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HOPE 

Day of Hope「希望の日」の到来は間近!

希望創出の鍵はセクトではなく家庭

2017-05-28 05:43:21 | 統一家の行くべき道

希望(HOPE)をどのように取り戻してくのか!そのカギは家庭にある。家庭である。

セクトではない。セクト、すなわち、別れた一派のような組織に起因して希望が生まれてくるわけではない。

 

家庭なのだが、家庭の中に希そこから新しい希望の時代をもたらすことのできるエネルギーがあるかどうかが問題である。

風前の灯と言うのがあるが、もう一度その火を拡大して、燃え盛る炎のごとくに拡大できるがどうかが問題である。

 

なぜか家庭かと言うと、そこには種があるからである。生命の種を貴重視して行けるかどうかと言うことにもなる。再び一族が結束して、新しい生命をはぐくむ盾となり、揺籃となればそこから新しい希望の日がやってくる。

 

本来真のお父様が「世界平和統一家庭連合」を出発した目的はそこにあった。セクト化した集団を作ることが目的ではなかった。それをセクト化していったところに混乱の根があり、家庭連合混迷の原因があるのである。

新しい時代への過渡期なのかもしれない。だから希望を持つべきである。

 

もし今の環境に希望を見出せないならば、そこから一度脱出してみるのもいいかもしれない。人類歴史は民族大移動の歴史である。民族と民族が出会いと遊離を繰り返しながら人類の歴史は綴られてきた。

新しい希望の時代創出の鍵はセクトではない。家庭にある。

神様の創造理想にかなった家庭の実現こそが発展の鍵であり、希望なのである!

 

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恩讐を愛することが真のお父様の教えと実践の真骨頂・・・その精神と実践を相続するものが真の相続者

2017-05-27 06:49:07 | 統一家の行くべき道

今日も良いみ言をありがとうございます。

 

May.27.2017 今日の訓読のみ言  

怨讐を越えて眞の愛を実践  「世界と南北の統一は、真の愛で」   文鮮明先生御聖誕80周年祝賀:世界と南北の統一前進大会講演文   真の父母が伝授する世界と南北の統一教本より

 

真のお父様の教えの真骨頂は、「恩讐を愛する」ことに尽きます。

統一運動の成否はこのお父様の「恩讐を愛する」精神を以下に継承し、実践するかにかかっています。その精神を継承し実践するものが真のお父様の使命の継承者でしょう。

それには、アベルもカインも関係ありません。そして、アベルもカインも、全ての食口、祝福家庭が皆その精神の継承者、相続者になるべきなのです!

 

 

 


7地区食口に一斉配信されたメール

2017-05-22 23:13:11 | 統一家の行くべき道

7地区の食口に一斉配信されたメールです。

 

UCIを支持する人々の勧誘活動に対する注意・勧告

御聖恩感謝申し上げます。第7地区組織対策委員会より、第7地区内におけるUCI(いわゆる『郭グループ』)を支持する人々の勧誘活動に対する注意・勧告を以下のとおり通達します。

教会スタッフは勿論、全食口にも通達し、定期的な教育を行いながら、御父母様に 正しく繋がるようにご指導をよろしくお願いします。

第7地区教会員の皆様 最近、日本家庭連合本部が公文で子女様を中心とした分派活動に巻き込まれないよう注意を喚起する指導を教会員に対して行っていることに対して、「分派とか、そこに行くなとか、何々派とか言うのは、おかしいと思う。」などと、教会員らに向けて批判的な言動をしている方々が見受けられます。しかしながら、家庭連合本部の公式見解は世界本部、ひいては真の父母様のご意思の中にあって出されているものであり、この分派の問題を「仲間なのに、そこまでしなくても。可哀そうだ」という次元で捉えるべきではありません。食口の霊的生命を心配されて、お父様ご自身が「親の言うことも聞かないのに、(真の子女が)お前たちの言うことを聞くと思うか」と食口に言われ、子女様が関わっている分派への接触を固く禁じられたそのご心情を考えれば、「信仰は自由です。どうぞ自由におやり下さい。」とは言えません。 特にUCI(いわゆる『郭グループ』)の顯進様らの行動は、真の父母様宣布文(2011年陽暦525日ご父母様署名)において、「真の父母様の指示と命令に絶対に服従しなければならないことを忘れてはならない!これが統一家の永遠の伝統であり、信仰である!この点については、天宙的に真の子女も、一般食口も同様である。……文顯進をはじめとするUCI理事陣は、即刻現職から退くことを指示する。……今まで真の父母様の許諾なく公的資産を処分して得た全財産を返還せよ。」 と書かれているように、彼らの活動が真の父母様の願いに反するものであることは明らかです。  UCIは、「顯進様はこのお父様の生前の指示と命令に従っていない」という、家庭連合の主張の決定的な裏付けとなっている『真の父母様宣布文』による批判を何とか覆せないかとこれまで幾つかの反論を試みてきました。 以前は、「お父様の言ったことにただ追従することが信仰者なのではない。それは蕩減時代の信仰姿勢であり、僕(しもべ)の信仰だ。本当に神様の願いを悟って、それを果たすために動く者が真の信仰者だ。」(UCI活動家・櫻井正実氏の講演)と言っていました。その論法を使えば、すべての不従順を正当化することが出来ることになり、UCIの分派活動にとっては誠に都合の良い論法であり、これは詭弁と言わざるを得ません。 そして、最近では、徳野会長の対策講和に対する反論(2)の中で、「真の父母様を神格化してはいけない。」と言い出しました。「真の父母様は一人の人間であり、神様のように全知全能ではない。間違えることもある。老齢の故に能力の衰えもある。虚偽の報告の故に誤解することもある。」というものです。しかし、お父様が人事や物事の判断をされる際には必ず神に尋ねた結果をもって人事、判断をされてきました。仮に虚偽の報告の故に天の願いに適わない人事をされようとしたとするなら、天が止めたはずです。 逆に、「神格化してはいけない」との論法をUCI側に適用すれば、「顯進様を神格化してはいけない。顯進様も全知全能ではない。自分のあるべき位置を自覚できずに間違えることもある。取り巻きの虚偽の報告の故に間違いを犯すこともある。」ということになり、顯進様の行動にUCIが主張する〝正統性〟がないことをUCI自身が認めることになるのです。 そもそもご父母様の相続者として立つためには、真の父母様、統一家の伝統の相続者として相応しい実体とならなければ、神様が認定されないのです。真のお父様は、どんなに誤解され、不当な扱いを受けた立場にあったとしても「怨讐を愛する」という思想でサタンを自然屈伏して来られました。それが、真の父母・メシヤとして歩むべき伝統の基準でした。相続者たる者は、その基準を立てて、試練を乗り越えなければならない宿命的な道があるのです。そして相続者たる者に最も重要視されるのが真の父母との一体化なのです。 真のお父様は200938日、韓国・束草において、「顯進はすべての公職を降りて、お父様のそばで1年間ともに生活して学ばなければならない。」と指示されました。お父様は顯進様が直接の指示に従うことにより、お父様と心情一体となってその勝利圏を相続する条件を立てることを願われたのです。それにも拘わらず、顯進様はお父様のそのような配慮を理解せず、自分勝手な行動を取り、お父様の指示に従わなかったため、心情一体となる条件を立てることが出来ませんでした。これではまるで、ノア家庭でのハムの失敗と同じ失敗を繰り返したかのごとくであり、顯進様が相続者としての位置に立つことが出来なかったのは当然の帰結なのです。 救援摂理の核心は、『平和神經』で強調されているように、真の父母様による祝福を通した全人類の血統転換により、サタン血統を根絶することです。ところが、UCI側はこれまでの統一教会に対するネガティブな印象の故に、宗教の時代は終わった、メシヤ、救世主、真の父母は必要のない時代になったとして、真の父母様を証しするメシヤ宣布を避け、神様を中心とする「One Family Under God」のスローガンのもと社会運動を展開していますが、いくらそれなりの成功を収めても、本然の人間がもつ宗教性、本然の世界に存在する真の父母様を抜きにするそのような社会運動は世界に数多くある世俗的平和運動の一つに過ぎないものとなります。このような本質的救いを欠いた運動ではサタンを屈伏させることは出来ません。神の摂理は、実力やカリスマ性があるからといって出来るものではないことは、お父様のみ言や実体的歩みを見ればたやすく理解できることです。 UCI側では、真のお母様は相続者である顯進様を支える立場に立つべきだとの主張をし、お母様の発言を取り上げ、自分たちに都合良く解釈し、お母様はお父様と一つになっていないし、本然の位置を離れたお母様なので、そんなお母様について行ってはいけないなどと主張しています。また、「本当の問題の核心は真のお父様と真のお母様の関係性にあった」(徳野会長の対策講和に対する反論)として、(み言が不明瞭に伝えられている状況ですが)一部のみ言を楯に鬼の首を取ったかのごとく批判し、お母様を貶めようとしています。 しかし、お母様は52年間お父様のそばにおられて、寝食を共にされ、活字として記録されているみ言よりもはるかに多くのみ言をお父様から聞いて歩んで来られました。我々が知る由もないお父様の聖和後のことや遺言のようなことも聞いておられるでしょう。勿論、御父母様の指導に従わない顯進様に対して、真のお父様が実際にどのようなご心情、考えをもっておられたか、身近にいて最も良く理解されていたのも真のお母様です。そのようなお母様を前に、自分はお母様以上にみ言を理解していると誰が自信を持って言えるでしょうか。何の資格があってお母様を批判出来るのでしようか。 「もう先生がいなくても、お母様が代わりにできる特権を許諾したと言うのです。……ここにおいて先生が第一教主であれば、お母様は第二教主であると世界的に宣布し、天地に宣布します」(み言選集265-310)というお父様のみ言を軽んじてはならないと思います。 私たちは、たとえお父様が我々の理解出来ない言動を取られたとしても、「そこに何か深い意味があるのではないか」と考える信仰姿勢を学んできました。そして、お父様のその時の言動を我々が理解できなくても、後になってお父様が言われたことの内容、意味が分かるということは何度もありました。同様に、お母様がどんな発言をされたとしても、我々の知識と経験からお母様はおかしいと見るのではなく、何か深い意味があるのではないか、祈ってみようという信仰姿勢で臨むべきではないでしょうか。 なお、分派からのお母様の発言に対する批判的主張に対しては、真の父母様宣布文サイトに、「分派による『真のお母様』を貶めるための御言改竄の問題」や月刊誌『世界家庭』の巻末の特集等にて反論がなされていますし、今後も継続し反論が発表されていきますので、それを熟読し参考にして下さい。 教会員が心の中で何を考え、どんな主張を持つのかは、まさに各自の思想信条、信仰の問題であり、組織は干渉する立場にはありません。しかし、ひとたび日本家庭連合の方針や指示に反する考えや主張を表明し、組織を害する行動を取ったり、他の教会員に対して拡散・勧誘したりする行為を行ったことが確認された場合には、日本家庭連合としては食口の永遠の生命を守るためそうした行為を行った人物に対して厳しい対応を取らざるを得ません。『教会員表彰懲罰規定』に基づき処分されることもあり得ます。同規定第13条には、除籍(除名)理由として「教理を自分勝手に歪曲し、それを流布宣伝し、教会員を勧誘して教会員の信仰を混乱させ、教会を分裂させる行為をしたとき」との事由も挙げられています。 永遠の生命に関する問題ですので、くれぐれも軽々な判断、行動は避けて頂きたいと願っています。 お父様聖和の後、「お父様の願いを私が成し遂げて差し上げます」との決意を表明され、「中断なき前進」を宣言され、今なお復帰摂理の先頭に立たれているお母様です。霊界の真のお父様、地上の真のお母様を中心として、一日も早く、統一家が一つになって、天一国創建に向けて全力投球して行きたいものです。

2017516日  世界平和統一家庭連合 第7地区事務局


UCIを支持する人々の勧誘活動に対する注意・勧告・・・7地区で全食口に通達された内容

2017-05-19 15:38:59 | 統一家の行くべき道

第7地区(愛知、静岡、岐阜、三重)の7地区組織対策委員会より(以下のような)注意・勧告文が出されたようです。

こういう通達文を読んで食口たちはどのような感想を持つのでしょうか?教会スタッフだけではなく全食口に通達するように指示されています。

同様の通達や勧告は他の地区でも出されれいると思われますが、7地区は神山会長と縁の多い食口や郭前能登教会長がいた地区でもあり、必死で対策を講じているようです。現家庭連合指導部の現在の考え方や方針がよくわかりますので紹介させていただきます。

全食口に通達してくださいという通達文ですので広く流されている模様です。



その後、この公文には転載禁止の注意書きが書き加えられているようですので、この本文は一旦削除します。

この記事に来られた皆様には申し訳ありませんが、後ほどその要旨を紹介いたしますので、ご容赦ください。


それにしても、よほど論旨に自信がないのでしょうか?



 


泣いて詫びても赦されない時が来る

2017-05-11 22:03:50 | 統一家の行くべき道

祝福家庭の祝福家庭たる所以は?

祝福家庭の祝福家庭たる所以は、血統転換の儀式である聖酒式と祝福式を通して真の御父母様の真の家庭の真の血統に連結していただいたことである。祝福式は真のお母様が子女様を孕まれたときに挙行され、我々祝福家庭は真の子女様が真のお母様の腹中にある時から侍ることを通して、真の神様の血統に連結されると教えられた。真の神様の真の愛と生命と血統は、神様の一人子の血統を通してこの世に顕現し、その血統と一つになることを通して、全ての人類が堕落の血統から神の真の愛の血統に生みかえられていくというのが復帰の法則である。

 

そのように考えると、真の子女様なしに祝福家庭にありえないと言うことが明白になる。

全ての祝福家庭にとって真の子女様こそがその愛と生命と血統を生みかえていただくことのできる唯一の希望であり、人生のすべてを捧げてもそれを失うことは出来ない尊い存在なのである。

 

サタンの役事

 サタンは神様の愛の永遠の本源たる神様との父子の関係を断絶させることが最終的な悪の役事として働いてきた。

 そして、堕落人間が本然の神の血統に帰ることのできる唯一の道である祝福家庭に欠かせない、アベルの子女である真の子女様の家庭との一体化を破壊しようと働いてくる。

 サタンは祝福家庭が真の子女様と一つになることを極端に恐れたのである。祝福家庭が真の子女様の家庭と一つになってしまえばもはやサタンがサタンとして働くことが出来なくなる。そうだからこそ、サタンは最後の力を振り絞って、祝福家庭が行く道を遮り、真の子女様と一つにならないように妨害に妨害を重ねているのである。

今まさに家庭連合本部が子女様に対して「行くな!会うな!その話を聞くな!」と盲導の限りを尽くしているのはそのためなのである。

何が何でも祝福家庭が一家庭も真の子女様のもとに行かないように、全存在をかけて働いているのがサタンなのである。

 

2000年前メシア・イエスを十字架に架けたのは

2000年前後のアダムとして神様の血統を継いで現れた救世主、メシアであるイエスを十字架に架けたのは、無知と不信仰に陥ったイスラエル民族であったが、それを先導したのが律法学者やパリサイ人、イスラエルの祭司たちであった。イスラエルの民が待ちに待ったメシアがこられたにもかかわらず、そのお方を十字架の死に追いやったのである。イエスの弟子であったイスカリオテのユダはほんのいくばくかの金でイエスを売った。イエスが十字架に架けれれてのち、ユダは自らの犯した過ちに気づいて自らを悔いたが、誤った自らを許すことが出来ず、自らの身を投げて死の道を選択した。

人類がその親である神のもとに帰る唯一の希望がメシアであったのに、その生命を断つことで、人類の救いは2000年間も延長せざるを得なくなったのである。イスラエル民族はその後、国を失い流浪の民となって、全世界に離散していった。

 

再臨時代を迎えて 

 再臨の時代を迎えて再臨主として真の父母様は全てを勝利された。しかし人類の救いは、真の父母様とその家庭が勝利された真の愛と生命と血統につながってこそ採取的救いに至ることが出来るのである。

堕落人間のすべての希望は堕落の血統から本然の神の愛の血統に生まれ変わることである。サタンは真の父母様が勝利されたのち、最後の悪事は堕落人間が真の父母様のもとに至り真の血統を伝授されてそれが拡大し、全人類が神様の血統に帰ることを最も恐れたのである。だから堕落人間が神様のもとに帰れなくするためには真の愛の血統を従的に連結する父子関係を断絶させることが第一として真のお父様と真の子女様の関係に楔を入れる試みを行ったのである。

 そのために真の子女様に関するありとあらゆる暴言を捏造して父母様と子女様の関係を分断しようと試みた。しかしこれは失敗に帰したのである。彼らがいかなる方法手段をもって真のお父様と真の子女様の関係を分断しようとしても、真のお父様と子女様の固い絆は切ることが出来なかったのである。サタンは真のお父様の生命までも奪って行きながらも、真の子女様がその愛と生命と血統を守り切ることを阻止することは出来なかったのである。本年の神の日、およびフィリピンでの行事の挙行がそのすべてを証明することとなったのである。

 

だからこそ、神の日に、そしてフィリピンの大会に教会食口が行くことを極度に恐れ、その事実を隠蔽し、その場に参加した牧会者や先輩家庭や二世たちを排除する挙に出たのである。

そして、サタンはすべての祝福家庭が真の子女様のもとに行かないようにあらゆる方策を通してその行く道を妨害することに血眼になっているのである。

 

堕落人間の永遠の希望を奪うことは誰もできない

しかし堕落人間の永遠の希望である堕落の血統圏からの生まれ変わりの権利を誰も奪うことは出来ない。血統を奪い血統を汚すことは永遠に許されない犯罪となるのである。

 

対策講義とやらで、南米ブラジルで当時の大陸会長を叱責する子女様の映像を見せられたそうである。あの場であの大陸会長がなぜかくも激しい叱責を受けていたのか、事実を知る人はその理由をよく知っている。それはあの大陸会長が祝福家庭や二世たちが子女様に合うことをことのほかに妨害し、あらゆる方策をもって祝福家庭二世と子女様が会うことを妨害したからである。その後あの大陸会長は自らの非を、はいつくばって懺悔して赦しを請うたのである。

人類がその本性の叫びから神様の愛の血統に帰るその道を妨害する事ほどの罪はない。最後はいかに詫びても許されることはないだろう。子女様はあるいは赦してくださるかもしれない。士かに自分たちの救いの道を閉ざした悪魔達は誰も許すことがないだろう。あるいは神様の血統に立ち返ることが出来た祝福家庭はその愛ゆえに、罪びとを許すかもしれない。しかし最後の最後には自らの良心が自らを許さないのである。あたかもイエスを売り渡したイスカリオテのユダが自らを許すことが出来ず、自ら自らの命を絶ったかのごとくであろう。

 

今はすべてが顕わになる時である。「良心」に呵責を覚えることはしないことである。罪人がその非を悟ることが出来るように激しい戒めも時に必要かもしれない。罪悪の歴史は終わらせなければならない。今その時が来ているのである。

 

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