ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

お早よう

2024年04月22日 | 映画みたで

監督 小津安二郎
出演 設楽幸嗣、島津雅彦、沢村貞子、杉村春子、三宅邦子、笠智衆、東野英治郎、佐田啓二、久我美子

男の子たちが川の土手の上の道を歩いている。中学生と小学生のようだ。おでこを指で押す。押された子がプと屁をこく。
おばさんが二人。どうも婦人会の会費のことでもめてるみたい。なんでも、組長に払ったはずの会費が会長に届いてない。だれかがババしてるのか?
子供たちは相撲をテレビで見たい。近所で1軒だけテレビを持っている家にテレビを観に行っている。その家の夫婦は派手でハイカラ。家でパジャマを着ているので近所から白い目で見られる。
 子供がテレビを買ってくれとダダをこめる。「うるさい。だまってろ」とオヤジが怒る。子供、すねて無言の行。家でも学校でも口をきかない。しゃべらない。
と、いうことがたんたんと、小津ならではのローアングルのカメラで描写される。昭和の30年代の日本の風景と人情が興味深い。画面は計算された構図で、目を楽しませてくれる。沢村貞子、杉村春子、三宅邦子といった芸達者なおばさんたちが、大人の女の近所付き合いとはいかなるモノかを教えてくれる。
「お早よう」
「お早よう」
「いいお天気ですね」
「そうですね」
「このぶんでは明日も明後日もいいお天気でしょう」
「そうですね」
 なんの中身のない会話を、異性として意識している男女が交わす。でも、そういうことが大切なんだ。
「お早よう」 

最後の三角形 ジェフリー・フォード短編傑作選

2024年04月19日 | 本を読んだで
ジェフリー・フォード    谷垣暁美編訳       東京創元社

 昔、早川から「異色作家短編集」という名叢書が出ていた。2000年代に入って文庫化されたが、小生たち古ダヌキSFもんの記憶では、1960年代(だったかな?)箱入りでB6版という手ごろな大きさの叢書であった。ブラウン、ブラッドベリ、マシスン、フィニイ、ボーモントといった、ひとくせふたくせある作家たちが集まっていた。
 この短編集はいわば、ひとり異色作家短編集といったところか。フォードはなかなかな芸達者な作家であることが判る。SF、ホラー、ファンタジー、などいろんな芸で読者を楽しませてくれる。
「アイスクリーム帝国」ネビュラ賞受賞。共感覚SF。
「マルシュージアンのゾンビ」SFホラー。
「トレンティーノさんの息子」純ホラー。
「タイムマニア」ミステリーホラー。
「恐怖譚」怪奇幻想。
「本棚遠征隊」ファンタジー。
「最後の三角形」オカルト。
「ナイト・ウィスキー」奇妙な味。
「星椋鳥の群翔」オカルトミステリー。
「ダルサリー」50年代SF。
「エクソスケルトン・タウン」SF。
「ロボット将軍の第七の表情」SFショート・ショート。
「ばらばらになった運命機械」SF
「イーリン=オク年代記」ファンタジー。
 の、14編が収録されている。エンタメ小説のデパートみたいな短編集である。



非情の女豹

2024年04月16日 | 本を読んだで

大藪春彦         光文社

女性が主人公の大藪作品である。小島恵美子31才。エミーと呼ばれる。ラテン系の血をひく美女。身長167センチ体重50キロ、バスト98ウェスト58ヒップ94。エミーはこの肉体だけでも強力な武器となる。
 本職は動物学者。大学の准教授。東京は元麻布の高級マンションに住み、車を3台持っている。趣味はモータースポーツ。
 この恵美子、国際秘密組織スプロ-SPRO(スペシャル・プロフィット・アンド・リヴェンジ・アウトフィッターズ)の日本支部のエース。なにをしている組織か?巨悪をこらしめて、ため込んだ金をかすめとる。法律の埒外の組織である。だから恵美子は銃器も持ち殺人拷問もする。
 その恵美子の仕事の対象となった三つの巨悪。国際的な石油利権をめぐって、国民の血税を食いもんにしている高級官僚ども。
 巨大な医療法人。患者を食いもんにする。保険請求をごまかして不正な金をためる。法人のトップは法王と呼ばれる歯科医のボス。そしてそのボスの息子たち。こやつらはマゾ、サド、死姦マニア、などなど変態人間ばかり。
 相互銀行。偽装銀行強盗で顧客の金を私物化する銀行幹部ども。
 こうした悪者どもを恵美子がたっぷり、お仕置きをしていく。もちろん、お仕置きといっても、お尻ぺんぺんするわけではない。大藪作品の主人公が悪人にするお仕置きである。
 そして最後に大藪ファンに大きなプレゼント。なんとあの男が出てきて、恵美子と相まみえるのだ。「物凄い男」といっていたが、なるほど確かにヤツ「物凄い男」だ。小島恵美子の相手をできるのは、あの男しかない。

よこがお

2024年04月15日 | 映画みたで

監督 深田晃司
出演 筒井真理子、市川実日子、池松壮亮、須藤蓮、小川未祐、吹越満

 白川市子が美容院に入っていくところから映画が始まる。美容師は米田を指名する。市子が始めてくる美容院だ。市子はリサと名乗り、仕事を辞めてきたといった。髪を短くしてもらう。初めて来る美容院の美容師の米田の名前をなぜ知っていたのか。なぜ米田なのか?なぜ偽名を名乗ったのか。仕事辞めたそうだが、彼女の仕事はなにだったのか?
 大石家に市子が来る。祖母、母、娘二人の4人がいる。祖母は重病で余命いくばくもない。市子は訪問看護師。祖母の介護をする。
 娘2人。次女のサキは中学生。長女の基子。基子はなにをやっているかよく判らん。介護福祉士志望のようだ。市子はベテラン看護師だから経験知識豊富。基子に介護士になるための勉強を教える。基子、市子に好意以上の感情を持つ。
 と、ここまではなんの波風もない。映画は中ほどで、大きな事件が起きる。誘拐事件。女子中学生が誘拐された。身代金目的でもない。わいせつ目的でもなさそう。誘拐の動機は最後まで判らなかった。
 その事件の犯人と被害者が市子の身の上に重大な影響をおよぼす。市子は事件の加害者側に人間にされた。職も、めんどうみていた患者も、教え子ともいっていい人物も、そして婚約者もすべてを失った市子は、髪を切って「リサ」に変身する。
 横断歩道で停車していると、復讐のターゲットがいる。車のセレクトレバーをDに入れて発進させる。
 時間が過去と現代を目まぐるしく転換する。その時間によって、二人の女の愛と憎悪が交錯する。筒井真理子と市川実日子の演技バトルが見もの。観て決して楽しい映画ではないが。良くできた映画だ。

SFマガジン2024年4月号

2024年04月12日 | 本を読んだで

2024年4月号 №762       早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター
1位 聖域            榎田尤利
2位 一億年先にきみがいても  樋口美沙緒
3位 幽霊屋敷のオープンハウス ジョン・ウィズウェル 鯨井久志訳
4位 テーマ          草上仁
5位 ラブラブ☆ラフトーク   竹田人造
6位 さいはての美術館     ユキミ・オガワ 勝山海百合訳
7位 テセウスを殺す      尾上与一
8位 監禁           莫晨歓 楊墨秋訳

連載
空の園丁 廃園の天使Ⅲ(第22回) 飛浩隆
マルドゥック・アノニマス(第52回) 冲方丁
戦闘妖精・雪風 第五部(第12回 懐疑と明白) 神林長平
ヴェルト 第一部 第四章(承前)  吉上亮
小角の城(第74回)         夢枕獏
幻視百景(第47回)         酉島伝法

特集 BLとSF2
特集解説               水上文
桑原水菜インタビュー         聞き手&構成 嵯峨景子
少女小説とBLの接点         嵯峨景子
高河ゆんインタビュー         聞き手&構成 瀬戸夏子
木原音瀬論—「心」と「個」の領域侵犯 瀬戸夏子
地獄で見る夢—オメガバースBLについて 水上文
BL世界から「輸出」されたオメガバース
—ティーンズラブ(TL)への進出と「再解釈」を巡って crop
最新BLコミックおすすめガイド セメントTHING 
翻訳SF&ファンタジー発・BL行・夜行列車 おにぎり1000米

 2022年4月号以来のBL特集である。前回の特集は小生はほめている。百合あるいはBLは新しい人間同士の関係を描く。これはSFでしか描けない表現方法だといった。さて、それから2年。BLSFなるものがいかなる進化変貌を遂げたのか期待してこの号を読んだ。
 正直、高望みであったというのが感想である。BL=男と男の関係。それをむりやりSFに仕立てたという印象を受けた。執筆依頼があった雑誌がSF専門誌だから、なんとかかんとかSFに仕立てた。むりにSFにしたため小説としての出来を損ねている。今回はダメね。  


ツユクサ

2024年04月08日 | 映画みたで

監督 平山秀幸
出演 小林聡美、松重豊、斉藤汰鷹、平岩紙、江口のりこ、泉谷しげる

 うまいシナリオだ。隕石が人に当たる確率は1億分の1。映画が始まって、まず、そんなありえないことが起こる。
 五十嵐芙美が車を運転していたら隕石が落ちてきて車に穴をあけた。車は横転。芙美は無事だった。
 50近い中年のおばさんと小学生が親友。あまりない組み合わせだが芙美の親友航平は天文マニアの小学生。芙美と航平は隕石を見つける。大学で鑑定してもらうと月から飛んできた石に間違いない。
 と、ちょっと浮世ばなれしたオープニングで、軽ファンタジーの雰囲気をただよわせつつ映画続く。
 芙美は縫製工場で働く。航平の母親の直子、独身の妙子。中年女3人は仲良し。芙美は一人暮らしで断酒会に入って酒を断っている。そして彼女は交通誘導員の篠田と会う。篠田はツユクサの葉っぱで草笛を吹く。ツユクサはどこにでも生えていて草笛が吹きやすい。
 芙美、篠田、航平、直子、妙子、子供一人と大人たち。航平はいう。「ぼくの周りの大人はみんなウソつき」芙美も篠田にウソをいう。みんなしあわせになりたい。だからウソをいう。
 ウソをいわなくてもいい。断酒にこだわらなくてもいい。篠田のもとにいく。そして芙美は航平を熱くハグして、お守りにしてた隕石を海に捨てる。芙美、これから、うんとしあわせになるのだ。


露の都芸歴50周年記念ウィークに行ってきました

2024年04月06日 | 上方落語楽しんだで
 いまこの国の女性落語家は約60人。江戸で約40人上方で約20人。50年前は0でした。50年前小田眞理子という女子高生が露の五郎師匠に入門しました。その時この国の女性落語家が1人になったのです。それが露の都師匠。
 喜楽館の露の都芸歴50周年記念ウィークに行ってきました。
 開演前の一席は笑福亭喬路さん。ついさっきまでおもてで一番太鼓を打ってはった。ばくちの噺をしますということで「看板のぴん」松喬門下の噺家さんだけに端正な噺ぶりです。ただこの噺をするには若いですね。主人公は若いからいいです。若いのを手玉にとる老ばくち打ちのおやっさんの貫禄が足りません。
 開口一番は露の棗さん。自分はさる高貴なお方と似ているということだそうです。叱られるまでこの自己紹介を続けるとのこと。「動物園」をやらはった。前座噺の定番です。このたび王子動物園のパンダがお亡くなりになりました。近日に王子動物園に行ってパンダがおると1万円のアルバイトかもしれません。
 2番手は露の瑞さん。棗さんには失礼ですが、こういう並びで瑞さんが出てくると、瑞さん、ほっそりとした美人に見えます。演目は「ちりとてちん」です。たいへんな熱演の「とりとてちん」でした。とくに知ったかぶり男が長崎名物ちりとてちんを食うところは大爆笑です。
 3番手は桂文三さん。いつもにこにこ文三さんです。「四人ぐせ」です。こちらも文三さんならではのオーバーアクションの熱演です。鼻の下をこする。目をこする。着物のすそをひっぱる。こぶしで手のひらを打つ。この4人のくせをおもっきり誇張して演じはる。大爆笑です。
 さて、中トリです。笑福亭松喬師匠が「近江八景」をやらはった。松島の女郎に惚れた男が、これからの成り行きを易者に占ってもらう噺です。あまり聞かれない演目です。私の上方落語コレクションにもありません。松喬師匠らしく落ち着いて「聞かされました」
 仲入りです。男性の演者はここまでです。
 仲入り後の最初は旭堂小南陵さんの講談「露の都物語」今日の主任露の都師匠の一代記です。都師匠に取材したら「よう覚えてへんわ」ということだったそうですが、それでも思い出さはったそうです。
 さてトリ前の色もんは松旭斉天蝶さんです。25才だそうです。(=永遠の)天蝶さん「浮かれの蝶」という至芸をお持ちですが、このときは「宝箱」という手品です。いろんな色の布が次々でてくる実にカラフルな芸です。
 さて、華やかな芸人さん二人の色もんが終わったら、次はいよいよトリ。もちろん露の都師匠です。日本で初めての女性落語家です。落語という芸は日本だけなので都師匠は世界初というか人類で、というかオランウータンやゴリラは落語をしないので、露の都師匠は霊長類というか地球上のすべての生物で初めての女性落語家ということになりますね。私たち地球40億年の生命史に残る事態に遭遇してるわけです。すごいですね。
 初めてですからご苦労も多々あったそうです。私(雫石)、思うのですが、露の都さんもえらいですが、初めて女性の弟子を取った露の五郎師匠もえらかったと思います。都さんもいろいろいわれたそうですが、師匠の五郎師匠は、もっといろいろいわれたでしょう。
「子はかすがい」を聞かせてもらいました。桂福団治師匠や桂ざこば師匠も得意としてはる人情噺ですが、この時の都師匠の「子はかすがい」は福団治師匠やざこば師匠の「子はかすがい」とは違う都師匠ならではの噺でした。
 露の五郎兵衛門下の惣領弟子団丸さんは立花家千橘にならはったし、次男の露の慎吾さんは亡くなった。露のを名乗る落語家では都師匠が一番上です。五郎兵衛師匠は襲名しなくて一生使える高座名ということで都と名付けたそうですが、なんでしたら都師匠が三代目露の五郎兵衛を襲名してもいいと思います。上方落語では露の五郎兵衛は米沢彦八とならぶ大切な名前です。

永遠のSF少年山本弘逝く

2024年04月05日 | いろいろ
 山本弘さんの訃報に接する。また古くからのSF友だちを失った。西秋生、石飛卓美、亀沢邦夫、みんな私より年下で、60代で逝った。男性の平均年齢は80を超えているというが、なぜ彼らは60代で逝ってしまうのか、理不尽なことだ。
 山本さんとは最近では京都SFフェスティバルなどのSFイベントでたまに会うぐらいだが、昔は毎月会っていた。
 まさにSFの申し子のような人だった。若いころから、自然科学系の知識をいっぱい持っている人で、SF少年そのものだった。
 星群が京都で例会をやっているころは、山本さんも毎月例会に参加していた。理屈っぽく理論好きで口げんかは強かった。いちど山本弘VS南山鳥27の口げんかバトルというのを見てみたいと思っていたが、実現できなくなって残念だ。
 京都での星群例会は府立勤労会館で1次会をやっていた。2次会は御池の喫茶店。3次会は居酒屋。ここまでは全員がいっしょ。居酒屋を出たところで二手に分かれた。私たち年ぱい者組と、山本弘、水野良、菅浩江、三村美衣といった若手。年ぱい者はさらにアルコールを摂取すべくスナックかバー。若手は、どうもゲームにいってたらしい。山本さん水野さんたちがのちに結成したグループSNEの萌芽はこのころにあったわけだ。
 さきにも書いたようにSFの申し子で、少年がそのまま大きくなったような人だった。若いころの彼を知っているが、大人になってネクタイ締めてサラリーマンをやるとは想像できなかった。この人、作家になるよりほかはないんではないだろうか。それもSF作家に。本人もSF作家志望が強くあった。そしてその才能も充分にあって、そのとおりSF作家になって、SF作家として逝った。
永遠のSF少年が彼岸へと旅立った。こころからご冥福をお祈りします。先にいくなよ山本弘。

暗殺

2024年04月02日 | 映画みたで

監督 ルオー・リー
出演 ワン・ジアリー、クララ・リー、イヴァン・ワン、ジン・ヨウメイ

 男が映画で見る好きなもん。美女とアクション。その美女がアクションをくりひろげるのならば、願ったりかなったりである。この映画はそういう映画。まことにもって眼福の極みでございます。
 上元歴6年の中国。唐門=女性だけの暗殺組織。彼女らは秘宝「陰陽眼」が指し示す人物を暗殺するのを生業としてきた。「陰陽眼」は悪人を示す。その悪人を殺して世の平和を守ってきた。一人の悪人を殺して千人の命を救う。
 その「陰陽眼」が示した人物。唐無煙。唐門の幹部。無煙は仲間の攻撃をしのいで唐門を脱出。地上に落ちたところを盗人の若い男に助けられる。
 あとは「カムイ外伝」と同じ。唐門の刺客が無煙を襲う。ともかく重力を無視したアクションが華麗。美女の標的を美女の刺客が襲う。カンフーアクションなんだけど、山田風太郎的玄妙不可思議な技も繰り出しながら、アクロバチックで華やかな、戦いとも舞踏とも判らぬ動きで目を楽しませてくれる。いやあ、盆と正月がいっぺんに目に来た。眼福眼福。

ロボットの夢の都市

2024年03月26日 | 本を読んだで
ラヴィ・ティドハー  茂木健訳      東京創元社

 ネオム。サウジアラビアの砂漠に計画されている壮大な未来都市である。いや、もう実際に着手してるのかな。知らんけど。
 未来。どれぐらい未来かというと、人類は太陽系の各惑星にまで版図をひろげている未来である。未来都市ネオムも過去都市となった。スラムといってもいい街。小生はスターウォーズの惑星タトウィーンのモス・アイズリーの街をイメージした。
 何度も大きな戦争や紛争があった。それで使われた戦闘用ロボットは、戦争が終わり用なしとなった。飼い主を失ったロボットたちは野良ロボットとなって各地に棲息している。その野良ロボットが一台、ネオムにやって来た。ネオムの花屋でアルバイトしているマリアムからバラを一輪買う。
 物語を駆動するのは、このマリアムという女性と砂漠のジャンク屋(ま、砂漠のガタロですな)の少年サレハ。そして野良ロボット1台としゃべるジャッカル。どうです。なかなか魅力的な設定だろう。この設定におもしろいキャラ。久々にSFらしいSF読んだ。満足。
 

デッドエンドの思い出

2024年03月25日 | 映画みたで

監督 チェ・ヒョンヨン
出演 チェ・スヨン、田中俊介、ペ・ヌリ、アン・ポヒョン、平田薫

 なんとも心地よい時間が流れる映画だ。スーリーはなんということもない。一人の女性が失恋し、善意の人たちと知り合い、いやされ、自分を取り戻す。それだけの映画だ。吉本ばななの原作は未読で、小説のなかではどんな時間が流れているか知らないが、この映画では心地よい静かな時間が流れていた。
 韓国人のユミは名古屋に単身赴任している恋人がいる。名古屋まで会いに行く。出てきたのは見知らぬ女。恋人の男は(元恋人というべきかな)はすでにその女と結婚していた。ユミは失恋した。
 傷心の彼女はエンドポイントという古民家カフェ兼ゲストハウスに入る。オーナーの西山はユミと同い年ぐらいの若い男。不思議な優しさを持っている。ユミはエンドポイントの2階を借りてしばらく日本に滞在する。母や妹は早く韓国に帰ってこいというが。
 西山やカフェの常連たちに仲良くしてもらって、ユミは元気になっていく。登場人物がおだやかで優しい。ユミが少し泣くだけで、怒ったり泣いたりといって激しい感情を見せることはない。映画全体に優しくおだやかな時間を流れさせたチェ・ヒョンヨン監督の演出は見事だ。

エニグマ奇襲指令

2024年03月21日 | 本を読んだで

マイケル・バー=ゾウハー 田村義進訳     早川書房

 スパイ活劇、戦争冒険小説、大泥棒もの、エンタメ要素がコンパクトにまとまった佳品である。
 第二次世界大戦。ドイツはロケット兵器V2を開発。このままじゃ英国は大きな被害を受ける。敵の通信を傍受暗号を解読するには極秘暗号作成機エニグマを早急に手に入れる必要がある。
 男爵フランシス・ド・ベルヴォアール。父の代からの大泥棒。ゲシュタポの金庫から金塊を盗み出した泥棒の天才。英国情報部MI6はこのベルヴォアールにエニグマを盗み出してくれと依頼する。報酬は30万ポンド。エニグマを守るのはドイツ国防軍情報部ルドルフ・フォン・ベック大佐。
 この二人のキャラがいい。やっぱりこの手の冒険小説は対決する二人の男の造形が大切だ。ベルヴォアール男爵は泥棒はすれど非道はせず。泥棒稼業で拳銃を持ったことがない。人を殺めたことがない。大好物は危険で困難な仕事。
 対するベック大佐。反ヒトラーの秘密組織の一員。ゲシュタポを人でなしの人殺し集団と嫌う。元ロンメル麾下の機甲大隊の指揮官というエリート軍人。パリの文化をこよなく愛する夢想家ロマンチスト。
 この二人にそれぞれの上官。それに男爵の親友の元ボクサー。ゲシュタポに目をつけられているユダヤ人の若い美女。こういう魅力的なキャラたちが綾なす華麗なスパイ泥棒活劇である。300ページほどだからすぐ読める。ご一読をお勧めする。
 

座頭市鉄火旅

2024年03月19日 | 映画みたで

監督 安田公義
出演 勝新太郎、藤村志保、東野英治郎、遠藤辰雄、須賀不二男

 座頭市を斬ろうとする者は多い。それでも市は生きている。襲ってくる敵を斬ってきたから市は生きているのだ。それは神業的居合の腕もさることながら、仕込みの刀の力も大きい。その市の刀が寿命が来ている。
 足利の街にやって来た市は刀鍛冶の仙造と知り合う。仙造は今は鋤や鍬の鍛冶屋だが若いころは腕のいい刀鍛冶だった。市の仕込みの刀を見た仙造は、この刀は寿命だ。目に見えないが小さな傷がある。あと一人は斬れるが、最後の一人を斬ったら折れる、という。
「お前さん、まだ人を斬らねばならないのか。考えもんだぜ」
 市は考えた。仕込みは持たずカタギになろう。仕込みは仙造にあずけて、仙造の世話で旅籠に按摩師と雇われる。
 で、市がただの按摩のままで、もみ療治するだけで映画は終わるはずがない。あとは定番お定まり。旅籠の美しい娘。このへんを縄張りにしている十手持ちの二足のワラジの悪い親分。親分が取り入っている関八州のお役人。親分は娘をさらってお役人にさしだす。お役人が娘を手ごめにしようとしたとき、仙造にあずけてた仕込みを手に市が助けに入る。斬りあいとなる。市の仕込みはあと一人しか斬れない。どうする座頭市。最後が大立ち回りとなるが市の刀は折れたのか。折れたのである。

おいしい生活

2024年03月13日 | 映画みたで

監督 ウディ・アレン
出演 ウディ・アレン、トレイシー・ウルマン、エレン・メイ

 アメリカ版わらしべ長者といったらいいのだろうか。まぬけな銀行強盗とその細君が思わぬ大企業のオーナーになるお話。
 レイは銀行強盗。といっても大藪春彦に出てくるようなハードな犯罪者じゃない。コソ泥に毛がはえたような小者。銀行の金庫室までトンネル掘って侵入しようと算段する。ちょうど適当な場所のピザ屋が閉店しとる。ここを買い取って、仲間2人とここからトンネル掘ろうと計画する。ところがピザ屋は買い取られていた。その買った男も強盗の仲間に入れてトンネルを掘り始める。旧ピザ屋は偽装のためレイの妻フレンチ―がクッキー屋を始める。
 レイたち強盗どもはまぬけ。水道管に穴開けて水が噴出。方向を間違えてあさっての方に出口を作ったり。銀行強盗は失敗。
 フレンチ―の焼くクッキーはおいしいと大評判。店の前は大行列。フレンチ―一人じゃ手が足らん。従姉妹のメイに来てもらう。
 1年後フレンチ―のクッキー屋は大企業になっていた。メイやレイと強盗仲間は大きな会社の重役に。めでたしめでたし。
 ともかく主要登場人物がみんなバカでまぬけ。レイたちは犯罪者なんだが、とても悪もんには見えん。フレンチ―とメイの女性二人は天然でとぼけててかわいい。全員喜六の落語といったところか。

影武者徳川家康

2024年03月07日 | 本を読んだで

隆慶一郎          新潮社

 戦国の覇者徳川家康は関ケ原で死んでいた。いわゆるSFでいう歴史改変モノのようだが、作者の隆はプロパーのSF作家ではないので、SFっぽさはない。なんでも徳川家康は影武者説がよく出ていたそうな。今川で人質になっていた松平元康と桶狭間以降の家康は別人だったという説がある。
 本書では家康は関ケ原で刺客に暗殺された。ここで外見が家康にそっくりな世良田二郎三郎という人物が徳川家康に成り代わる。総大将が死んだことは極秘にしなければならない。二郎三郎は徳川の重臣本多正信とは古くからの知り合い。二郎三郎を影武者に推挙したのは本多正信なのだ。
 いまいる殿=家康は実は影武者二郎三郎。このことを知るのは正信、忠勝の両本多。榊原康政、井伊直正といった重臣。お梶の方、阿茶の局たち一部の側室、それに三男徳川秀忠と、ごく一部の人間だけ。
 二郎三郎は家康に成り代わり戦国乱世を終わらそうとする。彼は元々主を持たぬ定住地を持たぬ「道々の者」で鉄砲一丁持って戦場を行く傭兵「いくさ人」である。それが成り行きで天下人徳川家康になってしまった。二郎三郎は家康の遺志を継ぎ平和を希求する。大阪の豊臣秀頼とは共存共栄、徳川豊臣の力のバランスで平和を保とうとする。
 この二郎三郎の最大の敵となったのが徳川秀忠。秀忠は二郎三郎を亡き者にし大阪の豊臣を滅ぼそうと画策する。
 と、こういうお話の構図である。で、二郎三郎の味方は、関ケ原で死ななかった島左近。武田の忍びの生き残り甲斐の六郎。仕えていた北条が滅んだあと箱根山中にこもる風魔小太郎と先代小太郎の風魔風斎と風魔一族。
いっぽう、秀忠が実行部隊として使うのが柳生宗矩と柳生一族。こういうお話では、結末はみんな知っている。改変歴史SFならともかく、信長は本能寺で死なねばならず、武田信玄は上洛途上で死に、大阪城は落城、豊臣秀頼は自害する。こういう事実は動かせない。では、なぜ家康=二郎三郎が豊臣との共存を願っていたのに、豊臣は滅んだのか。この歴史的事実に持って行く説得力は充分にある。
 二郎三郎、島左近、本多正信、甲斐の六郎、風魔風斎、お梶の方、こういった主人公サイドのキャラはもちろん、徳川秀忠、柳生宗矩、淀殿といった悪役側のキャラも、みんな魅力的だ。