもええ。卵かたいめが好きならゆで卵をのっけても別に法律にふれへんで。好きなようにつくったらええで。

アウターライズ

2020年08月21日 | 本を読んだで

 赤松利市          中央公論新社

 東北が日本から独立する話。この手の話しでは井上ひさし「吉里吉里人」と西村寿行「蒼茫の大地滅ぶ」がぱっと思いつく。小生、「吉里吉里人」は未読だが、「蒼茫の大地滅ぶ」は数多ある西村寿行作品の最高傑作だと思っている。
「蒼茫の大地滅ぶ」と本作は東北地方が日本国から独立するという根本のアイデアは似ているが、方向性が全く違う作品である。「蒼茫の大地滅ぶ」を支えているのは「怨」うらみだ。ところが本作は「理想」夢だ。
 未曾有宇の大きな被害を及ぼした東日本大震災。その10年後東北を巨大地震が襲う。その地震アウターライズは東日本の津波を越える大津波を発生させた。再び巨大津波に襲われた東北地方。この大津波の犠牲者は6人であった。なぜ東日本で死者15894人だったのが6人ですんだのか。それは読めば判る。
 被災直後、宮城県知事根元恵美子が東北六県の日本国からの独立を宣言、東北国首相に就任した。
「蒼茫の大地滅ぶ」ではカリスマ的指導者野上高明をトップに東北国は日本国と戦う。本作では女性首相で決してカリスマではない。根元首相は元タレントでアニメのような声でしゃべる。官房長官は男性だが、東北国国防隊トップは女性。この作品魅力的な女性の登場人物が多い。
 東北国をいち早く承認したのは中国。アメリカやロシアも承認し、あれよあれよという間に世界が承認。そして日本国も東北国を承認。独立直後はしばらく鎖国をしていた東北国も開国。日本との交流も始まる。
 作者は東北国を理想の国としてえがこうとしているのではないか。社会主義と自由主義資本主義のいいとこどりをしたような東北国。この通りの国ならば日本から移住したい人も多いだろう。
 阪神淡路の被災者の小生は、「阪神淡路の少女」のくだりで泣かされた。

居酒屋丙寅虎日記 8月19日

2020年08月19日 | 阪神タイガース応援したで
「女将、お酒をもらおうか。ひやで」
「私はバーボンをいただこう。ワイルドターキーをロック」
「しかし、まあ、なんですな。阪神はどないしても巨人に勝てまへんな」
「そうでんな。きのうは菅野ひとり打てんかったけど。きょうは、巨人の繰り出す7人のピッチャーを打てまへんでしたな」
「そうですな。なんたらちゅう安もんの外車みたいなピッチャーが2回でへっこんだとき、きょうはいけるんちゃうかと思うたけど、あきまへんでしたな」
「あとから出てきた6人んも打たれへん」
「こないだ原さんが内野手に投げさせたバカにすんな、ちゅうて怒ってはる人がおったけど、バカにされてもしゃあないな」

居酒屋丙寅虎日記 8月18日

2020年08月18日 | 阪神タイガース応援したで
「大将、ビールや」
「ワシはチューハイ」
「アテ、そやなドテ」
「ワシはズリ」
「菅野と高橋、けっこうな投手戦やったけどな」
「そや。4番の差が勝負の分かれ目やな」
「いっこも頼りにならん阪神の4番大山と」
「うん、頼りになる巨人の4番岡本」
「顔だけ見たら岡本の方がアホみたいやのにな」
「顔で打つんちゃうからしゃあないな」

三国志(十) 五丈原の巻

2020年08月15日 | 本を読んだで
 吉川英治           新潮社

 関羽、張飛、劉備はこの世を去り、さらには関羽や張飛の息子も死ぬ。劉備の後を継いで蜀の皇帝となった劉禪は暗愚。残っている劉備時代の主力武将は年老いた趙雲ぐらい。諸葛孔明ひとりで魏と戦う。その魏の将軍司馬懿が最強のライバルとして登場。孔明VS司馬懿、二人の天才軍師がガチで激突す。
 孔明ひとりで蜀を支えるが、ついに力尽き、諸葛孔明死す。過労死か。孔明死後3年で蜀は滅んだ。
 孔明の死をもって、この長大な物語は幕を閉じるが、作者吉川英治は未練があるらしく、篇外余録で孔明死後の蜀を記している。結局、蜀滅亡後3年で魏も滅んで晋が勃興し中国を統一する。

 星群の会ホームページ連載の「SFマガジン思い出帳」が更新されました。どうぞご覧になってください。

ゴルゴダ

2020年08月13日 | 本を読んだで

 深見真           徳間書店

 妻と子を殺された男が犯人に復讐をする。と、まあ、西村寿行みたいなお話ではあるが、寿行ほど情念で熱くなってない。西村寿行に大藪春彦を薬味としてぱらぱら。それをダシで割ったような小説といえる。
 陸上自衛隊特殊作戦群の真田聖人一尉。実戦経験があまりない陸自の隊員のなかでも実戦経験が豊富だ。数か月前も密かに石川県に上陸した北朝鮮の特殊部隊と交戦し殲滅している。
 真田一尉が東富士で演習中、真田の妻と子、義母が惨殺された。犯人は5人の不良少年。この悪ガキどもは保護観察処分という無罪同然の審判。10か月少年院にいただけで放免。あとはお判りだろう、最強の自衛官真田一尉が、この悪ガキどもにお仕置きを加えていく。
 まるっきり西村寿行だが、寿行ほどの熱気はない。それでもスラスラ読めて、小生のごとき、この手の小説の好きなムキは合格点をやれるだろう。

もうひとつの夏 もうひとつの夢

2020年08月12日 | 本を読んだで

 服部誕       私家版 非売品

チャチャヤング・ショートショート・マガジン」に書き継いでいた「良雄」シリーズを加筆修正してまとめた作品集である。
 小学生良雄を主人公に、一学年に一人づつ良雄の友だちを副主人公として、子供たちの交流と日常をつづる。
 舞台は昭和の時代。昭和の子供たちの悩みよろこび。とはいいいつつも、決してジュビナイルではない。昭和の子供であったムキには、なんとも懐かしい。ほっとする世界がここにはある。 

余花

2020年08月11日 | 本を読んだで

 村上知子     鳥影社

 村上知子さんの初めての小説。同一設定同一登場人物による連作短編集だ。祥子、居酒屋「Long Spring」をやっている。40代。若くはない老いてもいない。もちろん、過去にはいろいろあった。
 この祥子を中心に、周囲の人々を優しくたおやかな文章で表現されいく。「秋桜」「ポインセチア」「水仙」「白梅」「さくら」サブタイトルは花の名。季節季節のうつろいと変わらぬ人のやさしさを柔らかく美しく描いていく。読んでいて、じつに心地の良い本である。このご時勢、干天の慈雨のような小説だ。      

パラサイト 半地下の家族

2020年08月10日 | 映画みたで

監督 ポン・ジュノ
出演 ソン・ガンホ、チェ・ウシク、パク・ソダム、チャン・ヘジン

 昔、アーモンドチョコレートだったかな「一粒で二度おいしい」という広告があった。この映画は「一粒で二度おいしい」映画である。コメディとサスペンス、娯楽性と社会性、金持ちと貧乏人。高台と下町。居心地の良い居間と薄暗い地下室。二つのモノが並行して1本の映画となったのである。
 キム一家4人は全員失業者。貧乏人である。半分地下のアパートで暮らしている。長男ギウが友人の紹介で金持ちの家の娘の家庭教師のバイトを始める。この家の息子の絵の家庭教師にはギウの妹がなる。ギウと妹は口八丁手八丁で金持ち一家への取り入り成功。そして兄妹は運転手と家政婦を悪だくみにかけて追い出し、父を運転手、母を家政婦として引き込む。こうしてキム一家4人は金持ちの家への寄生に成功。
 金持ち一家がキャンプに行って留守。キム一家4人は飲めや歌えやのドンチャン騒ぎ。その時だれかがやって来た。映画はここから急激に変わる。コメディからホラーっぽいサスペンスへと。
 アハハと笑いながら観ているうちに、暗く陰惨な展開になる。能天気な日本に住んでいると判らない韓国の実像。北とは今も戦争状態である。極端な学歴社会。金持ちと貧乏人の大きな格差。どうしようもない閉塞感が感じられる。
 ラストはギウの叶えられそうもない夢で終わる。なんとも救いのない映画であるが傑作である。
 

夏のちらし寿司

2020年08月09日 | 料理したで

 小生、たいていの料理はするが、絶対にしない料理が二つある。そばとすしだ。そば打ちは一度やったことがある。長い麺にはならず、短いショートパスタみたいなもんができて、味もパサパサしてまずかった。よくおっさんが作務衣なんぞを着こんで男の趣味なぞといってそば打ちをやっとるが、小生にはあんな趣味はない。すしも一度握り鮨をやったことはある。すきやばし次郎の小野二郎さんばりの鮨になるとは思わなんだが、ただ単にメシの上に刺身を乗っけただけのもんになった。それからそばと鮨は素人がやってはいけないと思い知った。
 握り鮨はできないが、ちらし寿司なら素人でもできる。と、いうわけでちらし寿司をした。
 酢飯の酢は白ワインビネガーとレモン汁を使った。混ぜ込む具は、きゅうり、とうもろこし、みょうが。ウナギとプチトマトを上に乗っけた。夏のちらし寿司である。

定住

2020年08月07日 | 作品を書いたで
「では、納車は来月の第一週ということで、よろしいですね」
「うん、来月早々ならウチはなんの問題もないよ。今夜はどうもごちそうさん」
 このS市には接待に使えるような料亭とクラブは1軒づつしかない。H県の中都市S市。関西の大都市近郊のベットタウンとして人口は近年増えているが、大きな企業は少ない。
 運搬機器メーカー販社のS支店の得意先は多いとはいえない。その中でも中規模の運送会社は最も大切な得意先といえる。フォークリフトを年に数台は買い替える。今年は3トンのカウンターフォーク3台と1トンのリーチフォーク2台、5台のフォークリフトの注文があった。担当の営業が受注し正式の注文書をもらっている。あとは納車するだけ。
 それでも、こうして光島が相手の社長を接待しているのは、来年度の商売を見こしてのことだ。良好な関係を維持したい。
 料亭「越半」S市ゆいいつの高級料亭である。社長はタクシーで帰って行った。
「じゃ、女将、ワシもこれで」
「ありがとうございました」
 ここの女将とクラブ「柚月」のママは、光島にとって重要な仕事のパートナーといえる。S支店総務課長補佐。これが光島の会社での肩書だ。入社当初は営業をしていた。光島は営業に向かない。ハンドリフトを月に1台売り上げればいい方だった。
 光島にも光島なりの才能が有った。接待。いわばS支店専属の幇間として会社に残った。その光島も今月で定年だ。
 最後の接待をおえた光島は、「越半」を出た。女将が頭を下げている。光島は軽く手をふる。
「越半」はS市の中心部から少し離れている。軽い下り坂を歩く。15分ほどあるくとJRのS駅前。その駅前に商店街の入り口がある。商店街に入る。営業している店は少ない。シャッターが目立つ。
 もうこの商店街を歩くこともないだろう。9時か。開いているだろうか。先にポツンと明り見える。入り口のランタンに「海神」とある。良かった。まだ開いていた。
 カラン。中ではマスターがグラスを拭いていた。
「こんばんは」
「お久しぶりです。光島さん」
 カウンターに座る。左の端から3番目。光島は海神に来ると、いつもその席に座る。
「鏑木さん、オレのボトルはどれぐらい残っている」
 マスターの鏑木がサントリーの白角を棚から取り出した。
「あと200ccといったところでしょうか」
 光島はサントリーの白角が好きで、ここでは白角以外は飲まない。ボトルが空くたびに新しいボトルを入れていた。
 鏑木はボトルキープを今は受け付けていない。預かっているボトルが全部なくなれば、この店海神を閉じるつもりだ。とはいいつつも、どうしてもと常連さんに頼まれれば、新しいボトルを入れることもある。光島は白角が空けば新しいボトルを頼んでいた。鏑木はその頼みをきいていた。
 200cc。水割りかロックなら4杯分といったところか。
「鏑木さん、それ、今晩、全部飲んでしまうよ。もう白角のキープはしないよ」
「はい。サントリーの白角はもう手に入りません。今は生産してません」
「そうか。ワシは仕事をおえて、ここで白角を飲むのが何よりの楽しみだった」
 光島が海神の常連になって20年。たいてい夜の9時過ぎに来店して、白角の水割りかロックを2杯飲んで帰る。
「なあ、鏑木さん。40年という年月は長いんだろうか短いんだろうか」
「私は短かったです」
「ワシも短かったな」
「定年ですか」
「そうだ。ワシは営業マン失格だった」
 光島は白角の水割りをひと息に飲んだ。
「ワシの売り上げはワシがもらった給料より少ないだろう」
 鏑木は視線を光島から外した。
「おかわり。こんどはロックで」
 2杯目もひと息に飲んだ。
「ワシはお情けで会社に置いてもらった」
「あと2杯分ですよ」
 光島の「仕事」はほとんどが夜だ。昼間は総務課にいて、事務に使う文房具の管理をしている。社員がボールペンやマーカーを取りに来たら手渡す。それだけの仕事だ。夜になって得意先を接待するのが光島の仕事なのだ。
「ワシが接待したとて会社の売り上げには関係ない」
 3杯目もロックで飲んだ。
「もう、ボールペンの在庫管理をしなくてもいいんだ」
「あと1杯ぶんですよ」
「会社の金でうまいもん食って飲んで、ええなとよういわれたわ」
「4杯目はストレートや」
 光島はだいぶん酔ってきた。
「ワシは酒はゆうほど強くないんだ」
 鏑木は白角をショットグラスに入れて光島の前に置いた。
「ありがとう。鏑木さん。『越半』や『柚月』での『仕事』が終わって、ここで鏑木さんが入れてくれた白角を飲むのが、ワシの一番の息抜きやった」 
「そういってもらえると私はうれしいです」
 鏑木がほほ笑んだ。
「営業失格と気づくまで20年。タイコ持ち稼業を20年。ワシの40年はなんだったんだろう」
 カラン。カウベルが鳴った。
「いいかい」
「社長」
 さっきまで接待していた運送会社の社長だ。
「光島さんが接待の後ここへ来てることは聞いてた」
「はい」
「定年ですね。最後は私に接待させてください。光島さん」
 光島は驚いた。なぜ得意先の社長が。
「マスター、グラスを二つ。それからこれをロックで」
 社長がサントリー山崎12年を出した。
 鏑木が山崎12年でロックを2杯作った。
「光島さん、グラスを持って下さい。乾杯させてください」
「はい」
 そういうと社長は山崎12年鏑木に手渡した。
「このボトル光島さんのキープにしてください」
「あの、社長、私は退職して、この町を離れますが」
「このS市は嫌いですか」
「好きです。できたら定住したいです」
「定住できますよ」
「え!」
「うちみたいな運送屋にもお得意がありまして、接待は大切な仕事と心得ます」
 それから光島は海神にやってきて山崎12年を2杯づつ飲むようになった。

「あ、女将、光島さん引き留め成功だ」
「ありがとう社長」