狷介不羈の寄留者TNの日々、沈思黙考

多くの失敗と後悔から得た考え方・捉え方・共感を持つ私が、独り静かに黙想、祈り、悔い改め、常識に囚われず根拠を問う。

旧約聖書・出エジプト記を通して現代社会を見る

2013-10-06 08:39:47 | 世間・空気
 現代の社会において、世間一般の人々は、日々、朝早くから満員の通勤電車渋滞する車での通勤をし、日中は会社・組織と言う機械の一部品である小さな歯車の様になって、自分の意志も無い様な形で只々全体主義に従って働き残業後の夜遅くに帰宅して、自分の時間を持つ事も出来ず、疲れの余りにテレビ、酒で時に流されてしまう。
 給料の為、自分が食べていく為、家族を養う為、遊ぶ為の金の欲しさから、単純に、単能的に、スピード・効率重視、毎日まいにち同じパターン、同じ事の繰り返しを、仕事は勿論、生活全般においても、自分で考える事が無く、思考を働かせる事が無く、自分を見つめ直す事も無い、時間や空気に只々流されるだけの毎日を送っています。
 今から約3500年前へブル人(現在のユダヤ人)も同じ様な状態に在りました。エジプトにおいてのへブル人は、食事や住居等の基本的な生活が保障されていましたが、それと引き換えに、現代の社会と似た労働を行なっていました。その当時のへブル人(イスラエル人)も、出エジプト時における飢え等の困難に遭う上で、食べる事が出来たエジプトでの労働と生活の方が良かったと回想し、不平不満をもらします。食べていく為には隷従的扱いを受けても良いと……


 旧約聖書・出エジプト記5章4節
エジプトの王は彼らに言った。『モーセとアロン。おまえたちは、なぜ民に仕事をやめさせようとするのか。おまえたちの苦役に戻れ。』」
 同書5章8~9節
「そしてこれまで作っていた量のれんがを作らせるのだ。それを減らしてはならない彼らはなまけ者だ。だから、「私たちの神に、いけにえをささげに行かせてください。」と言って叫んでいるのだ。あの者たちの労役を重くし、その仕事をさせなければならない。偽りのことばにかかわりを持たせてはいけない。』」
 同書5章13~14節
監督たちは彼らをせきたてて言った。『わらがあったときと同じように、おまえたちの仕事、おまえたちのその日その日の仕事を仕上げよ。』パロの監督たちがこの民の上に立てたイスラエル人の人夫がしらたちは、打ちたたかれ、『なぜおまえたちは定められたれんがの分を、きのうもきょうも、これまでのように仕上げないのか。』と言われた。」
 同書5章17~19節
パロは言った。『おまえたちはなまけ者だ。なまけ者なのだ。だから「私たちの主にいけにえをささげに行かせてください。」と言っているのだ。さあ、すぐに行って働け。わらは与えないが、おまえたちは割り当てどおりれんがを納めるのだ。』イスラエル人の人夫がしらたちは、『おまえたちのれんがのその日その日の数を減らしてはならない。』と聞かされたとき、これは、悪いことになったと思った。」


 同書6章5~9節
「今わたしは、エジプトが奴隷としているイスラエル人の嘆きを聞いて、わたしの契約を思い起こした。それゆえ、イスラエル人に言え。
 わたしは主である。わたしはあなたがたをエジプトの苦役の下から連れ出し、労役から救い出す。伸ばした腕と大いなるさばきとによってあなたがたを贖う。わたしはあなたがたを取ってわたしの民とし、わたしはあなたがたの神となる。あなたがたは、わたしがあなたがたの神、主であり、あなたがたをエジプトの苦役の下から連れ出す者であることを知るようになる。わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブに与えると誓ったその地に、あなたがたを連れて行き、それをあなたがたの所有として与える。わたしは主である。モーセはこのようにイスラエル人に話したが、彼らは落胆と激しい労役のためモーセに聞こうとはしなかった。」


 同書14章10~16節
 「パロは近づいていた。それで、イスラエル人が目を上げて見ると、なんと、エジプト人が彼らのあとに迫っているではないか。イスラエル人は非常に恐れて、主に向かって叫んだ。そしてモーセに言った。『エジプトには墓がないので、あなたは私たちを連れて来て、この荒野で、死なせるのですか。私たちをエジプトから連れ出したりして、いったい何ということを私たちにしてくれたのです。私たちがエジプトであなたに言ったことは、こうではありませんでしたか。「私たちのことはかまわないで、私たちをエジプトに仕えさせてください。」事実、エジプトに仕えるほうがこの荒野で死ぬよりも私たちには良かったのです。』それでモーセは民に言った。『恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行なわれる主の救いを見なさい。あなたがたは、きょう見るエジプト人をもはや永久に見ることはできない。主があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。』
 主はモーセに仰せられた。『なぜあなたはわたしに向かって叫ぶのか。イスラエル人に前進するように言え。あなたは、あなたの杖を上げ、あなたの手を海の上に差し伸ばし、海を分けて、イスラエル人が海の真中のかわいた地を進み行くようにせよ。」


 同書16章2~4節
「そのとき、イスラエル人の全会衆は、この荒野でモーセとアロンにつぶやいた。イスラエル人は彼らに言った。『エジプトの地で、肉なべのそばにすわり、パンを満ち足りるまで食べていたときに、私たちは主の手にかかって死んでいたらよかったのに。事実、あなたがたは、私たちをこの荒野に連れ出して、この全集団を飢え死にさせようとしているのです。』
 主はモーセに仰せられた。『見よ。わたしはあなたがたのために、パンが天から降るようにする。民は外に出て、毎日、一日分を集めなければならない。これは、彼らがわたしのおしえに従って歩むかどうかを、試みるためである。」


 同書17章2~3節
「それで、民はモーセと争い、『私たちに飲む水を下さい。』と言った。モーセは彼らに、『あなたがたはなぜ私と争うのですか。なぜ主を試みるのですか。』と言った。民はその所で水に渇いた。それで民はモーセにつぶやいて言った。『いったい、なぜ私たちをエジプトから連れ上ったのですか。私や、子どもたちや、家畜を、渇きで死なせるためですか。』


 旧約聖書・民数記11章1~6節
「さて、民はひどく不平を鳴らして主につぶやいた。主はこれを聞いて怒りを燃やし、主の火が彼らに向かって燃え上がり、宿営の端をなめ尽くした。すると民はモーセに向かってわめいた。それで、モーセが主に祈ると、その火は消えた。主の火が、彼らに向かって燃え上がったので、その場所の名をタブエラと呼んだ。
 また彼らのうちに混じってきていた者が、激しい欲望にかられ、そのうえ、イスラエル人もまた大声で泣いて、言った。『ああ、肉が食べたい。エジプトで、ただで魚を食べていたことを思い出す。きゅうりも、すいか、にら、たまねぎ、にんにくも。だが今や、私たちののどは干からびてしまった。何もなくて、このマナを見るだけだ。』



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