くろにゃんこの読書日記

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ソポクレス 「トラーキーニアイ」

2006年11月07日 | ギリシア悲劇とその周辺
ヘラクレスという英雄の名は、誰でも一度は聞いたことがあるんじゃないでしょうか。
主神ゼウスが人間の女アルクメーネーに恋をし、彼女の夫アムピトリュオーンの不在の折に夫の姿となって彼女のもとを訪れたことで生まれたのがヘラクレス。
アルクメーネーの腹からヘラクレスが生まれようというとき、父ゼウスはもうすぐ生まれるペルセウスの子孫が支配者になると予言しますが、ゼウスの妻ヘーラーは嫉妬からお産の神に命令してペルセウスの孫エウリュステスを先に生まれさせます。
エウリュステスは予言どおりにアルゴス王となりますが、ヘラクレスに悪意を抱き、ヘラクレスに多くの難行(ヘラクレスの12の功業)を命じます。

『トラーキーニアイ』はその功業を成し遂げ、
華々しく凱旋してきたヘラクレスに待ち受ける悲劇を描いたものです。
ヘラクレスには次の予言がなされていました。
「へーラクレースが国を出てから15ヶ月間帰らないとすれば、
その時は彼は死なねばならぬか、それともこの時期を切り抜けさえしたら彼の苦行は終わり、
その後は憂いのない生活を送る」
「生きているものの手によっては死なぬ、死んで冥界に居るものによって殺される」
ヘラクレスは、今、帰ろうとする時であり、まさにこの時が生死の分かれ目なのです。

ヘラクレスの父ゼウスは節操のない神ですが、息子ヘラクレスも好色であるようです。
英雄色を好むといいますしね。
ヘラクレスには、アイトーリアのオイネウス王の娘デーイアネイラという妻がおり、『トラーキーニアイ』はデーイアネイラが夫を待つ嘆きから始まります。
デーイアネイラの夫に対する愛情や気遣い、従順さがそこから感じ取れます。
やがて、知らせの者によってヘラクレスの帰還が伝えられ、伝令リカースによって捕虜になった女たちがデーイアネイラのもとにやってきます。
デーイアネイラは喜び、かつ捕虜の女性たちを憐れに思います。
しかし、その女性たちのなかにエウリュトス王の娘イオレーがいること、イオレーを愛妾にと望んだヘラクレスがエウリュトス王に退けられたことでオイカリアを攻めたことを知ります。
デーイアネイラはイオレーに憐憫の情を抱きますが、そこは女性ですから一つの屋根の下に2人の女がいるという状態に苦悩し、若いイオレーに夫の愛情が傾くのではと憂慮します。
そこで思いついたのが愛の妙薬。
結婚後初めてヘラクレスに付き従った旅のエウエーノス河で、デーイアネイラにみだらなことをしようとした怪物ネッソスはヘラクレスによって退治されますが、いまわのきわに「老オイネウスの娘御よ、もし私の言うことを聞いていただければ、あなたがわしの渡した最後の人ゆえに、このことから大きな利益が得られよう。わしの傷口の周りに凝り固まった血を持っていなされ、そこを突き刺している矢先はレルネーの沼の水蛇(ヒュドラー)の毒で真っ黒に染まったもの、その血の固まりは、ヘラクレス殿の心の魔よけ薬となってあなたに役立つだろう、どんな女子をみられてもあの人はあなたのかわりに好きになることはもうあるまい」と言い残します。
デーイアネイラはその愛の妙薬を夫への贈り物である盛装用の長衣に塗り、
伝令リカースへと渡します。
ヘラクレスはその晴れ着を着てゼウスへの奉納の式に臨みますが、途中、その長衣が肌にはりつき、全身を熔かし、ヘラクレスに激しい痛みの発作を繰り返させ、死に瀕した状態でデーイアネイラのいる屋敷へと帰ってきます。
が、一足早くヘラクレスに降りかかった災難を
息子ヒュロスによって知らされたデーイアネイラは自殺してしまいます。

その後、ヘラクレスが激しい痛みを嘆いての登場となり、
ヘラクレスにもたらされていた予言の真の意味が示されます。
予言は成就されるときになってはじめて、
ああ、そういうことであったのかと理解することになるのです。
これは「オイディプース王」でもそうでしたね。
ヘラクレスは息子ヒュロスに自分をオイテー山に連れて行き、樫の木とオリーブの木からなる薪木を積み上げ、その上に身体を投げ上げて燃やしてくれるように、さらに、愛妾であるイオレーをヒュロスの妻とするようにと命令します。
ヒュロスの「いったい誰が、お母様が亡くなったのも、あなたの今の状態も、あの女一人だけのせい」という言葉では、この悲劇がイオレーのために生じたことを強調していますが、実際、イオレーが登場するシーンは捕虜として連れてこられた女たちが登場するシーンだけです。
また、その場面では、女たちは仮面をつけていることになっているらしく、
セリフも与えられてはいません。
ところが、この戯曲で鍵を握る人物はやはりイオレーなのです。
タイトルの『トラーキーニアイ』トラーキースの女たちには、デーイアネイラはもちろんのこと、コロスも、捕虜にされた女たちも、イオレーをも含まれるのです。

ソポクレース II ギリシア悲劇全集(4)




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2 コメント

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おひさ (ねぇちゃん)
2006-11-17 15:46:09
記事を読んでいてどこかで聞いたことあるな~と思ったら…。「悪魔の花嫁」にこの話をもとにしたエピソードがありましたね。「悪魔…」ではギリシア神話がよく扱われていて私のギリシア神話の原体験となっています。さすがに戯曲までは手がでないなぁ。
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悪魔の花嫁 (くろにゃんこ)
2006-11-17 18:11:56
なっつかし~。
でも、そんな話ありましたっけ?
全然覚えてない。。。
確かに、「悪魔の花嫁」はギリシア神話が元ネタでしたね。
アプロディーテの生まれ変わりが美奈子だったかしら。
生まれ変わりの思想が入るところは東洋的だよね。

ソポクレス、面白いっすよ。
図書館の本だから貸してあげられないけど。
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