ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

暗殺者たちに口紅を

2023年08月29日 | 本を読んだで

 ディアナ・レイバーン    西谷かおり訳        東京創元社

 ビリー、メアリー、ナタリー、ヘレンの4人の女性。若いころはけっこうイケてる女だった。でも月日は流れる。ビリーたちは60才還暦をこえている。この4人、何者か?暗殺者である。「美術館」なる組織に属し、ナチスの残党、独裁者、犯罪組織のボス、など、世の中のためにならん悪党を始末してきた。素手の格闘、銃、毒物、爆発物などおそるべき殺しの技を持っているうえ、清楚上品、豊満セクシーなど魅力的な美女ぞろい。若いころは。
 その女殺し屋も還暦を過ぎ、さすがに引退。組織は長年の働きに報いるため、この4人に豪華なクルーズ船の旅をプレゼントしてくれた。ところが4人は船上で命を狙われる。どうも狙っているのは古巣「美術館」らしい。4人は昔取ったきねづかでヒットマンを始末しつつことの真相に迫る。
 4人のばあさんが殺しワザを駆使する話である。深刻な小説ではない。軽ハードボイルドといっていいかな。このばあさんたちにとって殺しも保険の勧誘もおんなじ。気軽に読めるが殺しをそんなに気軽に扱っていいのかな。

会社物語

2023年08月28日 | 映画みたで


監督 市川準
出演 ハナ肇、西山由美、植木等、谷啓、犬塚弘、桜井センリ、安田伸、石橋エータロー

ワシは小さなころはクレイジー・キャッツで笑った世代である。ドリフターズは興味はなかった。そんなクレイジー・キャッツのメンバーが全員そろう最後の映画だというので、この映画を観た。
 上質な食材をそろえても、料理人が下手ではおいしい料理にはならん。そういう映画である。
 ハナ肇演じる花岡はもう少しで定年の万年課長。会社ではあんまり人望はない。家庭ではぐれてる息子と反抗期の娘で、いごこちの良い家庭ではなさそう。そんな花岡のゆいいつの慰めは若い女子社員の西山。かわいく気立てがよさそう。
 まず女子社員の描き方が悪しき昭和の描き方。女子社員は早く出社して掃除、お茶くみ。仕事といえば送別会のチラシを一日かけて作成すること。極め付きは会社を去る花岡の想い出としてデートしてやる。義理デートだ。セクハラもええとこ。
 花岡は昔ドラムを叩いていた。守衛の上木原はギター、同僚の谷山はトロンボーン、犬山はベースと、花岡の周辺には楽器ができる者がいる。で、花岡の送別会でジャズをみんなで演奏しようとなった。
 出演者のハナ肇、植木、谷といってめんめんは日本のジャズプレイヤーを代表する人たち。で、ワシは「ジャズ大名」「スィングガールズ」のように盛大にジャズを演奏してカタルシスのうちに映画は終わる。と、いうのを期待したのだが、クレイジー・キャッツは演奏はしたがほんの少し。期待外れな映画であった。

天満天神繫昌亭に行ってきました

2023年08月25日 | 上方落語楽しんだで
 昨日は有給休暇をとって大阪は天満天神繁昌亭の昼席に行って来ました。天ぷらえびの屋でえび天丼をいただいて、少し時間があるので天神さんにお詣り。文筆上達をお祈りしました。
 午後1時になりました。桂九寿玉さんが一番太鼓を打ち始めました。入場します。さて、開口一番は桂りょうばさん。「ろくろ首」をやらはった。美人の新妻の首が伸びる噺ですが、こういう奇想な噺の時、演者が客に「ついてきてますか?」との問いかけをすることがあるが、あれは要りません。演者が客の理解度にまで気をつかう必要はないでしょう。判りましたか、りょうばさん。染太さんも。りょうばさん、やっぱり血はあらそえんもので、奥の方に父の枝雀師匠の面影がかいまみえます。
 2番手は露の瑞さん。元気いっぱいのかわいい女性噺家さんですが、夏に「時うどん」はそぐわないんじゃないですか。熱中症の心配をしながら熱いうどんを食う噺はいかがなものかと。どうしても真夏に「時うどん」をやりたいのなら創作落語「時うどん 夏バージョン」を創ってほしいですね。
 3番手は林家染太さんです。びりけんさんみたいです。まくらで新世界あたりで売ってるニセブランドもんの噺。ラコステのニセもんを持って来て見せてくれました。ラコステはワニのワンポイントなんですが、ニセもんはワニがひっくりかえってるのです。「ラコステ」じゃのうて「オコシテ」なんです。噺は創作落語「魁!学習塾」染太さん学習塾の先生をやってはったんですって。アホな生徒のアホの解答をフリップつきで披露してくれました。とんちんかんな答えだけれど、これが落語みたいでごっつい面白い。落語なんやけど。
 色もんの一発目は太神楽の豊来家大治郎さん。傘まわしやジャグリングのあとナイフを刺した輪を飛びぬけるという芸をやらはった。露の団姫さんのだんなさんです。
 次は笑福亭べ瓶さん。「東の旅発端」いかにも上方落語なにぎやかな噺をべ瓶さん、軽快に演じられて実に心地よく聞いてられました。この噺、前座噺なんですがうまい人が演じるとやっぱり違うんですね。べ瓶さん、張り扇、小拍子をリズミカルにつかって、上方落語はもとは大道芸だったということがよく判ります。上方落語の祖米沢彦八がやってたのはこんな落語ではないでしょうか。
 仲とりは桂勢朝さん。創作落語「永田町商店街懐メロ歌合戦」司会はイシバさん。お仲間がいません。キシダさん、コウノさん、アソウさん、それから外遊帰りのマツカワさんたちが次々と懐メロを歌います。みんな替え歌です。時事風刺ネタです。大爆笑です。ちょうどこのころ雷が鳴って繁昌亭の館内までゴロゴロと大きな音が。勢朝さん「うるさいな雷」といいつつも雷をネタにくすぐりを。プロの落語家さんは自然現象まで笑いのネタにするんですね。
 仲入り後の最初は桂あおばさん。「脱ぐんやったら着てこんかったらええんやけど」という羽織を脱ぐくすぐりは師匠のざこばさん譲りですが、やっぱり師匠の方が一日の長があります。
「たけのこ」をやらはった。上方落語には珍しい侍が出てくるはなしです。まくらで侍ネタの小噺を。「冬のことです。向こうから侍がやってきます。ずいぶんうす着です。『お侍さん。さむうないんですか』『さむない』」
 隣家の竹のタケノコが庭にでてます。それを取って食べます。家来のべくないに隣家に断りにいかせます。侍どおしの言い分がおかしいです。
 次は笑福亭岐代松さん。内弟子時代に松鶴師匠の家に朝丸時代のざこばさんが来たそうです。「うううう」指さしながらのざこばさんのおしゃべり。「ううううう」松鶴師匠も指をさしながらしゃべります。似ているようで違うんですって。ざこばさんは左手松鶴師匠は右手なんですって。
 運のつく噺をしましょうということで「ん廻し」をうやってくれました。
 トリ前の色もんは奇術です。松旭斎小天正さん。やった奇術はビール瓶が消えたりハンカチから鳩がでたりといった珍しくない奇術ですが。巧みな話術で笑わせられます。ネタばらしをしたりわざと失敗したりと楽しいコミック奇術でした。
 さてトリは桂文之助さん。「片棒」です。この噺米團治さんも得意としたはる噺です。三人の息子が親父の葬式をいかにばかばかしい葬式にするかがキモです。文之助さんは洒脱でスマートな「片棒」でした。
 楽しかったです。私は月に2回は生の上方落語に接しないと禁断症状がでます。今月は15日に喜楽館に行く予定で前売りチケットも買ってあったんですが台風で喜楽館は臨時休館になりました。禁断症状がでかけてたんですが。なんとか健康を保つことができました。

A-10奪還チーム出動せよ

2023年08月22日 | 本を読んだで

スティーブン・L・トンプスン 高見浩訳      早川書房

 小生は車の運転大好き人間である。リストラされ貧乏になって車を手放した。それから20年近くハンドルを握ってない。ペーパードライバーになってしまった。それでも「車を運転する」という快楽は忘れがたく、カーアクション小説を読んで禁断症状をおさえているというしだい。
 で、こたび読んだのが本書だ。いやあ出色のカーアクション小説である。少しはワシの車禁断症状も癒されたのである。
 いくらワシがカーアクションが好きだといっても、こっちからあっちへ車で移動するだけを書いた小説ではダメだ。どこで、だれが、なんのために、どのようにして走ったのか。これをしっかり書いて読者を満足させなければダメである。
 冷戦時代。ドイツは東西に分かれていた。そのような状況で東側にはアメリカの軍事連絡部が、西側にはソ連の軍事連絡部が置かれていた。双方の連絡部の要員はそれぞれの地域で自由に移動できるという取り決めがなされていた。
 攻撃機A-10。それの最新のモデルA-10F。パイロットの脳波を感知して搭載コンピュータとリンクできる装置シザーズボックス。極秘の軍事機密である。そのA-10Fがミグ25によって東ドイツ領内に不時着させられた。ソ連の目的はシザーズボックスの入手。とうぜんアメリカ側もだまっていない。ポツダムのアメリカ軍事連絡部の奪還チームが出動。実はこういうことがたびたび起こるので全軍の中から選りすぐりのドライバーが奪還チームを結成していた。
 マックス・モスとアイク・ウィルソンのコンビがフォード・フェアモントを駆ってA-10Fのパイロットとシザーズボックスの回収に向かう。パイロットは死んでいたがシザーズボックスは回収に成功する。相棒のアイクは重傷を負う。死体とけが人と秘密機器を積んでマックスはポツダムに走る。もちろん東側もだまって見ていない。東ドイツ人民警察軍事諜報部とソ連国防軍参謀本部情報部が追いかける。東ドイツ警察のBMWとベンツが陸から、ソ連のMi-24攻撃ヘリが空から襲ってくる。
 V8気筒5000CCターボチャージャー500馬力の化け物エンジンを搭載したフォード・フェアモント。ストックカーレースの経験を持つマックスは持てる限りのドライビングテクニックを駆使して逃げる。道案内は亡命希望者の女伯爵の娘。
 お宝を持って、美しき姫を守りつつ敵中を突破して味方の陣へ逃げる。冒険小説の黄金パターンをなぞりつつも超絶なカーアクションが展開する。この猛暑のウサも少しははれた。

土を喰らう十二カ月

2023年08月21日 | 映画みたで
監督 中江裕司
出演 沢田研二、松たか子、もも、壇ふみ、火野正平、奈良岡朋子

 黒い土がついた里芋。それを男の手が水であらう。それを焼いて食う。それがどんなにうまいか。どんなに豊かでしわわせなことか。この映画は判らせてくれる。
 作家のツトムは信州の古民家に犬とともに暮らしている。妻は13年前に亡くなった。墓はまだない。そんなツトムのもとにときおり担当編集者の真知子がやってきて原稿を督促し、ツトムが作る料理を食って帰る。彼女の来訪の目的は原稿の督促かごちそうになるのが目的かよく判らぬ。はたまたツトムそのものにも好感を抱いているのかも。
 映画は、立春、啓蟄、晴明、立夏、秋分と日本の七十二侯に則って進む。大きなできごとといえが義理の母の死去と通夜葬儀ぐらい。子供ころ禅寺にいたというツトムは精進料理ができる。信州のきれいな風景を作家ツトムと愛犬サンショの日々をえがいていく。
 土井善晴さんが料理を担当している。映画の料理といえば飯島奈美さんが多かったが、最近一汁一菜といってシンプルな料理をひょうぼうしている土井さんは、この映画のような精進料理とは相性がいいのだろう。
 畑で野菜をとり山できのこをとって、それを食う。あいまに原稿を書く。この映画を観ているときはそういう生活もええなと思った。でも、ワシにはできんと思ったしだい。かような田舎には喜楽館も繁昌亭も甲子園もない。ワシの好きなもんはない。映画でたのしむだけにしよう。

法治の獣

2023年08月08日 | 本を読んだで

 春暮康一         早川書房

 ワシのごとき古狸SFファンは著者のペンネームを見れば、ふふん、なるほどと思う。ハル・クレメントというSF作家がアメリカにいた。ワシらが若いころの海外ハードSF作家といえば、ぱっと思いつくのは、ジェイムス・ブリッシュかハル・クレメントだった。この春暮康一というペンネームは、そのハル・クレメントからとったとのこと。
 ハードSFといってもいろいろあるけど、ジェイムス・ブリッシュは物理系のハードSF。ハル・クレメントは生物系ハードSFであった。クレメントの代表作「重力の使命」はものすごい重力を持つ惑星に住む生物が出てくる。平べったいムカデみたいなやつだが、重力が生物にどういう影響をおよぼすか考察している。そのハル・クレメントにリスペクトする著者の作品集は3篇の中編が収められている。
「主観者」「法治の獣」「方舟は荒野をわたる」いずれも特異な環境に棲息する異様な(人間の観点から見た)生き物たちが登場する。「主観者」は異星の海の発光群体生物。「法治の獣」スペースコロニー「ソードⅡ」の法律は一角獣シエジーが司っているらしい。「方舟は荒野をわたる」惑星オローリンは自転周期と傾斜軸がグラグラ変わる。そんな星にも生き物はいる。
 かようなSFはいかに異様な星を設定するか。その星に生きる生物はどんなんだ。それを期待して読者は読むのだが、下手するとこんなんありえん、となるが、この作品集では、なるほどこういう環境ではこうなるか。納得がいくのである。SFを読むよろこびを感じさせてくれた。