ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

ジュマンジ

2022年09月20日 | 映画みたで

監督 ジョー・ジョンストン
出演 ロビン・ウィリアムス、ボニー・ハント、キルスティン・ダンスト、ブラッドリー・ピアース

 はでなエンタメ作品を形容するのに、よく使われる「おもちゃ箱をひっくり返したよう」という言葉がある。この映画はまさにその言葉がぴったりな映画である。おもちゃ箱をひっくり返したような映画である。
 大きな靴製造会社社長の息子アランはいじめられっ子。きょうもいじめられ自転車を取られる。そんなアラン、工事現場で「ジュマンジ」というボードゲームを見つけて持って帰る。
 自転車を取り戻し持って来てくれたガールフレンドのサラと「ジュマンジ」をする。サイコロを振ったらコウモリが大量にわいて出た。アランはゲーム版に吸い込まれた。
 それから26年。アランの家は空き家になっていた。そこにジュディとピーターの姉弟が叔母と住むことになった。働きに出た叔母の留守中姉弟はそこにあったボードゲームで遊ぶ。とつぜん巨大な蚊が出てきた。そしてターザンみたいなおっさんも。実はこのおっさん大人になったアランだ。サイコロを振ればライオンがでるわ猿の大群は出るわで大さわぎとなった。アランはいうこのゲーム始めたメンバーで最後までやって「あがり」にしなければ騒動はおさまらない。アラン、ジュディ、ピーターとあとサラが要る。アランは大人になったサラを説得4人でゲームをする。サイコロを振るたびにいろんなもんが出てくる。猟銃をぶっぱなすレトロなかっこうしたハンター。巨大な肉食植物。ゾウやサイなどサバンナの動物の群れ。大洪水、大地震。サイコロを振るまで何が出てくるかわからん。しかもこれらのモノが街に被害をもたらす。ハンターのおっさんは銃を乱射。猿どもは車を暴走させる。ゾウやサイが走り回って大さわぎ。
 いやあ、面白かった。なにが出てくるかワクワクする。最後は別の時間の流れになってめでたしめでたし。大さわぎで大災厄だが流血ざたはなく、悲惨さはまったくなくおかしさだけが残った娯楽映画の佳品だ。

たかが殺人じゃないか

2022年09月16日 | 本を読んだで

辻真先         東京創元社

辻真先さん、今年で90才。かようなご高齢でこんなみずみずしいミステリーをお書きになるとは敬服のいたり。辻さんは日本のアニメの創成期からかかわってこられた。アニメ、ミステリーをいったSFと親和性の高い分野の大先達である。小生もお目にかかったことがある。たしか星群祭にも一般参加者としてこられたことがあった。たいへんに気さくな人だった。
 サブタイトルが「昭和24年の推理小説」とあるとおり、そのころが舞台が小説である。旧制中学から新制高校に変わった直後のこと。主たる登場人物は男女共学1期生の新高校生5人と彼らのクラブの顧問の先生。
 主人公は料亭の息子でミステリーマニアの高校3年生風早勝利。かれは長編ミステリーを執筆中。あと、勝利の友人大杉日出夫。上海から帰国子女咲原鏡子、お嬢様の薬師寺弥生、優等生神北礼子。この5人の高校生は推理小説研究会で映画研究会。この二つクラブの顧問は別宮操先生。そして探偵役に別宮先生の友人那珂一平。
 殺人事件は2件。一つは密室殺人。被害者は高名な評論家。もう一つはバラバラ事件。被害者は市議会議員。二人とも名のある人物だが、人格高潔聖人君子では決してない。
 で、犯人は?動機は?ヒントは昭和24年ということ。終戦から4年しかたっていない。被害者の一人が生前こんなことをいっていた。「戦争で何万という人が殺された。ワシのやったことは、たかが殺人じゃないか」犯人がいう「私はあいつらを殺したことを、ただ一度も後悔したことはない」

ペリカン文書

2022年09月12日 | 映画みたで

監督 アラン・J・パクラ
出演 ジュリア・ロバーツ、デンゼル・ワシントン

 最高裁判事が立て続けに二人殺害される事件が起きる。法学部の女子大生ダービー・ショウはこの事件に興味を持ち、独自に調べレポートを作成する。それを担当のキャラハン教授に提出する。キャラハンは「なかなか面白い仮説」といって友人のFBI職員に見せる。そのダービーのレポートの内容がなぜかFBI上層部に伝わり、CIAまで動き出す。
 そしてキャラハン教授が爆死。何者かに殺害されたのだ。ダービーの調べたことは偶然にも、大きな疑獄事件の真相をあばいたらしい。某大企業の利権がからむ、大統領まで巻き込む大きな問題に発展する。
 ダービーはことの真相を公表するためヘラルドの記者グランサムに接触。二人は命がけで真相に追う。
 どこやらの国の首相は、モチカケサクラとさんざん問題を起こしながら、なんら納得のいく説明しないまま彼岸へ行ってしまった。自分の良心に従った一人の公務員が亡くなった。だれがこの公務員を死においやったのか、未だに判らない。この映画では二人の判事を殺したのはだれか、悪いヤツはきっちり訴追され、大統領も再選が不可能となった。
 グランサム一人がテレビに出てダービーが書いた「ペリカン文書」を公表する。
インタビューアーに聞かれる「このダービー・ショウって誰ですか。架空の人物という憶測がなされていますが」「そうかも知れません」
 日本にはダービー・ショウはいないのか?日本にはダービー・ショウの替りに山上徹也がいた。「ペリカン」の替りに「統一教会」の問題があきらかになった。

カムイの剣

2022年08月28日 | 本を読んだで

 矢野徹              角川春樹事務所

 国産冒険小説の大傑作である。ハインラインなどSFのみならずデズモンド・バグリイなど英国製冒険小説の翻訳者でもある矢野徹が自ら冒険小説を書いたのが本書である。さすが冒険小説のツボを外さない。その上、日本人が異言語と接し、その異言語を学び、異国人と意思を通い合わせる過程が、練達の翻訳者ならではの描写で安心して読める。
 下北の佐伊の浜に小舟が流れ着く。赤ん坊が乗っていた。不思議な短剣を持っていた。赤ん坊は佐伊の女性と娘に育てられる。次郎と名付けられたくましい少年に成長する。次郎はアイヌと和人の混血児。育ての母と姉に愛情をもって育てられるが、その母と姉が殺され、次郎が母殺し姉殺しのぬれぎぬを着せられ、村にいられなくなり蝦夷へ渡る。
 海賊王キャプテン・キッドの財宝。次郎が持っている短剣がそのありかのヒントとなる。実は次郎の母と姉を殺したのは幕府隠密団の首領天海。天海は短剣が欲しい。次郎は母と姉の仇を討ちたい。戦いの舞台は蝦夷からロシア、アメリカまで広がる。そして次郎はとうとう財宝を手に入れるのだが、物語はまだまだ続く。巻を置くを能わずの波乱万丈気宇壮大血沸肉躍の冒険小説である。

若おかみは小学生

2022年08月25日 | 映画みたで

監督 高坂希太郎
出演(声) 小林星蘭、水樹奈々、松田颯水、遠藤璃奈、小桜エツコ

 大目玉の女の子が主人公のアニメ。ワシはそれだけで見るのを遠慮するが、けっこう評判がいいので観た。まあ、良かった。いちおう合格。でも、こんな女の子はありえん。主人公のがんばりに感動するより、異様な感じを受けた。
 関織子は交通事故で両親を亡くし一人生き残る。病死じゃない事故死だ。だから、ついさっきまで元気にしてた両親がとつぜんいなくって、ひとりぼっちになるわけ。
 織子は温泉旅館を営む祖母に引き取られる。このとき小学6年生12才。ウリ坊なる幽霊にそそのかされて、「わたし、この旅館の若おかみになります」という。それから織子の若おかみ修行がはじまる。どじ失敗をしながらけなげにがんばるのは定番どおり。ウリ坊、みよという二体の幽霊、鈴鬼なる小鬼の応援によってだんだん成長していく。ライバル旅館のひとり娘真月。派手で高ビーな女の子で織子とケンカする。客の食事のことでしゃくにさわるけど織子は真月にアドバイスを求めに行く。真月は的確なアドバイスをいう。12才の女の子だ。それがこんなに自己抑制ができるか?
 織子と同じような年のアニメの主人公といえば高坂監督が作画監督をつとめた「千と千尋の神隠し」の千尋がいる。織子も千尋も両親をとつぜんなくし、たったひとりで旅館で働く。織子と千尋、どっちが強いか。こらあ、もう、だんぜん織子の方が強い。千尋も両親をなくすが二人は豚になっているだけで、元に戻り希望がある。織子の両親は死んだ。元には戻らない。織子は悲しみ嘆くがすぐたちなおる。そしてラスト、織子はおそるべき自己抑制と若おかみとしてのプロ根性を見せる。おそるべき12才である。

サナトリウム

2022年08月19日 | 本を読んだで
サラ・ピアース 岡本由香子訳        角川書店

 猛暑でんな。暑うおまんな。こないなときは寒い話を読むのも一興や。いわゆるとじこめられもんである。どこぞに複数の人間がとじこめられた。そこでおこる連続殺人。容疑者は判らん。次の犠牲者も判らん。外部の援助は期待できない。孤立無援で戦う探偵役の主人公。サスペンスミステリーの定番や。
 スイスのリゾート地に建つ高級ホテル。元は結核療養施設であったがホテルに改築された。地元では反対運動もおこったらしい。そこで殺人事件。
 弟の結婚のお祝いにボーイフレンドといっしょに来ていたのがエリン。エリンは休職中の警官。なんとか巡査部長まで昇進したが、犯人追跡中にへまやって精神的なショックからたちなおれず警察を休んでいる。
 ホテルの従業員が惨殺された。弟の許嫁は行方不明。実はこのホテルの設計者も行方が判らん。そうこうしているうちに身元不明の死体発見。許嫁は惨殺死体で発見。
 ホテルのオーナーの頼みでエリンは捜査を始める。大雪で風吹。地元の警察はこれない。いささか頼りない休職警官のエリンがこの難事件に立ち向かう。次の犠牲者も容疑者もこのホテルにいる。
 主人公の女デカ。若く容姿端麗で、頭脳明晰、身体能力高く格闘技の達人。というのが多いが、エリンはまったく違う。若くない。30代。容姿はとくだん描写はないが普通だと思う。ウジウジ過去の失敗にとらわれて悩む。頭脳は普通。格闘技はからっきし。犯人に首を絞められて死にそうになる。弟がいるが屈折した姉弟の関係。地元スイスの警察は吹雪でしばらく来れない。こういうエリンが連続殺人犯をつきとめられるか?犯人の動機は?このホテルのサナトリウム時代の秘密とは?

文豪宮本武蔵

2022年08月18日 | 本を読んだで

 田中啓文        実業之日本社

 タイムスリップもんである。タイムスリップはSFの大きなカテゴリーだ。時間を滑ってこの時代からあの時代へスリップしてしまうのである。作者の腕の見せ所は、どの時代からどの時代へ。だれをタイムスリップさせるか。そこのところをうまくやると、面白いタイムスリップもんのSFとなる。主人公はまったく見知らぬ異世界にとつぜんほうり込まれるわけ。どうするか。オタオタする。好奇心に目を輝かせる。そのへんの描き方は腕の見せ所である。
 さて、本書は戦国末期というか江戸初期から明治にタイムスリップ。だれが。宮本武蔵が。
 佐々木小次郎を船島で倒した武蔵。剣豪として名をとどろかせたが、思うように仕官できない。脳裏に浮かぶは小次郎の妹夏のこと。兄を亡き者とした自分としては病弱の夏をなんとか助けたい。武蔵も健康な男子であるから、美しい夏をそういう感情で見ていたのかもしれない。
 仕官がままならぬ武蔵は江戸へ出た。将軍家指南役柳生但馬守と試合する。武蔵、但馬守に負ける。その時タイムスリップ。は、と気がつくと明治時代だった。そこで夏とそっくりの若い女性と会う。夏子という名前も似てる。彼女は小説家だったペンネームを樋口一葉という。武蔵、一葉の作品を読む。感激する。自分も小説を書き出す。こうして武蔵は人力車夫をしながら小説を書く。一葉の縁で夏目漱石、正岡子規、森鴎外らとも知り合いになる。
 主人公、ヒロイン、悪役とエンタメの定石がひととおりそろっていて。それぞれキャラが立っているから面白く読める。主人公の武蔵はマッチョな筋肉男でありつつも文才があってまっすぐな男。ヒロイン一葉はけなげ。貧乏な家を自分の筆一本で支えている。悪役は帝大剣道部の指南の大山志朗兵衛とその黒幕の汚職役人桑本新十郎。大山は示現流の使い手だが、武蔵は示現流なんて知らない。剣の腕はもちろん武蔵の敵ではない。
 武蔵が書く小説というのが面白い。SFなのだ。スチームパンクSFを宮本武蔵が書く。なかなか面白い娯楽SFに仕上がっていた。最後はSFもんならではのくすぐりもあったりして。

クララとお日さま

2022年08月17日 | 本を読んだで

カズオ・イシグロ 土屋政雄訳  早川書房

 イシグロのノーベル賞受賞第一作である。さまざまなジャンルを手掛けるイシグロだが出色のSFも書く。本書は「わたしを離さないで」とならぶイシグロSFの双璧といえよう。いまのところは(今後もイシグロがSFを書いてくれることを期待する)
「わたしを離さないで」はクローンテーマのSFだったが、本書はロボットSFの傑作である。
 主人公クララはAFである。人工友だち。子供の友だちとなるため造られたロボットAIである。クララは最新のB3型ではない。年代落ちの売れ残り。そんなクララを気に入って母親に頼んで買ってもらったのがジョジ―という女の子。ジョジ―は難病で病弱の少女。クララはジョジ―の友だちとして、せいいっぱい働く。クララのエネルギー源は太陽光バッテリー。だから太陽を信仰ともいえる想いで見ている。旧タイプのAIであるため鋭敏な感覚や知覚知能はないが、注意深い観察力を持っていて、ジョジ―や彼女のボーイフレンドのリックと善良な関係を築き、とってもいいお友だちとなる。
 クララは人間ではない。AIだ。AIであるが人との会話もでき、だれからも好感を持って接しられる。意見を求められれば自分の意見をいう。読んでいてクララはじつにけっこうな女の子に思えてくる。でもクララは感情を持ってない。作中、クララが泣き笑い怒るところは全くない。読者に主人公たるクララに感情移入させつつも、クララ本人は何も想っていない。機械なんだから。このあたりの筆さばきはイシグロの超絶的な筆さばきである。みごとなロボットSFであった。

異常論文

2022年08月16日 | 本を読んだで

 樋口恭介編          早川書房

 SFの本質はホラである。筒井康隆師匠がおっしゃてた、「ハードSFなんて真面目な顔してヨタ飛ばすようなもんである」と。
 そのホラをいかにもほんまのように見せかけて、読者のご機嫌を取り結ぶかがSFの出来を左右するといっていい。
 ホラはいわば素材。それをいかに料理して、いかなる媒体を通じて受け手に伝達すのかが大切だ。
 ホラ=SFの伝達方法。映像で伝達する。音楽で伝達する。いろんな伝達方法があるが、文字で伝達するのが王道であろう。文字で伝達する。ここでいろんな料理法がある。韻文に調理したのが、短歌、俳句、詩など。散文に調理したのが小説、エッセイなどである。いずれも「SF」を読者に受容させることに適切である。そういうなかで、本書はSFを文字で伝達する新たな可能性を示したといっていい。SFを論文に調理して読者に提供するのである。書名はごらんのように「異常論文」となっているが「架空論文」とした方がより判りやすいだろう。
 読者をけむに巻く。これはSFにとって大切なこと。いかにホラ大ぶろしきを広げて読者をけむに巻くかがSFを書く者にとって重要である。また小生たちSFの読者も大いにけむに巻かれたくてSFを読むのである。
 23人ものSF者が嘘八百を並べ、盛大にけむを発生させている。ま、おもしろいのもあったり、つまらんのもあったけど、SFの大きな可能性を示した作品集といえる。

ダーティファイター

2022年08月15日 | 映画みたで

監督 ジェームス・ファーゴ
出演 クリント・イーストウッド、ソンドラ・ロック、ジェフリー・ルイス

 主人公ファイロは本業はトラックの運転手だが、たいへんに強いストリートファイター。相棒オーヴィルが仕込む素手のケンカで金を稼ぐ。このファイロそんな稼ぎをやるぐらいだから、とんでもない乱暴者。酒場で人の酒のアテをつまみ食いして、文句をいった相手をどつき倒す。ささいなことで男とケンカになった。まわりが警察を呼べと叫んだら、床にのびてる男が警察だった。車を運転したたらペットのオランウータンを暴走族がからかった。ファイロ、その族をどこまでも追いかける。
 そんなファイロ、酒場でカントリーを歌う女リンに一目ぼれ。リン逃げる。タンク・マードックなる伝説の最強ストリートファイターがいる。ファイロはそいつと戦いたい。リンを追いかけたい。
 ファイロ、相棒のオービル、オービルが拾った女エコー、ファイロのペット、オランウータンのクライドとともにタンクとリンを探す旅に出る。そのあとを警官二人組と暴走族が追いかける。そしてリンと再会し、タンク・マードックとの拳を交える。この警官と暴走族がまぬけで笑わせられる。
 作中最強の人物はファイロでもタンクでもない。オービルのお母さん。ずいぶん高齢だが運転免許を取ろうとするがいつも不合格。絶対あきらめない。おそろしく気が強く口が悪い。暴走族が押し寄せたが散弾銃をぶっぱなして追いはらう。
 リン、エコー、冒頭に出てくる女子大生など主たる女性の登場人物が3人(オービルのお母さんをいれると4人)出てくるが、いちばんかわいいのはオランウータンのクライド。アカデミー賞に非人間演技賞があるなら、このオランウータンだろな。
 イーストウッドのファイロは乱暴者だが純情なところもあって、おもしろく見れた映画ではあるが不満が一つある。最後に出てきた最強のストリートファイター、タンク・マードック。なにあれ、ただの中年太りのおっさんやないの。どうせなら、ハルク・ホーガンかブルーザー・ブロディに出演してもらったら良かったのに。

里見八犬伝

2022年08月08日 | 映画みたで

監督 深作欣二
出演 薬師丸ひろ子、真田広之、夏木マリ、千葉真一、寺田農、目黒祐樹

 駄作である。監督が深作で、千葉、真田がからんでいるからアクションが多いのは判るが、多すぎ。多すぎる上に一つのアクションシーンが長すぎ。いつまでチャンバラやっとるんや。と、いう感じ。長すぎはアクションだけではない。ラブシーンも長すぎ。姫の薬師丸と犬士親兵衛の真田のラブシーンが長い。
 プロデューサーの角川春樹と監督の深作欣二が好き勝手につくった映画という感じ。角川は有能なプロデューサーで深作も優秀な映画監督だが、二人の良い方が出ればいいが、二人の悪い面が合体した映画であった。
 スターウォーズやレイダースのまねこパクリとも思えるシーンがある。映画そのものは、この映画よりスターウォーズやレイダースの方が良いできだが、二つだけこの映画が優っている点がある。キャリー・フィッシャーより薬師丸ひろ子の方が可憐でかわいい。マーク・ハミルより真田広之の方がチャンバラがうまい。ハリソン・フォードより千葉真一の方がアクションがうまい。薬師丸のかわいさ、真田と千葉のアクション。それだけの映画である。

新しい歩み

2022年08月05日 | 作品を書いたで
 ここに来るのはずいぶん久しぶりだ。このあたりは、子供のころは「学校のうら山」で毎日のように放課後に遊びに来ていた。一番最近に来たのは四〇年ほど前だろうか。そのころは、休みの日はよくここまで来て山を登ったものだ。
 山といっても高い山ではない。。神戸市東灘区にある金鳥山。六甲山系にある 標高三百メートルほどの山だ。その中腹に神社がある。保久良神社という。二百メートルに満たない所にある神社だ。低すぎず高すぎず、ちょっと登るにはちょうど良い場所にある。標高は高くないが上り坂は、けっこう急だ。
 さあ、登ろう。神社までたどり着けなければ引き返すのもやむを得ない。

 左足首の関節が痛み始めて、かなり時間が経った。若いころからだろう。いつごろから痛み始めたのか記憶にない。ふと気がつくと左足足首の関節が痛んでいた。昔は普通に歩けた。今は装具をつけなくては痛くて歩けない。装具をつければ一日一万歩ぐらいなら歩けた。ところが最近は少し歩くと痛むようになった。症状の悪化がかなり進行している。 橋村先生はMRIの画像を見ながらうなった。
「いけませんね。最近、少し歩くと痛むようになったでしょう」
「はい。毎日、三〇分ほど散歩していたのですが、最近はそれもしんどくなりました」
「これを見てください」
 二枚のMRI画像を並べて表示した。
「右が三ヶ月前の画像。左が今日撮った画像です。ここを見てください」
 先生が指示した画像の部分を見ると、左の画像の骨の形状が違う。
「関節の骨の隙間が小さくなっているでしょう。軟骨が少なくなって関節の骨と骨が接触するようになったのです」
 素人でも判る。骨と骨をつなぐクッションがへたってきているのだ。骨と骨がゴリゴリと触れあって神経を刺激しているのだ。
「判りました。どうしたらいいですか」
「人工関節を埋め込む手術が必要です」
「その手術はここでできますか」
「ここでは設備がありません。大きな病院を紹介します」
 人工関節の手術。手術そのものは、早ければ一週間ほどの入院で済むが、術後のリハビリに時間がかかる。職場に復帰するには最低一ヶ月はかかる。
 私の会社での身分は契約社員。五年前に定年となり、契約社員となって継続して今の会社で働いている。正社員の時ならともかく、契約社員で一ヶ月も休めない。会社は一ヶ月間も私がやっている仕事を止められない。替わりの人員を入れるだろう。復帰しても私の席はない。
 もう半世紀近くも働いてきたのだ。もういいだろう。仕事と足。足を取った。

「手術をします」
「そうですか」
 橋村先生は納得したような顔でうなづいた。
「では、県立医科大学に紹介します。いつごろ入院するおつもりですか」
「手術はすぐにもしなくてはいけませんか」「命にかかわる病気ではないので緊急性はないです。それでも、早い方がいいでしょう」「会社を辞めるます。すぐ手術します」
 一週間後、県立医科大に紹介状を持っていって、入院手術の受付をしてもらった。昨日、整形外科外来で術前診断を受けた。事前に受けたMRIを見ながら先生はいった。
「関節の変形がかなり進んでいますね。人工関節をここに埋め込む手術をします」
 手術の前日に入院した。手術室担当の看護師が病室に来て、手術の具体的な段取りを説明した。明日の午前一〇時三〇分に手術開始。順調にいけば一時間で終わる。麻酔は局部麻酔で脊髄くも膜下麻酔という。脊髄に注射される。手術そのものよりも、この脊髄への注射がこわかった。
 手術室に入って、背中に消毒液を塗られ、
「では、麻酔をしていきます。痛みを感じたらいってください」
 チクッとだけした。あとは背中を何かが通過していることだけが判った。下半身がしびれて何も感じなくなった。
 手術は二時間ほどで終わった。局部麻酔であったが痛くはなかった。手術が終わっても病棟の病室にはもどらず、ナースステーション隣の術後専用病室に入れられた。患者にとって手術直後が最も危険な状態だ。三〇分おきに看護師が様子を見に来る。
 翌日、朝に病棟の病室に戻された。三日後には退院。あとは通院してリハビリに専念する。リハビリも当初は痛くつらかったが、だんだんなれてきた。
 一ヶ月後、リハビリ終了。通常の生活にもどる。リハビリ最終日、主治医に聞いた。
「なにをしてもいいですか」
「いいですよ。なんでしたらオリンピックに出てもいいです」
 病院から帰るときは装具なしで歩いた。装具なしで歩くのは何年ぶりだろう。

 退職したので時間はたっぷりある。リハビリ終了直後は、三〇分程度の散歩を日課にした。少しびっこをひくが、痛まずに歩けるようになった。 足が軽い。毎日の散歩が楽しみになった。
 人工関節には完全になじんだといっていい。
 坂道の傾斜がきつくなってくる。平地を散歩する時は感じないが、坂道を歩く時には、さすがに年齢を感じる。
 子供のころは、この坂道を駆け上がって、虫穫りをした。
 息が切れる。最初のカーブだ。まだ足は動く。行けるぞ。この調子で保久良神社まで登って行こう。
 二番目のカーブだ。あと三回曲がると保久良神社に着く。想えば、この山道を以前、歩いた時は装具をしていなかった。関節を痛めて装具を装着するようになったら、一日に一万歩歩けば、関節の痛みは夜寝るまで続く。翌朝には治っているが。
 最後のカーブだ。これを曲がると神社の鳥居が見えてくる。ゼーゼーいいながら歩く。足はまだ大丈夫だ。
 着いた。鳥居をくぐる。四十年ぶりに保久良神社に来た。装具なしでここまで歩いて来た。私の新しい人生が始まる。

 


タローマン

2022年08月02日 | 映画みたで

「なんだこれは!」
 おもろいもん、アホみたいなもんが大好きなワシがこんなおもろいもんを知らんかったとは痛恨の極み。70年代にかようなぶっとんだ特撮番組をNHKが作っていたとは。「ウルトラマン」は観てたし「シン・ウルトラマン」は先日映画館で観た。しかしこの「TAROMAN 岡本太郎式特撮活劇」は知らなんだ。それを50年ぶりに再放送してくれたので観た。こんなもんを見せてくれるからワシはNHKの受信料を払うぞ。
 岡本太郎の言葉が具現化した奇獣が街を襲う。科特隊みたいな連中もいるが頼りにならん。そこに現れたのがシュール星からやってきたタローマン。このタローマン、ウルトラマンみたいにまじめに奇獣退治をしない。くねくねと意味不明な動きをする。で、ウルトラマンはスペシウム光線を発射するが、タローマンは「げいじゅつはばくはつだ」と叫ぶ。
 全10話一挙放送してくれた。各話の終わりにミュージシャンの山口一郎がタローマンの想い出を語る。子供のころこの番組が大好きで、親にねだってタローマングッズを買ってもらったとか。タローマンフィギアにタローマンの主題歌のソノシート、タローマンかるた。ううワシも欲しい。これ知らなんだ。それにしても山口一郎はそんなトシにはみえへんのやけど。ほんまやったらワシと同じトシぐらいやけど。
 昔、ゼネプロが悪ふざけでつくった「愛国戦隊大日本」なんかの自主制作映画よりよっぽどおもろい。SF大会の合宿ででもやれば大うけするやろ。今度、大阪は中の島美術館でやる「岡本太郎展」を見に行く予定。タローマンもおるそうな。楽しみや。
 それにしてもワシが知らなんだとはなんべん考えても不思議。ほんまやろか?

SFマガジン2022年8月号

2022年08月01日 | 本を読んだで

2022年8月号 №752   早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター
1位 魔法の水         小川哲
2位 奈辺           斜線堂有紀
3位 すべての原付の光     天沢時生
4位 怪物           ナオミ・クリッツァー 桐谷知未訳
5位 殯の夢          森田季節
6位 汝ら、すべてのゾンビたちよ カスガ
7位 モータル・ゲーム      春暮康一
8位 ツインスター・アビアロンザ・プラネット 小川一水
9位 製造人間は省みない     上遠野浩平

連載
戦闘妖精・雪風 第五部〈第2回〉霧の中(承前) 神林長平
マルドゥック・アノニマス〈第43回〉  冲方丁
さわやかに星はきらめき〈第4回〉    村山早紀
小角の城〈第64回〉           夢枕獏
幻視百景〈第38回〉
戦後初期日本SF・女性小説家たちの足跡
第3回 仁木悦子、藤木靖子、戸川昌子―推理作家の挑戦(前篇) 伴名練

 前号の次号予告で「SFの訳し方」とあった。これは興味深い企画じゃわいと楽しみにしていたが、この企画は延期となった。それに関連してか、古沢嘉通がエッセイ「SF翻訳、その現在地と十年後の未来」を書いていた。考えさせられるエッセイであった。このままではSF翻訳の未来はない。小生(雫石)思うに十年後、翻訳SFは読めるだろう。ただし読むに堪えない素人翻訳ばかりの海外SFを読まなければならないだろう。プロの翻訳家がいなくなり、そのへんの英文科の学生アルバイトがSFの翻訳をするようになるだろう。
 古沢氏の心配は痛いほどよく判った。作家は食えないといわれるが、翻訳家はもっと食えない。翻訳、とくにSFの翻訳だけで食っている人はごく少数。近年新人のSF翻訳家がまったく出てこない。十年後にはプロのSF翻訳家は皆無となるだろう。まさにゆゆしき大問題である。そのあたりのことを踏まえて「SFの翻訳」をしっかり企画して特集するのがSF専門誌としての責務と心得るべし。
 それはそうとして替りの企画として「短編SFの夏」という特集。いかにも穴埋め企画っぽい特集であったが、なかなか良かった。前編集長のころは、読み切りの短編SFの掲載が少なく、読むところが少なく、誌代に見合う内容ではなかったが、今号は9篇も読めた。満足である。1位にした小川の「魔法の水」は小川の新刊長編「地図と拳」と関連しているとのこと。この「地図と拳」面白そう。詠みたい。2位にした斜線堂有紀はなかなか面白い作家がでてきた。前号で小生は1位にしているし、今号もご覧のように上位にしている。この作家、楽しみ。

   

銀河パトロール隊

2022年07月25日 | 本を読んだで

 E・E・スミス  小隅黎訳       東京創元社

 ワシもこのトシじゃ。ゲホゲホ。老い先短い身となってしもうた。イテテ。昔のことをつとに想い出す。昔は良かったなあ。ウグウグ。老人にとっては昔の想い出がなによりの宝じゃ。ちゅうこって、おりにふれて若いころ読んだ本を再読しとる。
 レンズマン。懐かしいなあ。この「銀河パトロール隊」はワシが生まれて初めて読んだSFじゃ。出版社はこの本と同じ東京創元社。編集者が厚木淳、小西宏訳、イラストは真鍋博だった。1966年のことじゃ。それから36年後2002年、この新版の「銀河パトロール隊」が出た。編集者が小浜徹也、小隅黎訳、イラストはご覧の通り生頼範義である。20年積ん読であったが、上記のごとき心情にあいなって、このたび読んだわけ。
 一読後、思ったこと。レンズマン・シリーズの後世のエンターテインメントへの影響の大きさ。と、いうことだ。スターウォーズ第1作「新たな希望」の日本公開は1978年。ワシは公開初日に観に行ってる。だからワシが小西訳の「銀河パトロール隊」を読んだときはスターウォーズなんてもちろん観ていない。
 で、スターウォーズ(以下SWと記す)とレンズマンの似ているところだが、SWのジェダイはレンズマンのレンズ装着者である。ルークがヨーダの弟子となってジェダイになったように、レンズマン=キムボール・キニスンは師アリシア人のメンターのもとで修業してグレイ・レンズマンとなったのだ。そしてルークたちが銀河帝国を相手に戦うように、レンズマンは宇宙海賊ボスコーン相手に戦うのだ。
原作は1930年代の作品だ。戦前だ。決して現代SFではない。でも、読んでいて古色蒼然とした感じはうけない。小西訳は50年以上昔に読んだから、どんなんだったか忘れているが、小隅訳は現代スペースオペラといってもいい作品に仕上がっている。このシリーズは空想科学な仕掛け、設定、兵器、武器が沢山出てきて、ワシのような空想科学小説大好きな古狸SFファンを喜ばせるのだが、ウソっぽい訳語が一つでもあれば興ざめだが、翻訳が小隅黎=柴野拓美先生だから安心して読めるのである。